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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『新たなるひかり』

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新たなる門出

 穏やかな春の陽気が包み込む、よく晴れた朝。

 今日は、遂にひかりの高校の入学式だ。


「お母さん、ひまりちゃん、どうかな……?」


 リビングの扉が開き、真新しいブレザーに身を包んだひかりが、少し照れくさそうに姿を見せた。

 中学生の頃のセーラー服から一転、落ち着いた色合いの制服と、先日整えたばかりの髪型が相まって、今日の彼女はいつもより大人びて見えた。

 ただ、その表情には、いつもの快活さとは違う、ぎこちない緊張が張り付いている。


「ああ。よく似合っているよ、ひかり」


「ふふ、ありがとう。……でも、どうしよう。新入生代表の挨拶、途中で頭が真っ白になっちゃったら……」


 不安げに眉を下げる娘の前に歩み寄り、私は少しだけ曲がっていた胸元のリボンを真っ直ぐに直してやる。

 そして、その肩にポンと軽く手を置いた。


「上手くやろうと、気負う必要はないさ」


「お母さん……」


「君が一生懸命なことは、私たちが一番よく知っている。……いつも通り、真っ直ぐにやっておいで」


 その言葉と、肩に置かれた手の温もりに、ひかりの表情からすっと強張りが抜けていく。


「うんっ……! 私、頑張ってくるね」


「ひかりちゃああああんん!! 尊い、尊すぎる!! 朝から私の網膜が幸せで焼き切れそう!!」


 いつもより随分と早い時間だというのに、その横で、ビデオカメラを両手で構えたひまりが限界を突破して叫んでいる。

 相変わらず極端な反応だが……とはいえ愛娘の門出の日だ。今日ばかりは、彼女のこの喜びようも、ある意味当然だろう。


「さて、朝ごはんにしよう。ひまりも今日は学校側として、早く行かねばならないだろう」


「はっ、そうでした! 私、今日は新入生の案内係なんです! 急いで食べて先に出ます!」


 慌ててテーブルへ駆けていくひまりの後ろ姿を、私とひかりは顔を見合わせて笑う。

 それはいつもと違う騒がしさと、いつもと変わらない温かさが混在した朝だった。



 ◇ ◇ ◇



 高校の体育館は、新入生たちの初々しい緊張と、保護者たちの静かな熱気に包まれていた。

 厳かな空気の中、進行役の教師の声がマイクを通して響き渡る。


「――新入生代表、常盤ひかり」


「はい」


 静寂を縫うように、凛とした、真っ直ぐな声が体育館に響いた。

 真新しい制服に身を包んだひかりが静かに立ち上がり、大勢の視線の中、堂々と壇上へと歩みを進めていく。


 ――マイクの前に立ったひかりは、胸の奥で小さく息を吐き、顔を上げた。


 これから始まる新しい高校生活への期待と、大役を任されたプレッシャー。

 いつもとは違うこの状況でも、自分の『家族』を見つけるのは、容易いことだった。


 保護者席の最後列の端。静かに、真っ直ぐに自分を見つめてくれている母。

 そして、壁際に並ぶ教職員の列の中。必死に教師としての顔を取り繕おうとしながらも、すでに目元を真っ赤にしてハンカチを握りしめているひまり。


 離れた場所にいる二人の姿を見つけた瞬間、ひかりの肩からスッと余計な力が抜けた。


 目が合うと、母はほんのわずかに、こくりと頷いてみせた。

 それに釣られるように、ひかりの口元にも自然と笑みが浮かぶ。


 見守ってくれている家族がいる。


 なら、自分はただ、一生懸命やればいい。


「誓いの言葉――」


 春の優しさに背中を押され、ひかりの声が、凛と体育館に響き渡った。



 ◇ ◇ ◇



 無事に式が終わり、私たちは満開の桜が咲き誇る校門の前へとやってきた。

 『入学式』と書かれた立て看板の横は、記念撮影をする家族連れで賑わっている。


「はい、お二人とも少し寄って! ハルさんの少し短くなった髪に春風がそよぎ、そこにひかりちゃんのフレッシュな笑顔! ああ、完璧です! いきますよー、はい、チーズ!」


 少しだけ教員の仕事を抜け出してきたのか、ひまりは私とひかりを並ばせ、色々な角度から何枚もスマートフォンのシャッターを切っていく。


「よしっ、最高の一枚が撮れました! これで十分です、退きましょう!」


 満足げに頷き、スマートフォンを下ろして終わろうとするひまり。

 私はそんな彼女に向けて、静かに手を差し出した。


「……ひまり、代わりなさい。次は私が撮るよ」


「え? いやいや、私は一応ここの教員ですし、家族の晴れ舞台にしゃしゃり出るわけには……」


 遠慮してブンブンと首を振るひまりだったが、私はその手から半ば強引にスマートフォンを奪い取った。

 珍しく強気に出た私に、ひまりは目を丸くしている。


「いいから、ひかりの隣に立ちなさい。君だって、今日という日を心待ちにしていたんだろう?」


「お母さんの言う通りだよ、ひまりちゃん。一緒に撮ろう?」


「ハルさん……ひかりちゃん……っ」


 ひかりに手を引かれ、看板の横に並んだひまりは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 レンズ越しに見る、私の、大切でひどく愛おしい家族たち。


「……撮るよ」


 パシャリ、と。

 春の光を切り取るように、シャッターを切る。

 画面の中で身を寄せ合う二人は、桜にも負けないくらい、本当に良い笑顔をしていた。


 二人の写真を撮り終え、小さく息を吐いたその時。不意に背後から声をかけられる。

 少し順番を待たせすぎてしまっただろうか……そんな事を思いながら、スッと振り返る。すると、そこにいたのは、ひかりの友人――みゆきのお母さんだった。


「ハルさん、ひかりちゃん! ご入学おめでとうございます」


「ありがとうございます。……みゆきさんもお母さんも、この度はご入学おめでとうございます」


「ええ、ありがとうございます。ひかりちゃんと同じ学校だって、みゆきも喜んでいるんですよ」


 朗らかに笑う彼女は、私の顔を見て、小さく声を弾ませた。


「まあ、ハルさん、お髪切られたのね! 春らしくてとってもお似合いだわ。……それにしても、相変わらず本当にお綺麗ねぇ」


「……ありがとう。春なので、心機一転ね」


 腰まであった長さを肩の下まで落としたのだ。心機一転、という私の言葉に彼女は納得したように頷き、楽しげに笑って私たち三人を見渡した。


「それにしても、いつも三人一緒なのね。本当に仲がいいわねえ」


 行事ごとで常に一緒にいる私たちのことを何度か目にしたのだろう。彼女はそう言って目を細めたまま、私の手元にあるスマートフォンを見て、あっというような顔をした。


「あら、でも。交代で撮ってたら、三人全員で写真撮れてないんじゃない?」


「え……あ、はい。そうですね」


 私が頷くと、彼女はひらひらと手を振った。


「せっかくのお祝いの日なんだから、三人で撮ればいいじゃない。ほら、私が撮ってあげるわよ」


「あ……」


 親切さに押し切られ、私はスマートフォンを彼女に預ける。

 そして、主役であるひかりを真ん中にして、私とひまりで両脇を挟むように並んで立った。


「いくわよー。はい、笑ってー!」


 満開の桜の下。

 向けられた明るい声に、私たちは三人揃って、澄み渡る空のように晴れやかな笑顔を咲かせた。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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