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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『雪の降るハル』

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幕間:誰そ彼

 温泉街にある、風情漂う老舗旅館。

 いつもなら宿泊客の世間話や子供のはしゃぐ声で賑わう女湯の大浴場は、その時、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。


 いや、止まっていたのではない。

 湯煙を割って入ってきた女たちの集団に、その場にいたすべての客の視線と意識が『縫い付けられて』いたのだ。


(……何、あの人たち。芸能人?)


 洗い場にいた中年女性は、泡だらけのタオルを持ったまま呆然と見上げた。


 暖簾をくぐってきたのは、三人。

 先頭を歩くのは、小柄で落ち着いた雰囲気の女性。どう見ても三十代前半から半ばにしか見えない若々しさだが、立ち振る舞いには妙な貫禄と包容力がある。

 次に、その後ろをついてくる若い女性。二十代前半程の、はっとするほどの華やかな美人だ。ただ、なぜかひどくソワソワしているように見える。

 そして、元気いっぱいに笑う女子高生。こちらも、その辺のアイドルなど裸足で逃げ出すレベルの、瑞々しく整った愛らしい顔立ちをしている。


(すっごい美人ぞろい……。それにあの三人、すごく顔が似てるわね)


 よく見れば、目元の形や笑った時の口元、醸し出す雰囲気に至るまで、その三人は驚くほどよく似ていた。

 間違いなく色濃い血の繋がりがある直系親族だと、周囲の客が一目で理解できるほどに。


(中高生くらいの娘と、二十代の女の人……年の離れた姉妹かな? じゃあ先頭の人がお母さんかしら。随分と若くに産んだのね)


 周囲の客たちが、そんな想像をしながら彼女たちの美貌に見惚れていた、その時だった。


「ひまりちゃん、おばあちゃん、温泉いっぱいあるね! どれから入る?」


 一番若い女子高生が、露天風呂に続くドアを指差しながら、三十代前半にしか見えない女性に向かって無邪気にそう呼びかけた。


(……おばあちゃん!? お母さんじゃなくて!?)


 周囲の客たちがギョッとして一斉に振り返る。しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。


「ひかりちゃん、先に身体を洗わないと。ほら、お母さんも先に身体洗ってるでしょう?」


 二十代前半にしか見えない女性が、三十代に見える女性を『お母さん』と呼び、少女を窘めたのだ。


(ええっ!? じゃあ、あの高校生くらいの娘は、あの若い女の人の子どもなの!?)


 客たちの頭の中で家系図が激しいエラー音を立てて崩壊し始めた、まさにその時。


 最後に暖簾をくぐって現れた『それ』を見た瞬間、大浴場にいた全員の思考回路が完全にショートした。


(…………は?)


 モデルのようにすらりとした長身。

 湯気の中で淡く発光しているかのような、一点の瑕疵もない滑らかな肌。

 特定の誰かを想起させないのに、誰もが目を奪われずにいられない、完璧に調整された造形美。


 先ほどの三人が「人間としての美しさの最高峰」だとするなら、最後に現れたその女性は、そもそも『人』という概念を超越した、正しく次元の違う存在だった。

 人間離れしている、という言葉すら生ぬるい。まるで神話の女神か、超高精細なCGが現実世界にバグとして混入したかのような、破壊的であり、神聖な『美』。


「……ッ、あ……ひゅ……っ」


 そんな張り詰めた空気をぶち壊したのは、母親であることが発覚したばかりの、二十代前半に見える超絶美人の女性だった。

 先ほどまでソワソワと落ち着きがなかった彼女は、突如として両手を握り締め、酸欠になった金魚のように口をパクパクとさせたかと思うと、限界を突破したような早口で捲し立て始めたのだ。


「ハ、ハルさん……ッ! 造形が、美の暴力がカンストしてます……! 湯煙すらハルさんの神々しさを際立たせるためのエフェクト……! 完全にルーヴルに飾られるべき神話の沐浴シーンです……! 私、今ならこのお湯ごと飲み干して涅槃ねはんに行けます……ッ!」


 彼女はあろうことか、その女神に向かって両手を合わせ、本気で拝み始めたのだ。

 周囲の客たちが(あの美人さん、ヤバい人なの!?)とギョッとして身構えた、その時。


「こら、ひまり。公共の場で変なことを言わないの。ハルさんが困ってるじゃない」


 三十代にしか見えない『おばあちゃん』が、やれやれとため息をつき、祈る女性を言葉で嗜めた。


「だって、誰がどう見ても完璧な美の化身でしょ! ねぇ、ひかりちゃんもそう思うよね?」


 反論する限界信者に同意を求められ、愛らしい少女は後から現れた女神の濡れた背中に、無邪気に小さなタオルを当てながら答えた。


「まぁ、お母さんが美人なのは本当だけど……。あ、お母さん、背中流してあげる」


 おかあさん。

 その単語が浴場に響いた瞬間、周囲の客たちの心は完全に、混乱の坩堝に陥った。


(((お母さん!?)))


(ちょっと待って、あの娘、どう見てもおばあちゃんって呼んだ相手と、もう一人の若いお姉さんと同じ系統の顔してるわよ! 遺伝子レベルでそっくりじゃない!)

(じゃあなんで、あの全く系統が違う、人間やめてるレベルの女神が『お母さん』なの!? 誰が誰を産んだの!? しかも、あの女神本人、どれだけ上に見積もっても二十歳位にしか見えないじゃない!! なんなの!?)


 誰かが心の中で叫んだその悲鳴に答えられる者は、当然ながら一人もいない。


 ただ、露天風呂の縁で、楽しそうに笑い合いながらお湯を掛け合う四人の姿は、どこにでもある家族の風景のようでいて、宗教画のように完成されていた。


 その日、偶然にも同じ時間帯に女湯に居合わせた客たちは皆、圧倒的な美の暴力と大混乱によって完全にのぼせ上がり、湯上がり処のソファで「なんだか、凄いものを見た……」「ご利益はありそう……」と、焦点の合わない目でポカポカと火照る体を休めることになる。


 自分たちの存在と複雑すぎる家系図の光景が、周囲の常識を完膚なきまでに破壊したことなど、露天風呂で平和に笑い合う四人が知る由もなかった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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