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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ


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答え合わせ

 ――二日間にわたる長く張り詰めた時間が、漸く終わりを告げた。


 面接の全日程を終えた、その日の夜。

 ハルたちは自宅ではなく、隣にあるひまりと両親の家にいた。

 六人で囲む少し広めのリビングは、いつにも増して温かな匂いに包まれていた。


 テーブルの中央に鎮座するのは、ひかりの大好物である煮込みハンバーグ。そしてその周囲を、ハルと早苗が腕によりをかけて作った彩り豊かな料理が囲んでいる。


「ひかり、良く頑張ったね……お疲れ様」


 ハルの静かな声に合わせ、六つのグラスがテーブルの真ん中で重なる。


「「「お疲れ様!」」」


 カチン、と涼やかな音が響き、ささやかな宴が始まった。


 ひかりは一口ジュースを飲み、目の前のハンバーグを小さく切り分けて口に運ぶ。


「……おいしい」


「それは良かったわ。おばあちゃんも、たくさん腕を振るったからね。ゆっくり食べなさい」


 早苗の言葉に、ひかりはこくりと頷いて箸を進める。

 だが、二口、三口と食べたところで、不意にその手が止まった。


「……あのね」


 ぽつり、と。

 ひかりが、手元のグラスを見つめたまま小さく零した。


「今日の面接でね、『あなたにとって、一番大切なものは何ですか』って聞かれたの。だから私……『当たり前の毎日です。温かいご飯があって、帰る場所があって、待っていてくれる人がいるこの日常です』って答えたんだけど」


 少しだけ言葉を探すように、ひかりは続ける。


「でも、他の子は『将来の夢に向かって努力する時間です』とか『部活で全国大会に行くための仲間です』とか、すごく立派なことを言ってて……私だけ、なんか変だったかなって。途中で少し言葉に詰まっちゃったし……本当にあの答えでよかったのかなって、ずっと考えてて」


 俯いたひかりは、その真面目な心根ゆえに自分の出した答えが正しかったのか自信が持てず、ただ静かに迷いの中にいた。

 その様子を見守っていた祖父――誠が、ふっと目を細めて口を開いた。


「ひかり。その問いの本当の答えって、なんだと思う?」


「え……本当の、答え……?」


「ああ。そもそも、その質問に『絶対の正解』なんてあるのかい?」


 誠の穏やかな問いかけに、ひかりは小さく目を瞬かせた。


「確かにその問いには、何か意図があったんだろう。そして、その意図に、ひかりの答えが沿っていたかは分からない」


「うん……そうだよね……」


 誠のその言葉により、ひかりの表情に暗い影が差す。しかし、その声に否定の色は微塵も浮かんでいない。事実、次いで出た言葉はひかりを全力で肯定するものだった。


「……でもな、面接っていう大事な場面で、自分の『本当に大切なもの』をしっかり答えられたんだろう? なら、その誠実さは相手に届くだろうし……なにより、その答えが出せるひかりのことを、おじいちゃんは誇りに思うよ」


 誠の言葉に、早苗もうんうんと深く頷く。


「そうよ。背伸びした言葉より、ひかりちゃんが心から大切にしている素直な気持ちが一番伝わるはずだわ。おばあちゃん、その答えを聞けてすごく嬉しい」


 二人の温かく、迷いのない言葉。

 それが、ひかりの胸の奥に引っかかっていた小さな棘を、するりと抜き取っていく。


「ひかりちゃん! 私が面接官ならその答えを聞いた瞬間に満点で合格を出しますし、なんなら感動で泣き崩れてます!!」


「ひまり、面接官が泣き崩れてどうするんだい」


 身を乗り出して力説するひまりを、ハルが淡々と窘める。

 ふ、と張り詰めていた空気が緩み、ひかりの唇から「ふすっ」と小さな笑い声が漏れた。


「ひかり、君の出した答えは、決して間違っていない。……例え、世界中の人が何と言おうと、私は……いや、私たちは、ひかりのその答えを、誇りに思うよ」


 決して揺るがない、静かで芯の通った声。

 ハルが告げたその言葉で、ひかりは憑き物が落ちたようにパッと顔を上げた。


「何も恐れることはない。だから今はただ、温かいものを食べて、ゆっくりと休みなさい」


「……うんっ!」


 迷いが晴れ、ひかりは本来の明るい笑顔を咲かせた。

 再び箸を取り、ハンバーグを口いっぱいに頬張る。


「……おいしいっ!」


 誠が「さあ、このお肉も食べなさい」と皿を寄せ、早苗が「野菜も食べなきゃダメよ」と世話を焼く。


 ひまりも今日の主役であるひかりを労いたかったが、ここぞとばかりに両親が孫にベッタリとくっついており、すっかりお手隙になってしまう。

 故に、次にひまりがとった行動は、ハルの隣へとにじり寄ることであった。


「ハ、ハルさん……っ! 今日はひかりちゃんの門出ですから、お裾分けということで、これ、あーん……してくださいっ……!」


 震える手で差し出されたエビフライ。

 ハルは隣で鼻息を荒くするひまりへ、静かに視線を向けた。


「……君は、相変わらずだね」


「ああっ、そのジト目……! ありがとうございます、ご褒美です!! さあ、私の愛を!!」


「全く……」


 ハルは小さく息を吐いた。

 だが、その身体は避ける素振りすら見せない。呆れたような言葉とは裏腹に、ごく自然な所作でスッと身を乗り出すと、ひまりの箸から差し出されたエビフライを、パクリと躊躇いなく咥え込んだ。

 サクッ、と小気味良い音が鳴る。


「……はうあぁぁぁぁぁっ……!! ハルさんが……私の愛を、私の手で……直接……ッ!! しあわせがさいわいにこうふくで、あぁ……ぐふっ……」


 その場で悶絶し、幸せのあまり天を仰いで固まるひまり。

 ひかりが「ひまりちゃん、また壊れちゃったね」とクスクス笑い声を上げ、誠が「いつものことだから放っておけ」と笑って返す。

 その光景に、早苗も目を細めてふふっと微笑んだ。


「なんだかんだ、ハルさんはひまりに甘いのよねぇ」


 再び賑やかさを取り戻した食卓。

 ハルは何事もなかったかのように口元を拭い、自らのグラスを手に取る。

 普段はあまり口にしないアルコールだが、今夜のささやかな宴にはちょうどいい。


 ハルは穏やかな眼差しでその光景を見守りながら、家族の喧騒ごと、静かに喉の奥へと流し込んだ。


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