第97話 師匠の領地(二)
「トマト」
師匠は自分の髪をくしゃくしゃとして掻き上げた。
「なんか、大事になる気がする」
「え、なんで? 塩トマト、きっと美味しいよ?」
「ああ、うん。多分そうだろうな」
なんか遠い目になっているけど、気のせいかな?
「この平原は畑にならないの?」
「ああ、湿原だからな。下手に踏み込んだら体が沈んで抜けられなくなるから気をつけるんだぞ」
「ええ、底なし沼?」
「いや、そういうわけではないだろうが、支えるところがないから抜け出せない……まあ、言い得て妙だな。それと引きずり込んで襲う魔物もいる」
「気をつけよう」
湿地はほんとは栄養がいい土があるらしいけど、こっちの世界は違うのかもしれないし、何でも切り開いて緑を消すのは悪手だからなあ。
引きずり込む魔物、こわ!
平原を通りすぎて木が少しずつ増え、低い山々があるのが見えてきた。
「あの山のふもとの森の側に領主館があるんだ」
「へえ……山のふもとにあるなんて、ルヴェールと一緒だね」
「……そうだな。気付かなかった。俺はここには短い期間しか滞在してないからな」
「え~師匠、この領の領主様なのにほったらかしなんて酷くない?」
「……こほん」
「あ、視線そらさない!」
「屋敷から一段低い平地に村があって、その先に漁村がある。川は山のすそ野から漁村のある湾へ流れている」
「海! 海が見たいな~」
「一日かかるから今日は館で大人しくしていろ」
「ちぇ~」
「返事ははい」
「はい!」
ラントとアグリにくすくす笑われた。
夕方近くになって屋敷に到着した。
屋敷の使用人たちが迎えてくれた。
屋敷と領を管理している代官、屋敷を取り仕切っている執事、女中頭と女中が三人。警備の騎士が交代で見回りに来る。
師匠は領主の部屋へ。俺とラントとアグリは客室に案内された。
(精霊少ないね)
ラヴァが言う。確かに空気に混じるきらきらは少ない。空気も薄い気がする。
ルヴェールはあんなに濃い空気だったのに。
(糧が少ないの)
糧。ラヴァの糧は俺の魔力だから、魔力が薄い? 空気の魔力か。
霊峰があるから濃いのかな? それとも元々あの森が魔力が濃いのだろうか?
とりあえずクリーンの魔法をかけて旅装から普段着へチェンジ。
客室は広くて、ベッドとテーブルと椅子。クローゼットに机もある。
ドアがノックされて返事をすると、女中がジュースを持ってきてくれた。
「ありがとう」
なんのジュースかと思ったら、オレンジの味がした。
そういえば柑橘系はあまりなかったなと思った。南の方にあるんだろうか?
領主館は師匠の王都の屋敷より、簡素な感じだったけれど、広くて部屋数も多かった。前世でいうカントリーハウスって奴だ。
一応軽く案内してもらったけど、記憶術を駆使しないととても一度で覚えられないくらいだった。
夕食に呼びに来た女中が食堂だけで三つはありますからと微笑んで言っていた。
侯爵家に行った時は完全におまけだったけど、ここでは主賓になるんだろうか?
もしかして晩餐形式だったらどうしよう。普段着のままだよ!
食堂に入るとそんなに広くない部屋で、師匠が待っていた。一応いつもの師匠よりドレスアップしている。でも、正装というわけではなく普段よりは上等なものを着ている感じだ。
「かしこまらなくていい。ラントとアグリは緊張するからというので使用人と一緒に食べるそうだ」
「そうなんだ。残念」
主菜とスープとパンだった。主菜はお魚だった!
「お魚?」
「そう、海で獲れる白身の魚をソテーにしたものだ」
ふわっと香るバターの匂い。
口に入れると柔らかくほどけて、鼻にバターと香草の匂いが抜ける。カリッと焼けた皮もアクセントになっている。
「美味しい!」
「魚、食べたかったんだろう? どうだ? 満足したか?」
「こんなに美味しいなら毎日食べたい!」
「……ええ~俺は肉がいいぞ」
「領主なのに、地元素材を口にしないとか! ダメです!」
「はいはい」
「はいは一回!」
あれ? 女中や執事の肩が微妙に震えてるんだけど?
美味しく食事をいただいた翌日!
ラントとアグリを連れて、畑の視察だ!
来ました畑。
作業している人は一人。まだ種も蒔いてない感じだ。
その一人が顔をあげる。まだ若い青年だ。
細身でローブを身に着けている。髪は薄い茶色で、目は灰色だ。
「どなたですか? この畑に用が?」
「領主のヴァンデラーだ」
「ご、ご領主様!? こ、これは失礼を」
「ここは君の畑か? まだ種も蒔いてないのか?」
「ああ、塩分を取り除いてから蒔くんです。私の魔力量が少なくて、なかなか抜けないので……」
「君は錬金術師か?」
「はい。ご領主様の依頼を受けました」
「そうか。君一人で?」
「錬金術師は希少職で、持ってる人が少ないので……それに大抵は工房を持つのでこういう仕事は受けないと思いますよ」
師匠の眉が寄る。
「君は工房を持ってないんだったか?」
「平民なので、独学です。師は見つけられませんでした。冒険者をやってます」
師匠と青年が話をしている最中にラントとアグリが土を見ている。
その足元にひょこっと土精霊が顔を出した。
いつもの精霊だ。
んん? いつもの?
「え、契約してる?」
(彼は気付いてくれないんだよ)
え、土精霊さん!? あなた、上級でしたか!?
次の投稿は明日になります。
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