閑話 デュシス侯爵(二)
ダンジョンを軽く偵察させてみたところ、かなり深い階層のダンジョンであるだろうということだった。
十階層までは弱い魔物が出るらしく冒険者を呼んで間引きをするのがいいだろう。
だが、ソア子爵家は全滅していて、離れた領地にいた分家が三つほど残っていただけだった。
数少ない資料から察せられるのは、魔物の間引きを行う領軍の数を減らし、ダンジョンの発見を遅らせ、溢れを招いた。税を絞るだけ絞って領民の体力を削ぎ、餓死者を出していた。
ルヴェール男爵領の支援を受けたことで、豊かになったかの地を手中にしようという馬鹿らしい計画もあり、子飼いの盗賊に、ルヴェール領を襲わせたらしいが失敗したようだ。
当たり前だろうな。民兵までうちの領軍の中隊長クラスの強さだ。
いや、どうだろう? もっと強いか?
そもそも、霊峰のふもとに広がる森は魔の森とも、不帰の森とも言われ、強力な魔物が跋扈する危険地帯だ。あの森の側の土地を開拓するものはすべて森に飲み込まれて成功しなかったという。それを可能にしたのがルヴェール家だ。かの家以外が成功したことはない。
ソア子爵は天罰を受けたのかもしれない。ルヴェール家に手を出すという禁忌を犯したせいで。
ここは、ルヴェール家にソア子爵領を請け負ってもらうしかあるまい。だが王家に加増を願い出るには実績が足りない。ここはソア子爵領の立て直しをしてもらうしかあるまい。
「は……子爵領の立て直し、ですか?」
「なに、ただとは言わん。立て直し後はルヴェール領に編入する。それに褒賞金も授ける。此度のスタンピードではルヴェール領軍の活躍で、魔物の素材が多く捌けたからな」
「は……ありがたく受け賜わります」
「それから、預かってもらいたい子女がいる。人手不足と嘆いていたようだが、見習いを二人、預かってもらえないか」
「はっ」
「ギード・ソルアはソア子爵領が縮小され、男爵領規模になった領地の領主になることが決まっている。のちの領主として、厳しく鍛えてくれ。実務的には執事見習いでいいだろう。もう一人はわがデュシス侯爵家の分家に当たる家の令嬢で、カリーヌ・デュモン。侍女見習いでお願いする。二人とも、十歳だ。二年後は貴族学院に入学することになる。それまでよろしく頼む」
「はっ」
「論功行賞は侯爵家で行うが、家族全員で来てもらいたい」
「家族全員ですか?」
「我が家や寄子の子供たちと、交流を持つべきだと思わんかね? そなたの家にも子息がいるのだろう?」
「……あー、いますが、その……」
「何か問題でも?」
「……いえ、ありません……」
「ではよろしく頼む。これが招待状と、計画書だ」
大人しく指示に従ってくれてよかった。威圧感が凄い。よくあのルヴェール男爵と事を構えようなどと思ったな。ソア子爵は。
その後行われた論功行賞は無事にすんだ。無事にすまなかったのは子供たちの交流だ。
「は? ルヴェール家の嫡男を軽んじている?」
「真面目に交流するという気がないようでした。一緒にいた寄子のご学友たちのほうも悪いですね。グザヴィエ様はその悪意のあるお言葉に頷いてらっしゃいましたので」
私は頭を抱えた。
後日出された会話の記録に嫡男教育を間違ったのかと眩暈がした。
フルオライトというルヴェール家の嫡男はグザヴィエらの侮りを軽く受け流していたという。賢い子ということだ。独り言が多いということだが、同じくらいの子供が少ない環境で育ったようだから仕方あるまい。
社交を終え、彼らは領地へ帰っていった。諜報を兼ねた商隊をつけたがどうなることやら。
あとは子供たちの教育の修正ができるかわからないが何とかしないとまずい。
その前に飢饉対策だが、ルヴェール領は豊作だというので、商隊に買い付けを頼んだ。いくらでもいい。食料が手に入れば僥倖だ。
「この量を?」
買い付けを終えた商隊が戻ってきた。成果を聞いて驚いた。
「小麦とジャガイモがそれぞれ荷馬車三台分と、干し肉を一台分」
「ジャガイモなど、人は食えんだろう」
「それが……このレシピを見てください。私達も食べましたが、そのう、とてもエールが進む味で……」
「では試しに食べてみるか。料理長に渡してくれ」
絶品だった。腹持ちがするので、飢饉から脱するまで、繋ぎにはなるだろう。
油を使う料理は貴族的に見ても自慢になる。
「ジャガイモを作付けに加えるんだ」
「はっ」
「収穫量が八割に戻っただと?」
「はい。しかしながら領都付近、そしてルヴェールに近いところだけですが……ジャガイモは豊作です」
「ふむ」
王国全体が不作の中、ルヴェール領だけが豊作だ。そして、去年との違いはルヴェール家が我が侯爵家に滞在していたということ。
まさか。
まさかだろう。
カリーヌから手紙が来た。
『ルヴェールに骨を埋めたい』
なにを考えてるんだ!? 何がルヴェール領であったというのだ!? 親御さんに私は何といえばいいのか!?
よくよく読んでみたら新しい布を開発したということだ。その担い手になっているので、その仕事を続けたいという願いだった。カリーヌは裁縫師だったな。そういう思いになっても仕方あるまい。一応親御さんに手紙を送るか。
新しい鏡を開発したと手紙が来た。
放浪の賢者、ヴァンデラー卿を食客に招いていたらしい。ガラス職人との共同開発だということだった。
王家の献上品とともに我が家にも献上するとのことだった。
上手く領地開発もしていて、ダンジョンも上手くコントロールしている。子爵への推薦は通るだろう。
しかし、ヴァンデラー卿がひとところに収まるなど、ありえないと思っていたのに。
それからもう一つ。新しい紙。
見本品が入っていて、ルヴェール領では手に負えないから丸投げしたいと書いてあった。意訳だが。
一大産業になるかもしれない。私は寄り子に手紙を書いた。そしてこの紙は爆発的に広がることになる。
献上と陞爵のため、王都の王宮へルヴェール男爵と謁見に向かった。ヴァンデラー卿はまだ若く見える。今回は子供たちの交流は避けた。
ガラスの鏡は素晴らしい出来だった。今までの鏡は何だったのかというくらいだった。この鏡は貴族のステータスになる。
今のところ、作れるのはヴァンデラー卿か、特許を使った錬金術師しかできないという。
「この手鏡素晴らしいわ」
妻は鏡と献上された藍色と水色の布に夢中だ。礼服をその布で作って揃ってきているのも驚いた。
全てはヴァンデラー卿の入れ知恵だろうか。
瞬く間に富んでいくルヴェール領。
我が寄り子でよかったと、背中に冷や汗が流れる。そして、翌年王都でも不作が解消された。
ルヴェール家に噂があった。彼らがあの地を治められるのは精霊の祝福があるからだと。
精霊の祝福を持っている誰かがいる。確実だ。
その人物を知らずに傷つけてしまったら破滅する。
絶対に彼らに手を出してはいけない。
絶対にだ。
次の投稿は18時になります
これで間章はおわり、次からは新章になります。




