第100話 師匠の領地(五)
魚や海藻類はインベントリに仕舞って、父と一緒に王都に来るエリックと一緒に調理法を考えようと思う。海の精霊は『これから豊漁よ!』とか言ってたから、とりあえず絞めてマジックバッグで王都で売りさばけばいいと思うんだけど、師匠はどう考えてるのかな?
「師匠、あのリヴァイアサンてどんな魔物なの? おっきかったけど、師匠瞬殺しちゃったから、いまいち強さがわからなくて」
「あ~あれは海龍と呼ばれてて海での龍だな。俺もあったのは初めてだがまず、船の底から突き上げてきて壊されて海に放り出されて食われるとか聞いたな。海で戦闘は難しいから、難易度が上がるし、火属性や炎属性が効かないから氷属性や他属性の攻撃魔法を当てるのも難しいな。火属性より少ない属性だからな。冒険者で言うと最高クラスの冒険者一個中隊はいないと難しいな」
「ええ? そんな強い魔物なの?」
「厄災級だぞ? 本来はブレス一つで村が吹っ飛ぶくらいだぞ」
いやいや。さらっと厄災級斃しちゃった師匠が厄災級なんじゃないの!?
「あーだから口の中狙ったんだ」
「お。わかったのか?」
「口の奥からすごい魔力感じたから、ヤバいな~って思ったら、氷の槍が突っ込んで霧散してたから」
「よしよし」
頭をぐりぐりされた。もう、十二歳になるんだから、幼児扱いはそろそろやめて欲しいんだけどな。
「あんなのと会うなんて一生に一度だろうから、気にすんな」
師匠、それってフラグじゃない?
ほんの一週間ほど、漁村に行っていたのに、風景が変わるってどういうことなんだろう。
屋敷までに至る畑が緑で溢れていた。
(精霊いっぱい)
「あ~そうだねぇ」
「どうなってるんだ? これ」
(多分あの二人のせいかと思うわ)
確かに、神業農業師ことラントの周りが光ってる。
「神業農業師……」
師匠、今更実感しても遅いかも。
「大丈夫だ。俺は負けない」
師匠は何と戦ってるの? もうリヴァイアサンは倒したのに。
「お帰りなさいませ。旦那様」
執事が出迎えて、女中が荷物を運んでいった。騎士と兵士も手伝っていた。
女中が部屋に案内してくれた。
「いろいろあって疲れたな~」
(びっくりした。海は危険)
「まあ、危険なんだけど、美味しいものもたくさんあるんだ」
そうだなあ。せっかく魚がいっぱい獲れるなら蒲鉾とか、いいんじゃない? 塩も海から採れるし。あれ? でも塩田とかなかったよなあ?
抽出でもいいけど、ミネラルとんで精製塩になりそうなんだよな。それじゃあ、美味しくないし。
要相談だな。
そうなるとおでんとかできそうじゃない? 大根はあったはずだし、昆布も採れるし、はんぺんとか厚揚げとか。たまごもあったはずだし、こんにゃくはなかったから、芋から見つけないとダメかな?
夢が広がるなあ!
夕食に食堂に行ったら、師匠がげっそりしていた。
「もう書類は見たくない……」
そうだった。師匠は書類と戦ってたんだ。
「ラントは重要人物だな。ルヴェールから出て行かれたらとても困るな」
「大丈夫だよ。ルヴェール大好きって言ってたもん」
「ならいいが……高レベル農業師で、農業神の加護持ちで土精霊との契約者。どこの領地も欲しがるだろうな。特に土地が痩せてるところは」
「そういうものなの?」
「ああ。食は基本だろう? 食べられなきゃ死ぬしかないんだからな」
「確かに。衣食足りて礼節を知るって奴だね」
「ん? そんな言葉あったかな? まあ、でも、飢えてる奴が着飾るなんてことはないからな」
「うん。あのね、相談があるんだけど」
師匠の腰が引けたような気がした。
「……なんだ? 言ってみなさい。ダメな時はダメって言うからな?」
「はーい。あのね……」
俺はかまぼこのことを言ってみた。塩のことも。
「……ここでは設備に金がかかりそうだから塩の精製はやっていないんだ。だが、そういう加工品を作るならやってみてもいいかもしれない」
「エリックにも協力してもらおうかなあ?」
「ああ、レシピを作ってくれるとありがたい」
「じゃあ、お手紙書くね」
「いや、これはヴァンデラー伯爵として、俺が書こう」
「そう?」
なんだか、師匠のテンションが上がった気がする。
それから怒涛の日々を過ごしているうちに俺の誕生日になった。
「まず私たちからです」
ラントとアグリが籠いっぱいの野菜を俺にくれた!
「こちらが、塩濃度の高い場所で育てたトマトです。こちらは土壌の塩分を吸収する性質を持つ植物です。ここの土壌は塩分が豊富なので、こんな風に葉に水泡ができました。生で食べると、塩をかけてないのに仄かな塩辛さを感じ、葉の甘みを増してくれます。ルオ様のご提案された野菜たちです」
「ありがとう! 師匠は? 師匠は食べた?」
「いや、まだだ」
「食べてみようよ! 一緒に」
「ああ……生で?」
「生で。心配ならクリーンか浄化すればいいよ!」
「あ、ああ。浄化」
「さ、がぶっといっちゃって!」
「ルオに贈られた物だろうに……」
トマトを齧る師匠の目が見開いた。
「甘い。果物みたいだ」
そこで俺も齧った。溢れる水分が甘みを帯びている。果肉もみずみずしく、張りがあって青臭さは微塵もない。
「美味しい! これはサラダとか、デザートだよね」
そして師匠は恐る恐る、水泡の浮いた葉を齧った。
「! なんというか、不思議な食感だな。でも美味い」
前世でいうアイスプラントに似た葉を齧ると、プチプチした食感と、弾ける水泡にたまった塩分が舌にしょっぱさと甘さを感じさせる。
「美味しい!」
ラントとアグリが嬉しそうだった。
「俺からはこれだ」
「水?」
「にがりって奴だ」
「! 覚えてたんだ」
「さんざん言ってたじゃないか。覚えるって。塩を作っている過程で出たものを鑑定したら、『にがり 豆腐の凝固剤に使える。そのままでは苦い』と出た。豆腐とは? と思ったら、ルオがなんとなく言ってた覚えがあったんでな。捨てずに集めて置いた」
「師匠! ありがとおおおおお! よし、大豆もあるし、豆腐作るぞ!」
「待て、待て待て! ルオ、そこまでしろとは言っていない」
「え、だってにがりだよ? それ以外に何をするの?」
「……落ち着いてそこに正座」
「え、はい」
俺、誕生日なのに説教だよ!
その後、皆に生暖かい目で見られながら盛大に祝ってもらった。お魚メインのごちそうで嬉しかった。
それから、また、畑に行ったり、かまぼこ用の撹拌機や蒸し器を作ってもらう算段をつけたり。いろいろしていたら、王都に戻る時期になった。
帰る日の前日、師匠と、たわわに実ったトマト畑、アイスプラントの畑を回る。そして土壌改良と品種改良で潮風に負けない小麦が、青々とした葉を風に揺らしていた。
「こんなによく育ったのを初めて見たよ」
「ほんとに?」
「先代は、錬金術師で、農業に詳しくなかった。農業師も、いなかった。細々とした収穫に税を取ると領民が死んでしまうと言って身銭を切っていた。俺はそんな領主は見たことがなかった。税収が上がらなければ税率をあげるというのが俺の実家だったからな」
師匠は空を見上げるように顔をあげた。光が俺からは逆光となって、師匠の姿は影になる。
「こんな畑を夢見ていたのは知っていた。俺も農業に詳しくないから、出来ることといえば錬金術だ。塩分が多くて育たなければ土壌から塩分を抜いてしまえと、全部の畑から塩を抽出した」
師匠がしゃがんでそっと土を撫でた。
「一年はそれで収穫が増えたけれど、継続して取り除かないとすぐに蓄積してしまうから、定期的に抽出をするようになった。それで、ある程度収穫は安定して増えたが、領民を豊かにするまではいかなかった」
師匠が俺の手を握る。
「ルオ、ありがとう」
師匠の視線は、笑顔で農作業をしている領民へ向いた。
その師匠の頬に涙が伝い落ちる。師匠はしばらく気付かず、はっとして拭うが止まらなかった。そして両手で顔を覆って、静かに肩を震わせた。
「ああ、師匠にこの光景、見せてやりたかったなあ」
小さい呟きはくぐもった、涙声だった。
次の投稿は明日になります。
本章はこの話で終わりです。間章を挟んで新章になります。
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