197話 イポスと小悪党
「こ、この野郎。よくもあたしを足蹴にしたね! それにどうやってあたいの世界に入りこんだんだい?」
「鍵は開けっ放しはいけないな。どこかの小悪党が入り込むかもしれないだろ?」
瓦礫の山と化した壁の残骸から、大柄な女性が激昂して這い出て罵ってくるので軽口で返す。ランピーチの不意打ちの蹴りをくらい、かなり怒っているようで顔は真っ赤だし、額に浮く血管はブチ切れそうだ。
「なぁ、あいつはどんな悪魔だと思う? アマゾネス?」
筋肉ムキムキで、背丈も二メートル近い。別に差別とかではないが、正直怖そうなので近寄りたくない人種である。
「とりあえず、ライブラあーい!」
肩の上に浮いているライブラが、ブイと指を目につけて解析をする。
『イポス:レベル10』
人間にみえるが、高位の悪魔の模様でレベルは最高だった。まぁ、限界突破した悪魔と戦っているから、今更驚かないけどね。
イポスとは、ソロモンの悪魔にして、ライオンの頭とガチョウの胴体、なぜかうさぎの尻尾を生やしている過去や未来を見ることのできる悪魔。即ち、この間倒したウァプラと同タイプだ。ただ少し違うのが、機敏さと勇敢さを持っているというところだろう。だからムキムキマッチョだと思う。
にしても、アマゾネスってこの敵に相応しいと思うんだ。身体がマッチョでぶん殴られたらとても痛そうである。
「舐めやがって。どうやらあんたがランピーチ・コーザらしいね。この時代に生まれたハンター。悪魔をも滅する能力の持ち主」
「有名になって照れるね。サインが欲しかったら、サイン券を買ってくれよ。厳正なる抽選の結果、外れると思うがね」
飄々と答えて、ランピーチが肩をすくめてみせると、イポスは口汚く罵りながらも、ニヤニヤと笑いをみせて余裕の態度だ。
「こいつら悪魔って、本当に自信持ちすぎだよな。いや、狐の悪魔は軍人っぽく油断はなかったから、これは単純に階級が高いからか」
部長レベルを超えて、取締役あたりになると、自分が偉くなったと思って横柄な態度を取る輩は多い。でも、それは間違っている。いや、間違ってはいないんだろうけど………。
「それは自社内だけにしといてくれ。他社では対等な立場だから。そこらへん勘違いする奴がいるんだよな」
「あたしは地位だけでなくて、殺し合いでも強くてね。あんたの力を確かめてやるよ」
「殺し合いとか物騒なことだ。俺は平和主義者だから、あまり嬉しくないな」
煽るが、慣れているのか平然としており、イポスは片手を引き絞ると筋肉を膨張させていく。
「あたしの名前はイポス。警備会社の社長といえば力がわかるだろうよ!」
『風は吹き荒れ、刃と化す』
正拳突きのように拳を繰り出すと、ひとよりも大きな風の渦が発生して、全てを飲み込む大蛇のように、ランピーチへと放たれた。
「格闘戦じゃなくて、魔法戦かよ! アマゾネスイメージと違うじゃん!」
「あたいの魔法はそこのトンボのガキとはレベルが違うよ。肉片になってその軽口を後悔しな!」
『さらなる風が猛威を振るう』
風の大蛇が追加で生まれると、うねりながら迫ってくる。二匹の大蛇が触れた箇所は細かな粉に分解されて、風の中に呑み込まれていく。
「たいした力だ。ライブラ!」
「あいよ、お前さん!」
『神霊融合』
閃光が放たれてランピーチとライブラが融合し、銀髪の精霊戦士に変わると、その力が一気に引き上がる。
「それが噂の完全なる精霊戦士かい、たしかに手強そうだね」
「手強そうという意見ではすまないと思うぜ?」
不敵な態度で気圧される様子もなく、好戦的な様子のイポスに、ランピーチは正拳突きの構えでニヤリと笑う。
『拳風巧手』
左足を踏み込み、繰り出す掌で螺旋を描き肉薄する風の渦に立ち向かう。ランピーチが鉤爪のように手を曲げて、5本の指の跡が空間に残り、人を呑み込む巨大な大蛇のように大きく口を開けて迫る風の渦へと拳をぶつける。
風の渦に対して、ひ弱にして意味のない攻撃。風に対抗するのに拳で迎撃するなど、愚かにして無意味なものだと思われた。
だが、拳がぶつかると風の大蛇は中心からぐにゃりと歪み、内部から暴風が膨れ上がり爆発し霧散する。
「むんっ」
右足にて摺り足で滑るように左拳を二匹目の風の大蛇にぶつけると、同じように内部から爆風で吹き飛ばし、その身体を打ち消す。
二匹の風の大蛇が爆発し、爆風が周囲に広がっていく。壊れた瓦礫もその猛威によって吹き飛び、ミミは障壁で皆を守り、倒れていたクリシュナが壁に押し付けられる。
「やるじゃあないか、精霊戦士!」
暴威を見せる爆風の中を貫いて、獲物を見つけた猛獣のように襲いかかってくるイポス。引き絞って力を込めている拳には視認できる魔力が渦を巻く。
「らぁぁぁっ!」
雄叫びをあげて、イポスが亜音速の拳を繰り出す。対して、冷静さを崩さずに、ランピーチは風の大蛇を倒した残心を解いて、螺旋を描くようにイポスの拳へと掌を向ける。
ランピーチの掌がイポスの拳に触れると、羽毛が触れるかのように優しく拳を押し退けて、その軌道を曲げる。
ランピーチの顔の横を突風と化した拳が通り抜けていき、銀髪が靡く。
「ららららぁっ!」
「やはりアマゾネスかよ」
受け流されたことなど、まったく気にもせずに、イポスは筋肉を膨張させて、両腕を振るっての連撃を繰り出し、鉄柱のようにぶっとい脚からの蹴りも放ってくる。竜巻のような連撃がランピーチに襲いかかり、膨大な魔力が込められた攻撃はランピーチを粉々にせんと迫る。
「雑な攻撃はどんなに速くても俺には通じないぜ、アマゾネス」
対して、舞うようにランピーチは力ではなく優雅な動きでイポスの攻撃を受け流していく。最小限の力にて、触れることなどできないそよ風のようにイポスの拳に触れて軌道をずらし、蹴りを3歩下がりスウェーし、掌底にて連撃の隙を狙い、イポスの胴体に発勁を喰らわす。
「くっ、この野郎!」
胴体に受けた衝撃に顔を歪めると、イポスは大きく後ろに飛んで、ランピーチを睨んでくる。
「たいした体術じゃないな。イポスとか言ったな、諦めて投降しろ。捕虜に対する国際条約は知ってるから」
煽るように手をクイクイと動かして、冷笑にてイポスへと告げる。
『ソルジャー、国際条約ってなぁに?』
『子供は無条件で赦免するという捕虜の扱いに対するランピーチ条約だ』
『それって、一部の敵にしか適用されない条約じゃない?』
ライブラへと飄々と答えると、呆れた思念で返してくる。もちろんうちのメイは赦免に決まっているだろ。
「体術ねぇ……あたしにとってはあまり縁のない名前だよ。だって、技など………力で押し潰してきたからね、この悪魔の身体になってからは敵もいなかった!」
面白そうにイポスが顔を歪めて、さらなる魔力を自身に集めていく。
『ソルジャー、気を付けて。イポスが真の姿を見せるよ! ええとうさぎの尻尾だっけ?』
日に日にポンコツ記憶力を見せてくれるライブラさんだ。
『あと、ライオンの頭にガチョウの胴体な。でも、それだけ聞くと、弱そうな外見だよな。だが変身シーンは助かるぜ』
身体が変貌していくイポスはガン無視して、ミミへと視線を向ける。
「離れた場所にメイたちを避難させるんだ、ミミ。この世界の境界線まで下がってろ」
「メイたちも避難させるのぉ? この子達は危険な悪魔だよぅ」
ランピーチの言葉に珍しく不満そうに鼻を震わすミミ。滅多にない態度からは、悪魔を殲滅させるという意志の強さが透けて見える。悪魔たちを倒すべく生まれた人工精霊だからだろう。
そのことを知っているのだろう、三人娘はメイを守るために盾となっているし、メイは泣きそうだ。
「ミミ、メイは俺の家族だし、家族が一度や二度不良になっても、許すのが当たり前なんだよ」
優しい顔にてミミに告げる。家族愛って、そんなもんだと思うんだ。
「この子の完全体はかなりの被害を生み出しているのにぃ?」
「知らないな。訴状をあげる相手もいないだろうし、1200年前の話だろ。俺にとっては遠い昔の出来事で、最近にしても悪い噂は聞かないんだよ。な? 問題はないだろ?」
肩をすくめて告げると、ミミはガトリングを持つ手を下ろして、きゅーと鳴く。仕方ないなぁと呆れたのか諦めたのかはわからないが、不満は消えていた。後ろで、うぉぉと変身中のイポスの唸り声がとてもうるさい。
「お父様、許してくれるでしゅ?」
涙目のメイに微笑みで頷き返す。だが、これは当たり前の話だ。どう考えても、大人が悪くてメイは悪くない。自身の意図でない悪事はメイの本当の両親に責任をとってもらおう。
「あぁ、許すもなにも、メイがまったく知らないことで怒るわけにはいかないからな」
「ありあと〜! お父様だいしゅき!」
「ありがとうよ。それじゃ、避難してろ」
「あい! クーコ行くよ!」
「了解っす!」
メイをおんぶしてクーコたちが慌てて立ち去り、クリシュナの首根っこを掴むと、ミミが意味ありげにちらりとこちらを見た後に、テテテと去っていく。
ノルンへと変身することに対してはなにか考えなければと思うが、今はこれで良いだろう。子どもにトラウマを与えちゃだめだよ、うん。
良かった良かったと、満足なランピーチだが、ライブラがなぜか震えた声で思念を送ってくる。
『ソルジャー、後ろ、後ろ。アマゾネスが大変なことになってるよ』
『わけわからんキマイラになってんだろ? うさぎの尻尾だけは見るところがあるかもしれないが………なにこれ?』
イポスの変身シーンをスルーしたランピーチは、振り向いて変身後のイポスへと顔を向けて、唖然としてしまう。
少し予想とは違う姿に変身していたからだ。
「ええと………イポスの言い伝えとは違うと思うんだが?」
「ふふふ、バカだねぇ、あんたの戦闘力は知ってるんだよ。ウァプラに勝ったあんたに無策で来るわけはないだろ?」
丸太のように太い四肢は地をしっかりと踏みしており、黄金の鱗に覆われる胴体。コウモリのような翼を持ち、蛇のような長い首を生やし、トカゲのような頭。大きさは20メートルほどの体躯。………即ち黄金竜がそこには存在していた。
「ここに来る前に、雷と氷の精霊王を吸収してきたのさ! さぁ、ランピーチ。殺し合いを始めようじゃないか!」
竜の咆哮をあげて、黄金竜となったイポスが言う。
まじかよ、アマゾネスに見えたのにちゃんと頭を使ってきたのか。まいったね、こりゃ。




