196話 時間の権能と小悪党
空間を埋め尽くした銃弾。その銃弾の数は数千はある。それだけの数の銃弾の軌道を計算し、回避されることを予測して、正確に跳弾を起こして、回避不能の全周囲攻撃へと変えたミミの神業。その攻撃を前にしては、たとえノルンがいかなる強固な防御壁を作り出しても防ぎきれずに倒されるだろう。
——そう思われたが。
『時の流れは妾の手元に』
ノルンが軽く扇子を振ると、全ての銃弾はノルンへと命中するあと数センチのところで停止してしまった。いや、銃弾だけではない。崩れ落ちる瓦礫は宙空で固まったかのように浮いており、爆発音は一切消えて静寂が支配していた。
ミミも同じくガトリングカノンを向けたままで凍りつくように宙空で停止しており動くことはない。
「ふ、見事じゃ。これだけの戦闘センスを持つ人工精霊がおるとは思わなんだ。しかし、残念だったの。他の悪魔ならば倒せただろうが、妾を相手にするには分が悪すぎた」
囲んでいる銃弾を扇子でどかしながら、ノルンは天上から、下界を見下ろす神のように嗤う。
「妾はノルン。時間の権能を司るものなり。勉強不足であるな、うさぎよ」
ノルンは銃弾が命中する寸前に時間を停止していた。たとえ光の速さでも、絶対に命中するタイミングでも、全て時間を停止してしまえば当たることはない。
銃弾をどけながら、余裕の笑みでノルンは停止してピクリとも動けないミミの前に移動すると、手を振り上げる。
「こやつ、ただの人工精霊ではない。察するに昔はエースであった戦士であったのだろう。ならばここで殺しても復活するだけ。殺した瞬間に時間封印をしておくとするか」
扇子に魔力を集め始めて、封印を付与する一撃を与えんとする。
「悪く思わないでおくれ。そなたは死ぬことすらも気づかずに、その生命を消されるだろうが」
ミミの装備する精霊鎧の装甲をあっさりと両断できるだけの魔力を籠めて、ノルンはミミの頭へと振り下ろす。
——かと思われたが。
「決定的な隙をようやく見せてくれたんだよぅ」
時間が停止して、動けないはずのミミが呟き、胸の装甲が開く。開いた中には懐中時計があり、チクタクと時間を刻んでいた。ただの懐中時計ではない。時間が停止しても、その中で時を刻む特別レアなアイテムだ。そして、ミミの隠し持つ本当の切り札。
「な!? なぜ動けるのじゃ、きさま!」
想像だにしなかった事態に驚愕し、一瞬頭が真っ白になるノルン。それに対して、懐中時計から眩い光を放ちつつ、ミミはのんびりと答える。
「ノルンが時間を操ることなんて、調査済みぃ。そして、これがミミの本当の必殺技」
『遅れちゃ大変、世界が始まる』
そして胸から膨大な極光が放たれるとノルンへと命中し、その光で流すかのように押していく。
「ば、馬鹿なっ。こんな、こんなことがぁぁぁ、逃げられぬ。この時間の停止している世界では運命の糸が紡げぬぅぅぅ! 時間を停止するのを待っていたのかぁぁぁぁ!」
自身の肉体が崩壊していき、魔力が呑み込まれて、ノルンは憎々しげに叫ぶがもはや遅い。時間が動いていれば、逃げる未来も作れたが、時間が停止している世界では、どのような未来の糸も紡ぐことができない。なぜならば時間が停止すれば、あらゆる未来は存在しないからだ。
逃れられぬ運命を前に、ノルンは光に呑み込まれてビル全体を吹き飛ばすかのような大爆発を起こして消滅するのであった。
爆風が巻き起こり、ミミはようやく引き金から手を離し、ガトリングカノンの銃口が虚しく回転していくのを見ながら、鼻をスンスンと鳴らす。
「時の停止の権能を使用している間は、あらゆる時間の権能は使えない。だから狙ってたんだし時間対策は完璧だよぅ。残念だと告げるうさ」
そして、緻密なる作戦に作戦を重ねた頭脳戦を見せたミミは銃を下げて、きゅーと嬉しそうに鳴くのであった。
◇
ノルンを倒したミミはゆっくりと地上に降りてゆく。その途中で地上にてバチバチと放電が起こると——。
「あう」
「いで」
「ううっ」
「えおっ」
幼女と三人娘がボロボロになって、瓦礫の山の上に転がって現れてきた。時は動き出し、もはや普通の時が流れる世界に戻っている。
「悪魔融合が解けたんだねぇ。でも、悪魔なのは変わらない。殲滅するよぉ」
地上に降り立ち、ミミはガトリングカノンの引き金に指を再びかける。その瞳には、現れた四人がロックオンされており、あとは引き金を引くだけで終わるだろう。感じる魔力はほとんど無く、もはやミミに対抗できる手段はない。
悪魔を討伐する為に生まれた人工精霊は、その役目を果たそうとして、その殺意を感じた三人娘たちが、よろよろとよろめきながらメイに覆いかぶさると、必死の顔を向けてくる。
「あたしらの負けっす。でもメイ様は見逃してほしいっすよ!」
「そう、私たちの命は取って良いからお願いする」
「我らの負けだ。だが先程のノルンの意思はメイ様のものではないのだ。許してほしい」
クーコたちの必死の声は、噓はなく、本心からだった。本当にメイのことだけを案じており、大切に思っているのだろう。
「ノルンは強いよぉ。それにどれだけの人々が苦しめられてきたかを知ってるから許すことはできないんだよぅ」
ノルンは危険な悪魔であり、次に戦えば同じ戦法は通じず苦戦は必至だ。それに悪魔戦争でも、その後の1200年間でも、その未来を操る権能で、どれだけの犠牲者がでたかを、その数はわからないが膨大であることを、ミミは知っている。
ここで殺しておくべきであり、小悪党システムの導入された今のミミなら悪魔を消滅させることも可能なのだ。このチャンスを逃すつもりは——ない。
「そ、それじゃなんでメイ様を殺さずに暖かく迎えたんすっか! 愛ある生活を中途半端に送らせてあげないでほしかった。うちらは状況を見て、ハーケーンについたし、ひどいこともしてきたっすから殺されても文句は言わないっす。でもメイ様は大人がいけないんです。優しい生活の中で暮らすべきだったんす!」
「………きゅー」
親分が選択したメイを生かす選択肢。ミミも大丈夫かなと、少し思った。子供だから、危険はなかろうと。だが、先程のノルンの力は見過ごせない。
「人工精霊殿。我等が消滅すれば、メイ様はもはやノルンへと変わることはなくなる。お願いだ。我らを消滅させるだけにしていただけないでしょうか? 伏してお願い申し上げる」
「お願いする」
「お願いするっすよ」
三人娘たちが土下座をして、メイの命乞いをしてくるので、ため息をついちゃう。が、その選択肢を選ぶことはできるかもしれない。
「仕方ないなぁ。それじゃ、メイだけは残すよぅ。後の判断は親分にお任せするぅ」
ミミは迷ったが、その選択肢が良いかもと引き金を引こうとする。狙いは三人娘。一回引き金を引けば、あっさりと殲滅できるだろう。
「だめー! クーコたちを殺しちゃだめー!」
だが、それを聞いたメイが立ち上がると、三人娘の前で手を広げて叫ぶ。
「うさちゃん、だめでしゅ。クーコたちはあたちの大切な家族なの!」
涙目でプルプルと震えながら、いつもとは違う必死な声でメイは一歩も譲らないと、真剣な目で立ちはだかる。
その顔を見て、不退転の決意なんだと悟り、ミミはため息を吐いてしまう。
「だめっすよ、メイ様。ここであたしらは消えるべきっす」
「そう。そうすればメイ様は幸せに生きれる」
「これは必要な犠牲なのです、メイ様」
メイの行動に慌てる三人娘が、退かそうとするが、一歩も引くつもりはないとメイは踏ん張りながら叫ぶ。
「クーコたちがいなかったら幸せじゃないもん! クーコがあたちの頭を撫でてくれると嬉しいし、アトはお話をしてくれるのが楽しいし、シスがこっそりくれるお菓子はとても美味しかったもん! ぜーったいにクーコたちは殺させないもん!」
「メイ様!」
「メイ様!」
「メイ様!」
うわ~んと泣き叫び、感動して三人娘も泣いて、四人は抱き合う。——なんだか、ガトリングカノンを向けているミミがとても悪人に見える光景である。
「クーコたちにうさちゃんを紹介しゅるの! 可愛くって抱きしめると幸せになれるよって!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、メイがミミを見てくるので、可哀想に思いミミは迷い——決意する。
「それでも、悪魔は許せないんだよぉ。さよなら〜」
そう答えると、躊躇いなく引き金を引いた。
——後ろへと振り返って。
轟音をたてて、銃弾のシャワーが床を削り、壁を細かに砕き、ガトリングカノンを横薙ぎに払う。
ビル全体を揺るがす攻撃だが、銃弾の嵐は一点にて停止してしまっていた。
「本当に勘の良い人工精霊なんだねぇ、気に入ったぜ、うさぎ!」
空間から滲み出すように筋骨隆々の女性が姿を現して、猛獣のような笑みを向けてくる。ノルンとの戦闘に加わらず、隠れていたのだ。
「ノルンを倒しても、ビルに掛けられた空間結界が解かれなかったから、もう一人いるとは思ってたんだよぉ」
これだけの戦闘をして、外から誰も来ないのはおかしい。だが、それはこのビル全体が何者かの世界に遷移されているからだった。だからなにをしても、本来の世界には影響はなかったので、救援は来なかった。
ノルンがこの世界を作ったのだろうと思っていたが、倒しても解除されないのでおかしいと思い、探知に魔力を全振りしてミミは隠れているはずの敵を探していたのだった。
「さらなる悪魔を発見。殲滅するよぉ」
ミミはつぶらな赤い目を細くして身構えるが、相手の悪魔は肩を竦めるのみ。
「諦めろよ。ノルンとの戦闘でエネルギーは空なんだろ? ハッタリはいけないねぇ」
ニヤニヤと笑う悪魔の言葉は正確にミミの状態を見抜いていた。その通りであり、もはや残弾もほとんど無いし、エネルギーも残り少ない。切り札も切ってしまっている。
「それでも、ミミは悪魔を殲滅するんだよぉ」
『宇宙図書館』に忠実であり、悪魔を倒す使命を持つミミに撤退の文字はない。
その言葉を聞いて、悪魔は力を込め始めて、筋肉を膨張させていき、にやりと嗤う。その身体からほとばしるエネルギーは、ノルンよりも大きく、さらに強いことを感じさせてくる。
「はっ! 言うねぇ。まぁ、あたしも手負いでボロボロの相手を痛めつける趣味はないが、それでもノルンを連れ帰らないといけないから、殺させてもら」
「趣味じゃないなら帰れよ」
「だれべっ」
と、聞き慣れた声と共に、悪魔は背中を蹴られて吹き飛んで壁に激突する。
蹴りを放った男はコキリと首を鳴らすと足をおろして、悪魔を見る。
「どうやら間に合ったようだな、え、クリシュナは生きてるよな?」
そこにはランピーチ・コーザが立っていたのであった。




