187話 捕虜と小悪党
小野寺家の数部屋も存在する応接室。その中でも最上級のお客を歓迎するための一番良い応接室で、ランピーチとバッカスはテーブルを挟んでソファに座り向かい合っていた。ランピーチの隣にはライブラ、バッカスの後ろにはドワーフたちが警護のために立っている。
コーヒーカップから湯気がたち、その黒い揺らめきを一瞥して、ドワーフの王と言われる権力者、小野寺バッカスはため息を吐いて、ランピーチへと疲れたように顔を向ける。
「捕虜の扱いは慎重にしないといけないと思わんか?」
「思わない。こいつらはうちが管理するし、内部の施設も接収する」
バッカスが重々しい顔で言ってくるので、ランピーチは冷たい視線で返す。譲る気はないし、話し合うつもりはない。
ランピーチのキツめの目つきに、バックスは頭をボリボリかきながら、なんとか妥協案がないか探ってくる。
「のう、ここの土地は代々小野寺家のものだ。それを考慮することはできんか? 内部にこ奴らの施設もあるんだろ?」
バッカスとしても簡単に譲ることはできない。なにせ、地下街区の施設なのだ。捕虜の兵士の持つ装備も現在の技術水準を大きく上回っているのだ。魔法陣の一つでも調べれば大きな成果が手に入るのは間違いない。
なによりもドワーフの本能が叫んでいるのだ。新技術を解析、研究しろと。それは、一族の他のドワーフたちも同様で、新たなる研究対象に目をギラギラさせていた。
ここで引くと、他のドワーフたちからの突き上げも激しくくらうのは間違いない。本家の当主だとしても、他の分家たちが手を組めば、その権威が大きく損なわれて影響力を失うのも目に見えていた。
いつもならば、自身の威圧感を与える強面と、背後に存在する武装家門の権力から、相手から妥協案を引き出すことは難しいことではない。
「だめだ。あの技術は危険だと判断されたから全部回収させてもらう」
しかして、1ミリたりともランピーチは譲る気はなかった。冷たい視線でテーブルに置かれているコーヒーをゆっくりと飲み、苦いなと角砂糖を1個追加していた。
「地下街区のやり方はわかっているがな、こちらも面子というものがあるんだ、もちろん地下街区に逆らうつもりはないが、それでもこちらの立場を考慮してもらっても良いのではないか?」
いつもの交渉とは違い、弱気の表情を全面に押し出し、相手の同情を掻き立てるようにお願いをする。その弱気の対応にバッカスの後ろに立つ護衛兼他の分家たちの者たちは不満げにするが、それでも相手が相手なので黙っていた。
ランピーチもバッカスの立場はわかる。わかるが悪魔の技術なんか渡したら最後大変なことになるのは想像に難くない。
「捕虜を手に入れても無駄だと思いますよ。彼らは装備を与えられていただけの最底辺の下っ端兵士です。そこらの冒険者に精霊鎧の技術を聞くようなものです。技術的には意味がない尋問相手となるでしょう」
ガチャリとドアが開き、お茶請けのどら焼きを持ってきたドワーフが口を挟む。いや、ドワーフではなく、その後ろにカルガモのようについているミラだ。餌を持った飼い主の周りをちょろちょろと走り回る子犬のようだ。
「む………なるほどなぁ。技術的には、か。それだとすると余計な情報を手に入れない方がマシとなるのだな」
バッカスはミラの言いたいことを正確に理解して、腕を組んで唸る。技術以外のこと、即ち地下街区の勢力争いに繋がる情報は手に入るとのことなのだろうが、今の小野寺家はそんな情報を手に入れても扱いに困る。藪をつついて、大蛇に呑まれたくはないのだ。
「それでも、武器一つ、精霊鎧の一つでも譲ってくれると恩の字なのだがなぁ。なんとかならんかね?」
ランピーチの隣に座り、どら焼きを早くもぱくつく少女は、調べた限りでは地下街区のエージェントだと推測されており、そのセリフには重みがある。地上街区出身のランピーチとは違うのだ。まぁ、ランピーチも本当に地上街区出身かは疑いが残るが、それでもミラの出身ははっきりとしていた。
「そうでふね。どら焼きが美味しいので考慮しますが、どちらにしても内部にある施設のほとんどは回収できませんので、それで良いのでは?」
悪魔兵たちが寝ていた時間停止カプセルや端末は全て回収できるが、壁やら椅子やテーブル、壁の中のケーブルや電灯などなど、残していかなければならない物はたくさんある。短時間では回収不可能であり、日常生活で使用する物たちだ。
それは軍用というわけでもなく、特に重要性を持たないが、それはミラの視点からだ。バッカスたちにとっては、壁一つとっても未知の合金、ケーブル一本でも喪われた技術が詰まった宝の山なのである。
しかも日常品というものは、あらゆる技術の基礎となる。その宝の山を思い浮かべて、ゴクリと唾を呑み込むと、口元を緩めて頷く。
「そうか、それだけの物を譲ってくれるというなら問題はないだろう。それならば捕虜はそちらに任せよう」
「それが良いだろうな。1200年の時間を埋めるためには暫く時間がかかるだろうよ」
納得するバッカスに、ランピーチは肩をすくめてどら焼きを食べようとする。今の地上街区の技術だと合金一つ解析するだけでも数十年、その合金を製作するのに数十年かかるだろうとミラからは告げられていた。腹の減ったドワーフにはちょうど良い餌に違いない。
そして、一人二つずつ置かれていたはずのどら焼きは存在しなかった。モキュモキュとリスのように小さなお口で咀嚼する少女よ。それは何個目かな?
「それじゃあ、話は終わったことだし、帰って良いか?」
「あぁ、もちろんだ。小野寺家の聖地を救ってくれたこと、化け物を倒してくれたこと、俺たちを囮にして密かに侵入したことに深く御礼を申し上げる」
「最後の一言に引っ掛かるが、あんまり気にすんなよ。リッチの精霊石を山と手に入れて、大黒字だったろ? リッチの精霊石は俺は求めないから、好きに使うと良いさ」
「それは助かる。まぁ、これでWIN WINということにしておこう」
「そうだな。それとリッチの精霊石はハンターギルトで高く売れるから検討してみると良いぜ」
そうして、ランピーチは手をひらひらと振って、ニマニマと小悪党スマイルを見せて立ち去るのであった。
小野寺家はこの事件で大変な金額を稼ぎ、新たなる研究に没頭することとなる。楯野家との共同研究も始まり、しばらくは表舞台で目立つような活動をすることはなくなるのである。
まさに、餌を手に入れた犬のように、小野寺家は尻尾を振って、研究に本能を満たされておとなしくなるのであった。だが、それは少し後にわかる話だ。
◇
ランピーチマンションにて━━━。
「あー、俺の昔住んでたマンションよりも良い部屋だ」
「お前の住んでたマンションって、六畳一間のアパートだろ」
「でも、建物の名前は鉄華マンションって名前だったからマンションに違いないだろ?」
「どちらにしても、縦穴式住居でなくて良かったな」
「幼女も住んでるようだしな」
元ハーケーンの警備兵たちは、現在ランピーチマンションで割り当てられた部屋に引っ越していた。派遣社員は簡単に首を切られるけど、反対に辞める時も簡単に辞めることができるよな。あと、最後の発言者は海に沈めて置こうかな。
「忠誠心ゼロだなぁ。まぁ、派遣社員はそんなもんか。派遣社員かはわからないけど」
頬杖をついてランピーチは疲れた顔でその様子を見ていた。
「情報を得られると良いのですが、あの様子を見ると━━━」
ミラがどら焼きを片手に、もう片手にどら焼きを持つ。即ち両手にどら焼きを持っている少女は、僅かにがっかりした顔となっている。
「おい、この今月の給料って、どのくらいの贅沢ができるんだ?」
「うーん、給料日が来る日を指折り数えてカップラーメンを食べる日々は無くなるらしいぞ」
「お前、カップラーメンなんか高級品食べてたのか? 俺は自炊してたぞ。モヤシ料理のレパートリーなら任せてくれ」
なるほどなぁ、尋問しなくても会話から理解できる内容ってあるんだなぁ。
「何年経っても人間ってやつは変わらないんだなぁ。どんな世界でも金持ちはいるし、日々の生活に困窮する奴らは存在する」
「ソルジャー、そんなの遥か昔にわかっていたじゃん。人間は3人いれば貧富の差はできるもんだよ。夫婦と独身というだけで、もう精神的に負けてるよね。ソルジャーもあんまり落ち込まない方が良いよ?」
「それは独身は可哀想っていう安易な考え方か? だが、結婚とは墓場に入るのと同義だし、そもそも簡単に離婚するだろ。愛なんて、結婚するから存在するとは限らないんだよ」
ライブラがニヨニヨと頭をポンポン叩いてくるので、ペチッとはたき落とす。
「それじゃあ、プーさんはなにが愛と言うんですか? この私のどら焼き愛は青狸を上回るといえますが」
「そっか。揚げたてのドーナツはいらないということか。あの元兵士たちに歓迎していると言う意味を持って渡そうと思ってんだけど」
亜空間ポーチからドーナツのはいった大箱を取り出す。まだ熱くてふんわりと甘い匂いが薫る。
「プーさん、私の食べ物に対する愛情はグルメ遺伝子を持った人間以上なんです。さぁ、引っ越してきた私にもドーナツください」
「いつ引っ越してきたんだよ。こら、ドーナツを一つ出して、残りの大箱を持っていこうとするんじゃないっ! ちゃんと分けるんだよ!」
「嫌です。パピー、このドーナツ全部ちょーだい! ちゃんと私が分けるから〜」
大箱をお腹に抱えて体を丸めるミラを引き剥がそうとするが、箱に顔を突っ込んで食べ始める。お前は食い意地の張った犬か!
「それじゃあ、ソルジャーは愛情とはなんだと思うのさ?」
丸まったミラの身体の隙間に手を突っ込んで、ドーナツを抜き取るとぱくつくライブラが尋ねてくる。
「ウ~ン、夫婦愛はまったく信用できないが、子供への愛情は不変じゃないか?」
ミラを引き剥がすのは諦めて、通路の先へと顔を向けると二人の幼女がポテポテと走ってきていた。
「あ〜、パパしゃん、おかり〜。なにしてりゅの? おいしそーなにおいがしゅるよ?」
「お父様、抱っこして! ただいまって、抱っこして!」
笑顔で飛び込んでくる二人を抱きとめて、ランピーチは優しく笑うのだった。




