188話 分析の結果と小悪党
結論から言うと、やはりハーケーンの元兵士たちはろくな情報を持っていなかった。
「ハーケーンの正社員はオセともう一人いたけど、こんな場末の警備に正社員は来なかったんですよ。ほら、正社員って、同じ仕事をしていても給料も立場も全然違うでしょう? ふんぞり返って、有休たっぷりとって、きつい、汚い、危険な仕事は派遣に任せるんですよ」
歓迎会として、ランピーチマンションの食堂を借り切っての宴会をしながら、チーム長はあっさりと答えてくれた。うん、わかるわかる。派遣社員へと中抜きした安い給料を払ってこき使うのが、以前の世界でも当たり前だった。
元悪魔兵というから身構えていたが、なんということはない。普通の人だった。敵もピンキリということだろう。
「それよりこの鱧料理って美味いですね。骨がサクサクして。この北京ダックも初めて食べました。本当に皮しか食べちゃいけないんですかね? 肉も美味そうじゃないですか?」
骨切りされてふわふわの鱧を口に入れて、北京ダックの皮を薄餅で巻いて、サクサクとした感触に舌鼓を打つ。
「あぁ、値段とか気にするなよ。どんどん食べてくれ。こらからは一緒に働く同僚なんだからな。もちろん正社員だぜ?」
兵士たちはどことなく恐る恐る料理を食べておりその目は高級料理を本当に食べて良いのかとの躊躇いがあったので、ニコリと料理を勧める。
「君たちはこれからのコーザ会社を支える屋台骨となるんだからな。あ、もちろん、うちに雇われたくない、他の会社に勤めたいってやつは、束縛はしないぞ。どんどん食べてくれ。この場にある料理は俺もめったに食べられない高級料理ばかりだから、食べ逃げなんて許さないとか、けちくさいことは言わないから。うん、絶対に言わないから」
優しいランピーチはそんなけちくさいことは言わないのだ。この人たちの真心を信じているんだ。こういう時、真心って言葉は素晴らしいよな。
ワイワイと騒がしく飲み食いをしているマンションの住人たちとは別に、元悪魔兵たちはダラダラと汗をかく。どうやら暑いらしいので、エアコンの温度をもう少し下げようかな。
「………ええぃ、こんなに良い待遇は初めてなんだ! 覚悟を決めたぞ!」
「そうだ、そうだ! 俺は腹一杯に食うぞ!」
「俺だって食う! 酒だって飲むぞ。合成酒じゃないやつだしな」
「私だって食べます! 北京ダックおかわり! お肉は後で食べるのでタッパーに入れておいてください。まずは皮だけ食べるんです!」
なぜかやけになったかのように急に勢いよく食べ始める。なにか思うところがあったのだろうか。頼もしくて、なによりだ。そして、約1名が関係ないのに1番食べてるように見えます。
ようやく宴会の雰囲気となり、酒に酔って住民たちの肩を組んで歌い始めたり、馬鹿な話をしたりと盛り上がり始める。
「うっさっさ、うっささ、うささのさ」
「うさたち天才うーさうさ」
「にーんじんを追いかけて」
簡単な舞台を作って、白い毛皮のもふもふうさたちが踊り始めたりもする。お尻をふりふり、しっぽをブンブンと、楽しそうなうさぎダンスだ。
「コウメも! コウメもうたうの! よいしょっと」
「あたちも! あたちも踊るのでしゅ!」
そんな楽しそうなイベントをコウメたちが見逃すわけもなく、壇上に登って、他の人達も合唱を始めて大騒ぎだ。
「ラン、彼らは地下街区に住んでいた古代の人々なのでしょう? それにしては私たちとあんまり変わりませんね」
騒ぐ皆を眺めながら、刺し身をつまんで日本酒を飲んでいたら、隣にチヒロが座ってくる。ヒョイと徳利を手にして注いでくれるので、美少女にお酌をしてもらえるなんて最高だねとニヤつくランピーチだ。
「まぁ、どこでも格差は縮まらんのさ。大きな会社なんて、仕事を引き受けても孫のまた孫会社に仕事を外注するなんて当たり前だからな。なにもしなくてもアウトソーシングとか言葉を誤魔化して中抜きだけすることも多いんだ。あいつらはその底辺で働いていた可哀想な奴等だ」
仕事の請負金額が一億円でも、流れ流れて、行き着いた会社は一千万円で請負い、その下の派遣社員は雀の涙ほどの給料になるってのは、前世でも当たり前の流れだった。
「はぁ………なにか凄い強そうなのに、そんなに悲惨だったんですか。それでもスラム街よりはマシだと思いますけど」
戸惑った様子のチヒロだが、同情心はゼロである。それはそうだろう、スラム街では食うか食われるか。明日の太陽を見ることができるのか不安の中で眠りについて
「白米おかわりお願いします!」
「北京ダックを肴にして、よく白米食べれるよな。え、白米と相性最悪じゃない?」
悪い思い出は元気よく空のお茶碗を掲げる少女を見て消えてしまうのだった。
「まぁ、後ろばかり見ていても仕方ない。悪い思い出は白米と共に呑み込んで消化すれば良いのさ。不幸なことを思い出す必要はない」
「あんまり感動するセリフには聞こえませんよ、ラン」
クスクスと笑うチヒロだが、笑い飛ばすぐらいがちょうど良いんだ。
皆が楽しそうに食事をするのを見ながら、ランピーチは優しい笑みを浮かべるのであった。
◇
とはいえだ。なにも情報が無いと言うわけではない。
「端末の解析は終わってんだろ? どんな情報が眠ってたんだ?」
騒がしくも楽しかった宴会を終えて、ランピーチはコロニーの研究所へと訪れていた。研究所はいつになく、真剣なうさぎたちが、鼻をスンスン鳴らして敵の施設から回収した端末から情報を解析しようとしていた。
兵士たちからは情報を持っていなかったが、施設内には責任者席があり、そこには端末が残されていたのである。
「現在、調査中でうさ」
「ふふーん、私たちのコンビネーションアタックなら、こんな端末ちょちょいのちょいだよね。ねぇ、この角度で叩けば直るんじゃないかな?」
「殴っても直らないうさよ!」
白衣を着て、伊達眼鏡をクイッと傾けるうさぎと、その横に座ってワクワクと腕を振り上げる少女、その名は鶴木灯花だ。久しぶりにあったような気がするが、どうやって中に入り込んだんだろう。
「素人の視点から解決する可能性もあるので、私が一時的に許可しました。明晰な私の優れた状況判断と言う事ですね。褒めても良いんですよ?」
どら焼きを食べながら、ミラがえへんと胸を張るが、あれだけの大量のどら焼きがどこから出てきたと不思議だったが、誰が渡したか理解したよ。
「そこまで役に立つようには見えないけど、『宇宙図書館』の力でも解析できないのか?」
「『宇宙図書館』のネットワークとは違ったネットワーク網を使ってるから、解析するには肉体を持った者が直接調査しないといけないんだうさ」
テーブルに置かれたノートーパソコンをトントンとつついて、難しそうな顔を作るうさぎ。でも、うさぎなのでムニュッと頬を寄せて可愛いだけだ。
「1時間毎に変更されるパスワード、認証方法もワンタイムパスワードや、生命認証と、5重のセキュリティで保護されて、中身を見るのは困難なのうさ」
「まぁ、思念通信でほとんどは解決するからな。周りに見せるためのデータのアウトプット用なら、たいした情報もないかもな」
腕を組んで、白い毛皮のお手々で引き出しを開けると、おやつの煎餅を取り出してカリカリと齧り始めるうさぎ。どうやら一息つくのに用意してあったおやつの模様。
「私もお手伝いをしたいと思います。セキュリティのクラッキングには少し自信があるんです。そろそろしょっぱいのも食べたいところでしたし」
親切心が溢れ出すミラが引き出しに手を伸ばすので、必死に無駄な抵抗をし始める白衣うさぎを横目にノートパソコンを触ってみる。
「こういうのって、あまり形は変わらないんだな」
「まぁ、何年経っても、キーボードとモニターのセットは脳波操作でも無ければ変わらないよね」
ライブラもツンツンとノートパソコンをつつくので、そうだなと頷く。人間の形から変わらない以上、このセットの形状は変わらないか。
「なぁ、ライブラ。このセキュリティを突破することは出来ないのか? 少しでも敵の情報が必要なんだけど」
監察を開始しますと、サングラスをかけて他のうさぎたちの引き出しを調べ始めたミラを見て、そっちの調査をするのかよとため息を吐きながら尋ねる。
「うーん、私の力でもこのセキュリティは厄介だよ。数秒でパスワードも認証手順も変更されてるからなぁ。試してみるから、ちょっと待って」
ライブラがノートパソコンに手を当てると、その瞳に魔法陣を描き始める。パアッと青い光に包まれて、神秘的な空気を醸し出すライブラ。その光景に思わず目が奪われて、背後でミラと白衣うさぎたちのバトルは見えないことにする。
「マテリアル率確認………物理的接触を開始、偽装アナグラムを創造………」
青い光に包まれて、ライブラがなにやらそれっぽい言葉を口にする。おぉ、ライブラもやればできるじゃん。良いぞ、ライブラ、頑張れライブラ!
これはいつもと違って、期待ができるなと、ランピーチは信頼の視線で解析を続けるライブラを見つめる。
そして、灯花がノートパソコンのシールを指差している。
「ねぇねぇ、おじさん。モニターの裏にシールが貼ってあるけど、宇宙人式暗号かな?」
『緊急:runa8ken Run@215506 マスターカードは引き出しの裏』
うん、見えてたよ。そうだよな、普段使いで5重認証なんかやってられないもんな。わかるわかる。緊急と言いつつ普通に使ってるんだろ。セキュリティを軽く考えている奴はこんな事するんだよ!
「くっ、かなりの難易度だよ! でも法則はわかってきたから1週間くらいかければ、セキュリティを突破できると思うよ」
ふぅ、と息を吐いてライブラは疲労困憊だけど満足そうな顔をする。仕事をしているとの嬉しさからなんだろうな。
灯花と顔を見合わせて、コクリと頷く。心は一つ、答えは同じだ。
「そうか、頑張ってくれ。ライブラだけが頼りだからな!」
にこりと微笑み、ライブラの頭を撫でると、エヘヘと嬉しそうに笑みを浮かべるライブラ。そのいじらしさを前に、余計な情報などいらない。
1週間くらい待っても良いだろう。たまにはライブラのカッコ良いところもみたいし、可哀想だしな!




