エンディングラッシュ 「住吉美卯はオタサーの姫である」
住吉美卯はオタサーの姫である。
彼女が通っている城南大学赤羽キャンパスには、いわゆる『オタク系サークル』と呼ばれるものが、数多く存在している。
電子映像研究部も、そのうちのひとつだ。
「みんな、お疲れ様ー」
彼女がドアを開くと、中にいた男たちは一斉にこちらを見た。
住吉美卯は相変わらずのファッションである。
キツネ耳のカチューシャをつけており、フリフリのファッションはまるでお姫様だ。
「あ、ああ、美卯ちゃんも、お疲れ様」
「おつかれー、ガリ埼くんー」
美卯の態度はこれまでと変わらない。
だが彼女を取り巻く男たちの視線が変わった。
それを口に出すのは、四条河原野宮だ。
「人妻かあ……」
「え?」
美卯の薬指に光る指輪を見て、つぶやいたのだ。
そういえば確かに、彼女は部室でもあれを外したことはなかった。
「いやあ、全然気づかなかったな、って」
「まあ美卯はそういう雰囲気ないってよく言われるしねえ」
なんといっても、年齢23才差のカップルである。
一緒にお買い物にいくと、娘だと間違えられるのにも、もう慣れた。
今度一緒に温泉旅行に行くつもりなのだが、そこでも基本的には娘だと勘違いされるだろう。
ガリ崎がおっかなびっくりと問いかけてくる。
「雰囲気ないって言われるのって、……それって旦那さんに?」
「だーりんにも言われるよー。『ミウサンは、とってもちっちゃくてまるでお子様デスネー! HEHEHE!』って」
「どういう旦那さんなんだ……?」
男たちは頭を抱えていた。
住吉美卯のことをある程度理解してきたと思ってきた矢先の出来事だから、精神の安定にはこれからもう少しかかるかもしれない。
美卯はすまさなさそうに眉を寄せて、微笑む。
「なんか、でも、色々と巻き込んじゃってごめんねー……」
「あ、いやいや」
男たちは首を振った。
そして笑う。
「美卯ちゃんとこうして過ごせるなんて、幸せだよ」
「そうそう、人妻だからって美卯ちゃんはうちのサークルのマスコット。それは変わらないって」
「これからもよろしくデブー」
気のいいやつらなのだ。
美卯は頬をかいて、嬉しそうに笑う。
「……うん、ありがとう」
その一方で、男たちが(あわよくば人妻とワンチャン――!)だとか、そんな情熱を胸の奥で燃やしていることには、気づかない美卯であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
以下、後日談である。
白鳥椿の話だ。
彼女――じゃなくて彼は、改めてオタクサークルに戻った。
椿が男だと知れ渡ったことによって、彼にアプローチをかける男たちは激減した。サークルがクラッシュすることもなくなったようだ。
だが逆にツイッターのフォロワーは十倍以上に膨れ上がったらしい。
今までは男だけのファンだったのに、女性ファンまで椿をチヤホヤするようになったとか。
サークルクラッシュを繰り返してきた椿は、女性たちに認められることによって、その心の隙間を埋めることができたのかもしれない。
幸せはすぐそばにあったのに、彼はそのことに気づかなかっただけなのだ。
『楽園簒奪者』の名は返上だ。
新たに与えられた二つ名は、『常識簒奪者』。
今年のプリンセスオブオタサー優勝者の願い事に従い、今はまっとうに、姫として活動を続けている。
だがひとつ困ったことがあった。
椿と健二の件だ。
美卯は、椿を謝罪させることに成功した。
椿は己を解き放ってくれた美卯には恨みと感謝という、複雑な思いを抱えているようで。
しかし、結局は美卯の言うことを聞いてくれた。
健二は椿が男の娘だと聞くと大変驚いたようだったが、しかしそれはすぐに収まった。
ヒナの幼馴染でもある健二は、今さらこれぐらいのことで心を乱したりはしないのだ。
すぐに健二は気を取り直した。
馴れ馴れしく椿の肩に手を回して、「なーんだ男だったんだー! じゃあ僕と一緒だね! 男同士!」と笑っていた。
快活な笑顔であった。
椿はその強引な態度を嫌がった。
しかし嫌がる椿に、健二はさらに両手を広げながら無邪気な笑みを浮かべた。
「え? だって男同士でしょ? なんか問題あるの? ねえねえ、男同士じゃん。あ、きょうこれから帰りにスーパー銭湯寄らない? だって男だよね? 裸の付き合いどう? 男同士! な、椿! な!」
ゲスであった。
そんなことを口走りながらしつこく椿に言い寄っていたので、その場で美卯が健二の股間に蹴りをお見舞いした。
一瞬の輝きを取り戻した健二のリトル健二は、再びその力を失ったようだ。
それ以降、美卯は椿からなにかと相談を受けるようになった。
『健二くんがボクに男物の水着をプレゼントしてくれたんだけど……』とか、『健二くんが最近やたらと「まずうちさあ……屋上あるんだけど、焼いてかない?」って誘ってくるんだけど……』と悩みを相談される日々だ。
美卯は健二を再び懲らしめた後、絶交した。
さらに、藤井ヒナだ。
あれ以来、藤井ヒナは再び女子力を磨こうとがんばっているようだ。
恋愛禁止令をまだ己に課しているヒナであったが、しかし人と話す喜びを改めて思い出したのかもしれない。
それに、自分のことを好きだと言ってくれた椿に連絡を取ろうとして、しかしなけなしの理性で悶えながら耐えていたヒナのため、美卯はひと肌脱ぐことにした。
手伝ってくれた彼女のために、合コンを開いてあげることにしたのだ。
小学一年生以来の合コンだ。美卯はひそかに楽しみにしている。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「帰るデブー」
「きょうはどこか寄る?」
「駅前の本屋いこうぜー」
部員たちが皆、帰り支度をしてゆく。
電子映像研究部の部室の鍵は、皆がそれぞれ持っていた。
でもなんとなく、いつも最後に出るのは美卯である。
夕焼けの差し込む部室を振り返り、美卯は壁に立てかけられたあるものに目がいった。
真新しく輝く『第173回プリンセスオブオタサー』のトロフィーだ。
「美卯ちゃんー?」
「あ、ううん、今いくね」
美卯はにっこりと笑って、歩き出す。
『――オタサーの姫は囲ってくれる人たちを王子さまだと思って、大切にすること』
自らが定めたその命令に従い、美卯は部室に鍵をかけて、男たち三人とともに帰路につく。
他愛のない話をして、今度はピクサーの新作映画でも見に行こうと、そんなことを言い合いながら。
プリンセスオブオタサーとは、オタサーの姫の頂点に立つ存在。
そのグランプリに輝いたのが、住吉美卯。
ならばすなわち、
住吉美卯はオタサーの姫であった。




