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07:舞い込んだ依頼

 先ほどの攻防は変態たちにとってはほんの挨拶代わりのことだったらしい。


 しかし広場に居合わせた人々にとっては挨拶で済むわけもなく、人々は波が引くかのように一気にその距離を取っている。

 できるならば私もその遠巻きに眺める群集の一人になりたい。けれどヒナにがっちりと手首を握られているのでそれも不可能だった。

 小さい子供を連れたお母さんが私と目が合った瞬間「みちゃいけません!」と子供の手を引いて離れていく。……やっぱり同類に見られてるのだと痛感した。


「おいヒナタ。しばらくこの街にいるのか?」

「ハル次第かな。ハルは将来のお嫁さんで、ハルの隣が俺の居る場所だから」

「……何?」


 人の目など全く気にすることのない二人は再会を喜んで会話に花を咲かせる――のかと思いきや、ヒナの返答で再びカナタさんの表情が険しくなった。


「そうなの?」


 私に尋ねたのはコハクさん。その瞳が私に正気なのかと問いかけているように揺れている。

 一方カナタさんは無言で鈍器をヒナに振り下ろし、ヒナは笑顔のままそれを正面から受け止めた。

 ヒナは片手しか使っていなかったが私の腕を握っていた手が離されたので、私とコハクさんは二人から少し距離を置いて二人を眺める。

 じゃれあう二人は気づいていないようだが、広場からは私たち以外の人間はすっかりと消え去っていた。


「嫁になるなんて約束した覚えはないんだけどね。そもそもヒナと再会したのも昨日だし」

「そうか……」


 私の言葉ににコハクさんは一言言葉を落としただけだったけれど、その目が憐れんでいるようで私は居たたまれなくなって視線を伏せる。

 コハクさんはすぐに二人に視線を戻すと、小さく溜息をつた。


「さてと、そろそろあの二人を止めないとなぁ」


 視線を上げれば未だにじゃれあう二人の姿。その場から動くことなくその攻防は続いていた。下手に手をだしたら巻き添えを食らう恐れもあるのでコハクさんも手を出しあぐねている様子だ。

 ならば、と私は早口で詠唱し、


「グランド・スパウト!」


 両手を二人に向かって突き出し呪文を唱える。

 二人の足元の地面が軽く振動すると、次の瞬間派手な音と共に勢いよく地表の砂利を含んで吹き上げた。


「うわわっ!」

「……っと」


 砂利に阻まれて二人の様子は見えないが、慌てたカナタさんの声と動じた様子のないヒナの声が吹き上げる砂利の音に混じって聞こえる。


 殺傷能力は低いが無傷で避ける事は難しい目くらましなどにもってこいの呪文。

 実際吹き上げている時間は数秒。呪文の発動させる範囲と場所をある程度自分で指定できる使い勝手の良い呪文で、今回はヒナとカナタさんの二人がすっぽりと入る程度の大きさで発動させている。

 使い勝手以外に避けづらい事そして地形への影響が少ない事、そして何より少々鬱憤も溜まっていたので憂さ晴らしの意味も込め見た目が派手なこの呪文を選んだのだが……


「…………」

「ハルの愛情表現は過激だね」


 狙い通りじゃれあいを止めた二人だったが、擦り傷ぐらいは受けるかと思っていた予想に反して二人とも無傷でその場に立っていた。

 カナタさんは魔法が使えるのだから何かしらの呪文を唱え防ぐ事ができたかもしれないが、ヒナは魔力が一切ないので避けるしか方法がないはず。それなのにヒナはその場から動いていない。


「どーして……」

「んー、カナタが呪文で砂利を防いで、ヒナタはカナタを盾にして砂利をやり過ごした。細かく説明すると、ヒナがカナタの上に乗って――」

「――酷ッ!」

「だって俺が怪我をしたらハルが悲しむから」


 コハクさんが何故その光景が見えたのかと言う疑問は捨て置いて、ヒナの友人?の扱いの酷さに声をあげれば、ヒナは当たり前のように私を抱きしめて答える。もちろんその後カナタさんがヒナに詰め寄り激しく文句を言っていた。

 これでは今は暴れてはいないがまた同じ状態に戻ってしまうのは目に見えている。さっさとヒナを連れて図書館に行のが得策かもしれない。



「あの、冒険者の方……ですよね」


 見知らぬその声に振り返ると、若い男性が息を切らせ焦った様子で立っていた。


「そうですが、何か?」


 見ればわかることなので否定せずに答えれば、男性は少しほっとしたような表情を浮かべたかと思うとすぐに再びその表情に焦りの色を浮かべる。


「お願いです、私の娘を助けてください!」

「冒険者に仕事を頼むのであれば、まずギルドに依頼したほうがいいのでは?」

「時間がないんです!」


 縋る男性に一応ギルド経由で依頼することを勧めてみる。

 何か問題が起きても対処してくれるので冒険者に依頼をする場合、ギルドに依頼しギルドから依頼を受けた冒険者に仕事をこなしてもらうというのが一般的だ。報酬も相場からギルドが判断してくれるので一般の人にはそこも安心な点だろう。

 一刻を争うような場合でも、仕事を求めてやってくる冒険者は多いのですぐに依頼を受けてくれる冒険者が現れる確率も高いとはいえるが絶対ではない。逆に目の前にそれなりに腕の立ちそうな冒険者がいるのであればそちらに直接交渉するほうが早い事があるのも事実。

 今回はその後者のパターンで、ギルドランクもAの私とSSSのヒナがいる。ヒナタさんとコハクさんのランクはわからないが、実力は問題のないはずだ。


「とりあえず、落ち着いて話を聞かせてもらえますか?」


 その姿が昔のヒナの両親の姿と重なって、私はきっと依頼を受けてしまうのだろうと思いながらも男性の話を促した。


「は、はい……私の娘のアエラが……」


 ポツポツと話し始めた男性、だったが、途中興奮したり感極まって泣いたりして話を聞くのが大変だった。その度カナタさんに「泣くな!」やら「うざい!」などと怒られてやっと話を戻すのだ。


「……つまり、エリックさんの娘のアエラが攫われたから助けて欲しいってこと?」

「何でそれだけで済む説明に五分もかかるんだ」

「ずびまぜん」


 ヒナがカナタさんを窘めながらベンチに座り鼻をすすっている男性、エリックさんに確かめるように尋ねる。

 途中泣いたりする以外にも「娘のどこが可愛いか」とか、「あの子が作ってくれた料理は最高」と話が逸れまくっていたいたのだが、要約すれば一行に収まるような内容だった。カナタさんが文句を言いたくなるのも仕方がないだろう。


「ハル、どうする? って聞くまでもないとは思うけれど」

「もちろん、受ける」


 ヒナの言葉に迷うことなく頷ずく。


「なら俺も。路銀が心許なくなってきてるから何か仕事したいと思ってたんだ」

「……心配だから俺もいく」


 カナタさんが私の右肩にぽんと手を置き、コハクさんが左肩に手を置いて二人とも一緒に仕事を請ける意思を告げる。

 正面に立つヒナはピクリと眉を上げ、ぐいと私の腕をつかんで強く引き寄せた。

 突然の事だったのでバランスを崩した私はそのままヒナに抱きとめられる。


「それはいいけど、二人とも俺のハルに気安く触らないでくれる?」

「はっ、そう思っているのはヒナタだけだろう?」


 心底嫌そうに言うヒナに、カナタさんは挑発するかのような言葉を返す。

 助けを求めてコハクさんに視線を向ければ、コハクさんは額に手を当てて大きく今日何度目かの溜息をついた。


「ハルが困ってる。そんなことじゃ二人ともハルに嫌われるんじゃないか?」


 その言葉にピタリとヒナとカナタさんの動きが止まり、私を拘束しているヒナの腕の力が抜ける。

 ここぞとばかりにヒナの腕から抜け出した私を二人はぎぎぎと音がしそうな動きで振り返る。


「そうなの……?」


 恐る恐るといった様子で尋ねるヒナに、私は全力で首を上下に振った。


「とりあえず、アエラの攫われたという時の状況を詳しく教えてもらおうか」


 エリックさんに向き直るカナタさんは平静を保っているように見えるが、何故か若干その表情はひきつり声は上ずっている。

 ……嫌われたら食われるとでも思っているんだろうか。確かにさっき躊躇い無く呪文をぶちかました気がしないでもないのでありえないことでもない。


「あ、ありがとうございますっ……!」


 エリックさんはカナタさんを見上げ、感極まって再び泣いた。

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