06:変態は集う
髪の色と長さが変わっただけだというのに、綺麗な女性は男性へとその姿を変える。
その変貌ぶりに私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
嫌な予感は見事的中。
大人の女性だと思っていたカナタさんは本当は男性で、そのカナタさんに頬を……
その事実を理解すると同時に触れられた部分が熱を帯び、その頬を押さえてぺたりと地面に座り込んだ。
ヒナといいカナタさんといい、私をゆでダコにでもしたいのだろうか。
コハクさんがそんな私の様子に気づいて溜息をつく。
「やっぱり……男だと知らなかったか」
「女だと言った覚えはないよ? 男だと言わなかっただけで」
しれっと言ってのける今の姿のカナタさんは先ほどまでの女性の雰囲気など微塵もなく、誰にその性別を聞いても男性だと答えるだろう。
あの姿のカナタさんを男に見えるという人間がいたならば、私は間違いなくその人に医者を勧める。カナタさんの女装はそれぐらい完璧なものだった。
声もがらりと変わっていて顔つきすら違う。コハクさんの態度からするとこちらが本来のカナタさんで、あの声も女性っぽい表情もそれらしい雰囲気すべてを作っていたのだろう。
「別に化粧してるわけでもないし、服装だって一応男物なんだから」
「わざと誤解を招くような言動している時点でダメだ」
コハクさんはちらりとカナタさんを一瞥してから私に手を差し伸べる。私は少しだけ躊躇いながらもその手を取った。
一方カナタさんはコハクさんの責める視線に悪びれる様子もなく大げさに空を仰ぎ――
「ホント――美しいって罪だな」
「そうだな、変態っていう罪な」
恍惚とした表情で明後日の方向を向いてのたまうカナタさんに、コハクさんは振り返ることなく即答した。
「ごめんね、ハル。アレは犬にでも噛まれたと思って忘れて?」
「努力します」
コハクさんの手を借りて立ち上がった私に、コハクさんは本気で済まなさそうに頭を下げる。その後ろでこちらを眺めていたカナタさんは憮然とした表情でコハクさんに詰め寄った。
「誰が犬だ、誰が。そういうコハクだって猫のクセに」
そう言うとおもむろに懐から棒状の何かを取り出すカナタさん。
細長いフォルムの先にはふわふわの毛玉。ほどよくしなるそれは間違いなく猫じゃらしと呼ばれるものだ。
「ほーらほーら。パタパタパタ~」
「――……っ!」
カナタさんはにやりとした笑みを浮かべながらコハクさんの目前で猫じゃらしを左右にパタパタと振る。なんともいえない微妙な光景なのだがコハクさんにとっては効果があるらしい。
コハクさんはびくりと体を震わせて猫じゃらしを凝視したかと思うと、ばっと両手で頭を押さえつけた。その額からはぽたりと冷や汗が流れ落ちる。
……大丈夫なんだろうか。
そんな心配をする私の足に何か柔らかいものが触れた。
「ん?」
視線を向ければ、足元で黒いもふもふっとした長いものがゆったりと左右に揺れていた。
それは黒い尻尾。
「ふっ、我慢も限界なんじゃないのか? ほらほら、楽になれ」
「くぅっ……」
何だか悪役っぽいセリフを言っているカナタさんの声色はとても楽しそうだ。
反対にコハクさんは本当に苦しそうに呻き声を漏らす。
そろそろ止めた方がいいんだろうかと声を掛けようとしたその瞬間、足元でゆらゆらと揺れていたコハクさんの尻尾がピンとまっすぐ上を向いた。
「かーなーたぁー……いい加減にしろっ!」
ぷるぷるとこぶしを握り締めてそう叫んだコハクさんだったが、その言葉とは裏腹に手はそのまま猫じゃらしを追いかける。
頭には立派な黒いネコ耳がピクピクと動いていた。
――獣人。この世界でも数が少なくレアな存在として認識されている種族だ。
ギルドに登録したのが一年前とはいえ冒険者としてはもう何年も旅をしている私でも会った事は数回しかない。
貴重なものが見れたと歓心している私の目の前で、しばらくの間猫じゃらしを振り回しながら逃げるカナタさんとそれを追いかけるコハクさんという何ともシュールな光景が繰り広げられた。
「ブラスト・ブレイド」
ぽそり、と呪文を唱える。
魔力を最小限に抑えて極力威力を抑えた風の刃が猫じゃらしの先、毛玉部分の少し下の部分を切り落としたことにより、カナタさんとコハクさんの追いかけっこは終わりを迎えた。
「ちぇー」
「はぁ、助かった」
落ち着きを取り戻した二人だが、かなり走り回っていたというのに息も切らしてはいない。獣人のコハクさんはともかく、そのコハクさんと対等の動きをするカナタさんは本当に神官なのか疑わしい。
「ハルありがとう。助かったよ」
カナタさんの頭に一発拳骨を落として満足したらしいコハクさんがこちらを振り返る。
その言葉に答えようとして開いた私の口からは、
「うっきゃあぁぁあっ!?」
――盛大な悲鳴が漏れた。
私の悲鳴でカナタさんとコハクさんの視線が一気に鋭いものへと変わる。
二人が睨みつけているのは、私をその両手に抱きしめているヒナだった。
「ベネディクション・クルス!」
最初に動いたのはカナタさん。
唱えた呪文は悪魔に効果抜群の身の丈ほどもある神の祝福を受けた十字架(鈍器)を生み出すもの。人間相手には祝福の効果はないが当たれば十分痛い。
鈍器を携えたカナタさんが飛び出すと、それとほぼ同時にコハクさんもこちらに向かって飛び出した。
十字架がヒナに向かって一気に振り下ろされる。同時にコハクさんは飛び込むように私に手を伸ばす。
ヒナは私を抱えたまま片手だけで巨大な十字架を受けそのまま横へ受け流し、体を捻って反対から飛び込んできたコハクさんを蹴り上げる。
コハクさんは蹴り上げたヒナの足を受け止めると、その反動でくるくると回転し地面に着地した。幸い怪我はしていないように見える。
ほっと胸をなでおろすと同時に、二人に気を取られているヒナの顎めがけて思い切り頭突きした。
「いった! 何するのハル」
「それはこっちのセリフ! よりによってなんで助けてくれたコハクさんに反撃するのよ」
「……カナタにならいいの?」
「うん、――って知り合いなの?」
さすがに今のは効いたらしく顎を押さえて少し涙目で私を非難するヒナに、私はここぞとばかりにその腕から抜け出して反論した。
すこし間を空けて聞き返したヒナの言葉に首を捻る。まだ私もコハクさんもヒナの前でカナタさんの名前を出してはいないのに、ヒナはその名を上げたのだ。
コハクさんはヒナと面識もなく二人の関係も知らなかったようで、ヒナの腕から抜け出した私の隣で眉根を寄せ二人を見ている。
ヒナとカナタさんはお互い顔を見合わせると、揃って不思議そうな顔で私たちを振り返った。
「だってカナタって有名人だよ? あれで司教様なんだから」
「ヒナタも人のことは言えないだろ。勇者と共に旅をしたたった一人の仲間なんだから」
「「はあっ!?」」
私とコハクさんの声が重なる。
カナタさんは神官の旅服を着ていたから聖職者なんだろうとは思っていたけれど、教会組織のトップに位置する大司教の下とはいえほぼトップといっても過言ではない地位の司教だという。
ちなみに司教だから有名だと言われても、それは教会内部でのことであって一般には表舞台に立つ機会の多い大司教ぐらいでないとあまり知られていない。
ヒナの勇者と旅をしたとかいう話。
確かに勇者は有名だが一緒に旅をした人間は公にされていないので知っているのはごく一部の人間でしかない。
風の噂で仲間が剣士だとは聞いたことがある。けれどつい昨日までヒナを女の子だと思っていたのだし、そもそもヒナの生死すらわかっていなかったのだから気づかなくて当然だと思う。
ただ、ヒナの本来ありえないギルドランクはその勇者絡みだとみて間違いないだろう。
「カナタにヒナタ、か。似たような名前だけどそれ以外にも似ているところがあるみたいだな」
「変態というところがそっくり」
「……ハル、お互いにがんばろう」
「コハクさんもがんばって……」
呟くコハクさんに私は思わず即答していた。
コハクさんは少し驚いたような表情をしたけれどすぐに仲間を見るような眼へと変わり、私たちは顔を見合わせてお互いの健闘を祈った。
6/17 尻尾だけでネコ耳の色について触れていなかったので色だけ加筆しました。
ネコ耳も尻尾と同じ黒色です。




