08:はじめての共同作業
「昨晩のことです。
仕事を終えた私をアエラが迎えに来てくれました。本当に優しい娘なんですよ。
職場を出たときに娘が待っていてくれた時の感動というのは……」
「あー、わかったわかった。娘がスバラシーのはわかったからその後どうなったんだ?」
やっぱり話が逸れていくエリックさんに、カナタさんが面倒そうにその軌道を修正する。
「私の職場の出口の脇にアエラが立っていたのですが、突然アエラの背後に三人ほどの男の影が現れ……」
「で?」
「気がついたら朝でした」
「をい!?」
「朝出勤してきた他の職員に起こされ、慌てて家に戻ってみたところやはりアエラの姿はなく……」
エリックさんの話からは突然現れた男にアエラが攫われた、犯人の人数は三人もしくはそれ以上、ということだけしかわからなかった。
エリックさんは一般人なのだし、突然背後から襲われたのなら何もわからないまま気絶させられたとしてもしかたがない。
カナタさんは想像以上の情報の無さに苛立ちを隠すことなく、その綺麗な髪をかきむしっていた。
「とりあえず、娘さんが攫われたという現場へ案内してもらえますか?」
「はい!」
当事者がダメでも目撃者がいるかもしれない。それがだめでも現場には何か手がかりが残されていることだってありうる。私たちはエリックさんに案内され現場へと向かった。
ほどなくして到着したのは美しい装飾施されたの立派な建物の前。
「王立図書館……?」
それは昨日から早く来たいと思っていたその場所だった。ここが職場ということはエリックさんは司書ということだろうか。
ならきっと私が閲覧したいと思っているあの本の事も知っているはず。無事依頼を終えた後、本の保管場所への案内をお願いすれば優先的に案内してもらえるかもしれないなどと打算的な考えを巡らせた。
「ここです。ここでアエラが……」
その声でつい逸れていた思考を戻し視線を上げる。
エリックさんの示すその場所は図書館の裏手にある通用口で関係者のみが使う場所だった。
舗装されておらず、土が剥き出しのその場所はいくつもの足跡と何かを引きずったような後が残っている。
「あっちに逃げたってことは間違いないだろうけど、途中で跡が途切れていてその先の足取りまではわからないな」
跡をたどって先の様子を見に行っていたコハクさんは戻ってくるとそう言って小さく溜息をつく。
大した情報も得られないまま再び図書館の通用口へと戻った私たちは、この後の行動について相談することにした。
「とりあえず図書館の中に入りましょうか」
「いいんですか? 今日は休館日のはずでは?」
「構いません。それぐらいの権限は持ってますから」
さらりと告げられたエリックさんの申し出に私は首を傾げた。
確かにもともとこの依頼がなければヒナの特権を使って本の閲覧をするつもりではあったのだが、その特権があることを知らないエリックさんがいくら非常事態とはいえ図書館内に素性の知れない冒険者を招き入れるのは問題があるはずだ。
ヒナの話では、特権を使う場合にも館長の許可が必要で、いくら関係者といえど一存で関係者以外の者を図書館に招き入れる事は出来ないはず。
「あっ! 館長戻ってたんですね!!」
首をかしげながらもエリックさんに促されるまま図書館の中へ入ると、私たちに気づいた職員の女性が信じられない単語を叫びながらパタパタと駆け寄ってくる。
自然と私たちの視線はエリックさんへと集中した。
「……館長?」
「そうですよ。だから権限があるって言ったでしょう?」
怪訝な表情でカナタさんがその言葉を繰り返す。
その言葉にエリックさんは当然だといわんばかりに頷いた。
エリックさんはどう見ても二十台の後半ぐらいで実務が長いとは思えず、今までの言動からも失礼だがとても館長には見えなかった。
「館長大変なんです!」
「そう、大変なんだよレモ君。アエラが……アエラがっ!!」
「その館長が大好きな娘さんの身代金要求が来てるんです!!」
「何っ!?」
レモ君と呼ばれた職員は一枚の紙を握り締めている。恐らくそれが犯人からの要求が書かれた紙なのだろう。
「見せてくれ」
気がつけばエリックさんとの会話を担当することとなっていたカナタさんがレモさんからその紙を受け取り、手近なテーブルの上で広げる。私たちはそのテーブルをを囲みその紙を覗き込む。
――娘の命が惜しければ禁書『クリムゾン』を持って日没にティーンの丘に来い――
「やっぱり……」
「何がやっぱりなんだ?」
コハクさんが首を傾げるが、この内容は大方予想通りの内容だった。
「金銭が目的なら手近な貴族でも狙ったほうが確実。けれど狙われたのは図書館の館長であるエリックさんの娘のアエラ。金銭目当てじゃない犯人の狙いはこの図書館の蔵書だと考えれば納得がいく。だってこの王立図書館には禁書の類がごろごろ保管されているもの。
私が見たかったのもその禁書の一冊だし」
「ふむ。なら休館日を狙ったのは他の職員が少なく、館長の独断で行動がしやすい日を狙ったと言う事か。
……このバカ親なら間違いなく禁書だろうが何だろうが持っていくだろうが、それを止める人間が少ないほうが都合はいいだろうな」
――それを言うなら親バカじゃないだろうか。間違ってはいないけど。
ティーンの丘というのは街外れにある小さな丘だが、日没までに着くにはもうここを出なくては間に合わない、そんな場所だ。
「幸いその禁書を持っていく人間は指定されていないし、一人で来いともかかれていないね」
「ならその役目は私が適任ね。武器も必要ないし、女だから犯人も多少油断してくれるかもしれない」
「だめだよ!ハルは女の子なんだからそんな危ない真似させられない!」
ヒナが紙を眺めながら言った言葉に私は自分が引き渡す役目を買って出る。
きっと止められるか難色を示されるだろうとは思っていたけれど、その言葉を発したのはヒナではなくコハクさんだった。
驚いて思わずまじまじとコハクさんを眺めると、コハクさんはバツが悪そうに視線を泳がせたがすぐに私に視線を戻す。私を見つめるその表情は真剣そのもの。
「女がいいっていうならカナタが喜んで女装するから。あいつの女装は趣味だし」
「趣味じゃなくて特技だ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、これでも私も冒険者だから大丈夫。
きっとアエラはとても恐ろしい思いをしているはずだから、早く助けてあげたい」
「……わかった。でも絶対に無茶はしないで」
頷く私にコハクさんはしぶしぶ納得したようで、最終的に女装したカナタさんも一緒にという条件で引渡し役に決まった。
ヒナは苦笑を浮かべてそんな私を見つめていた。
一緒に行くと騒ぐエリックさんを図書館に待たせ、私たちはティーンの丘へと向かった。
……なんかエリックさんが一緒だと色々面倒な気がして。
そう思っていたのは私だけではなかったようで、職員さんを含め満場一致でエリックさんの図書館待機は決定したのだ。
風が吹き抜けるティーンの丘。
こんな状況でなければさぞかし心地よい風に感じていただろう。
けれど今の私にとっては不穏な空気を運んでいるようにしか感じられなかった。
日没まであと僅か。
――もうすぐ犯人が現れる。そう思うと今まで色々な依頼をこなしてきたというのに、もっと危険な仕事だってあったというのに、それ以上に緊張している自分がいた。
日が地平線へと吸い込まれ始めた頃、ふいにゆらりと三つの影が現れる。
私たちの共同戦線が今、幕を開けた――




