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52:再び屋敷の中で

 ちらちらと舞う銀色は結界の消滅と共に溶けるように消え、屋敷の中は再び闇に包まれた。


「不格好だが上手くいったようだな。それにしても本当にここは空気が悪い。浄化したらまた呼んでくれ」


 セイランの声がして、その気配が薄れる。戻った屋敷の中はまだ瘴気が充満していてセイランには辛い状況のため、再び石に戻ったのだ。

 もう一人、瘴気に弱い人物は大丈夫だろうかと明かりを生み出しその姿を探す。――が、後ろから何かにがっちりと抑え込まれているようで、腕どころか首すら動かすことができなかった。

 結界から転がるようにして飛び出したというのに、体のどこにも痛む箇所はない。視界の淵に映る腕の主が庇ってくれたことは明確だった。


「……いつまでそうしてるの」


 がつんと軽い衝撃と不機嫌そうな声がして、拘束が緩む。

 てっきり私を抱え込んでいるのはヒナかと思っていたけれど、聞こえた不機嫌な声からどうやらヒナではないらしい。そもそも結界を出る前の会話を思い出せば私を抱える腕の主が誰かはすぐにわかる。


「庇ってくれてありがとう、コハク」

「怪我はない?」

「コハクのおかげでね」

「よかった――って、ごめん!」


 頭の上から安堵の声が聞こえたかと思うと、コハクは勢いよく私から離れる。

 むくりと起き上がって辺りを見回してみれば、カナタはにやにやとした笑みを浮かべ、ヒナは背筋が冷たくなる笑みをたたえ、イオリは何ともいえない表情でこちらを見ていた。


「さて、悪魔の脅威は去った。あとはこの屋敷とその周辺を手っ取り早く浄化だな」

「そうね。カナタ、がんばって」

「……俺一人でやれって?」


 この一帯を浄化して、イオリたちの任務は完了となるのだろう。

 軽く体をほぐしながら言うカナタを激励すれば、当然私に手伝わせるつもりであったカナタは半眼でこちらを見た。


「だって私とヒナの依頼主はイオリだし。依頼は悪魔討伐までの護衛、よね?」

「ああ、一応そういう話だったな」

「無事に戻ってこれた時点で私たちの依頼は完了。つまりお仕事は終わりってこと」


 イオリの護衛を正式な依頼として受けるとなった後、依頼内容や報酬を決める必要があったので簡単にではあるが話し合っていた。その中に必要以上のカナタたちへの手助けは無用ということも含まれている。


「手伝うならそれなりの報酬を要求するわ!」

「がめつっ!」

「何とでも言うがいいわ。受けるすべての依頼が上手く行くわけじゃないし一人じゃ受けられる依頼だって限られる。怪我をすればしばらく仕事は出来なくなるし、そうなれば当然収入もなくなる。場合によっては宿どころかご飯すら危うい生活なんだから、稼げるときに稼ぐのは当然!」

「あー、うん。そうだな……」


 司教のカナタやそのお目付け役のコハクは教会からお給金が出ているはず。ヒナはともかく最悪の場合イオリは国に保護されるという立場だ。戦えなくなったとしてもそれまでの功績が消えるわけではないし、国に認められた英雄なのだから当然だろう。有事の際には命をかけて国や人を守るのはもちろん、勇者として得られる権利より面倒な義務のほうが多い。


「人生何があるかわからないんだから、自立しておいた方がいいに決まってるでしょ」

「俺が養うからそんな心配はいらないのに」

「人に頼り切るのは嫌だし、世の中には離縁だって溢れてるわ」

「俺がハルから離れるなんてありえない。何年越しの愛が実ったと……」

「いや、実ってないだろう」


 ギルドに登録したての頃の雑多な依頼の中には夫婦間の揉め事などに関するものもあった。ある種の現実を目の当たりにし、結婚の良い部分も悪い部分も目にしている。

 私に熱っぽい視線を向けにじり寄ってくるヒナの肩を、若干引き気味にイオリが掴んで引き留めた。


「隣に立つ人とは対等でありたい。私は助けられるんじゃなくて助け合う関係がいいの。それに私が言うのもなんだけど、危険の少ない仕事をしている人が理想だわ」

「ふむ」


 私は危険と隣り合わせの冒険者という職業だからか、危険の少ない安定した職業に対する憧れがある。もちろん目的があってこの仕事を選んだので後悔は微塵もないが。

 私の言葉にカナタは私たちをぐるりと見回すと、腕を組み顎に手を当てて考える素振りを見せる。そしてふっと笑みを浮かべると、私の肩を軽くたたいた。


「冒険者に勇者、そして野良猫。つまり司教である俺がハルの理想ということだな?」

「――は?」


 ヒナ、イオリ、コハクの順に指を指し、自身を指示して自信満々に告げられたその言葉に半眼でカナタを見上げる。


「誰が野良猫だっ! そもそもカナタは司教かもしれないけど荒事専門だろ」

「神に仕えているのに信仰心はない生臭坊主だな」

「うん、それに変態」

「三重苦ね」

「おまえら……」


 コハクがびしっとカナタに指を突き付け、イオリが頷き同意すればヒナが真面目な顔でとどめを刺す。私も思わず本音が漏れていたが聞こえなかったことにしてもらいたい。


「――とにかく、さっさと浄化するぞ」


 がしがしと頭をかきむしって、カナタは右手を掲げる。

 足元からふわりと光が沸き起こりふわりとカナタの髪がなびく。その足元には再び輝く魔法陣が現れていた。


「一気にやるぞ」

「カナタちょっと待――」


 コハクが慌てた様子で制止しようとするが、カナタ振り返ることなく一気に魔力を高めていく。

 チリチリと首筋に違和感を感じてカナタを視る。視える魔力の流れにさらに違和感は強くなり、カナタの元へと駆け寄った。


「依頼ではないけれど、この後しっかり手伝ってもらうんだから。ちゃんとお願いされれば手伝うわよっ!」

「……そうか。なら頼む」


 浄化のための魔力を練り上げつつ叫んだ私を振り返ったカナタは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。そんな表情を消すと、カナタは僅かに目を細めて口元を緩める。

 全身に光を帯びたカナタは今にも消えてしまいそうなほど儚く神々しかった。魔力を練り上げている間にも違和感はどんどん強くなる。

 カナタが力を解放した時、やっとその違和感の正体に気が付いた。


「イオリ! 風で浄化の力を送って広げて! 私はカナタをサポートするから!」

「え?」

「いいから早く!」


 練り上げていた魔力を破棄して早口で解除の言葉を唱えエルフの力を解放し、カナタの腕に手を添えその魔力に自分の魔力を重ねる。


 ――――少し考えればわかることだった。

 今日これまでにカナタはどれほどの力を使い続けてきていた?

 神に愛されたカナタには無尽蔵ともいえる力があるかもしれない。けれどその力を行使するカナタは人間に過ぎない。


「このままじゃカナタの魔力回路が焼き切れる!」


 コハクが今までにない声色で叫び、状況を理解したイオリは瞬時に魔力の風を生み出す。得意ではないと言ってはいたが、それは並みの魔術師よりずっと早い発動だった。

 私は同調させた魔力をカナタの魔力に沿わせ、魔力の安定と回路が傷つくことを最小限にとどめるように努める。


「ははっ……すごい、な……」

「なんでこんな無茶を……!」

「なんとなく?」


 無事にカナタが魔力を解き放ったことを確認し、ヒナたちを振り返った。

 コハクはふるふると肩を震わせ、ヒナは腕を組み難しい顔でじっとこちらを見つめている。イオリはぜいぜいと肩で息をしていたが、その姿はやはり少女へと変化していた。薄々覚悟はしていただろうが、やはり本人はショックを隠せないでいる。さすが呪いが軽減されたとはいえ生まれながらの不幸勇者、期待を裏切らない。


「くあー、さすがに疲れた。ちょっと寝る……」

「ちょっとカナタ!?」


 言葉の最後は聞き取れないほど小さなもので。その言葉と共にカナタの体からふっと力が抜けた。

 崩れ落ちるカナタを支えようと腕を伸ばしても、いくらカナタが細身とはいえそれを可能にする力が私にはない。せめて頭を打ち付けないようにと踏ん張るが、健闘むなしく地面は目前に迫っていた。

 寸前、地面との激突を横から伸ばされた別の腕が防ぐ。


「バカカナタ!」


 口調は少し荒いが、耳と尻尾が安堵したようにくたりと地面に落ちた。

 もう大丈夫だろうと、そっと伸ばした腕を戻し二人に向き直る。


「ごめん、ハル。とりあえずカナタを少し休ませたいんだけどいいかな?」

「セイランに休めそうな場所を探してもらうわ。セイラン、お願い」


 ぎゅっとカナタを支える腕に力を込め、コハクが呟くように訪ねる。

 その言葉に頷き、私はセイランを呼び出した。


「セイラン、カナタを休ませる――」

「聞いていた。行ってくる」


 ブレスレットから出ると私の言葉を遮って、セイランは部屋を飛び出していく。

 その数分後、脳裏にセイランの声が聞こえた。

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