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51:それは風船の如く

「つまり、どこか傷をつければ破裂して俺たちはこの空間ごと消え去るということか?」

「ああ。それぐらい常識だろう」


 イオリの呪いが一応解決したということで、次は結界からの脱出だ。

 それにあたり念のため注意点をヒナとイオリに告げたところ、イオリは酷く驚いていた。悪魔に詳しい立場であるカナタは常識だろうとばかりに鼻で笑う。コハクも当然知っていたようでうんうんと頷いていた。


「基本は結界を張る前に倒していたからな。結界に閉じ込められても悪魔を倒せば結界は消えていたんだ。残るようなことは今回が初めてだし、残ることがあるということすら知らなかった」

「ほら、イオリって成人前に勇者になったぐらいだから。当然知っているだろうしどうにかできると思われてただろうから、教えてくれる人がいなかったんだよ。俺も知らないだろうなとは思ってたけど、面倒だから説明しなかったし」


 首の後ろに手を回し、イオリは溜息をつく。

 どうやらイオリは悪魔と戦ったことはあっても悪魔の結界に閉じ込められたのは初めてらしい。確かに普通は悪魔を倒せば結界は自然に消滅するもの多い、というか大多数がそうなのでいくら冒険者であっても知らないという者がいてもおかしくはない。ただ、イオリは勇者の称号を持つほどの者なので知らないというのは少々引っかかる。

 疑問に眉を寄せた私にヒナが邪気のない笑みを浮かべ教えてくれた。確かに言われてみれば私も当然知っているものだとばかり思っていたのだ。先入観を持たないようにしないといけないとわかってはいても、実際にその通りにすることは難しいのだと改めて思い知らされる。


「ヒナタ、そこはちゃんと説明してくれ。命に関わる」

「冒険者なんだからそれも自己責任だ。知らない、学ばないほうが悪い」

「……わかってる」


 恨めしそうに言うイオリに、ヒナは冷めた目を向けてすっぱりと切り捨てる。実際ヒナの言う通りなので、イオリはぐっと言葉を詰まらせバツが悪そうに目を逸らした。


 普通は悪魔の消滅と共に溶けるように消え、中にいた場合は結界に引き込まれる前にいた場所へと戻る。しかし悪魔が消滅した後に残った結界は膨らんだ風船のようなもので下手な刺激を与えれば破裂し、中にいた人間は異空間の中で永遠に彷徨い続けることとなるのだ。

 悪魔による結界が残った場合、中から脱出する手段は多くはない。結界が破裂するのを防ぎつつ出口を作って脱出するか、無理矢理出口を作り破裂する前に脱出するしかない。


「風船を破裂させずに中の空気を抜く方法と似たような手段を取ればいい、ということか」

「そんな面倒な事をする必要はない。結界を穴を開けて破裂前に外に飛び出すほうが手っ取り早い」


 口元に手を当てて考え込むイオリを尻目に、カナタは十字架を光輝く剣と変化させた。そしてカツカツと足音を響かせながら少し歩くと、扉をノックするように何もない空間を叩く。するとそこからみょんみょんという妙な音が聞こえてきた。視てみればそこに膜のようなものがあり、それがこの場を生み出している結界なのだとわかる。


「よし、ここでいいだろう。ほら、お前たちも早く来い」

「ゴム風船みたいなものなんじゃなかったのか? 傷をつけた瞬間に破裂するんじゃ……」

「破裂する前に外に出ればいいだけだろう」


 一足先に手招きするカナタの元に移動したイオリが結界に軽く触れながら首を傾げる。カナタはその様子に怪訝そうに眉を寄せた。


「傷つけた瞬間に破裂するんだろう?」

「だから、破裂する前に飛び出すんだ」

「カナタ、お前まさか……」


 再度同じ言葉を繰り返すカナタ。そこでやっとイオリもカナタのその意味を理解したようだった。


「確かに出口を作ると同時に外にでれば間に合うかもしれない。けれど……」


 ほんの僅か、一・二秒だが結界が破裂して中の空間が消滅するまでには時間がある。結界の中にいるのが一人なら、破壊して外に出るというのは手っ取り早いだけでなく確実な手段だ。

 私はゆっくりと全員を見回す。


「――さすがに飛び出すのが五人となるとちょっときついかも」


 私の視線の意味を理解したコハクが腕を組み、尻尾をゆらゆらと揺らす。

 そう、二人程度であればその手段で問題ないが今回結界の中に閉じ込められているのは五人。一斉に飛び出しても破裂するまでの間に全員が無事外に抜けられるかどうか怪しい。

 確かに驚異的な身体能力を誇る彼らならばいけるのかもしれないが、私の身体能力は一般から見れば優れているといえるだろうが冒険者という職業の人間の中で見れば中の上。一般と変わらないかそれ以下が多い魔術師などを含めての平均なので、中の上とはいえ悪くはないがずば抜けて良いというわけでもない。魔法で補ったとしてもヒナたちには到底敵わないというのが現実だ。


「……ああ、難しいだろうな」


 イオリが私を一瞥して目を伏せる。そして呆れたような溜息をつかれてしまった。

 しかしこの場合私が足手まといであることは明らかで、それに対して苛立ちなどは感じない。それよりもどうやってこの状況を打開するかのほうが先決だ。

 ――膨らんだ風船は徐々に萎む。この結界もまた然り。

 今すぐというわけではないが、いつまでもこの状態を維持しているわけではなくいつかは消滅する。


「私が最初に飛び出せば後の人が消滅に巻き込まれる恐れがある。けれど最後じゃ間違いなく間に合わないし……」

「なら結界の破裂を遅らせるか、一度に全員が出られるほど大きな出口を作ればいいだけだ」


 思案しながら無意識のうちにブツブツ小さく声に出していた私に、カナタが不敵な笑みを浮かべて見せる。

 簡単に言っているが、破裂を遅らせるというのは中々難しい。悪魔の使う結界や魔法は人の使うものとは根本から違うため干渉しづらいのだ。人の作った結界ならばその綻びを繋ぎとめたり、逆方向の力を加えて結界の消滅を遅らせることもできる。悪魔の魔法を相殺して消すことは簡単でも、その力を維持したままどうこうするというのは難しいのだ。


「マスター。ここは俺の出番じゃないか?」


 何の前触れもなくブレスレットが淡く光を帯び、そこからセイランが姿を現した。もちろん私は呼んでいない。


「出てきて大丈夫なの?」

「ここの瘴気はすっかり浄化されているから平気だ。無事に結界から出て屋敷に戻ったら石に戻るだけだからな。今の俺なら結界の破裂を二秒程度だが遅らせることができる」

「十分だ。俺とハルの二人なら少し狭いかもしれないが、同時に外に出ることができる程度の出口が作れる」


 少年の姿のセイランは背が低い私よりも頭一つ分ほど小さい。覗き込むように訪ねれば、セイランは得意げに腕を組んでふんぞり返る。セイランと視線を同じ高さに合わせるために腰を折ったカナタがにやりと笑みを浮かべた。


「カナタ、それでも少し難しいんじゃないかな。出口ができた瞬間に助走なく飛び出して、ハルが間に合うかどうか……」

「同意ね」

「――なら、助走をつけながら破壊して、そのまま外に飛び出せばいい。それでも心配なら、コハクがハルを抱えて走ればいい。ハルを抱えてもお前なら余裕でいけるだろう」

「俺が!? もちろんハルを抱えて走るぐらい、余裕だけど……」


 一瞬私にすまなさそうな視線を向けコハクが言葉を濁すが、間に合うかどうか私自身も疑問なのでその言葉に頷いた。

 カナタが出口を切り開くのならば、この中では私が合わせるのが一番いいというのはわかる。しかしその後の言葉には納得がいかない。


「さすがにコハクが私を抱えて走って、私がカナタに合わせて魔法を使うというのはちょっと難易度が高すぎるわ。出口を切り開くところまではカナタが私に合わせて、出口ができたところで私を抱えて外に飛び出してもらうほうが現実的だと思うんだけど」

「ならそれで決定だな。――ヒナタ、くれぐれも邪魔はするなよ?」

「邪魔なんてするわけないじゃないか。ハルを危ない目に遭わせたくはないからね」


 私の意見に拍子抜けするほどあっさりと頷くと、カナタはヒナに視線を移した。

 カナタの視線を受け、ヒナは僅かに目を細める。


「ほう、それならいいんだ。結界も縮んできたようだから、そろそろ脱出しないとな。ハル、いけるか?」

「もちろん」


 そんなヒナの様子に気づいたのか気づいていないのか、カナタは意味ありげな笑みを口元に湛えたまま私に尋ねる。その問いに頷いた私のスカートの裾をセイランが小さく引っ張ったので視線を向けた。


「マスター。そのままやるのか? マスターの封印を解除すれば俺の力も上がり、耐えられる時間が延びると思うんだが」

「いや、そのままのほうがいい。時間が延びるのは魅力的だが俺との力のバランスが悪くなって出口を作る前に破裂するかもしれないからな。お互いに全力で行けばバランスはいいだろうが、それはそれで出口ができる前に結界を消滅させそうだ」

「それもそうか。……面倒だな」


 セイランは私と契約しているので私に加護を与えその魔法の威力を増すが、逆に私の魔力が上がればセイランの本人の力も上がる。ちなみに契約者の魔力がどれだけ低くても精霊の魔力が下がるこということはない。

 ぽん、とセイランは毛玉の姿になるとヒナの腕の中に納まった。


「ハル」


 名前を呼ばれ、カナタの隣に立つ。そして呪文を唱え、今日何度目かの黒い刃を生み出した。

 下を向いたお互いの持つ剣先はぎりぎり触れないという距離を保つ。性質が違いすぎる刃が触れれば反発する恐れがあるからだ。


「出口が開いたら一気に飛び込め。ハルが出遅れた場合のフォローはお前たちに任せる」


 カナタの言葉に全員が頷く。

 助走をつけるために少し結界から距離を置き、ぐっと地面を踏みしめる足に力を込めた。


「いくぞ!」


 カナタの声に私たちは一斉に駆け出す。全員私の速度に合わせている。

 結界の壁は目前だが、誰もその速度を緩めない。それは私とカナタが出口を切り開くと確信しているからに他ならない。

 セイランが前に広がる結界を凍りつかせる。その直後、私は黒い刃で凍りついた結界を斜めに斬り上げる。それに合わせてカナタも光り輝く刃を私とは対照的な動きで斬り上げた。


 黒い刃と輝く刃が二つの空間を隔てる見えない壁を切り開くと当時に私たちは閉じられていた空間から外へと飛び出す。キラキラと砕かれた細かな氷が舞い散る中、五人が一斉に団子のように飛び出し、途中バランスを崩しごろごろと転がった。

 私たちが飛び出した直後に背後で破裂音が響き、悪魔の生み出した空間が消滅する。


 暗い屋敷の中、私はこの場に似つかわしくない幻想的な光景に目を細めた。

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