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50:祝福の行く末

 パキリ、と耳の奥で乾いた音がした。

 体の中心から膨れ上がる魔力をそのまま練り上げる。


「リッヒテン・クリンゲ!」


 同時にその場に吹くはずのない風が吹き抜け、私は背後に生まれた気配を気にすることなく生み出した漆黒の鎌を手にコハクの前に飛び出す。

 ギイン、と背後で固いものがぶつかり合う音が響き、一瞬視界に捉えた蜂蜜色。それはエルフの姿となったヒナ。


 私たちが封印を解除したのはほぼ同時だった。

 解除したことによりヒナはよりその速度を上げ、私の背後に現れた悪魔の攻撃を受ける。一方コハクの前に飛び出した私は魔力の揺らぎから現れた黒い刃をその揺らぎごと薙ぎ払った。



 現れた悪魔は書斎で取り逃がした悪魔と私たちが途中で遭遇した悪魔だった。

 先ほど戦った悪魔よりも大きさは小さかったので分裂した一部だったのだろう。はっきりと姿を捉える前に消滅させてしまったので私はその姿を見てはいないが、ヒナが倒した悪魔は間違いなく大きさは違うがあの悪魔と同じ姿だったらしい。

 ちなみに最初に書斎で倒した悪魔は逃がした悪魔が生み出していた、分裂のさらに劣化版悪魔なので本体と同じ姿ではなかったということだ。


「さてと、次はここから出る方法を考えないとね」

「いや、さっきの姿の説明が先だろう」

「俺も聞きたい!」


 さり気なく元の姿に戻った私とヒナの前に、カナタが立ちはだかる。コハクも耳をぴんと立ててカナタに同意した。しかしイオリはそこに加わることなく私たちを一瞥しただけで視線を自分の手へと落とし、見つめる手を握ったり開いたりを繰り返している。そんなイオリの様子にカナタがこめかみを引き攣らせた。


「その様子だとお前は知っていたようだな、イオリ」

「……ああ」

「ここに来る途中の山小屋でドラゴンが襲ってき時、イオリもその場に居合わせただけよ」

「アレか。ヒナタがいるから大丈夫だろうと放置していたんだが、確かに一瞬面白い魔力を感じたな。あれはお前か」

「多分ね。で、説明してもいいけれど、聞くのなら手伝ってもらうわよ」

「――いいぞ」


 少しだけ考えたような素振りを見せた後カナタはにやりと笑って頷き、コハクもカナタに同意するように頷いた。

 確かに魔王のことを説明していないが、カナタは立場上安請け合いするとも思えない。暴走監視が役目であるコハクまでも。


「簡単に了承したところを見ると、もしかしなくても魔王が復活しそうだってことは知ってるのね」

「まぁ、俺は司教様だしな」

「もちろん知っているのは司教クラスの本当に一部の人間だけだよ」


 悪魔は倒したはずだが結界は消えておらず、私たちはまだ結界の中にいる。

 他に分裂した悪魔が残っていないとも限らないので、私たちは警戒しつつ結界の中央に集まった。


 あまり時間をかけるわけにもいかないので、イオリに説明した時のように簡単に説明をする。

 今回は説明の途中、人の目の心配もないため再びエルフの姿になったり戻ったりしたのだが、エルフの姿となった時コハクがキラキラとした目を向けていた。引っかかるところもあるが、エルフはすでに滅んだ伝説の種族とされているので興奮するのも仕方がない。

 それ以外は説明を聞いている間、カナタとコハクは特に驚く様子もなくじっと私の言葉に耳を傾けていた。




「――なるほど、大体の事情はわかった。しかし、お前たちが人間やめていたとはな」

「カナタ、その言い方はちょっと……」

「説明したんだから協力はしてもらうわよ。早く外に出る方法も考えないといけないし」

「ああ。でもせっかく外に影響がでないんだ。外に出るのはイオリの呪いが解けているか確認してからにしないか?」

「――確認?」


 嬉々とした様子で提案されたカナタの言葉にイオリが眉を寄せる。

 イオリの呪いは本人に命の危機が無い程度に不幸になること。そこまで周りの影響を考えなくてはいけないほどのものではないので、まず間違いなくカナタが面白がっているだけだろう。


「とりあえず……」

「いてっ! 何すんだよ!?」


 カナタは徐に隣に立つコハクの髪の毛をブチブチと引き抜いた。

 コハクは引っ張られた所を押さえてカナタを睨む。まとめて何本も引き抜かれたので睨みつける目は涙目になっている。

 一方カナタは抜いた髪を手にしたままくるりと後ろを向く。そして少しごそごそとして再び私たちに向き直った。


「さぁイオリ。どれか一本選べ」

「何だこれは」

「クジ引き。ただしこの中にあるのはアタリではなく大ハズレだ」


 カナタはそしてどさりと腰を下ろし、ずい、と髪を握った手をイオリに差し出す。握られているのは十本以上のコハクの髪。私たちも円陣を組むように丸くなり、腰を下ろしてイオリを見る。

 イオリは一瞬嫌な顔をしたが、同じく腰を下ろし素直にカナタの握る髪の一本を引いた。


「……なんだコレは」


 イオリが抜いた髪をまじまじと見つめる。髪の毛先はくるくるとバネのようにカールしていた。


「大ハズレ」


 鼻で笑うカナタはとても嬉しそうに笑みを浮かべ、握りしめていた他の髪の毛先をイオリに突き付ける。コハクの髪はふわふわとしたクセ毛なのでどれも緩やかな曲線を描いてはいるが、イオリが選んだもののとは違っていた。


「ハズレ……」

「こうやって、爪ではさんで髪を引っ張るとくるくるになるんだ。面白いだろ」

「それは正直どうでもいい」


 十本以上あった髪の中で毛先がくるくるとしたものはイオリが引いた一本だけだった。それが大ハズレという扱いなので微妙とはいえ運は悪いといえる。


「次だな。次は――そうだ。ヒナタ、お前目隠しして適当に物を投げろ。それが当たったらイオリは不幸のままだ」

「いいけど、投げるものは?」

「コハク、お前の持ってる短剣出せ。使えなくなっても大して問題はないだろ」

「え、いいけど二本しかない」

「じゃあ後は俺が持ってる聖水の瓶でも投げるか。小さいが数はあるし、それでいいな?」

「いいよ」


 コハクが腰に手を回し短剣と取り出し前に置き、カナタも懐から小瓶を取り出しバラバラと前に広げる。カナタが取り出した聖水の瓶は本当に小さなものだった。

 左手で二本の短剣を。右手で何個かの小瓶を拾い上げヒナがイオリに向き直る。


「――まて。いいわけないだろうが」

「何で?」

「目隠しぐらいじゃ全部俺に当てることぐらいできるだろう?」

「イオリが動かなければね」

「つまり運は関係なく、確実に狙われるってことだろうが」

「そうだねぇ」

「却下だ」

「そう? それならこれは返す」


 はい、とヒナは手を伸ばし短剣と瓶をコハクとイオリに返し、再び聞く体制へと戻る。

 カナタは腕を組んで次はどうするかを決めかねているようだった。


「じゃあカナタが決めるまでの間、小さいけど紙持ってるからあみだくじでも試してみる?」

「そうだね。他にすることもないし、いいんじゃないかな」

「じゃ、すぐ作るから待ってて」


 今度はコハクが後ろを向いて、さらさらとペンを走らせる。

 振り返ったコハクは下の部分を折って隠した紙を置いた。透けてもいないのでコハク以外はどこがアタリ――今回は大ハズレがどこかはわからない。適当に私が横線を増やしてからイオリに選ばせる。


「……あ」


 イオリが選んだ箇所から線をなぞりながら下っていくと、コハクが小さく声を漏らした。つまり、そういうことなのだろう。


「見事に引き当てたわね」

「また大ハズレだね」

「くっ……」


 案の定、たどり着いたのは花丸が付けられた大ハズレ。

 しかしイオリは元々運が悪かったようなので、二回ハズレを引いただけでは呪いがどうなったのか判断しづらい。カナタはまだいい案が思いつかないようで、まだ腕を組んで考え込んでいた。

 どうしようかと後ろに手をついて上を見上げる。悪魔を倒したので結界の効果が薄れ、瘴気はある程度治まりつつあった。


「――カナタ。とりあえずここの瘴気払わない?」

「ん? あぁ、そうだな。落ち着いてきたとはいえまだコハクにはキツイな」

「それは助かる!」


 カナタは立ち上がり、浄化の光を生み出す。私も手伝おうかと思ったが司教様には私程度の手伝いは不要だった。

 カナタが生み出した光はあっという間に膨れ上がり、弾けるようにして結界の中を照らし出す。眩い光が落ち着いた時、その場に瘴気はほとんど残っていなかった。


「うん、さすが」

「ふふん。褒め称えて崇めるがいい」

「カナタすごいすごい。さてと、それじゃ視てみましょうか」

「……ナルホド!」

「ハル、お前褒める気ないだろ」


 胸を張るカナタを適当に褒めてからイオリに向き直る。イオリは一瞬たじろぎ、コハクが感心したような声を上げた。カナタは私の褒め方が気に入らなかったようだがもちろんそれはあえて気にしない。

 ゆっくりと意識を傾け、イオリの魔力を視る。イオリの状態を把握して、私はゆっくりと口を開いた。


「イオリに絡みついていた魔力は落ち着いてるようだけど……」

「けど?」


 イオリが訝しむように片方の眉をぴくりと動かす。


「イオリと相性が良すぎて、すでにある程度同化してる」

「…………は?」

「もうその呪いはイオリの一部になってるってこと。一応前より影響は弱まってると思うわ。他人に影響がほぼでない程度には」

「つまり…………」

「残念だけど、現時点ではこれ以上はどうにもできないわね」


 私の説明で自分の置かれた状況を理解したイオリは、がくりと地面に両手をついた。

 そのイオリの肩にヒナが手を添え、顔を上げたイオリにヒナは満面の笑みを向ける。


「大丈夫。祝福以前からイオリは運が悪かったんだし、落ち込むほど大差はないさ」

「うぐっ」


 ヒナは邪気の感じられない満面の笑みでイオリにとどめを刺す。

 さらに落ち込んだイオリに、さすがのカナタも同情の視線を向けていた。

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