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49:諸悪の根源

「ここ、だね」

「この扉の向こうに諸悪の根源が……」


 目的とする部屋の扉の前。

 イオリを掴んでいた手を離し、ヒナが天井にまで届きそうなほどに大きな扉を見上げる。つられるように私たちもその扉を見上げた。


「きっと向こうもお待ちかねだ。さっさと行って吹っ飛ばしてやらないとな」


 ぱしん、と手を打ちカナタが不敵な笑みを浮かべる。やる気十分といった様子だ。


「作戦とかどうする?」

「ええっと。俺は普段カナタがやりすぎないように気を付けるのが役目。暴走して建物とか破壊しないようにだとか、壊すような建物が無くてもやりすぎて荒野を作らないようにだとか、とにかく周囲への被害を最小限に抑えるためにね。だから人に合わせるっていうのはあまり経験が……ごめん」


 相手はイオリに祝福をするほどの悪魔なので一応聞いてみたのだが、コハクは本当に申し訳なさそうに耳と尻尾を下げ視線を落とした。

 日頃の苦労が窺い知れるその言葉から、経験があまりないだけで周囲や特にカナタの様子を窺うことは得意であることがわかる。


「俺も長く独りでやってきたからな。ヒナタ以外の人間と合わせるのは苦手だ」

「俺はハルにだけなら合わせられる自信があるよ。イオリを含んだその他大勢に合わせるのは無理かな」

「――はぁ。聞くまでもないと思うけど、カナタは?」


 順に見回してみてもイオリは首を左右に振り、ヒナは困ったように小さく肩を竦めた。

 この中では一番悪魔に精通しているであろう人間。そして一番の加減知らずであろうカナタへ顔を向ける。


「俺は優秀だからな。高火力での旬滅が基本だ」

「――つまり、後始末をコハクに押し付けてやりたい放題ってことね」

「同意しないが否定もしない」


 それは認めたも同然、という喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込む。


「あなたたち三人が攻撃特化の人間だってことは最初からわかってたわ……。私とコハクがサポートに回るから、三人は悪魔を倒すことだけに集中して。余裕があるようなら周りの被害は最小限に抑えてね」

「任せて。ハルの期待に必ず応えてみせるから」

「言われるまでもない。俺は奴を倒して呪いを解く」


 ヒナが両手で私の手を包み込み、柔らかく微笑む。イオリは鋭い視線を扉の向こう側へと向けている。二人を一瞥したカナタは、ふぅん、と小さく呟いて一歩後ろへ下がり、ヒナをイオリの隣へと押し出した。


「では俺はお前たちがピンチになるまで高みの見物でもするとしよう。主役は後から登場するものだしな」

「……一緒に部屋に入るけどな。それ以前にカナタが主役の話なんて面白くなさそうだ」


 なおも下がり、私たちの後ろへ回ろうとするカナタの服をコハクが掴み、前に留まらせる。カナタは唇と尖らせながらも手にした十字架を担ぎ直した。カナタに続くようにヒナとイオリも剣を抜く。

 私は明かりにしていたものと同じだが大きさだけを少し小さくした魔法の光を複数生み出しコハクの周りに漂わせる。


「ありがとう、ハル」


 コハクはにっこりと笑って、小さく深呼吸し、耳と尻尾をぴんと立てた。

 カナタが振り返り軽い動作で手を振ると、ふわり、とコハクの周りを淡い光が包み込む。いつぞやの光り輝く勇者様と同じ状態だが、今回はあの時ほど眩しくはない。あの時はイオリの魔を封じ込めていたが、今回は状況から考えて瘴気を遮断する類の結界だろう。


「行くか」


 十字架で軽くトントンと肩を叩きながら、カナタが扉の正面に立ち左右のヒナとイオリに目配せする。二人が小さく頷くと、カナタは扉を勢いよく開いた。



 ――――来る!


 扉が開かれると同時に暗い部屋の中から強い魔力がこちらに放たれた。

 その攻撃は当然予想の範囲。カナタは十字架を前に構え前もって唱えてあった呪文を解き放つ。十字架から光が溢れ押し寄せる力と光がせめぎ合い、ピリピリと空気が震えた。

 カナタによって力が相殺されるとヒナとイオリが部屋の中に飛び込み、私は新たに生み出した光を部屋の中に投げ込む。部屋の中は薄暗くはあったが見えないほどではなかった。それでもある程度明るい方がいいし、何より光で悪魔の力を多少だが削ぐことができる。


 初めてはっきりと目にした悪魔の姿は、人のように二本足で立つ黒い影。立っている状態でも床に着くほどに腕が異常に長く、その腕でヒナとイオリの攻撃を防いでいる。――とはいえ、人型には遠いその姿は二本足で立つ獣に近い。

 ちなみに人と見分けがつかないほどの悪魔というのも存在しているというが、それは魔王やそれに近い力をもつ者だけ。私が実際目にしたのは深淵の魔道書で見た過去の魔王だけだ。


「はっ!」


 気合いと共にイオリが悪魔に剣を振り下ろす。寸前で剣先をかわされたが、続けざまにヒナが剣を振るう。それもあっさりと腕で止め、悪魔が魔力を振るい牽制する。お互いに様子を窺っているといった様子だ。

 コハクはいつでも動けるよう身構え、カナタは十字架を肩に立て掛けるようにして二人を見守っている。私はブレスレットに軽く触れ具合を確かめていたのだが、ふと頭に疑問が浮かんだ。

 そもそもこの悪魔は、以前イオリ一人で深手を負わせたはず。それなのにお互いが様子を見ているとはいえ、イオリとヒナの二人がかりで有効な攻撃が与えられていない。


「この悪魔、以前イオリが戦った時よりかなり強くなってるんじゃない?」

「そうだな。一応周りに気を使っているからということもあるだろうが、あの二人を相手に無傷というのは不自然だ。何か奴の力の源になるものが……」

「――何か来る!」


 私の言葉にカナタが眉を寄せる。カナタの言葉を遮るようにコハクが叫ぶと同時に部屋の中に嫌な魔力広がった。同時に部屋の中の風景が一変する。

 瞬時に何が起こったのかを悟り、充満する瘴気に顔をしかめる。


「結界か。面倒……――だが、ある意味都合がいい」


 ふん、とカナタが鼻を鳴らし十字架を構える。

 私は今まで維持していた呪文を破棄し、護符の力を借りて新たな呪文を唱えた。それは本来なら扱うのは不可能であろう、神聖魔法と風魔法を組み合わせたもの。その魔法をコハクを中心に発現させるとコハクの足元から風が巻き起こる。そよ風程度にしか感じないが、その風はカナタの結界と共に十分に瘴気を軽減させていた。


「ヒナタ、イオリ。もう加減は必要ない。今この部屋は結界によって世界から切り離されている」

「倒したとして、結界は大丈夫なのか?」

「消滅するか中に閉じ込められることになるが――まぁ、どうとでもなる」

「そうか」


 ヒナが悪魔の相手をしている間にイオリが振り返り尋ねる。

 カナタの返答にイオリは納得したようだが、その言葉に私とコハクは顔を見合わせた。だが今それを指摘しても仕方がないのも事実。私たちは小さく頷き合うと、再び悪魔に向き直った。

 私たちがいるこの場所は簡単に言うならば本来私たちが暮らしている場所とは異なる異空間。悪魔が生み出した空間であり、瘴気しか存在しないという悪魔に限りなく有利な場所だ。しかしこちらで起きたことは私たちの世界に何の影響も及ぼさない、そんな場所。


「それじゃ、遠慮なくやらせてもらう」


 ぐっと握り直したイオリの剣が微かに光を帯びる。


「一応コハクやハルがいるから気を使っておくか」


 ちらり、とこちらに視線を向けたカナタは新たに呪文を唱える。するとカナタの手にした十字架が光を帯びたかと思うと次の瞬間、十字架は剣へとその形を変化させていた。

 視線をヒナへ向けると、私と目が合ったヒナはにっこりと微笑んでそのままイオリとカナタの後ろに立つ。


 それから始まった戦いは、今までのが本当に様子見にすぎなかったのだと見せつけるような激しいものだった。

 悪魔は両腕の、人の手首にあたる辺りから刃を生み出しその刃でヒナたちの攻撃を受け流す。時折口から黒い球体を生み出しては放ち、牽制する。

 戦いを見守るうち、次第にその黒い球体を生み出す前に悪魔の魔力が微かにゆらいでいることに気が付いた。瘴気の充満するここでは視るわけにはいかなかったが、魔力の流れを感じるぐらいはできる。


 呪文を唱え、いつでも魔法を発動できる状態を保つ。

 ギンギンと金属音が鳴り響く中、再び悪魔の魔力が揺らいだ。


「アーベント・ナーデル!」


 本来は魔力を複数の針の形で飛ばす魔法。それを一本の針に凝縮して悪魔の口元、生み出される黒い球体に向かって放つ。

 私の思惑に気づいた三人は瞬時に攻撃を悪魔をその場に足止めするためのものに切り替えていて、悪魔が生み出したばかりでまだ咥えているような状態であった黒い球体に針が突き刺り、弾ける。


 一瞬の悪魔が怯んだその瞬間を三人は見逃さなかった。

 ヒナが薙ぎ払いったその剣先が悪魔の胴をかすめ、悪魔が耳障りな声を上げる。カナタが光の剣を振るい、悪魔の腕の一部を切り落とした。二人がその勢いのままに横に避けると悪魔の正面にイオリが走り込み、そして剣を振り下ろす。


 イオリの剣は悪魔の肩口を捉えたが、悪魔は残った腕で剣を掴みその勢いを殺したため、それなりに深手ではあるが致命傷には至ってはいないようだ。そして剣を手にしたまま、イオリの腹部を蹴りつけた。


「イオリ!」

「ちっ」


 剣から手が離れ、イオリは凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 土埃のようなものを上げながら転がり、カナタが舌打ちしてイオリに駆け寄る。


「くっ……」


 イオリは膝をつきながらも立ち上がり、口元から垂れた血を無造作に拭った。

 駆け付けたカナタは口早に呪文を唱え、生み出した光をイオリの腹部に当てる。カナタは自分に回復させるなら瀕死になれと言っていた。つまりイオリの状態はかなり酷いということだろう。


「ハル!」


 コハクの声に振り返ると、悪魔がイオリの剣をヒナに向かって投げ捨て、ヒナがその剣を叩き落としたところだった。

 だがコハクの視線は悪魔ではなく別のところへ向けられていて、その視線の先を辿るとそこには先ほどカナタが切り落とした悪魔の腕。

 その腕が黒い煙を生み出し、ぼこり、と音を立てて膨れ上がった。煙を上げ、時に何か液体を飛ばしながら、腕はあっという間に大きさは違えど本体の悪魔と同じ姿になる。


「気持ち悪っ!」

「こいつの相手は俺がする。ハルはヒナタの援護を!」

「了解」


 言い終わらないうちにコハクが小さな悪魔へと飛び出す。迎え撃つように飛び込んできた悪魔を、コハクはくるりと体を捻り蹴り落とした。

 土埃があげ地面に激突した悪魔だが、すぐに再びコハクに飛びかかる。着地したコハクも同じように悪魔に向かい飛び込む。そしてその拳に魔力を込め、悪魔を殴りつけた。

 動きだけで判断するならコハクのほうが上。しかし結界があってもこの瘴気の中は辛いらしくコハクの顔色は優れない。

 この小さな悪魔はコハクに任せ、早く勝負をつけた方がいい。そう判断してヒナと本体の悪魔へと向き直り、呪文を唱えた。



 ヒナは魔力はないし、感知もできないと言うのに正確に私が呪文を解き放つ瞬間を把握しているようだった。背中に目があるんじゃないかというぐらい、私が魔法を発動できるようになった瞬間に悪魔から距離を取る。致命傷こそ与えられていないが、確実に私たちの攻撃は悪魔に痛手を与えつつあった。

 一方、イオリはカナタの肩を借りて立っているが、腹部を押さえていて完全には回復していないらしい。カナタは私が絶え間なく呪文を唱えているので、あえてイオリに付き添っているのだろう。コハクは小さな悪魔を倒しはしたが、息も荒く顔色も一層悪くなっていた。

 私は一刻も早く戦いを終わらせるべく、ヒナが距離を取ったところで今日一番魔力を込めた呪文を放った。


 白と黒の雷が真上から悪魔を襲う。ヒナのおかげで絶妙なタイミングで放ったそれは悪魔に直撃し、そこで動きを止めた悪魔を今度こそヒナが切り捨てた。


「セイクリッド・フォース!」


 カナタの声と共に光が降り注ぎ、光は悪魔を完全に消滅させる。


「終わった?」

「この悪魔は間違いなく消滅させた。だが……」


 コハクがその場にへたり込み顔だけカナタに向け尋ねると、カナタは顎に手を当てて悪魔のいた場所をじっと見つめる。私はイオリの様子を見るべく二人の元へ駆け寄った。


「状態は?」

「蹴られた時に腹に魔力をぶち込まれていたからそっちを浄化するのを優先させた。治療も一応したが、加減しすぎたな」

「じゃあ治療の続きは私がするわ。カナタは結界の破壊――」


 カナタにイオリの状態を確認し、回復魔法をかけようとイオリの腹部に手を伸ばしかけたその時。結界の中に微かな魔力の揺らぎを感じた。

 揺らぎを感じた場所は私の真後ろとコハクのいる付近。あまりにも突然で、あまりにも近い距離。


 私は無意識のうちに“あの言葉”を叫んでいた。

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