47:二手に分かれたその先で
長くなったので二話に分けることにしました。
そのため今回の分のお話は短くなってます。
今私たちがいる場所は一階の中央付近。目指す部屋は三階。
瘴気が鬱陶しいので換気か浄化をしたいところだが、屋敷の中ほどではないが結界のせいで外も瘴気が充満しているので換気の効果は期待できない。浄化するにもこの瘴気をいちいち浄化していては目的地にたどり着くころには魔力の大半を使ってしまう。
悪魔本体と戦うことを考えれば魔力は温存しておきたい。そのため結界で瘴気を軽減させるのが最善だった。
「ふと思ったんだけど」
「うん?」
「カナタに一気に屋敷を浄化してもらうことはできないの?」
「確かに魔力はあるけれど、あいつあれでも一応人間だから……」
何気なく尋ねた私の言葉にコハクが苦笑を浮かべる。
水道の蛇口を捻るように人は使う魔力の量を調整している。逆に言えば、蛇口を全開にした以上の水を出すことができない。つまりどれだけ内包した魔力があったとしても、その魔力を一度に使うことはできないということだ。
惜しみなく神の加護を受けるカナタだが、その力を振るう体は人間。つまり一気に放出できる魔力量には人としての限界があるということだろう。その限界も普通の人間を軽く凌駕しているのだが、さすがに事前の準備もなくこの屋敷を含む結界内全体となると難しいようだ。
「この屋敷程度ならやってできないわけではないと思うんだけど、一応イオリの呪いの事もあるからね」
「どういうことだ?」
「祝福って悪魔を倒せば終わりって思われがちだけど、全部がそうじゃないってこと。知能が高い上位の悪魔ほど自身が滅ぼされただけでは消えないような、いやらしい祝福をかけることがあるのよ」
「そういう祝福を消すには祝福した悪魔よりもはるかに圧倒的な力で消し去るか、祝福した悪魔が消すしかない」
「――つまり俺を呪った悪魔は上位種だから、倒すだけではだめかもしれないということか」
「そういうこと」
やらないだけでやろうと思えばできないわけではないらしい。
ちゃんとイオリの事を考えてのことのようだが、コハクはともかくイオリがあのことに気づいていないとは考えにくい。悪魔に対して一般以上の知識はあるが専門というわけでもないので、私の知らない何かがあるということだろうか。
そもそも上位の悪魔に祝福をかけられることなどほぼないので当事者であるイオリが首を傾げるのも無理はない。そんな上位の悪魔に出会って生きて帰ることができること自体が稀なのだから。
「特に何事もないわね」
「まぁそのためにカナタたちを先に行かせたようなものだからね」
一度屋敷の玄関付近まで戻り、大きな屋敷にありがちな玄関を入ってすぐの正面の広い階段を目指している。
何事もないが警戒は怠らず、ゆっくりと屋敷の中を進み目的の階段へと到着した。
屋敷はとても広く立派だが、思ったよりも階段の幅が狭い。
二人並んで歩くのに問題ない程度の幅。普通に考えれば十分広いのだが、戦闘するかもしれないとなると手狭だ。
「思ったより狭いわね。私が先頭でいい?」
「――それが最善か。仕方ない、任せる」
「了解」
安全を最優先すれば私が先頭であるのが一番なのは当然なのでイオリは渋々といった様子で頷く。ワンピースのおかげで一番魔力による耐性が強いこと、悪魔から身を守るという点ではこの中で一番私が適した能力を持っているということがその主な理由だ。
階段は片側は壁だがもう片側は下が見下ろせる作りなので視界は悪くない。ちゃんと防御さえできればイオリならば十分戦える広さがある。応用の効く呪文をあらかじめ唱え、発動する寸前で維持しつつゆっくりと階段を上がる。護符のおかげで結界の維持も問題なさそうだった。
二階に上がると少し先に三階へと続く階段があり、二階への階段よりさらに幅は狭いがやはり壁は片側だけで下が見える造りだったのでそのままの並びで上へと向かう。
二階から三階へ上るその途中。
ぷるり、とコハクが体を震わせた。
「近くにいるわね」
「うん。二人とも気を付けて」
ざわり、と背後で何かが蠢くような感覚に振り返る。
壁に背を付け毛を逆立てるコハクの背後、壁の中から黒い腕のようなものが生えていた。
「コハク、離れて!」
「ッ!!」
私が声をかけるよりも早くコハクも反射的に壁から離れようとはしたようだが、黒い腕のようなものはコハクが動くよりも早くコハクを羽交い絞めにする。
「ネコ!」
一言叫べばコハクはその意味を正確に理解して、その姿を小さな黒猫へと変化させた。
瞬時に体の大きさが変わったことで拘束から逃れたコハクはくるりと体を回転させて綺麗に着地し、壁から離れると再び人の姿に戻る。黒い影が壁からぬっと姿を現し、再びコハクを捉えようと腕を伸ばした。
もちろんそれを私やイオリもそれを黙ってみているわけがない。私はコハクが拘束から逃れた瞬間に唱えていた呪文を解放していた。
「リッヒテン・クリンゲ!」
魔力は漆黒の大ぶりの鎌のような形をとり、私はそれを影に向かって振り下ろす。
魔を絶つ力をもつ刃が伸ばされた腕に触れた瞬間、かき消すように悪魔の腕が消滅する。体の一部を失った悪魔を再び壁の中に逃れようとするが、そこにイオリが壁ごと悪魔に剣を突き立て力を解放させる。
驚いたことにイオリの放った魔法は上位に分類される黒魔法だった。剣を媒体にして放たれた雷光で、一瞬だが剣が突き刺された周辺の壁が発光する。
しばらく手入れがされていないため動くたびに舞い上がる埃とイオリが放った白と黒の雷で視界が遮られるが、その時すでに悪魔の気配は消えていた。
「逃げられた、わね」
「あ、れ?」
戸惑うようなコハクの声にそちらを見てみても未だに舞う埃で視界がはっきりしない。近くのコハクは辛うじて見えるが少し離れただけのイオリは人影が見える程度だ。
仕方なく魔法で風を起こして辺りの埃を吹き飛ばしたが、精霊魔法が使えないので威力の高い黒魔法を使ったためちょっとした突風が吹き抜けた。
「――え?」
視界が開けると同時に自分の口から洩れたのはコハクと同じく戸惑いの声。
雷と雷が治まった後、そこにイオリの姿はなく代わりとばかりに見知らぬ少女が背を向けて立っていた。
私と大差のない身長。
頭の上の方の両脇で、大ぶりなリボンで結んだ長い髪は腰まで届いている。
私の白いワンピースとは対照的な暗い色のワンピースの裾はふんわりと広がって裾からはレースが覗いている。スカートからすらりと伸びる細い足に光沢のある丸みを帯びた靴。
光源は小さな魔力の明かりのみなので薄暗いし後姿だが、はっきりと断言できる。
その体つきは間違いなく少女。イオリじゃない。
戸惑う私たちを、その少女は苦々しい表情で振り返った。




