46:悪魔探索
屋敷の中、手狭な場所で悪魔と戦うのは確かに面倒だった。
死角も多くなるし、なにより動きが制限されてしまう。場所にもよるが剣は思い切り振れないし、魔法だって加減しなければ屋敷が崩壊して自分たちが生き埋めになることだってある。
上位の悪魔を相手にしなくてはいけないのに制限が多く全力を出せないかもしれないというのは本当に面倒だ。
「悪魔が屋敷の中にいるのは確実だとしても、今も本の中にいるとは限らないし。私たちには気づいているだろうから、屋敷の中を移動していても不思議じゃないわ」
「それはそうだが、面倒だろ」
「面倒だけど吹っ飛ばすのは当然却下」
悪魔を倒すのが最優先とはいえ、後で屋敷の持ち主に修理費を請求されるなんてことがありうる。そんなことになったらただ働きどころか赤字だ。ここまでの必要経費を考えると頭が痛くなる。
「……チッ」
「あふぉおぉ―――――! できるだけ屋敷は壊さないでくれってこの町の神官に泣いて頼まれただろ! 多少は仕方ありませんが、って言ってたから無傷は諦めていたっぽいけどっ」
「諦めてたなら問題ないだろ」
「あるにきまってるっ!」
スパーンと軽快な音を立て、舌打ちしたカナタの後ろ頭をコハクがはたく。その手にはどこから取り出したのか緑のスリッパが握られていてそれで叩いたのだとわかる。
スリッパとして使われた様子が見られないところから間違いなくツッコミ用だろう。ツッコミの方法としてはかなり古いが。
「とりあえず本のあるっていう場所まで行って、そこに悪魔がいなかったら手分けして探すってことでどう? イオリ」
「おい、どうしてイオリに聞くんだ? こういう場では俺に聞くべきだろう」
「だって私とヒナの依頼主ってイオリだし」
「そういえばそうだね」
イオリを振り返ると、イオリはやはりぎゅっと眉を寄せ頷く。
自分がリーダーだと自負しているらしいカナタは不満げに口を尖らせた。ヒナは本当に忘れていたのかとぼけているだけなのか、今思い出したとでもいう顔で頷く。
「行くぞ」
ふん、と鼻を鳴らしてカナタは屋敷に向き直り徐に足を上げる。
その時、私の隣を風が走り抜けた。
「マテ」
「ぐえっ」
風の正体はコハク。何をするつもりなのかを察しその襟首を掴んで後ろに引いたので、首がいい感じに締まったカナタは潰れたカエルのような声を出した。
間違いなく扉を蹴破ろうとしていたのだろう、この司教。
「暴れるな、壊すな、暴走するな」
「コハク、最近ますますジジィ共に似てきたな」
「間違いなくお前のせいだ」
コハクはカナタにずいと顔を近づけて念を押すと、慎重に屋敷の扉を開く。
不用心にも鍵はかけられておらず軋んだ音を立てて開かれた扉からは、ぶわり、と瘴気が流れ出てコハクが顔をしかめた。
コハクだけでなく私もイオリも、そしてヒナでさえ眉を寄せている。重く、禍々しい瘴気。その瘴気に表情を変えなかったのはカナタだけだった。
結界で外に漏れだすことがないとはいえ手負いでこの瘴気。上位悪魔だということはわかっていたが、想像以上に上位の存在かもしれない。
邪魔になるので雨具は入口に置き、上着も脱いでその場に置いていくことにした。薄手のワンピースに両腕に護符の仕込まれたブレスレット。そこに護身用の短剣を腰の後ろにくくりつけるという何とも微妙な服装だ。直視するヒナと窺うようなイオリの視線が痛い。
屋敷は私が考えていた以上に広大だった。辺りを窺いながら、暗い廊下を進んでいく。
明かりは魔法で生み出された光が二つ。私とカナタが神聖魔法で生み出したものだ。悪魔に効果的な神聖魔法は瘴気にたいしても効果が高いようで、光の近くは瘴気が弱まっている。
屋敷の中は瘴気は濃いがそれだけで、恐ろしく静かだった。
悪魔の魔力を感知することもできず、警戒しながら本があるという場所へ向かっている。本来ならばその特徴的すぎる魔力で悪魔の存在にはすぐに気づけるのだが、屋敷に充満する瘴気がそれを困難なものにしていた。
「そこの扉の向こうが書斎、本があるはずの場所だ」
カナタがくいと親指で指し示したのはこれまで見てきたどれよりも重厚そうな作りの扉。
ちらりと盗み見たイオリの表情は険しかった。この扉の向こうに自分に祝福というなの呪いをかけた悪魔がいるかもしれないのだから当然だろう。
「先頭は俺とイオリ。そのあとにコハクとヒナ、最後にハルの順で入るぞ」
「一応護衛対象だからイオリとヒナの順番は変わってもらいたいところだけど」
「問題ない」
「わかったわ」
ヒナとイオリは剣に手を添え、コハクは少し垂れ下がり気味だった耳と尾をピンと立てた。
私は魔法の光をふよふよとヒナとコハクの近くに漂わせ、新たに呪文を詠唱して備える。
全員の様子を確認したカナタは口の端を持ち上げると――今度こそ扉を蹴破った。
「先手必勝っ!」
「おいっ!?」
「問題ない、壊れてはいない」
カナタは叫ぶと同時に手に生み出した光を部屋の中に放つ。
瞬間、部屋の中に力が溢れた。
その魔力のあまりの神々しさに肌が粟立ち、眩しくはないのに思わず目を細める。
毛を逆立てるコハクを気にすることなくカナタは再び手に光を生み出しゆっくりと部屋の中へ踏み込んだ。
「ベネディクション・クルス」
カナタは何度も目にした鈍器扱いの十字架を出現させると明かりにしていた光を掲げるようにして手を伸ばす。
掲げられた光が照らしだした部屋の壁一面には備え付けの天井まである大きな本棚が並び、部屋の中央に置かれた机の上には黒く分厚い本がある。恐らくそれが悪魔が寝床としていた本なのだろう。
さすが腐っても司教。
部屋の中が一気に浄化されたことで、それまで瘴気に紛れていた対極ともいえる魔力がはっきりと感じ取れるようになっていた。
強い魔力は二つ。感じたと同時にその方向に向かって呪文を解放する。
「ベスティー・ゲブリュル!」
解き放たれた力が魔力は竜が吐く炎のように姿を現したソレに襲い掛かる。
黒魔法と呼ばれるこの魔法。今は炎に見えるが実際は精霊魔法のような属性は存在せず、見た目や効果、そしてその範囲は違えどどれも純粋な魔力による攻撃となる。自身の魔力を精霊を介すことなく直接具現化させていることがその理由だ。
今は屋敷を潰さないように威力を抑える代わりに放射状に範囲を広げてある。そう簡単には逃げることはできないはず。
『ギッ!』
耳障りな声がして、その気配が消える。
残念ながら加減しすぎた魔法はかすった程度らしく、悪魔と思われるものは壁に溶け込むようにして姿を消してしまっていた。
私が呪文を放ったと同時にカナタはもう一つあった悪魔と思われる魔力に向かい十字架を振り下ろしていて、イオリも剣を抜くと一気に悪魔との距離を詰めている。
振り返った私の目が捉えたのは、カナタの十字架で逃げ場を塞がれた悪魔がイオリの剣で切り捨てられ霧散してその姿を消すその瞬間だった。
「……幻影か」
「いや、幻ではなく本体の悪魔が生み出した劣化版だ。普通の人間には十分な脅威となるだろうが、この程度は俺の敵じゃない。よかったな、俺が優秀な司教様で」
胸を張りふんぞり返るカナタを無視して私たちは次の行動をどうするかを話し合っていた。もちろんイオリも私と目を合わせることはないがちゃんと参加している。
「ここの瘴気にも慣れてきたからなんとなくわかったんだけど、この屋敷の中には今の悪魔みたいな魔力があと数個あるわ」
「正確な数はわからないのか?」
「申し訳ないけどわからない。もう少しこの瘴気に慣れたらわかるかもしれないけど」
「俺は嫌な感じがするだけで魔力はわからないし。でもあと四匹ぐらいはいるような気はする」
「四匹で合ってる、はず。ほら、尻尾の毛が四か所逆立ってる」
さて、どちらからつっこむべきだろうか。
魔力が感知できないのに嫌な感じという感覚で数を言い当てるヒナか、それとも尻尾の毛の様子で数を言い当てるコハクか。しかし両者とも至極真面目な顔なので本気なのだろう。
返答に困り視線を泳がせれば、何とも言えない表情のイオリと目が合った。恐らく私も似たような表情をしているのだろう。今回は珍しいことに視線を逸らされないらしい。
「まぁ、四匹なんだろうな……本体を含めて…………」
「そうねー……」
「で、数がわかったところでどうするんだ? ちなみに場所は――」
仏頂面だがさり気なくカナタが会話に参加し、イオリは腕を組み顎に手を添えカナタを見る。
カナタが机にあった筆記用具で簡単に屋敷の絵を描き、その四か所に丸をつけた。そこが悪魔がいる場所ということなのだろう。そして恐らくカナタは屋敷に入る前から生み出された悪魔を含み、その居場所を感じ取っていたのは間違いない。
その絵を眺めたイオリは顔を上げ、はっきりとした口調で告げた。
「二手に分かれる。ヒナタとカナタ、ハルとコハクは俺と一緒に来てもらう」
「魔法が使える俺とハルが分かれるのは仕方ないとして、何でその分け方なんだ?」
「お前とヒナタ二人だけのほうが戦いやすいだろう? 俺とお前でもいいが、ヒナタとハルを残すのは色々と不安なだけだ」
「そう?」
首を傾げるヒナに私以外の全員が不安だと頷いた。
確かに私の仕事は悪魔を倒すことではなくイオリを守ることなので異論はない。
「好きにさせたら屋敷が崩壊しそうで不安だ……」
「じゃあヒナタ、カナタがやらかしそうになったら後ろから殴ってでも止めてくれ」
「わかった」
コハクが頭を抱えたのを見て、イオリはヒナにカナタのお守りを押し付ける。
ヒナは苦笑しつつも了承し、カナタは面白くなさそうにわざとらしく溜息をついた。
「俺たちはこの一番奥にいると思われる悪魔を目指す。お前たちは他の三か所の悪魔を蹴散らしてから合流してくれ。どうせこいつが本体だろう?」
「りょーかい。つまり本体とやるまえに邪魔なのを俺たちで始末しろってことか」
「本業だろう」
「はいはい。さくっと終わらせてくるか」
「すぐ合流するけど、気を付けてね。ハル」
「ほら、とっとと行くぞ」
話がまとまると、十字架を担ぎ直してカナタは不敵な笑みを浮かべる。
ヒナは私の両手をぎゅっと握って悲壮感の漂う笑みを浮かべた。そのヒナの襟元を掴み、カナタはヒナを引きずるようにして部屋を出ていく。
そんな二人をコハクが不安そうに見送っている間に私は再び呪文を唱え、周りに結界を張り巡らせる。
「あ、すごく楽になった。ハルって神聖魔法の結界も使えたんだね」
「お前、こんなものも使えたのか」
「一人で冒険者なんて仕事をしようと思ったら危険なことはいっぱいあるから。まず自分の身を守れるようになることが必要だと思って冒険者になる前に必死で覚えたのよ」
なるほど、と揃って感心する二人。そんな二人の背中を押す様にして廊下に出た。
「――今は攻撃が最大の防御だって学んだけれどね」
そうぽそりと漏らした言葉をしっかりと聞いていた二人は、音がしそうなほどぎこちなく首だけを動かして私を見る。
そして綺麗に声を揃えた。
「カナタが感染した」
あまりにも失礼なその言葉に、私は無言で二人の頭を多分ツッコミ程度に軽く殴りつける。コハクが涙目になっていたが、ちゃんとそれなりに手加減はしたはずだ。多分。




