43 病は気から(イオリ視点)
最近動悸が激しくなることが多い。
悪魔の祝福を受けたことが原因なのだろうが、特にハルというカナタと同郷の女と目が合うと痛いほど激しくなる。もしかしたら不幸の中に年頃の異性と目を合わせられないということが含まれているんじゃないかと思ったのだが、カロリーンで町の人々に囲まれた時にその予想が外れていることはすぐにわかった。その中にはハルと同年代の女性の姿もあったが、胸が痛くなるようなことはなかったからだ。
カロリーンに到着した夜、早く休むべく全員が横になってからしばらくして、俺は部屋をでてフードを目深にかぶり夜の町へと赴いた。恐らく俺が抜け出したことはみんなわかっているだろうが、子供でもないし特に引き留める必要はないと判断されたのだろう。
月明かりの中降り積もる雪は恐ろしくも幻想的だ。
人の姿は疎らで引き留められるようなこともないだろうが、俺はこの町では目立つ外部の人間であるので闇に溶け込むように気配を消して目的の場所へと向かう。
その途中の寒空の下、白い息を吐き出しながらどうしてこんなことになったのか考えを巡らせる。
仕事で予想外に相手にすることとなった上位の悪魔。上位の悪魔は予想外とはいえ、俺にとっては問題なく倒せる相手のはずだった。
悪魔の力を削ぎ追い詰めたその時、運悪くその場にいるはずのない子供が現れたのだ。
悪魔はただで消されるつもりなどなかっただろうし、もしかしたら俺の気が子供に向いて逃げられるとでも思っていたのだろう。子供に憑りつくことはなかったが、最大級の祝福を子供に送った。
悪魔の祝福を抵抗力の低い子供が受ければ無事で済むはずがない。しかもその悪魔は上位種なのだからそれは死に直結するのは火を見るより明らかだった。
勇者の称号を受けているとはいえ、自分は善人には程遠いというのは自覚していた。だから子供を庇って自分が悪魔の祝福を受けることになるなんて考えてもいなかった。今思い返してみても、あの時どうしてそんな行動をしたのかはわからない。
仕事の目的は達成したが実際は失敗したに等しい。
祝福は俺の抵抗力がずば抜けて高かったこともあり大したことにはならずにすんだのだが、すべてを打ち消すことはできず今のような状態になってしまった。
さすがに自分でこの祝福をどうにかすることはできないので、教会を頼ったのだが――そこで鉢合わせたのが悪名高い司教のカナタだ。
人がどう評価しようがやつの力は本物で、恐らく教会全体で見てもその実力はトップだろう。ただ性格がアレで回復魔法が苦手なことから、もっぱら外にでて討伐などの実戦が含まれる仕事ばかりを担当している。つまり悪魔と戦うことに熟練しているということだ。
この祝福を解く方法は祝福した悪魔を倒すしかない。それならばカナタほど心強い存在はないといえる。――性格さえアレでなければ。
気は進まなかったがカナタに説明し、助力を求めた。
やつの言葉に従い訪れた街で思いがけずヒナタとの再会を果たしたのだが、間違いなくカナタに仕組まれた再会だろう。その時ヒナタの隣にいた見慣れない少女、それがハルだ。
確かに彼女が俺の祝福に気が付いたのはすごいことだが、それぐらいの力を持つ女性は過去に何人も出会っていて特別すごいと感じたわけではない。しかし、彼女がヒナタと一緒に旅をしていた間に時折耳にすることがあったその名を持っているということに驚いた。そして何より表情の乏しかったヒナタがころころとその表情を変え笑顔を見せていることに。
特殊な者同士、理解しあえるのはお互いだけだと思っていた。
その考えを全否定する存在に興味もあったが何より疎ましく、そしてヒナタが心配だった。ハルもヒナタの外見や名声、そして力を目当てに群がった他の女と同じにしか思えなかったからだ。
確かにハルという女は年齢よりは少し幼く見えるが外見は悪くなく、むしろ可愛らしいと言っていいだろう。だが外見だけならばもっと美人で、言葉は悪いが男を満足させられるような女はいくらでもすり寄ってきた。
冒険者としての実力は俺たちには遠く及ばないAランク。ヒナタの力を借りてそこまで上り詰めたのかと思ったがそれは誤りで本人はずっと一人で依頼を受けていたという。
さすがに驚きはしたが、だからといってそれがヒナタの力を利用しようとしていないということになるわけでもない。
結局俺は親友だと思っていたヒナタをハルにとられたような気がして、表面上はにこやかにしつつハルを敵視していたのだ。
それを認めたくなくて、自分を正当化するためにハルの動向に注意を払っていた。いつか彼女がヒナタに擦り寄るんじゃないかと。
目当ての看板を確認して店の扉を開く。軋んで大きな音を立てた扉を抜け、薄暗い細く長い店の通路を進む。
明かりは頼りなく揺れるいくつかの蝋燭の炎のみ。しばらく進むと通路に薄い布地がかけられ、透けて見える向こう側に人影が浮かんでいた。
「おやおや、珍しいお客様だね。さあ、こちら側に」
その声に促されるまま布に手を伸ばす。向こうとこちらを隔てる布は中央で分かれていたので片側を手で布を押さえて体を滑り込ませた。
「まさか本当に勇者が来るとはねぇ。まぁ座りなさい」
「こんな時間に申し訳ありません。少しお尋ねしたいことがあったので」
勧められるままに椅子に座り、大きな水晶の置かれた机の向こうに座る女性を見た。
高齢のはずだが腰はぴんと伸び、ローブから覗く腕にはくっきりと皺が刻まれているのにこちらを見つめる目には強い意志が感じられる。
この町唯一の呪い師で、占いをしたり医者では対応できない類の病気の治療を行ったりしている人物だ。他の町にまでその力が知られているほどで、彼女が客として認めなければ店の扉が開かれることはない。ここまで来た俺は客として認められたということになる。
「大体わかってはいるが、一応本人の口からでないと仕事として受けられないからね。さあ、何が聞きたくてここに来たんだい?」
「病の治し方です」
「ほう?」
主人は俺の言葉に面白そうにぴくりと眉を上げた。肘をつき手を組んで顎を乗せると面白そうに俺を見る。
「友に最近の不調を伝えたところ、心臓の病だと。貴方ならば治す方法を知っているかと思い伺ったのです」
「――心臓というよりは心の、だね。確かにそれは医者じゃ治せないだろう」
「やはり……」
「一般には不治の病とすら言われているよ」
「不治ですか。では貴方にもこの病はどうすることもできないということですね」
落胆を見せないように平静を装って、視線を主人の顔から水晶へとずらす。
主人の様子から考えると、この病は不治の病とはいえすぐに死ぬようなものではないのだろう。ただ場所が場所だけにいつまで勇者としての仕事を続けられるかはわからない。仕事中に倒れるようなことがあれば他人に迷惑をかけてしまう恐れだってある。
「そう落ち込むんじゃない。確かに私や医者にはどうにもできなくても当人次第でどうにかなる、そんな病気だよ」
「本当ですか!? 一体どうすれば……!」
「まあまあ、そう焦るんじゃない。まずはその病が何かをちゃんと知ることから始めなくてはいけないよ。いいかい? その病の名前は――」
「名前は……?」
自分の状況に納得はいかないが理解はできた。
狼狽える俺に主人は「目からうろこが落ちたみたいだね」と言って笑い、俺が差し出した代金はやんわりと押し戻された。お代は俺がこれからやろうとしていることの成功で十分だと。それが主人の仕事を楽にすることにつながるのだそうだ。
「どうして俺がハルを……」
それだけでずきり、と痛む胸を押さえて空を仰げば、途切れることなく降り積もる雪が頬で溶けて消えていった。いっそこの雪がすべてを白く塗りつぶしてくれれば楽になるのだろうか。
胸が痛む原因は理解したが、そのせいで新たな悩みは増えた。ハルの事を考えると同時にあの淡い水色の髪が思考の淵にちらつく。そしてその背後に口元にだけで笑うヒナタの姿がちらつき生命の危機を感じた。
ふと昔誰かが得意げに語っていた言葉を思い出す。
「吊り橋効果ってしってますか? 人間恐怖を感じた時に異性を見ると、恋に落ちたかのように錯覚するそうですよ。面白いですね」
その言葉で考えるならヒナタによって感じた生命の危機は恐怖と言って間違いない。つまり俺は壮大な勘違いをしてハルを好きだと頭が誤解していて、それに引きずられるて胸に痛みを感じているのだろう。
「なんだ、そういうことか」
納得のいく理由を見つけて足取りも軽くなる。
あの話が真実かどうかは関係なく、俺がハル恋愛感情を持っているということを否定する材料が欲しかった。
当初の目的から若干ずれているような気はするが、俺は胸の痛みを取り除くことよりも心の平穏を優先したのだ。
教会へ戻るとヒナタが俺を待っていた――わけではなく、寝ているハルを覗き込んで様子を窺ったらあの犬に威嚇されたらしい。ハルを起こすつもりはないのでそのまま気分転換がてら外に出てみたのだそうだ。
どこに行っていたのかと尋ねるヒナタに、俺は呪い師の元を訪れたことや吊り橋効果について少々得意げに説明したのだが、どういうわけかヒナタはとても残念そうな目をして俺をみていた。――何故。




