41:財産という名の見栄
ヒナと話し合いとやらをしてからイオリの様子がおかしい。
敵意を向けられる代わりに、今度は目を合わせず私が少しでも近づくとあからさまに距離を取っている。
わかりやすく私を避けているその態度だが、その原因はヒナの事ぐらいしか思い当たらない。しかしヒナに関することで向けられていた感情は敵意。夕食前のヒナとの話し合いでその敵意が解消されたのかもしれないが、新たに何か違う負の感情を持っているのは間違いない。
そんなイオリの態度は次の日になっても続いていた。
「うーん、近づいたら取って食われるといわんばかりよね」
「ハルに酷いことを言ったから顔を合わせづらいんだよ。あいつが落ち着いたらきっちり謝罪させるから」
今も一瞬だけ私と目が合ったイオリはびくりと体を震わせて物陰に体を滑り込ませた。
不審すぎるイオリのその行動に眉をひそめる。目が合うのも嫌で、逃げるぐらいなら最初から私を見なければいいのに。
ヒナの言葉が正しいのだとすれば、気になってはいるが後ろめたくてどうしていいのかわからないということなのだろうが、あの行動はそれとは何か違うような気がする。
「謝罪なんていらないし。それよりもあれって怯えてるように見えるんだけど。乙女としてこの怖がられ方は、さすがにちょっと傷つくわね」
「わかった、ちょっとイオリ消してくるよ」
「え? ――ちょっと待って!」
ちょっと散歩にでも行ってくる、とでも言うような軽い調子でヒナはくるりとイオリへ向き直る。しかし言葉の端の何やら物騒な物騒な単語に慌ててヒナの腕を掴んで引き留めた。
引き留められたヒナは自分の腕を見て、ぱっと顔を輝かせる。
「嬉しい、俺の心配をしてくれてるんだね。大丈夫、ちょっと骨が折れるだろうけど何とかしてみせるから」
「違うってば! 物騒なことはやめて。一応あれも勇者なんだから、イオリを勇者認定した国を敵に回す恐れがあるわ」
イオリが戦っている姿を見たことはないが、その実力が恐ろしく高いことだけはわかる。二人が本気で戦えば、本人たちはともかくきっと周りに甚大な被害を及ぼすだろう。
そして一番の問題はイオリが勇者であるということだ。
Aランク以上の冒険者と同じく断れない依頼が発生する他に、勇者はその称号を受けた国に属し、その国の財産という認識をされる。それは国に縛られるというわけではなく、その国が優秀な人材をもつという見栄のようなものだ。
ただの見栄でも、大した理由もなく国の財産を奪う行為は反逆罪に問われかねない。
「なるほど、つまり俺が殺ったとわからないようにすれば問題ないということだね」
「問題に決まってるだろ!」
「まったく。細かすぎる男は嫌われるぞ」
「生死に直結する問題が細かいわけあるかっ」
ヒナはその笑みを一層深くしてイオリにじりじりと詰め寄る。
一方イオリはツッコミを入れながらヒナとの距離を保ちつつ後退し、途中椅子を倒したりしたのだがそれに構う余裕もないようだ。
小屋はそう広くないので後退していればすぐに壁にぶつかる。もちろんイオリも壁に阻まれそれ以上後退できなくなり、今度は壁伝いにじりじりと逃げていた。
「ヒナ、そろそろ鬱陶しいからやめて」
「――しかたない、ハルがそういうなら。俺としては国を敵に回してもイオリを消してしまいたかったんだけど」
「俺、殺されそうになるほど酷いことしたか!?」
「これからする予定」
「意味わかんねえっ!」
このままではイオリは壁を壊してでも逃げそうな気がしたので一応ヒナに声をかけたのだが、ヒナは残念そうではあるがあっさりとイオリを追い詰めるのをやめ、手を頭の後ろで組んでくるりとこちらに向き直り戻ってきた。
これから殺されるほど酷いことをする予定というのはどういうことだろう。ただのイチャモンにしか聞こえないが、ヒナにはイオリが何かする未来が見えているのかもしれない。
さすがに冗談のはずだが、イオリの目にはうっすら涙が浮かんでいる。泣くほどヒナが怖かったのだろうか。
「おーい、準備は出来てる? もうすぐ出発だよ」
荷物を肩にかけ、コートを手にしたコハクが顔をだした。
もちろんいつでも出発できるように準備は終え、ヒナとお茶を飲んでいたのだ。ちなみにイオリは物陰からちらちらと鬱陶しくこちらを窺っていた。
「大丈夫よ。それよりカナタは? 姿が見えないようだけど」
「なんか教会から昨日の返事が来てるみたいで、まだ部屋だよ。もう少ししたら来ると思う」
「それってやっぱり協会独自の通信方法?」
「教会というより、大司教と司教のみの連絡方法かな。特殊な魔道具があるんだ」
この場にやってきたのはコハクのみでカナタの姿はない。まだ部屋で教会と連絡を取っているということだが、その通信手段は興味深い。
ここから中央教会まではかなりの距離があり、一般的な魔法で通信するのは難しい。どういう魔道具なのか興味はあるが、そういうものは基本的に極秘という扱いで見せてもらうどころかどういうものか教えてもらうことすら難しいだろう。
「ほら、これだよ」
「……見せちゃっていいの?」
「別にこれ、機密ってわけじゃないんだ。これ一つじゃ意味がないしね。俺のは短時間の会話しかできないけれど、カナタのはもっと高性能だよ」
「司教と大司教のみの連絡方法って言ったわよね? それってコハクも……」
「あぁ、俺は問題児のカナタのお守りだから特別。カナタは逃亡・破壊・変態の常習犯だから」
コハクが見せてくれたのは小さな耳飾り状の魔道具。
対になる魔道具との通信を補助するもののようだが魔力が無ければ扱うことはできないようだ。通信相手を限定することで普通の通信魔法では無理な距離があっても安定して通信できるのだろう。
小さいながらも魔道具にはとても複雑な術式が組み込まれている。司教と大司教のみが持つというのだから新しく作ること自体が無理であるか、恐ろしく困難なのだろう。
「ったく面倒臭い。これだからジジィどもは……」
程なく部屋から出てきたカナタはブツブツ文句を言いながら荷物をソファーに投げつけたが、荷物はぽすんと軽い音を立てただけだった。
小さなカナタの荷物に含まれているのは恐らく毛布と食料程度。途中で消費した水はここで補充できたが携帯食は私の物から多少足したぐらいで大した量ではない。荷物といってもかなり軽く、軟らかいのだろう。
「また叱られたのか?」
「今回のは原因は俺じゃなくハルだからな!」
「ごめん」
カナタが叱られるのはいつもの事なのだとばかりにコハクが訪ねると、カナタはびしっと私を指差した。
カナタの言う通り間違いなく雪崩に巻き込まれたのは私が原因、つまり今回はぐれたことに関して叱られたのなら私のせいなので素直に謝罪すると、コハクは眉を寄せてカナタを睨んだ。
「……違うだろ。やろうと思えばお前ならあの程度の雪崩は簡単に対処できたはずだ。言いたくはないけれど――」
「あー、お前の小言はカロリーンで聞くから。もう出発するぞ」
「はいはい。それじゃあ行こうか」
コハクは普段とは全く違う強い調子の口調で、怒っているというよりは苛立っているような印象を受ける。カナタはそのコハクの口を塞ぐと出発を告げ、さっさと荷物を手に外へと向う。
コハクは溜息をついてこちらを振り返り、私たちと目が合うと肩をすくめて外に出るように促した。
小屋の外は特に変わった様子もなく、塞いだ場所も問題はなさそうだ。
結界の外も雪は降っているが酷く吹雪いているわけでもなく、風も落ち着いているので地吹雪もない。自分の位置を見失うことも、道に迷う心配もなさそうだ。
「何もなければ日が沈む前にはカロリーンに到着できるよ」
未だにブツブツ文句を言っているカナタをコハクが宥めたり時に小突いたりしながらカロリーンを目指す。
ここからは先は直線距離は短いが傾斜がきつく吹雪の時に進むのは自殺行為なのであの小屋で吹雪が落ち着くのを待つ。今回は幸運にも吹雪が落ち着いているのだがその幸運が腑に落ちない。
「俺の日ごろの行いがいいからだろ」
「お前の行いなら間違いなく猛吹雪だ」
「イオリの不幸でしばらく吹雪だと思ってたけどね」
「俺の不幸はここぞというところだけだからな。普段は別に不幸というわけじゃない」
「――そう思ってるのは本人だけ、ってやつだな」
カナタは自分の日ごろの行いに変な自信があるらしい。そのお守りで苦労しているコハクはカナタの頭に拳骨を落とした。
ヒナはイオリを一瞥するとくすりと笑みをこぼし、イオリは不機嫌そうにそっぽを向く。その言葉に反応してカナタが振り返り、にやりとした笑みを浮かべていた。
「本人が思っている以上には不幸なのね」
「そのようだね」
自身の負の部分は本人が一番軽く見ていることが多いということだろうか。イオリの自分の不幸の認識も周りが思っている以上に軽い評価のようだ。もしくは不幸が慢性化して不幸だという認識すらないのかもしれない。
「この先は特に天候が不安定になりやすい場所だ。念のためイオリに封じの結界をかけておくか」
「俺のせいで吹雪になるとでも言いたいようだな」
「なるだろ」
カナタはイオリから距離を取るように言うと徐に呪文を唱え始めた。
手で印を組み、呪文を紡いでいく。見覚えのある印と見たことのない印を次々に組まれ、聞いたことない呪文が流れていく。
カナタは何でもないことのようにその作業をこなしていくが、複雑に練り上げられていく魔力を視ればそれが恐ろしく高度なことを物語っていた。
「セヴァー・ソーサリー!」
その鍵言葉で練り上げられた魔力が光を帯びてイオリを包み込む。光はぴったりとイオリに張り付き膜のような状態で落ち着いたようだ。
「おい、なんだこれは」
「うわぁ……」
「後光が差していて神々しいぞ、勇者様」
「後光というよりイオリが発光しているみたいで見苦しいな」
「ヒナ、それを言うなら眩しいが正解じゃない?」
コハクがちょっと引き気味に感嘆の声を上げ、カナタはにやにやとしながらイオリに近づきその肩をぽんと叩いた。
ヒナは目を細めて感想を述べるが、意図的にか言葉の選び方が間違っているので訂正しておく。実際眩しいので私もイオリを直視できていない。
次第に光は落ち着いたのだが、それでも淡く光り続けていた。
これは間違いなく、カロリーンの住人が見れば新しい伝説として残るだろう。
理由が理由だけにイオリがとても気の毒だ。しかしそれと同時に光ったのが自分でなくてよかったと本気で思った。




