40:不治の病(ヒナタ視点)
ある人物を追っていた時、国の依頼で同じ人物を追っていたイオリと出会った。
イオリは成人前には勇者の称号を得ていて、冒険者となった時から勇者であり普通の冒険者とは何もかもが違う存在。その勇者であるということが原因で、ずっと一人で仕事を受けていたという。
一緒に仕事をする仲間と実力が違いすぎるというのは色々と面倒な事が多い。
例えば俺にとってどうといったことのない魔物でも、普通の冒険者にとっては命を懸けて戦わなくてはいけないような相手だったり。そういう時は油断をしているわけでなくても仲間との間に温度差が生まれる。仲間を庇うこともできるが、それでは冒険者として成長できない。
そういった問題は他にもあり、一人で仕事をする方が気楽でそれだけの力もあるので自然と一人で仕事をするようになったようだ。
俺とイオリの実力は当時も今も均衡している。イオリにすれば俺は気兼ねなく一緒にいられる相手だったのだろう。
――気が付いた時、俺はイオリに仲間認定されていた。俺は邪魔にならなければどうでもいいと思っていた程度だけれど。
「さぁて、まずはハルに何を言ったのか教えてもらおうか」
「俺はお前のためを思ってだな……」
「――ハルの様子を見れば何を言ったのか大体想像はつくけれど、一応弁明は聞いてあげるよ。切り捨てるのはその後でも遅くないからね」
「え、切り捨てられるのは決定事項?」
いくらイオリが勇者で仲間のような関係だったとしても、ハルを害するのなら迷わず排除する。
ハルを害するすべてから守りたい。それを彼女が望んでいないとしても。
「彼女は今まで俺やお前に群がった女とどこが違うんだ? ギルドランクだってAになったばかりだし、可愛らしくはあるがそれは幼いというだけだ。お前の外見や力を利用したいだけじゃないのか?」
「とりあえず、歯を食いしばれ」
「まてまてまてまて」
イオリの目は節穴だった。
確かに出会って間もないとはいえハルの良さを何もわかっていない。イオリにわかってもらいたいと言うわけではないが、ハルを貶めるような発言は聞き捨てならない。
きゅっと拳を握りしめながら極力笑顔を作るとイオリは酷く慌てた様子で後ずさった。
「ランクが違いすぎるだろう? AランクとSSSランクじゃ釣り合わない」
「――ランク、ね。そもそも俺はお前と会った時ギルドに登録なんてしていなかったからランクなんてなかった。それでもお前は俺と一緒に行動したんじゃなかったか?」
そう、俺のギルドランクはイオリと一緒にある男を倒したことによって国から強制的に押し付けられたもの。
本当は勇者の称号を押し付けられそうになったのだが、断固拒否した結果SSSというやはりありがたくはないランク認定されてしまった。まぁ多少は役に立ったのでそれはいい。
しかし、その称号やランクがすべてではないことを一番よく知っているはずのイオリがそれのみを重要視していることが気に入らない。
「それはそうだが、ヒナタの実力は俺に勝るほどだっただろう。彼女とは違う」
「……本当に違うと思っている?」
確かにハルは剣士じゃないのだから剣の腕では俺やイオリには到底及ぶわけがない。けれど彼女は魔術師だ。幼い頃から勉強熱心だった彼女はその膨大な魔力を扱うだけの知識もある。そして何より本当の種族を知りその力を使えるようになった今、彼女はこの世界の魔術師の頂点に立つことだって可能だろう。
ハルの一人でAランクにまで上がったその経験からも、冒険者としてはハルのほうが優秀なのは間違いない。俺を利用する必要なんて微塵もないのだ。
「冒険者としての実力は間違いなくハルが上。本気で戦えばハルはカナタ以上に広範囲・高火力の魔法が扱えるはずだよ。お前だってその力の一角は見ただろう?」
「あの氷が降ってきた魔法か?」
「あれは本来ナイフ程度のサイズのツララを降らせる魔法で、足止めか精々小さな魔物を仕留める程度しか威力はない。それがどういうことか、本能でしか魔法を使えないお前にもわかるだろう?」
イオリは魔法の知識が恐ろしいほどに乏しい。子供でも知っているような魔法すら知らないものがある。それは俺があの村で普通の子供より魔法に触れる機会が多かったからということではなくイオリが特殊すぎるだけだ。
イオリはその魔力を使うのも本能で、呪文を唱えることはなく魔力を直接身体強化に変換して使っている。
「あの歩く危険物の司教より危険人物……? ハルを見ると感じていた何とも言えない気持ちは恐怖だったのか」
「ハルはあの司教と違ってちゃんと分別があるから問題ない。――それより何とも言えない気持ちって何」
驚愕したとばかりにふるふると震えるイオリに、漠然とした不安を感じた。
――嫌な予感がする。
「ヒナタを利用しようとしていると思っていたから、お前に笑いかけたりして色目を使っているのを見ると腹が立った」
「お前の目が節穴だからそう見えただけで、ハルが俺を利用していることはないがな」
「それなのにカナタやコハクだけでなく俺にまで笑いかけるんだ。笑いかけられると落ち着かないし、何か企んでいるんじゃないかと思うと気が気じゃない。心臓が痛いぐらいだ」
「――それは普通に心臓の病気だ。カロリーンに着いたら医者に診てもらった方がいい」
「病気……?」
「ハルが悪いんじゃないし、ハルを見て悪化するなら見ない方がいい。むしろハルに近づくな。いいか? これはイオリ、お前のためだ」
「わ、わかった」
思った以上にこの勇者は馬鹿だった。そして先ほどまで思っていたのとは違う意味で排除した方がいい。
幼い頃、村でハルや俺に酷いことを言ったりしたりしていたあのガイゼルと変わらないじゃないか。まぁガイゼルはちょっと俺が好意をちらつかせたらあっさり俺に惚れ込んでメイドにしてやるとか寝言を言ったりしたが。
イオリの言葉から、無自覚だがハルの興味を引き、俺から引き離して自分を見てほしいという願望が透けて見える。間違いない、イオリは敵だ。
「しかし俺はお前とハルに依頼しているからな、どうすれば……」
「極力近づかないようにして、必要以上に会話をしないことだ。あと心臓に負担がかかるだろうから、できるだけ目も合わせない方がいい」
「わかった、努力する」
病気だという事を本当に信じているらしいイオリは不安そうに俺を見る。
本当に、イオリが馬鹿でよかった。今時こんなことでは子供でもそうそう騙されはしないだろう。
しかしそれが病気でないと気づくのは時間の問題で、それまでにどうするべきか考えなくては。
――手っ取り早く消してしまえればいいのに。イオリのその感情かイオリ自身を。
夕飯に呼ばれ、部屋を出たイオリの行動はそれはそれは不審だった。
ハルから顔を背けたまま俺の隣の席に座り、横を向いたままで食事をとる。カナタが明日の予定を確認しても頷くだけでやはり横を向いたまま。
ハルが訝しむようにイオリを見ていたが、イオリはもちろんそれに気づかないふりをしていたし、どうかしたのかと聞かれた俺も特に普段と変わらないよと答えておいた。
カナタはイオリの奇怪行動に興味はないようで気にする様子は見せず、コハクはイオリが目に入っていないようでこぼれそうなほどの笑顔でハルに話しかけていた。
……いつの間か、カナタだけでなくコハクまで呼び名が変わっている。
今ハルが一番警戒していないのは俺かコハクなのだから、この変化はイオリの存在よりずっと問題だ。
恐らくコハクが持つ感情は友愛。それはいつ慕情に変化してもおかしくはない。早くハルと既成事実を作るか、やつらを排除する必要がある。
俺はハルに微笑みかけながら、排除の方法について考えを巡らせた。




