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39:心のオアシス

「――以下略、というわけよ」

「省略する箇所がおかしいと思うんだが」

「……ちっ、気づいたか」


 イオリは私の説明に不満があるらしい。一応簡単にだが説明したというのに。


 実は出身の村はエルフの生き残りが暮らしている村だがそれを隠すために先祖に呪われた。色々あって私とヒナだけがそれを知り、エルフの姿に戻ることができる。あ、あと魔王がそろそろ復活するらしいとかなんとか以下省略。


 うん、やはりちゃんと要所はおさえている。

 ――もちろんそれは冗談。明らかに自分に敵意を向けている相手にご丁寧に説明してあげられるほど私は出来た人間ではないので可愛らしい嫌がらせをしてみただけだ。


「ハルの説明の何が不満なんだ」

「色々足りないだろ!」

「エルフのこと、先祖のこと、あと魔王のことも教えたじゃないか」

「魔王に関しては復活するらしいとだけで、それじゃ漠然と不安を煽るだけじゃないか」

「相変わらず細かいやつだな」

「お前が無関心すぎるんだ」


 ヒナは本気であの説明で十分だと思っているようだが興味のないことに関しては基本的にそういった姿勢らしい。ただ、興味はないが必要なところだけはちゃんと覚えているというとても便利な記憶のようだ。

 確かにエルフの話はアガスティアのことを伏せて説明しようとすれば精々魔道書のことに触れる程度であまり説明できることはない。魔王のことに関しては復活するらしいというだけで本当に知らないのだ。


「重要な点は本当にそれだけなのよ。後は私たちの村とか魔道書とかが関わってくるぐらい」

「その村とか魔道書が重要なんじゃないのか?」

「いろいろ勘違いした人間が暮らしてる村に先祖が作った日記みたいな魔道書よ。魔道書は消えそうになってるけど。魔王はそういう周期があるっぽいっていうだけだし」

「……もしかして、お前たちの村の人間はみんなそういった感じなのか?」


 イオリの視線が痛いが、下手に説明しようとしてアガスティアの力を説明しなくてはいけない事態になるのは避けたかった。イオリなら魔王が復活しても安易にヒナを犠牲にすればいいとは考えないだろうが、やはり力のことを知る人間は少ない方がいい。

 ちらつく程度であった雪が次第にその量を増し、その大きさも大きくなってきている。イオリの言葉を無視しつつ吹雪になるかもしれないと空を見上げると、小屋の方から誰かが近づいてくる気配を感じた。


「おーい、大丈……寒っ!」


 それは自分自身を抱きしめるようにしてぷるぷる震えているコハクさん。寒いのは苦手だと思っていたのだが、上着も着ずにこちらに向かっている。ドラゴンとの戦闘に気づいていないわけがないので気になって様子を見に来たのだろうか。


「――とりあえず、小屋に戻ろうか。彼の言う通りここは寒い」

「結界の補修は終わったから、次の張替の時まで問題ないはずよ」

「へえ、やっぱりハルはすごいね」


 接触過剰な幼馴染に私に対して敵意満載の勇者様。そしてこの場にはいないが変態神官という顔ぶれの中で、人当たりのよいコハクさんはまさに心のオアシス。変態神官と一緒に何かされたような気もするが、彼の場合は犬や猫がじゃれて舐めるアレと同じだったということにして忘れようと努めている。

 今も笑顔で私に感心しているだけで、特に変な様子は見られない。本当にただの自意識過剰だったんじゃないかとすら思えてくる。カナタだって私に構うのはヒナへの当て付けなので好意を寄せられているわけじゃない。

 ――考えていたら、ちょっぴり悲しくなってきた。


「ハル、どうかした?」

「ううん、ちょっと考え事してただけだから……」


 小屋へ戻るヒナたちから少し遅れた私をコハクさんが待っていてくれている。その手首でしゃらりと猫の時は首についていた飾りが揺れた。

 猫の姿で身に着けていたのはその飾りだけ。何か特別なものであることは間違いない。


「……あ、これが気になる?」

「正直気になる」


 軽く手を上げて手首とそこにある飾りを見せながらコハクさんが苦笑する。魔道具の一種なのはわかるが、その術式は今まで視てきたどれとも違う。


「これは獣人ならほとんどが持っている。俺の部族はこういった腕輪だけど、部族によって形は様々なんだ」


 部族が違えば獣の種類の違ったりするはず。人の姿は大差なくても、獣の姿の場合の大きさはまちまちだろう。

 数は少ないが熊の獣人もいると聞いたことがある。そういった場合、獣化すれば人の姿より大きい。大きさや種類すら違う獣人たちに共通する点といえば人の姿を獣の姿を持つこと。彼らに共通して必要だということは――


「もしかして服が?」

「うん。獣化した時に服がこの石の中に納まるんだ。でも少ししか入らないから、コートとかそういった上着はそのままだね」

「人に戻った時に服が出てくる?」

「うん、その変化の際の魔力に反応するから特に何か自分でするってことはないんだ。人に戻ったときはちゃんと服は着た状態だよ」


 確かにそういったものがないと獣から人に戻るたびに裸族状態になってしまう。それでは色々不便だろうし、人の世界では大問題だ。今でこそ数が減った獣人だが昔はその数も多く、こういった道具が生み出されたのは当然ともいえるだろう。


「後でもっとよく見せてもらったもいい?」

「いいよ。でもこれは俺の魔力にしか反応しないから、本当に見るだけになっちゃうだろうけど」

「もしコハクさんの獣化するときの魔力を真似出来たとしても、それをやったら私の着てる服が中に取り込まれるちゃうんでしょ?」

「……そうなるね」

「さすがにそれじゃ試せないわね」


 コハクさんが目の前で獣化してくれればその魔力の流れを見られるのだろうが、頼んだら見せてくれるだろうか。

 前を見れば、少し前方を歩くヒナとイオリが楽しそうに会話をしているようだ。一方的にイオリが話しかけているようにも見えるがこれが二人の普段の様子なのだろう。

 小走りで二人の後を追いかけ、結界の中へと戻る。外と違い中は風もなく雪も舞い散る程度でずいぶん過ごしやすい。

 小屋の中に入るとコハクさんが暖かいお茶を入れてくれたのでお茶を飲みながら一息つく。カナタはまだ部屋に籠ったまま出てきていないらしい。


「あいつはほっとけばいいよ」


 と、コハクさんが言うので気にしないことにした。

 結界の外は吹雪となっていて分厚い雲で空は見えないが、そろそろ日も暮れる頃。コハクさんは夕食の仕上げに戻り、セイランはドラゴンを倒した直後から石の中で休憩している。

 相変わらずイオリの視線が痛く、そろそろ鬱陶しい。


「ヒナが好きなのはわかったから、いい加減その視線やめて」

「イオリに好かれても嬉しくないんだけど。それよりイオリ、ハルが減るから見るな」

「減らないだろ。この際だからはっきり言わせてもらうが、ハルが今まで言い寄ってきた女と違うとは思えない。ただ同郷で同じ秘密を持つと言うだけの過剰な仲間意識じゃないのか?」


 それは屋根の上でも言っていたのと変わらないイオリの主張で、イオリは私がヒナに相応しくないと思っているのがよくわかる言葉だ。まぁ自分でもここまでヒナに好かれる理由がよくわからないので疑問ではある。


「過剰な仲間意識ってイオリのそれだろ。そうだな、俺がどれほどハルを愛しているのか、あっちの部屋でじっくり話そうか」

「え?」


 ヒナはおもむろにに立ち上がるとにっこりと微笑んでコップを置き、イオリの首根っこを掴んで引きずっていく。そして空いている部屋にイオリを放り込むと、自分も部屋に入ってバタンと扉を閉めてしまった。

 ヒナの話そうとしている内容が気になるが、聞かない方が幸せなような気がする。きっとイオリもヒナとゆっくり話ると喜んでいるだろうから、邪魔するのも忍びない。

 やはり私はここで大人しく待っているか、コハクさんの手伝いでもするべきだろう。心配かけてしまったのだし、手伝えることがあるなら手伝っておきたい。

 そうと決めたならさっさと行動しなくては準備が終わってしまう。コハクさんの手伝いをすべく、私は残ったお茶を飲みほした。


「コハクさんー、何か手伝えることある?」

「いや、ハルは疲れてるだろうから座って待っててくれればいいよ」

「でも一人でぼーっとしてるのもなんだかね……」

「あぁ、あの二人部屋に籠ったんだっけ」

「さすが、聞こえてたんだ」

「まあね」


 台所を覗くとエプロンをつけたコハクさんがいた。猫の足跡の刺繍が入ったその可愛らしいエプロンはどこから出てきたのかという疑問はあるが、とりあえず気にしないことにして手伝えることが無いかを尋ねる。

 あっさり断られてしまったが、ここで引き下がる私ではない。コハクさんもヒナたちが空いた部屋に籠ったことに気づいていた。気配にも敏感で、なおかつ人型であっても私たちに比べればずっと耳が良いのだから当然だろう。


「でも実際、手伝ってもらうようなこともないんだよね」

「そんなこと言わずに、私の罪悪感を少しでも減らすために協力して!」

「……ナルホド。それじゃあ手伝ってもらうよりも、俺の頼みを聞いてくれる?」

「頼みって私に?」

「うん。簡単なことだけどハルにしかできないんだ」

「一応聞いてみてからでいい?」

「もちろん」


 火にかけた鍋や並べられた食器を見回して、コハクさんは頬をかく。保存食に手を加えているだけなことや、ここにあるのは限られた調味料だけなのでやれることも限られている。煮込んで柔らかくしたり、温めたりするのが基本となるだろう。

 私の正直な言葉にコハクさんは一瞬驚いた表情をしたが、それはすぐに満面の笑みとなった。その笑顔に何かカナタさんの笑顔に違いものを感じた気がして思わず身構える。


「ハルは最初俺に対してずっと丁寧語だったでしょ? なんか遠慮されてるみたいで気になってたんだ。でもまた会ってからは少しずつそれもなくなって嬉しかった」

「――は?」

「普通の仲間ってこんな感じなのかなって。ここではぐれたって聞いたときは本当に心配したんだ」

「う、ご心配おかけしました」

「うん、それでやっと見つけたと思ったら何故か俺だけがさん付けのままだった」

「……そういえばそうだね」

「だからハルには是非俺もカナタやヒナタみたいに呼び捨てで呼んでほしいな」

「や、無理です」


 カナタは苛つくだとか、かなり鬱陶しい状態だったので仕方なくそう呼んでいるだけだ。ヒナやイオリを呼ぶ感覚とは違うのだが、それでも自分だけさん付けだとコハクさんは気になるらしい。

 この際全員呼び捨てでも構わないのだが、なんとなくコハクさんはさん付けが似合う印象なので断ったのだが……何故今コハクさんには猫耳と尻尾が生えていて、それらがしょんぼりと下に垂れ下がっているのだろうか。そこまでわかりやすく落ち込まれると自分が酷いことをしてしまったような気になってしまう。


「そっか、ダメか……」


 コハクさんは次第に背中を丸めてうつむき、その背後には黒い空気が渦巻いている幻覚までも見える。そんなコハクさんを見ていると、私が新たな罪悪感で押しつぶされそうだ。


「わかった、わかったから!」

「じゃあ……」

「いい加減いじけるのはやめて、コハク」

「もちろん!」


 敗北感を感じつつ、一応呼んでみたが違和感を拭いきれない。カナタのように何度も呼んでいればそのうち慣れるだろうか。

 お願いを押し通したコハク――は、ピンと耳と尻尾を立ててとてもご満悦だ。……心のオアシスに騙されたかもしれない。

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