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34:それもこれも、イオリの不幸が悪いのです

 特にお腹周りがふくよかなおじさまは、私たちの姿を見るとそのつぶらな瞳に涙を浮かべた。

 野盗の一人が高く上げた大ぶりな剣を振り下ろす。振り下ろされた先にはおじさまの程よく光を放つ頭。

 ――言葉を選んでみたが、やっぱりおじさんはおじさんでプルプルと震えるその姿は少々きついものがある。


 魔法を解除し新たに呪文を唱えるか、このまま突っ込むべきか。さすがにつっこむとおじさんも巻き込む恐れがあるのでやはり魔法か。

 私が一瞬の迷っている間に、ヒナはすでにおじさまと野盗の間に体を滑り込ませ野盗の剣を自身の剣で受け止めていた。


 私が使った飛行魔法は走るよりはるかに速度がでるし、ここまでの足場はかなり悪かった。それなのにヒナは息を切らせることもなく走り抜け、それどころか私を追い越しておじさんを庇っている。

 私は魔法を解除しその場に降り立ち、あたりの様子を再度確認した。野盗の人数は八人で他に隠れている気配も感じない。逆に言えば野盗以外にはおじさんの気配しか感じられなかった。


「ちょっと、勝手に先にいかないでよ!」


 その声に振り返れば、すぐ後方にカナタさんたち姿が見える。

 街道は所々に大きな岩があったり穴が開いていたりとしているのだが、彼らはそれを軽々と飛び越えて私たちから一番近い大きな岩の上で足を止めた。

 大きな荷物があってこの身のこなし。この一行、わかってはいたけれど私以外の身体能力がおかしすぎる。


「なんだ、お前たちも来たのか」


 ヒナは少しだけ驚いた様子で、来るとは思わなかったと呟きながら野盗の剣をはじいた。

 私たちの仲間が増えたことと、軽々と剣をはじかれたことで野盗たちが浮足立つ。この程度で狼狽えるということはたいして統率は取れていないと考えていいだろう。

 こんな場所に何故野盗が現れたのかは疑問だが、さすがに目の前で人が殺されるのを見過ごすほど腐ってもいない。


「面倒ねぇ。ま、この程度なら私はここで見学していても問題ないわね」


 仲間の中に約一名、腐敗しきった聖職者がいた。立場を考えれば真っ先に助けに行くべき人のはずなのだが。

 コハクさんもイオリもジト目でカナタさんを睨んだが、すぐにこちらに向き直った。カナタさんは立っていた岩に腰を下ろして足を組み、足に肘をついて顎に手を当て面白そうにこちらを眺める。本当に何もする気はないようだ。


「一応確認するが、野盗に襲われてるってことで間違いないか?」

「は? もちろんだ!」

「お前らも、金目の物と女を置いてさっさと失せな! このおっさんみたいに自分がおとりになろうなんて考えない方がいいぜ」

「殊勝な心がけだな。野盗のものを盗んだとか仲間割れでないならいい」


 岩の上から尋ねるイオリにおじさんは目を丸くしたがすぐにその言葉に頷いた。おじさんは大した荷物を持っている様子はなく、野盗の言葉通り街道のどこか別の場所で襲われここまでおとりになって逃げてきたということだろう。

 私はおじさんと同様に野盗から獲物認定をされたようで、ねっとりとした視線を向けられ眉をしかめた。


「ヒナ、そのおじさんを連れてちょっと離れて。私が一掃するから」

「ん、わかった」


 私の言葉に頷くと、ヒナは剣を一振りし野盗から距離を取る。その間におじさんに下がるように伝えたようで、おじさんはカナタさんたちのいる岩の方へとお世辞にも早いとは言えない速度でぼてぼてと走っていった。

 イオリがひらりと岩の下に降りておじさんを待ち、ヒナは切りかかる野盗たちをかるくあしらう。そして私の隣には、とん、とコハクさんが降り立った。ちなみに岩から私のいる場所まではそこそこの距離があり、普通飛べる距離ではないはずだがコハクさんにはどうということのない距離のようだ。


「ハル、カナタが動いた。危ないからイオリのところまで下がるよ」

「え?」


 やる気満々で呪文を唱え始めた私に、コハクさんは耳打ちするとがっしりと私の腰を掴んだ。その直後、反対から別の手が回され左右から拘束される形で岩の下へと運ばれてしまった。もちろん反対から伸びてきたのはヒナの腕だ。

 運ばれていたのはほんの僅かの時間だが、腕に抱くセイランを落とさないようにぎゅっと力を込めていた。


「俺のおもちゃを奪うのは許すわけにはいかない。それにこの俺を獲物にしようだなんて、死ぬ覚悟があるんだろうな?」


 カナタさんはおもむろに立ち上がると、ゆったりとした動作で頭の上に両手を上げ口早に呪文を唱える。

 カナタさんの周りに光を帯びた魔力の輪が浮かびあがった。それは強大な魔法を使う時に発現する誰にでも見える魔力の輪。視てみると、カナタさんが使おうとしているのが広範囲に影響を及ぼす魔法であることがわかる。


「レトリビューション!」


 それは以前にも聞いたことのある力ある言葉。前回より余裕があった私の目に映ったのは、天から降り注ぐ光の柱だった。その光が地面に到達した瞬間、凄まじい衝撃が私たちを襲う。

 今回もコハクさんが壁を作り出しているが、前回同様完全に防ぎきることはできないだろう。私も風の結界を張ろうと呪文を唱えながら片手だけ前にかざしたのだが、反対の腕の中でセイランがもぞもぞと動いて飛び降りると同時に少年の姿になっていた。


「セイラン!」

「任せろ、マスター」


 危ないから下がれという意味で名前を呼んだのだが、セイランは何とかしてくれという意味にとったらしい。

 セイランが手をかざすとそこに大量の水が現れる。その水がコハクさんの生み出した壁の前で平面状のまま渦を巻き、襲いくる衝撃を打ち消した。


「……契約の意味がない」

「善意なんだから素直に受ければいい」


 本来契約とは契約者が望めば常に加護を与えるというものであって精霊が自主的に魔法をつかうことはあまりない。セイランが上位の精霊だからなのか、呼び出していないのに勝手に出てくるなど私の知っている契約とはかなり違っている。


「カナタっ、やりすぎだ!」

「人の命を奪おうとしたんだ、自分たちが奪われたとしても文句は言えないだろう。それにこちらにも被害がでるからある程度は威力を抑えてある」

「お前なぁ……」

「そもそも人の命を奪うとかいう大罪を犯していなければこの魔法で死ぬようなことはないんだ。まぁ吹っ飛ばされれて打ち所が悪かったとかいうのなら別だが」


 攻撃的だが一応あれも神聖魔法で、受けた人間が犯した罪の程度によってその効果に補整がつくということだろうか。魔法の性質を考えるとその悪を判断するのは神ということになるのでその基準はよくわからないが。どちらにせよ衝撃で周りも巻き込むため普通の広範囲に効果が及ぶ攻撃魔法とあまり大差はなさそうだ。むしろ私が多用する一方向に効果を発揮するものと違い、この魔法は効果が対象の周囲に及ぶのでたちが悪いともいえる。


「ほら、けっこー無事なやつがいるようだ。もうちょっと威力を上げてもよかったかもしれないな」

「もういいから、お前は大人しくしててくれ」


 コハクさんは私たちに被害がないことを確認すると、息のある野盗へと駆け寄り手にしたロープで拘束していく。その数は三人で、すでにこと切れていた野盗はカナタさんがその魂を天へと還した。

 存在は知っていたが初めて目にする天へと還すその魔法。術者と送られる人間を光が包み込み、その光は小さな粒となって弾ける。光が消えたその場にはカナタさんが天を仰いで立っているだけだった。

 職業柄、人の命が失われる瞬間をみたこともあるし、この手の悪人に同情するような甘い心も持ち合わせていない。だが呆気なくその存在の痕跡すら消え去るのを見るのは物悲しくあった。


「それじゃあ俺はこのおじさんとこいつらを連れて一旦町に戻るよ。さすがに一人で戻せないしね。みんなは予定通りカロリーンに向かってて」

「わかった」

「コハクさん、私も一緒に戻るよ?」

「大丈夫だ。コハクなら本気をだせば街に戻っても今日中に追いつける」

「うん、だから気にせず先にいってて。もし今日中に追いつかなくてもカロリーンで合流するから」


 おじさんは妻と娘と共に私たちが立ちよったあの街に向かっている途中で襲われたのだそうだ。そこで前もって準備していた見栄えのする宝石類をちらつかせ進むべき道とは違う、状態の悪いこの街道に逃げ込んだらしい。この道ならば馬で入ることはできないほど荒れているので程よく身を隠しながらここまで逃げてきたのだという。

 先ほどの走る様子から考えるとよくここまで逃げられたものだと思うが、ここまで必死に逃げたからこそあの動きだったのかもしれない。息を切らすことなくここまで難なく走り抜けるヒナたちが異常なだけだ。


 コハクさんたちを見送り、再びカロリーンを目指す。広がる山の裾には緑が広がっているが、山の中腹あたりからは上は白く塗りつぶされている。今日はその雪で覆われる中腹より手前で野宿し、明日豪雪地帯を抜けカロリーンへと到着する予定だ。


「カロリーンまで基本的に魔物はでないわ。問題は雪だけだけど、それが一番厄介ね」

「あとお守り不在のお前という存在が激しく不安だ」


 山の麓に差し掛かると、辺りの気温が少し下がったようで少し肌寒い。荷物から防寒用のマントを取だし羽織った。

 寒いのは本当に苦手だ。呪文の中には手で印を切る必要があるものもあり、その際に手がかじかんでいるとその動作が遅くなってしまうことがある。魔法の発動が遅れるということは魔術師にとってはかなりの痛手だ。そのため私の荷物の大半は防寒具が占めている。


 日が傾きだした頃、私たちはカナタさんのいうとおり魔物に遭遇することもなく順調に山道を進んでいた。そろそろコハクさんは街に着いた頃だろうか。

 この先にある谷を抜ければ豪雪地帯は目前となり、今日の野宿をする予定の場所へ到着する。日が沈んでからになるのは間違いないが、そこでコハクさんが合流する予定だ。


「やだ、橋が落ちてるわよ……」

「イオリ、お前か」

「すべて俺の不幸のせいにするなよ」


 谷に差し掛かった時、その問題は発生した。

 谷にかかる吊り橋が落ちてしまっていたのだ。私一人であれば魔法で飛べるのでこれぐらい問題ないが、人を担いで飛べるような魔法は扱えない。

 ヒナたちはやはり飛行魔法は使えないし、さすがに身体能力がおかしい彼らでも飛び越えることは不可能な距離。ロープを渡すことも考えたのだが、谷から時折強い風が吹き上げるので準備もなく魔法で飛び越えるのはできるだけ避けた方がいいということで却下されてしまった。


「コハクさんは大丈夫?」

「平気よ。さすがにここを飛び越えるのは無理だろうけど、一人なら私たちが通れないような場所でも通れるから」

「そうなんだ」

「それより迂回するなら雪の中の休憩地点までいかないといけないから覚悟してね」

「じゃあコートとか今のうちに……」


 私もこのルートを通ったことないのよねぇとぼやきながらカナタさんはイオリと地図を確認している。

 その間に私は荷物からコートを取り出してマントの下に着込んだ。もこもこして暖かいが、身動きを取るには問題のない素晴らしいコートだ。ヒナもコートを取だし羽織っていたが、私のものに比べると随分薄手のようだ。地図の確認を終えた二人が取り出したコートもやはり私のものに比べれば薄手。思わず彼らと自分の姿を見比べてしまった。



 時折地図を確認しながら進んでいく。

 すぐに雪がちらつき始め、あっという間に吹雪に飲み込まれてしまった。

 セイランが水で壁を作り出してくれたのだが、あっという間に凍りついてしまい視界が悪くなるだけだったので毛玉姿になってもらい懐に入れた。精霊なので普通の犬ほど暖かくはないが、それでも多少は暖かい。

 結局風の魔法で私たちの周りに空気の流れを作り、吹雪が直接体に当たることは防いでいるがそれでも寒いものは寒い。

 私のその結界にイオリは酷く驚き、同時に感心していた。イオリにも魔力はあるがそう強いわけでもなく、細かな制御が必要なものは使えないそうだ。魔法を使うためには集中が必要で、剣で戦う最中に魔法を行使するのは難しい。ヒナやイオリのような次元の違うような戦いであればなおさらだろう。


 人が足を踏み入れた形跡の残っていない、そこが道であるのかすらわからない雪の中を進んでいく。膝丈ほどの雪をかき分けるようにして進んでいるので、防寒対策はしているとはいえすっかり冷えた膝から下の感覚が薄れつつある。

 休憩できる地点まであとどれぐらいだろうかと目を凝らした私の視界の淵に、白い煙のようなものが映り次第にその煙がこちらに迫っている。それは雪山で一番厄介な雪崩。たとえこの雪崩をやり過ごしても次の雪崩が連鎖して起きる恐れが高い。

 ヒナたちも雪崩に気づいていて表情を曇らせていた。


「まずいな」

「そこの雑木林で結界を張る。ハルと毛玉も俺の結界に重ねがけしてくれ」

「わかった」


 イオリが呟き、カナタさんが舌打ちして私たちに指示を出す。

 雪に埋もれながらもより高く足を持ち上げ近くの雑木林に向かう。こういう時、身長が低いというのはそれだけで不利だ。そんな私に痺れを切らしたカナタさんが私の荷物を取り上げ、セイラン共々ヒナへと放り投げた。


「遅い!」

「わわっ!」


 ずぼっと雪から引き抜かれ、私を小脇に抱えてカナタさんは雑木林を目指す。危険人物に抱えられた私はじたばたと手足を動かしたのだが、がつんと頭にカナタさんの拳骨をもらい涙目でカナタさんを見上げた。


「カナタ!」

「ちっ!」


 イオリの声に顔を上げると、白い雪煙はいつの間にか目前に迫っている。

 ヒナの剣が一閃し、剣圧が雪崩の一部を吹き飛ばすしたがそれは一瞬の時間稼ぎにしかならない。続いてセイランが壁を作り出すが水の壁は凍りつき、雪の重みに耐えきれずぱきんと澄んだ音を立てて割れてしまった。

 私を抱えた状態ではカナタさんも避けきれないだろう。とっさに呪文を唱え結界を展開させる。結界の形を変形させ、先を細くして少しでも雪を受け流せるよう手を加えた。もちろん咄嗟のことなのでその強度は低い。


「へえ……」


 その声に顔を上げれば、こんな状態であるというのに口角を上げて笑みを浮かべるカナタさんと視線がぶつかった。

 その視線はすぐにはずされ、カナタさんが手をかざすとほんのりと光る膜が私たちを包み込んだ。それはまるで大きなシャボン玉の中に入っているかのようだ。


「ハル!」


 ヒナの叫びが聞こえ、同時に私の結界が砕ける乾いた音がした。

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