33:彼らの出会い
「カナタは歩いているだけで厄介ごとにぶつかる体質なんだ。回避するには薬でも盛って眠らせた状態で引きずっていくしかない」
酒場から戻った私たちは、ヒナとコハクさんが宿泊する部屋へ集まっていた。
二人部屋なので五人集まるには手狭だが全員が座ることはできる程度に余裕はあり、これからの予定を確認するだけなので十分な広さだ。
一旦魔石へと戻っていたセイランだが、部屋に入ってからは再び毛玉姿で私の膝の上で寛いでいる。
「それは体質とは言わないだろ」
「でもカナタだから」
「……そうか」
コハクさんが遠い目で窓の外を眺めて悟ったように呟いた言葉にイオリが否定の声を上げたが、振り返り真剣な眼差しをしたコハクさんが重々しく呟いた一言であっさり納得したらしい。
こんなやり取りで納得できるほどこの四人は親交が深いのだろうが、私はイオリとヒナが一緒に旅をしたことのある勇者とその仲間だということしかしらない。
「ねぇ、四人は知り合いなのよね?」
「仕事の途中で知り合っただけ。コハクと会ったのはハルと一緒の日だよ」
気にならなかったわけではないが、仕事に必要がなかったことなので聞かなかっただけ。そもそもカナタさんとコハクさんはアエラさんを助けた後にもう会う予定などなかったのだから。
エリックさんの依頼をヒナと知り合いだったカナタさんが一緒に受けると言い出したのが最初。イオリと会ったのも、カナタさんが王立図書館へ行くように指示したから。私が禁書を閲覧するために依頼が解決した後すぐに図書館に行くことは容易に想像できただろう。イオリの依頼を受けるという形で今回同行することとなったのも、カナタさんが話を持ちかけたから。
私たちは巻き込まれたのだ。今回は前回のように黙って利用されるわけでもないし、依頼料はたっぷり出るらしいので問題ないが。
カナタさんは自分から騒ぎに首を突っ込み騒ぎを起こすかなり困った人だ。しかし問題は起こすがなんだかんだとその問題を解決させているような気がする。
先ほどの酒場にしても、ごろつき二名を自警団に引き渡す結果になったし、騒ぎを起こせばすぐに自警団が来るということを知らしめた。それが抑制力になるかはこれからの酒場の対応次第だが、一旦の解決といえなくもない……はず。
もうあの酒場に行く勇気はないので解決したと思いたいのが本心でもある。
「以前俺は国からの依頼でとある組織を調べていた。依頼ではなかったらしいが同じ組織を追っていたヒナタと出会い、お互いの目的のために一緒に旅をしたんだ。当時ヒナタはギルドに所属していなかったけど、手を組むには心強かったよ」
「同じ場所に向かっただけで、一緒に旅していたという感覚は薄かったな」
「ヒナタ、やっぱりお前……!」
「イオリに興味なかったし。一応存在は認識はしてたけど」
イオリの認識ではヒナと出会い、同じ目的であることを知って行動を共にした。しかしヒナは旅の仲間というよりは。勇者が勝手についてきたが邪魔をするわけでもなかったので気にしなかったということのようだ。ヒナ、何気なく酷い。
「二人が追っていた組織が悪魔を呼び出し飼っていたことが判明し、俺がその討伐を手伝うように駆り出されたわけだ」
「俺はその時カナタが色々やらかしたせいで、教会から護衛兼お守りを依頼されてカナタと行動するようになったんだ」
つまりコハクさん以外の三人は同時期に出会い、行動を共にしていた。たしかイオリが一年以上一緒に旅をしていたとか言っていたはずなので、お互いを知るには十分な期間だったのだろう。
そしてコハクさんは教会の人間の依頼で、その後にカナタさんと共に行動するようになった。聖職者でないことはわかっていたが、一応重要人物のカナタさんの護衛になるということは教会の関係者に知り合いでもいたのだろうか。
「けど、ヒナタに再会した時は本当に驚いた。よく似た別人かと思ったぐらいさ」
「あぁ、俺もだ。本気で振り下ろした十字架を受け流された時にやっと気づいたぞ」
「いつもヒナタは無表情だったから。今みたいに笑ってるのなんて初めて見たし。笑ったとしてもアルカイックスマイルだったし」
無表情のヒナなんて幼い頃から含めて一度も見たことがない。だがイオリとカナタさんの様子からは嘘をついているような様子もなく、私とコハクさんは信じられないとばかりにヒナを見た。
私たちの視線に気づいたヒナはふんわりと微笑む。それは無表情だとかアルカイックスマイルとは程遠い、とても柔らかな笑みだった。
「誰もが綺麗だというが表情の変化がほとんど見られなくて。つい俺が人形面って言ったのがそのまま広まっていくのは面白かったが」
「ふぅん、カナタが広めたのか。おかげでいろいろ面倒な目にあったんだよな」
ヒナは幼少時のあの誘拐によるトラウマで感情が乏しかった時期があったのかもしれない。最近やっとそのトラウマを克服し、以前のような感情を取り戻したということか。
とにかくヒナのような美人さんが無表情ならばそれはかなり目立つだろう。その特徴が広く知られているなら、イオリのように行く先々で人々に引き止められていても不思議ではない。騒がれるのは嫌いだと言っていたのだから騒がれたことがあるのは間違いないだろう。
「ヒナ、苦労したんだね。あの時助けてあげられなくてごめん」
「え、何のこと?」
「ううん、いいの。わからなくて」
「そう?」
私の言葉にヒナは首を傾げたが、せっかく克服したトラウマを思い出させるわけにはいかない。ヒナは辛い過去を乗り越えて、立派な冒険者になったのだから。
「まぁ俺たちの話は長くなるからこの辺にしておいて、今度の予定を確認しよう」
「そうだな。それじゃあこれを見てくれ」
イオリが話を切り上げ、カナタさんが部屋の中央に地図を広げる。それはこの国の地図で、私もよく目にするものだった。
「今いるのがここ。そしてここが目的地のカロリーンだ」
カナタさんが指し示すのはこの国に連なる山脈の一画。かなり標高の高い場所で年間を通して雪に覆われている。今は比較的雪の少ない季節なのでカロリーンを訪れるのにちょうどよい時期だ。
訪れるには不便であること、特に観光地でもないということ。そして何より私は寒さが苦手ということもあって今まで訪れたことがない。
「ここから向かうルートは二つ。街道を通るルートと時間短縮のために一気に山を登るルートだ」
「山ルートはオススメしないな。激しい吹雪に襲われるし何より足場が悪すぎる」
「だがここも街道とはいっても馬も走れないほど荒れた道で歩くしかない。時間がかかるぞ」
「呪いがあるんだからやはり街道のほうがいい。ここならば通行する人間もすくないから野盗が出ることもめったにないからな。面倒が少ない」
確かに荒れた街道でも道があるということは大きい。道が途中で分岐するが、その先はカロリーンだけなので通行する人間はほとんどいないだろう。人が通らないという事は野盗の類がいないということだ。
「俺たちの足なら二日もあればカロリーンに到着できる。ハルは女の子だし無理させられないから多く見積もって三日といったところかな」
「――イオリ、二日で問題ない。ね、ハル」
「もちろん。その程度なら問題ないわ。それに私にはセイランがいる」
「雪は水の眷属に含まれている。厳密には眷属の中でも少し特殊だが、マスターとの相性がよいことにかわりはない」
気を使ってくれるのは嬉しいが私も冒険者。体力はあるほうだと自負しているし、なにより私は魔術師。雪山でどんな魔法が有効かはすでにセイランと確認済みである。
セイランは私の膝の上で得意げに鼻を鳴らし立ち上がった。もちろん長い毛に短い足はしっかりと隠れてしまうのでヒナたちからみれば毛玉がもぞもぞ動いただけだろうが。
「ならもし俺たちのペースについていくのが辛いようなら言うという事で。それでいいか?」
「りょーかい」
「では明日は午前中に食糧などの荷物を揃え、昼過ぎにここを出発しよう」
イオリの言葉にヒナたちが頷く。
あっというまに予定の確認は終わり、それぞれ部屋に戻って休むこととなった。
恐らく私がどの程度ついていけるかわからないのでイオリが心配して確認すると言い出したのだろう。その心配が私に対するものなのか、私がついていけず遅れることに対する心配なのかはわからないが、なんとなくその両方のような気がした。
イオリは私のことを認めてはいない。まだ会ったばかりで私という人間をよくわかっていないのだから当然の反応だろう。それは悲しむようなことでも恨むようなことでもないただ当然のことだ。
「セイラン戻って。それじゃあみんな、おやすみなさい」
「おやすみ」
「部屋まで送るよ、ハル」
「ありがとう、でも大丈夫。また明日ね」
みんなに声をかけて立ち上がる。
カナタさんとコハクさん、そしてイオリが手を上げて私を見送り、ヒナは部屋の入口までついてきた。
ヒナの申し出を断り部屋を出ると、すぐにカツラを付け直したカナタさんとイオリも出てきて彼らの部屋へと戻っていく。二人の後姿を見送って、私は自分の部屋へと戻った。
次の日、空は雲一つなく青く澄みきっていて気持ちの良い日だった。
予定通りそれぞれが食料を買い込み備品の補充をして手近な店で昼食を済ませる。そして宿に戻って荷物を整え街を後にした。
しばらく何事もなく順調にすすんでいたのだが、カロリーンへの分岐を進んだところで野太い悲鳴が辺りに響き渡った。
衝撃的なその悲鳴にカナタさんたちが思わず身を固くしたが、私は彼らに構わず走り出す。私の後ろからはヒナが一定の距離を保ってついてきていた。
街道とはいえ思っていた以上に足場が悪く思ったように速度が上がらず、私は口の中で小さく呪文を唱え、解き放つ。
ぐん、と風が私を包み体が浮き上がる。制御が難しい魔法だが、今回は風の精霊の加護が発揮されたため普段よりずっと制御が容易となっていた。呼んでいないのに魔石から毛玉のセイランが出てきて私の腕の中におさまる。仕方ないのでセイランを抱えて魔法を駆使して悲鳴の聞こえた先を目指した。
辿りついたその先には、ガタガタと震えるぽっちゃりとしたおっさんと、ここではまず出会うことのないはずの野盗たちがいた。
――これもイオリの不幸効果の一部だろうか。




