31:勇者、変装する
勇者であるイオリはとにかく顔がよく知られていた。
行く先々で注目を集め、時には呼び止められ拝まれる。イオリがこれまでに雑多に受けてきた依頼で助けられた一人らしい。
そんなイオリにカナタさんが絡んでいた。もちろん今日も恒例の女装姿だ。
「いや、勇者っていっても偶然もらった名誉称号だから、実績がほぼ皆無だったんだ。自分一人でどの程度できるかもわからなかったから、戦闘も含まれるBランクの依頼から順に受けて試してみただけさ。別に人助けのために依頼を受けていたわけじゃない」
「それでも助けられた方は感謝するものなのよ。しかも勇者の称号を持つ人間がわざわざ本来なら受けないほど低いランクの依頼を受けてくれたとなればなおさらよねぇ」
勇者の称号は何か大きな功績を収めた者に送られるのだが、例えば多くの人間の命を救うなどというわかりやすく人のために何かを成した場合のみだ。
つまりイオリは勇者の称号を得た時点で何か多くの人や場合によっては国を救った英雄ということになる。知力か武力かはわからないが英雄となれるほどの力があるというのに、勇者となった後に力を確かめるというのは違和感がある。しかし一人でと言っていたところから、勇者となった功績を収めた時は他に誰か一緒であったということなのだろう。
ではなぜイオリは一人で依頼を受けていたのか。冒険者ということを考えればその答えは想像に難しくなし、私が踏み入るべきところではないので本人が自分から話さない限り聞くつもりもない。
「私なんて自分の教会に戻っただけで悲鳴あげられるのにえらい違いよねー」
「お前の日ごろの行いが悪すぎるからだ」
「みんな私の美しさを妬んでるんだわ。本当に、美しすぎるって罪……」
「もういいから黙ってろ」
ぷくっと頬を膨らませるカナタさんに、コハクさんが即答する。
黙ってれば確かに美人ではあるカナタさんだが本来の姿を知ってしまうと何とも言えない脱力感に襲われるのは何故だろう。カナタさんのお守りのような状態になっているコハクさんの背中に漂う哀愁はその苦労を物語っているようだ。
――それにしても、司教であるはずなのに顔を見ただけで悲鳴を上げられるとは一体何をしたんだろうか。
「さてと、今日はこの街で宿をとって明日北に向かう馬車に乗ろう」
「それじゃいい宿に心当たりがあるからいきましょ」
「カナタ、お前この街にきたことがあるのか?」
「一度お祭りの時に大司教の代理で出席したの。あ、もちろん正装したわよ?」
私とヒナはカロリーンを訪れたことがなく、今回は依頼主であるイオリとカナタさんの二人が中心となって細かいことなどを決めている。コハクさんはイオリに任せ私たちと同じように二人のやり取りを眺める側にまわっていて、心なしか嬉しそうだ。
目的の宿から少し離れた場所で足を止め、宿に入っていくお客さんたちを眺める。
カナタさんに連れられてやってきた宿は街の中心から少し離れた場所にあり、その利用者の多くが冒険者であるらしかった。
「それじゃイオリは目立ちすぎるからこれでもかぶってて」
満面の笑みでカナタさんが差し出したのは赤毛のセミロングのカツラ。イオリだけでなく私を含めその場の全員の顔が引きつったのは当然だろう。
確かにイオリの外見は優男風ではあるが剣を振るのに必要である筋肉はしっかりついているし、背だって低いわけではない。黒髪だって珍しいがいないわけではないし、髪を隠すだけならセミロングである必要は皆無だ。間違いなくカナタさんの趣味であり、反応を面白がっている。
「あとこのマントで体を隠せばばっちりよ! これでイオリも私のお仲間ね」
「他の方法はないのかっ!?」
「あら、そのまま行って勇者がいるって知られたらまた女性たちが群がるわよ。今回は女性の冒険者も参戦するんじゃない?」
「うぐ……」
さらにマントを取り出して、カツラとマントを手にしたままカナタさんは嬉々としてその場でくるりと回る。
本気で嫌がり別の手段を希望するイオリにカナタさんはにんまりと口角を上げた。
どうやら過去に群がられた経験があるようで、イオリはカナタさんの言葉を否定できないでいる。
「それじゃ私かハルがイオリの恋人のフリでもする? ハルならAランクだし下手な冒険者はハルに手出しできないでしょ。私はそういう心配する必要ないし。どっちがいい?」
「は? 俺そういった趣味はないからカナタは無理。生物学上ハルのほうがいいけど、それをやったら俺は間違いなくヒナタに殺られるだろ……」
「ならやっぱりコレね。コハク」
「ごめんね、イオリ。そろそろ目立ってきてるからさっさとそれかぶって」
イオリには選択肢なんて最初から与えられていなかった。
他の方法なんていくらでもあるはずなのに時間切れだとばかりにイオリはコハクさんに後ろから押さえつけられ、カナタさんにカツラをかぶせられマントを巻き付けられる。
こうして少しゴツイ雰囲気の漂う女性っぽい冒険者が出来上がった。冒険者の女性にはこれ以上に体格の良い方も多いので特に不自然ではないだろう。
「これで勇者だってバレたらそういう趣味があるって世間に広まるな」
「それだけは嫌だ」
何気ないヒナの一言に、イオリは必死の形相で振り返ると顔を手で覆って天を仰いだ。
ちなみにイオリほどではないが顔が知られているらしいヒナは大ぶりの帽子をかぶらされていた。イオリも似たような帽子でよかったんじゃないだろうか。
「お部屋は二部屋でよろしいですか?」
受付のお姉さんは私たちを見て営業用の笑顔で訪ねる。
恐らく男女別の部屋ということなのだろうが、実際そこの二人は男なので同室は遠慮したい。そこで私はこっそり出しておいた毛玉状態のセイランを抱きかかえ、カナタさんを押しやってお姉さんの前に出た。
「私はペット同伴なので、彼らとは別にこの子と同室が可能な部屋をお願いします」
「ペット同伴が可能なお部屋は一人部屋しか空いていないのですが――ペットはこちらでお預かりすることも可能ですよ」
「いえ、大丈夫です。私も冒険者ですから。カナタさんお会計よろしく」
「これは失礼いたしました。ではお部屋にご案内させていただきますね」
先ほど外で見ていた時、ペットを連れた冒険者が出入りしていたのでそれ用の部屋があるとふんだのだ。
カナタさんが会計を済ませると、従業員の男性が現れ私たちを部屋へと案内してくれた。
ペット同伴の私は一階の角部屋で、ヒナたちは二階にある二人部屋。一階はペット同伴の客ばかりのようで、他の部屋から時折動物の鳴き声が聞こえるが基本的には静かなものだ。ヒナたちは階は違うが、私の部屋から比較的近い部屋にしてもらえたらしい。
ちなみに私がヒナたちの部屋に行くときは、ペットは部屋に残すか宿に預けるかする必要があるそうだ。一般の客もいるのだから当然といえば当然だろう。
夕食を街のお店で食べに行くことにした私たちは、荷物を置くため一旦それぞれの部屋に行くことにした。
「思ったより広い部屋ね」
「ペットが大型の場合もあるからじゃないか?」
「それもそうね」
標高が高い位置にあるカロリーンは雪に覆われた町だということで防寒具などで荷物がかさばっている。でも寒いのは苦手なのでそれを考えれば苦にならなかった。
相変わらず荷物が少ないヒナが持ってくれようとしたが、見た目ほど重くはないし、仕事中であるのに必要がないのにヒナの手を借りるなんて甘えた真似をするわけにはいかない。ちっぽけだが冒険者としてのプライドだってある。
「それじゃ外にでましょ。もちろんセイランは喋っちゃダメだからね」
「はいはい、わかったよマスター」
セイランはわんわんと犬っぽく鳴きながら私の腕に飛び込む。私はセイランを受け止めると扉に鍵をかけてフロントへと向かった。
フロントで鍵を預けていると、そこへヒナたちもやってきのでそのまま一緒に外に出る。
どこで何を食べようかと周りを物色していると、突然がっしりとカナタさんに肩を掴まれた。やはり女装が似合うとはいえカナタさんは男性で、綺麗で細く長い指だがその手は大きい。
「ねぇハル、ソレは何かしら?」
「セイランって名前のペットです」
「ふうん、どこから湧いて出たのかしら?」
「……ここ?」
目が笑っていない笑顔で詰め寄られ、目を逸らせながらセイランを掴んで顔を隠す。その際セイランを掴んだままブレスレットを指差した。これだけでカナタさんたちならセイランがどういった存在か理解するだろう。
「あんた、精霊持ちの魔術師だったのね」
「カナタさんたちと別れた後からですよ」
「――確かにあの時はそんなブレスレットつけていなかったわね」
カナタさんは「ふうん」とブレスレットをまじまじと眺めてやっと肩から手を離してくれた。よくよく見ればカナタさんの両肩を咎めるようにコハクさんとヒナが掴んでいる。
イオリは目を見開いて私を見ていた。その顔には、Aランクであることだけでも驚きであるのにさらに精霊持ちだなんて信じられない、としっかり書いてあった。
これで私とヒナが実は人じゃありませんでしただなんて知った時にはどうなるんだろうか。少し興味はあるがもちろん教えるつもりはない。
「餌はどうするの?」
「いるわけないじゃない」
首を傾げたコハクさんにカナタさんは馬鹿にしたような目をむけている。
結局夕食はカナタさんの希望で途中で見かけた賑わっている酒場で済ませようということになり、私たちは混雑する店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
元気な若いウエイトレスさんの声に出迎えられ、私たちは店の奥の空いている席へと座る。ペットも一緒で構わないということだったのでセイランは私の膝の上だ。
「ヒナ、目つきが悪いわよ」
「その毛玉床の上で十分だと思うんだ」
「――なぁ、お前こんなのにも嫉妬するのか? この娘はそんなに……いや、なんでもない」
セイランを睨みつけるヒナにイオリは眉を寄せたが、その鋭い視線が自分に向けられたことで慌ててその言葉の先を飲み込んだ。
注文した料理はどれも十分においしかったが、賑わう酒場の客の多くはどうみてもごろつきといった風貌で一般の客の姿は見当たらない。確かにここならばイオリの正体がばれることはまずないだろうが、カナタさんはそこまで考えてここを選んだのだろうか。
「こんな場所に綺麗どころを連れてくるなんて感心しねぇな」
「あら、綺麗だなんて嬉しいわ」
少しだけカナタさんを見直しかけていたが、その考えはすぐに消え去った。
絡んできたアルコールの匂いをぷんぷんと漂わせる男ににっこりと微笑むカナタさん。
カナタさんと始めた会った時のことを思い出せば、カナタさんがどうして酒場に来たのかぐらいすぐにわかったはずなのに。
イオリの女装という大きな陰でそのことに考えが及ばなかった。イオリは顔を見られないように伏せたままで、コハクさんからみれば日常で気にするようなことでもないらしい。そしてヒナは興味がないのか男に見向きもしない。
男がカナタさんの腕を無造作に引いたのが始まりの合図となったのだった。




