30:羊の皮をかぶった悪魔
今回は短めです。
何故か今私はギルドの片隅で息をひそめている。
茶色のフードとマントですっぽりと全身を隠しているこの状態は怪しいことこの上ない。
「私冒険者になろうと思ってるのよ」
「一人かい? 女性が一人でやっていくには厳しい世界だよ?」
今日もきっちり女装をしたカナタさんがその場に居合わせた男の冒険者と会話している。 さすがに今は神官の服ではなく普通の旅服だが、十分目立ち多くの視線を集めていた。
「でもこのギルドには一人でAランクまでいった女冒険者がいるんでしょう? そういうのって憧れるわよね」
「はは、あの悪魔か。確かに実力はあるらしいからなぁ」
くねくねとしなを作り、カナタさんが男を上目使いに見る。カナタさんが座っていて男が立っているからこその差だが、カナタさんが立っていれば似たような身長だろう。
それにしても悪魔というのはやはり私のことだろうか。このギルドに出入りしている一人で依頼を受ける女の冒険者は自分以外に思い当たらない。知らない間に羊の皮も脱ぎ捨てて悪魔そのものという扱いになっていたとは。
「悪魔って?」
「羊の皮をかぶった悪魔って呼ばれてるんだよ。黙って立ってればちっこくて可愛いんだがなぁ。とにかく凶暴だって話だ」
「へぇ……」
カナタさんの座る横の机に手をついてポーズを決める男。ここは彼のご期待に沿って張り倒してあげるべきだろうか。
男からは見えないようにこちらを窺うカナタさんの口元には笑みが浮かんでいる。ひくひくと引き攣る私の口元に気づいたヒナが心配そうに私を覗き込んだ。
ヒナも今日は普段と違い、魔術師のようなローブに身を包み私の隣に座っている。コハクさんはここでは顔を知られていないのでいつも通り。イオリは真っ黒なマントを羽織り顔を隠す様にして私たちと同じテーブルを囲んでいる。
「でも、どうしてそんな名前がついたのかしら。ただ凶暴なだけなら暴れ猿とかでもよかったんじゃない?」
「ぷはっ! そりゃあいいな。だがその悪魔――ハルって名前の冒険者は、俺は見たことはないがこんなにちっこくてどう見ても小さな子供にしか見えないんだだそうだ」
男は自分の腰あたりの高さに手を置きその小ささを強調する。
いくら私の背が低いとはいえそこまで小さくはない。しかし名前はハルだと言っているので間違いなく私のことだろう。ハルは珍しい名前でもないが、そう多い名前でもない。
「ある時他の冒険者と合同で野盗の討伐の依頼を受けたんだが、その外見から野盗はハルを護衛される側に勘違いしてね。その後暴れて暴れて、結局山一つ吹き飛ばしたらしい。その場にいた冒険者が、『あれは羊の皮を被った悪魔のようだった』と酷く怯えて言ったのがきっかけらしい」
カナタさんが大げさに驚いたり同意して頷くので男は調子に乗ってペラペラと話を続ける。確かにその依頼に覚えはあるが、山を吹き飛ばした覚えはない。ただ、山火事を起こして全焼させてしまった苦い思い出があるだけだ。
「外見からは想像もつかない力、ってことだろうな」
「ふふ、面白い話を教えてくれてありがとう」
「ああ。ところでお嬢さん一人で冒険者をするつもりなのか? もしそうなら……」
「いえ、一応パートーナーはいるのよ。ね、イオリ」
「へ?」
突然呼ばれたイオリは間の抜けた声をあげ、嬉しそうにこちらに手を振るカナタさんを見る。その瞬間、カナタさんの隣に立つ男の顔からざっと血の気がひき蒼白となった。
私は勇者に興味がなかったので知らなかったが、やはり世間にイオリの顔はよく知られているらしい。一方こちらを見て微笑むカナタさんの笑顔はそれはもう素敵な笑顔。あれは間違いなく面白がっている。まるで悪戯を成功させた子供のようだ。
「ゆ、勇者あぁっ!?」
「どうも、一応勇者です」
「ってことはこちらのお嬢さんは……」
「勇者の婚約者」
男の叫びでより注目があつまり、イオリは逃げられないと半ばヤケのように自ら勇者と名乗る。狼狽える男にカナタさんは語尾にハートがついているんじゃないかという声色でとんでもないことを言い放った。
「カナタっ!?」
「うふふ、騒がしくなっちゃったわね。登録はまた今度にしましょ。それじゃいくわよ、イオリ」
カナタさんは立ち上がると、ぐいとイオリの腕を引いてギルドを後にした。
その様子をぽかんと眺めていた冒険者たちは二人の姿が見えなくなるとわっと沸き立つ。
「おい、勇者に婚約者だと!」
「美人だったな! さすが勇者だ」
誰もがカナタさんをイオリの恋人であると信じているらしい。この様子ではすぐに勇者に美人の婚約者がいるという噂は広がるだろう。イオリもすぐに否定しなかったのもまた誤解を招く要因となっている。
――きっと誤解を招くようにカナタさんはさっさとイオリを連れ出したのだろうが。
これも運がないという呪いの影響なのだろうか。だとしたら地味に嫌すぎる。
「なああんたたち、勇者と知り合いなのか? もし知り合いなら悪気はなかったと伝……」
振り返ると、そこに立っていたのは先ほどまでカナタさんと話していた男。イオリと話していたことに気づいていたのだろう、カナタさんに手を出そうとしていたわけじゃないと私たちからイオリに弁解しておいてほしいということか。
そんなこと自分ですればいいじゃないかと思いつつジト目で男を見上げると、男の顔色がよりいっそう悪くなる。
「ひっ! 羊の皮を被った悪魔!?」
「……見たことないんじゃなかったの?」
「噂で聞いた容姿とそっくりだ。髪や瞳だけでなく、小さく凹凸のない体型は間違いない……!」
プチ。
「今何かが切れた音が……」
隣に座るコハクさんが笑顔を引き攣らせ私を見ている。ヒナは眉をしかめ、男を睨んでいた。しかし男にヒナよりも鋭い視線を向けていたのは間違いなく私だ。
「話があるの。表に出てくれる?」
「ひいっ!」
にっこりと笑った私に、男は凄まじい悲鳴を上げ外へと飛び出していった。そのまま振り返ることなく男は走り去っていく。
確かに表に出ろとは言ったけれどそれは話し合うためだ。やり場のない怒りをどうしようかと考えていると、ヒナが私の腕を引いて私をその場から連れ出した。
「好きなだけ食べていいよ」
「本当? ありがと!」
ヒナに連れられてやってきたのは近くのカフェ。テーブルには数々のデザートが所狭しと並べられている。
向かいに座るコハクさんの顔はまだ引きつっているが構わず手近なデザートに手を伸ばし、次々とその甘くておいしいデザートを胃に収めていった。
ヒナは私に食べ物を与えれば落ち着くと思っているに違いない。否定はしないが。
後日、予想通り勇者の婚約者は大きな話題となっていたが、その時すでにカロリーンの町へと出発していた私たちはその出来事をすっかり忘れていたのだった。




