表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/54

29:拒否権のない依頼

 誰もが無言でイオリを見つめイオリがその視線に狼狽えるという何とも微妙な状況を打ち破ったのは扉をノックする音だった。


「失礼します」

「どうぞ」


 カナタさんが返事をすると、扉を開いてウエイトレスさんが顔を覗かせ、すぐに両手にいくつものお皿を乗せて入ってきた。

 何とも言えない魅力的な香りを漂わせるクジラバーグが私の前に置かれる。ゆらゆらと揺れる湯気と魅力的な曲線には絶妙なバランスでこんがりとした焼け目がついていてとても美味しそうだ。ナイフとフォークを手にじっとその一口を堪能する瞬間を待ちわびていると、イオリに向けられていたはずの視線が自分に向けられていることに気づいた。


「待ちきれないみたいだな?」

「愚問ね。一番おいしいその時を逃すなんて馬鹿のすることよ」

「それもそうだな。では続きは食事を取りながらにしよう」


 にやにやと笑みを浮かべていたカナタさんだったが、私の言葉に納得したのか素直に頷き手にしたフォークをぶすりと自身の目の前で湯気を上げるクジラバーグに突き刺した。

 ――おかしい。普通聖職者は食事の前に長々と感謝の祈りをささげる。仮にもカナタさんは聖職者のはずだ。


「カナタは感謝のお祈りはしないよ。神の存在は信じているけどその存在を絶対だとも思っていないんだ。司教のくせにね」

「……生臭坊主」

「失礼な。俺は一般と同じ立場に立っているだけの市民感覚を持ち合わせた聖職者なだけだ」


 そんな私の疑問の視線に気づいたのか、コハクさんは苦笑を浮かべつつ教えてくれた。

 大きく口をあけてがぶりとクジラバーグに食らいつくその姿は偏見かもしれないが聖職者にはみえない。一方ヒナはクジラバーグをイオリは本日のオススメの白身魚のムニエルを上品に食べている。コハクさんは私と同じようにまさに普通といった食べ方で親近感がわく。

 だがあの時別れ際の所業を考えれば無害そうなコハクさんにも油断は禁物。何を考えているのかわからないカナタさんは触るな危険、むしろ近づかない方がいい程度だろう。今は隣に座っているができるだけ目を合わせないようにするしかない。


「さて、それじゃ本題に入ろうか」


 一人だけさっさと食べ終えたカナタさんはテーブルに両肘をついて手を組みにっと口角を持ち上げる。

 コハクさんはカナタさんを一瞥してそのまま食事を続け、イオリは返事をする代わりに咀嚼しながら頷いた。ヒナは一切反応することなく食事を続けていたが、様子を窺う私と視線が合うとにっこりと微笑んだ。


「ハル、この魚美味しいよ。一口どう?」

「いただきます」


 即答し、目の前に差し出された魚をぱくりと口に含む。濃厚なバターソースがさっぱりとした白身魚とよく合っていてとてもおいしい。物欲しそうな私の視線に何故かヒナは嬉しそうに頬を緩める。

 しかしヒナが頼んだのは私と同じクジラバーグのはず。その魚の出所と思われるお皿をみると、やはりヒナに奪われたらしい跡があった。

 奪われた本人は唖然とした表情で自分のお皿を見つめている。本当に申し訳ない。


「そのクジラバーグを一口くれたら残りの魚あげるよ?」

「くっ……!」


 申し訳なくおもいつつもヒナの恐ろしい誘惑につられ、クジラバーグを一口サイズに切り分けてヒナのお皿に乗せようと手を伸ばす。するとヒナは私ののばした腕を掴み、手にしたフォークを自分の口元へと近づけていく。


「何するのよ」

「もちろんあーんって、ね?」


 私が痛くはない程度に加減して握られているはずのヒナの手から逃れることができず、手首を捻ってぷるぷると震えるフォークの先をヒナの口元とは反対方向に向ける。

 呆れた視線が私たちに向けられているがこちらは必死。これ以上憤死しそうな恥ずかしい目に合わないようにと全力で抵抗を試みている。

 しかしそんな努力もむなしく、フォークの先のクジラバーグはあっさりと奪われてしまった。


「ごちそーさま」

「な……なっ……」


 私の腕を掴んだままヒナの手がわなわなと震える。私はクジラバーグを奪ったその人物を睨むように見上げた。


「冷めるとおいしくないだろ? おいしいうちに俺が食べてあげたんだよ」


 腕を組み、勝ち誇ったような笑みを浮かべそこに立つのはカナタさん。確かに温かくおいしいうちに食べるべきだとは思うが納得がいかない。カナタさんが注文したのは同じクジラバーグだし、そもそもカナタさんはすでに食べ終わっていて交換する料理がない。つまり食い逃げも同然なのだ。

 食べ物の深い恨みの込めた私の視線に動じることなく、カナタさんは鼻歌交じりに自分の席に戻る。すると椅子に座ったカナタさんの頭に、ごすっ、と鈍い音と共に拳が振り下ろされた。

 振り下ろされたその拳はカナタさんに剣を突き付けているのでヒナのものではない。カナタさんの向こう側で静かに食事をしていたコハクさんのものだ。


「ごめんね、ハル。これで許してやって」


 差し出されたのはコハクさんの注文した料理の一部。コハクさんはその魚を差し出しながら、ごんごんと何度もカナタさんの頭に拳を振り下ろしている。その魚を受け取り少し落ち着いた私はピリピリとした殺気を放つヒナをなだめて再び席に座らせた。


「痛いっ、背が縮んだらどうするんだ」

「趣味にちょうどいいだろ」


 カナタさんの抗議をすっぱりと切り捨て、コハクさんは魚を口へと運ぶ。カナタさんは面白くなさそうにふいっと顔を背け、そこで呆然と自分を見つめているイオリに気づいた。


「何だよ」

「え、いや、ヒナタもカナタもそんな顔見せたことがないから驚いた。新手の病気か?」

「病気と言えば病気かもしれないな。恋の病っていうぐらいだからな」


 きらきらと目を輝かせてのたまうカナタさん。ヒナはともかくカナタさんは私のことを好きなわけではないことがわかっているだけにとても気持ち悪い。カナタさんの好意は嫌がらせと同意じゃないかとすら思う。


「――ふぅん」


 居心地の悪い物言いたげなイオリの視線に気づかないふりをして残った料理を平らげる。イオリはそれ以上何も言う事はなかったが、その間ずっと窺うような視線を向けられていた。

 私たちの反応が面白くなかったのか、カナタさんは溜息をついて投げやりに口を開く。


「イオリに祝福をした悪魔と似た悪魔が北のカロリーンの町で目撃されたらしい」

「本当か!?」

「噂にすぎないがな。どうする?」

「行くに決まっているだろう」

「……お前だけでは悪魔を取り押さえる直前にタライが落ちてきて取り逃すような気がしてならないんだが」

「それはやたらピンポイントな予感だな。……俺もそんな気はするが」


 教会の情報は早い。それが悪魔関係となればなおさらだ。

 目撃された悪魔がイオリに呪いをかけた悪魔かはわからないが悪魔が出たというのは本当なのだろう。カナタさんの予感を否定するどころか肯定するのはタライが降ってきたことがあるからなのだろうか。


「中央教会に悪魔討伐の依頼が入っていた。ちょうど手が空いていた対処できる人間が俺だけで、俺が行くことになったんだ」

「なら俺も同行させてくれ」

「では直接依頼をだそう。ヒナタ、ハル。この不幸勇者の不幸の対処のために同行をお願いしたい」

「へ?」


 完全に傍観する体勢だったので思わず間の抜けた声が出てしまった。慌てて姿勢を正してヒナを見ると、ヒナは面倒そうに眉を寄せていた。

 最近依頼を終えたばかりで懐は潤っているし、何よりカナタさんからの依頼は面倒な気がしてならない。できれば遠慮しておきたいところだ。


「拒否しようとしても無駄だ。ギルドに教会から二人を指名して依頼するからな」


 にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべるカナタさんにヒナが鋭い視線を向ける。

 ギルドのランクはA以上になると有事の際に出される国や教会などの依頼を断ることができない。ランクは依頼の目安になるだけでなく、何かあった際は拒否権なく協力しなくてはいけない代わりに様々な特権を持つことができるものだからだ。

 そして私は最近そのAランクになり、ヒナは限界突破のSSSランク。つまり正式に依頼された場合私たちはその依頼を断ることができないのだ。


「カナタ、お前な……本当にごめん、ハル」


 司教という地位であるカナタさんの決定にコハクさんは逆らうことができないのだろう。すまなさそうに眉を下げ謝罪するコハクさんに、私は首を左右に振った。


「いいえ。ただし依頼料はぼったくりますから。これでもAランクですからね、高いですよ」

「うん、きっちりカナタ個人に請求してやって」

「おい、なんで俺個人なんだよ。面倒見てもらうイオリに請求するべきだろ」

「別にそれぐらい構わないが、ハルはAランクなのか。ヒナとペアを組んでたのか?」

「ヒナとペアを組んだのは数日前でAランクになった当日よ。それまではずっと一人だったわ」

「……驚いた」


 確かに女性が一人で冒険者をしていくのは何かと物騒で、ある一定以上のランクからは一人で依頼を受ける女性はほとんどいなくなる。そのため無事依頼をこなしてランクアップするだけで、女性の冒険者というのは名が知られていく。

 ……そうして名が知られた結果、嬉しくない呼び名が定着していたりしたが。その名をヒナは思い出したようで、ぽつりと呟いた。


「そういえば、再開した日にギルドでハルは変な呼び方されてたね」

「忘れて」

「それは興味深いな」

「うん、俺も知りたい」

「ハルはそれほど有名な冒険者なのか」


 みんながどんな呼び名なのか気になるようで、ヒナに続きを促す。しかし私にとっては恥でしかないのでできれば知らせずに済ませたい。

 その意思を伝えようと、じっとヒナに視線で語りかけてみる。


「わかった」


 私の意思が伝わったのか、ヒナはにっこりと笑ってみんなを見回す。

 調べればすぐにわかることでも、面と向かってそれを知られてしまうのは恥ずかしい。この恥じらいはきっと乙女心……ということにしておこう。


「たしか『羊の皮をかぶった悪魔』っていうのがハルの通称だ」


 誇らしげに言うヒナに、思わず脱力して机に突っ伏す。

 どうやらヒナは私の視線の意味を教えてもいいものと受け取ったらしい。やはり態度で示すのには限界があった。言葉にしなければ伝わらないことがあるのだと実感するが、後悔してももう遅い。カナタさんやイオリはもとよりあのコハクさんまでもが笑いを堪えている。

 いっそ思い切り笑ってくれた方がマシだ。恨めしくヒナを睨むと、ヒナはわけがわからないというように首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ