28:呪われた勇者
カナタさんたちは禁書の処分に戻ったのだから中央教会へ戻ったものだと思っていた。
中央教会がある聖地はこの街から二週間間ほど馬を走らせたどの国にも属さない場所にあり、こんな短期間に往復できるような距離ではない。
中央教会ではない別の場所で処分したのか、秘密主義の教会が公表していない移動手段があるかどちらかだろうが恐らくは後者だろう。
国ごとに信仰する神は違えど一部を除いて各国の教会同士には繋がりがあり、各国の教会の代表ともいえる司教は頻繁に自国と中央教会を行き来していると聞く。そしてその司教を取りまとめるのが大司教だ。――つまり、カナタさんはこの国の教会の代表ということになる。いろいろ不安すぎるのだが、大丈夫なのかこの国の教会。
「館長、娘さんをお連れしました!」
勢いよく扉が開かれ、ネモさんが戻ってきた。その後ろから少し困ったように眉を下げたアエラさんが続く。アエラさんは私とヒナに気が付くとぺこりと頭を下げエリックさんの隣へ立った。
イオリはエリックさんの机の上に飾られた写真に気づき、写真とアエラさんを交互に見比べている。ちなみに写真は机からも、反対の部屋の入り口側から視える位置にも写真を飾ることができるデザインだ。恐らくイオリの頭はどうしてお母さんのほうが来てるの、といった疑問が占めているに違いない。
「紹介しますね、娘のアエラです。可愛いでしょう?」
「へ? あ、はい。可愛らしいお嬢さんですね」
「いくら君が勇者でもあげませんからね」
「え。いや、それはもちろん」
「お父様。――では私が皆さんとお食事をご一緒させていただきますね」
「ええ、よろしくお願いします」
アエラさんはさっさとエリックさんの言葉を切り上げると、きょとんとして目をぱちぱちと瞬くイオリを促し部屋を後にする。その様子をカナタさんは面白そうに眺めつつ、コハクさんは小さく溜息をついて二人の後に続く。私とヒナもエリックさんにお礼を伝えて慌ててその後を追った。
鼻歌交じりでカナタさんが私たちを連れてきたのはあのクジラバークの店、ピンクホエール。出迎えたウエイトレスさんにカナタさんは必要ないとばかりにひらひらと手をふると、まっすぐ奥へと向かいマスターに何やら話しかけている。そして店の入り口で待つ私たちを振り返ると、にっこりと微笑んで手招きした。
カウンターの奥にある扉へと促され中に入る。二回扉を通り抜けた先にはこじんまりとした個室があり、部屋の中央には全員で食事ができるほど大きなテーブルが設置されていた。
それぞれが手近な場所に座ると、カナタさんが手を叩いてみんなの注目を集める。
「それじゃ各自適当に料理を注文して。料理が来るまでの間にお話ししましょ」
「なら俺はハルと同じもので」
「――じゃあ私はクジラバーグ」
「俺は本日のオススメにするよ」
「私もクジラバーグね。勇者は?」
「俺もオススメで」
「では私が注文を通してきますね」
普通同じものを頼むときはその相手が注文をした後じゃないかと思いつつも、大好きなクジラバーグを注文することにした。全員が決めると、一人座らずにその場で立っていたアエラさんが注文をマスターに伝えるため一旦部屋を出る。
「さて、何の話からしましょうか」
「勇者の呪いの内容でいいんじゃないか?」
コハクさんがちらりと視線をイオリに向けたその時、注文を済ませたアエラさんが戻ってきた。アエラさんは部屋には入らず、私に小さく呼びかける。何だろうとアエラさんの元へいくと、アエラさんは小さく頭を下げた。
「大切なお話のようですし、私はこれで失礼させていただきますね。それに父を迎えに行かないと後が大変そうだからですから。お会計はもう済ませてありますので皆さんごゆっくりしていってください。あ、飲み物も適当に注文させていただきました」
「わかりました。ありがとうございます、アエラさん」
「いえ、こちらこそありがとうございました。それでは……」
アエラさんは再び頭を下げると足早に図書館へと戻っていく。その後ろ姿を見送ってから、私は部屋へと戻った。
イオリは首を傾げ、視線をヒナではなく何故か向かいに座る私に向ける。
「なぁ、やっぱりあの人が娘には見えないんだが」
「まぁアエラさんは奥さんの連れ子だから。写真みたでしょ?」
「さっきの人と小柄な女の子が写っていたが……」
「その小柄な女の子が奥さんでアエラさんが娘なの」
簡潔に事実を告げれば、イオリは訝しげに眉を寄せた。にわかには信じがたいが間違いなく真実なのでしかたがない。そしてエリックさんはかなりの親バカでもある。
「あの親子の事は気にしても無駄よ。それよりあなたの呪いについてお話しましょうか」
カナタさんは満面の笑みをイオリに向け、イオリはその場の全員の視線が自分に向けられていることに気づき大きく溜息をついた。
「私たちが例の残骸を持って教会に戻ったらその勇者が他の司教と揉めてたのよ。面白かったわ」
「面白いってなんだよ、この外道司教」
「あらあら、駄々をこねてガイスを困らせていたのは誰だったかしら?」
「ガイス?」
「司教の一人だよ、ハル」
そのやり取りでカナタさんとイオリの関係を察する。女装だけでなく、勇者をおもちゃにして遊ぶ司教に不安は尽きない。
ガイスという初めて聞く名前に首を傾げると、私の隣に陣取ったカナタさんの向こう側から顔を覗かせたコハクさんが教えてくれた。そして他の司教がいたというのだから、二人が会ったのは間違いなく中央教会だろう。やはり独自の移動手段があるに違いない。
「残念だけどイオリの呪いは大司教でも解けないわ。中途半端に抵抗して分解されかけた呪いがイオリ自身の魔力に溶け込みかけているの。抵抗せずに素直に呪われてくれていた方がどうにかできたわよ」
「抵抗したくてしたわけじゃない」
「つまり、呪いがそのままの状態でくっついているなら剥がしやすいけど、分解されかけた状態で混ざりこんでるから二種類のジュースを混ぜたみたいになっていて私たちでも取り除くのは不可能なのよ」
「それは聞いた。だがお前がここに来ればどうにかなるかもしれないって言ったんだろ」
「呪いを解く方法は一つだけ。その呪いをかけた悪魔を倒すしかないわ」
カナタさんの言葉を確認するように目を凝らしてイオリを視る。
イオリの体からはうっすらと黒い霧滲み出していて、それがイオリの魔力に溶け込んでいるようだった。すでに術式の形も保っていないそれは消えてしまいそうなのにイオリの魔力に混ざるようにして辛うじて留まっているようだ。
世の中には抵抗力が高く、魔法の効き辛い人間が存在する。イオリはその抵抗力が極端に高いのだろう。
呪いが完全な状態でかかっていれば無理矢理引っぺがすような手段も取れたのだろうが、今のイオリの状態ではそれも不可能。しかしその抵抗力が高すぎるがために、呪いを軽減する魔法も受け付けない。抵抗力の高さがあだとなっているのだ。
「まぁ残った呪いの効果だって命に関わるものでもないし、そう悲観する必要はないんじゃない?」
「お前は他人事だと思って……この変態司教が!」
「変態じゃないわ、これは趣味じゃなくて特技よ。それに外に出てるときは司教って呼ばないでくれる?」
「カナタ、気持ち悪いからそろそろやめろ」
「コハクまで酷いわー!」
笑いを堪えるカナタさんにイオリがかみつく。確かに視たとろこ呪いに強い力は感じられず、カナタさんの言うように命に関わるような効果は残っていないのは間違いない。しかしイオリの様子から放置しておけるようなものでもないようだ。
いい加減にしろと言わんばかりに冷めた目を向けるコハクさんに、カナタさんはわざとらしくわっと声をあげて机につっぷす。しかし小芝居に飽きたのか、すぐに体を起こすとふっと息をつくいてその長い髪に手をかけた。
「まぁいい。図書館に行けと言ったのは禁書にその呪いを解く鍵になることが載っているかもしれないからだ。禁書には教会も知らない知識が詰まっているものが多いからな」
「危険なものばかりだけれどね」
ばさっと長い金の髪を取り去り、本来の姿となったカナタさんは椅子にふんぞり返った。
コハクさんが付け足したとおり、禁書は本当に危険なものばかりで閲覧には本来厳しい制限がある。今回私たちが深淵の魔道書を閲覧できたのもヒナのギルドランクとエリックさんと知り合ったことが大きい。Aランクの私だけでは当日中の閲覧なんて不可能だっただろうが、勇者であるイオリも恐らくヒナと同等のランクは持っているだろうから閲覧は難しくないだろう。
「ねぇ、結局イオリの呪いって何?」
肘をついて顎に手を当てながら、イオリではなくこちらに視線を向けながらヒナが訪ねる。正しくは私の向こう側に座るカナタさんやコハクさんを見ているのだろう。
「あぁ、こいつの呪いは――ここぞというところで運がない、という恐ろしくショボイ呪いだ」
「大問題だ」
そこまで言うとカナタさんは盛大にふきだし、イオリはぷいと顔を背けた。
「俺と会った時も老朽化してもろくなった教会の装飾品が取れて、落ちた先にイオリがいて。避けようとしてたが、偶然そこに通りかかった外から来ていた神官に取り囲まれて避けられなかったんだ。あれは本当に面白かったな」
「俺はかなり痛かったがな」
それも当たり所が悪ければ危なかったんじゃないだろうか。それともそれを紙一重で避けるからこそショボイと言わしめることになったのか。どちらにせよ周りから見たら気の毒ではあるがその程度、という扱いであったのだろう。しかし本人にしてみれば常に変な不運を恐れることになっているのかもしれない。
「そのままなら解呪できただろうし、呪いが変化するとか本来運が悪かったんじゃ……」
何気なく呟いた私の言葉にイオリ以外全員が頷き、イオリに憐みの目を向けていた。
どうやらもともとイオリの運は悪かったようだ。




