27:出会いと再会
「――そうですか、勇者がエルフの生き残りだったとは。しかし伴侶である姫は人間。そしてあの時代以来エルフは確認されていない。つまり、やはりエルフは……」
「申し訳ありませんが、これ以上は私からお教えすることはできません」
「いえ、アガスティアの姫が狙われた理由もわかりましたのでかなりすっきりしました。教えていただきありがとうございます。しかし、魔王ですか……」
エリックさんは息をついて石碑を見つめる。
結局根本的な勇者がエルフでお姫様が特殊な力があるということは説明した。お姫様の力については”桁違いに大きな神聖魔法を扱うことができる”ということのみを。
ただ、桁の程度を正確に伝えていないだけ。エリックさんを信用していないわけではないが、知っているというだけで危険が増す情報もある。そうなれば再びアエラさんが事件に巻き込まれるかもしれない。教えない、聞かないことがのがお互いの為になることだってある。今回の件はまさにそれだと判断したのだ。
「では戻りましょうか。私もきちんとした保守作業の準備をしなくてはいけませんから」
エリックさんの言葉に頷き、セイランを石の中に戻す。セイランは来るときも石の中だったので、職員に気づかれた時に説明するのが面倒だからだ。
空間の出口へと向かう途中、一度だけ淡く光り続ける石碑を振り返る。
アダルベルトは深淵の魔道書が消えることを少しだけ望んでいるような気がしていた。あのアダルベルトは記憶という存在だが、最愛の人を失った痛みも持っている。だから役目を終えて消えることに僅かにでもほっとしているんじゃないかと。
しかしあの本の内容はエルフやアガスティア、そして魔王と貴重な情報が満載で、できれば後世に残したいと思う。ここの管理をしているエリックさんはその役職上、可能ならば保守するのは当然だろう。
本の状態が安定して再び閲覧することが可能になったのなら、そのときまたアダルベルトに会いにいってみようか。そんなことを考えつつ、私たちはその場を後にした。
館長室で私たちを出迎えたのは、以前お世話になった職員のレモさんと見知らぬ青年だった。
「館長、遅かったじゃないですかあぁっ!」
「あれ、でも例の部屋に行くって言っておいたじゃないか」
「そうなんですけど、すごいお客さんが来てるんです!」
「お客さんというのはそちらの方ですか?」
エリックさんが問うとレモさんは壊れた人形のように上下に首を振る。
窓の外は橙に染まっていて、思っていた以上に長い間あの本の中にいたようだ。
「とりあえず、落ち着きなさい。レモ君」
ため息をついて、エリックさんは部屋の窓を開く。そして机にもたれかかるようにしてレモさんと青年、そして私たちを見回した。
開け放たれた窓から吹き込む風が青年の髪がなびく。私よりもさらさらとした黒髪は濡れたように艶やかで、いったいどんな手入れをしたらそんな髪になるのか是非とも教えてほしいほど。その下で困ったように揺れる菫色の瞳がヒナに向けられると驚愕の色を浮かべた。
「ヒ、ヒナタ!?」
「ん? そうだけど、誰?」
「何言ってるんだ、俺だよ俺!」
青年はヒナに詰め寄ると、ヒナの肩を掴んでがくがくと前後に揺さぶる。ヒナは露骨に嫌そうな顔をして、相手を睨むとその手をぱしりとはねのけた。
「そうそう、その蔑んだ目。それこそヒナタの目だ!」
「――は?」
「一年以上一緒に旅をした仲間に対して誰とか酷いけど、それでこそヒナタって感じだし」
嬉しそうに顔をほころばせる青年。――頭は大丈夫だろうか、この人。
「この鬱陶しさ、まさか……」
「うんうん」
「…………ん、名前忘れた」
ぱっぱと乱れた服を整え、ヒナはまじまじと青年の顔を見つめて誰であるのかを思い出そうとしていたようだが、すぐに思い出すのを諦めたらしい。
しかし先ほどの青年の言葉から彼が何者であるかは簡単に推測できた。
「ねぇヒナ。あの人って前に言っていた勇者じゃないの?」
「たぶんそうなんだけど、興味ないからもう忘れちゃったんだよね」
「ちょっとヒナタそれって酷くないか!?」
「だってハル以外に興味ないし」
「イオリだよイオリ! お前が色々無関心なのはわかっているが、一年以上一緒にいたんだからせめて名前ぐらい覚えておいてくれ。お嬢さんも俺のことはイオリと」
「……はぁ、わかりました」
イオリと名乗った青年はやはり勇者で間違いないようだ。
へにゃりと眉を下げるイオリからは勇者の威厳や風格といったものはみじんも感じられず、ただ同年代の青年にしか見えない。腰に剣を下げているので冒険者であろうことはわかるが、それ以外は街にいる普通の青年となんらかわりはない。
しかしそれは見た目だけの話。イオリの持つ魔力が普通の人間でないことを雄弁に語っていた。しかもその魔力にはオマケがついているのが視える。
「面白い魔力を持ってますね」
「――へぇ、わかるんだ。君ってすごいね、えっと……」
「ハルです」
「君がハルか! なるほど、そういうことか」
「何がなるほどなんです?」
イオリは私の前に立つと、まじまじと私を上から下まで眺める。すぐにイオリから隠す様にヒナが私の前に立ったのでその視線は遮られたが、どうやら彼は私のことを知っているらしい。
「唯一ヒナタから聞いたことのある名前がハルだったんだ。可愛らしい女の子だったんだね」
「やめろ、ハルが減る」
「減るわけないだろ」
「あー、うん。そろそろいいかな? イオリ君だっけ、勇者である君がここにいる理由を教えてもらえるかな」
「――あ、そうでした」
勇者権限でここへ案内されたであろうイオリは当初の目的をすっかり忘れていたといった様子で慌ててエリックさんへと向き直った。
「所要で教会に行ったところ、こちらに来れば面白いものが見れ――いえ、俺の抱える問題が解決できるだろうと司教様が」
「その司教様、カナタって名前だったりして……」
「そうそう、よくわかったね。ハル、君って本当にすごいや」
唯一知っている司教の名前を出しただけなのだが正解だったらしい。
イオリは目を輝かせて私に近づこうとしたのだが、ヒナが私を抱えられるようにしてイオリから距離を取り、イオリにはしっしっと手を振って邪険な扱いで離れるように促している。
「カナタ君ですか。――それで、勇者である君が抱える問題というのは?」
「それは――」
「間違いなく下らない。帰れ」
「酷っ!」
「まぁまぁヒナタ君、一応聞くだけ聞いてみましょう」
「教会に行ったってところでなんとなく予想がつかないでもないけど、一応聞いてみましょ」
「……ハルがそういうなら」
一瞬イオリの目が信じられないものを見るように見開かれたが、すぐに目は伏せられ寂しげな笑みを浮かべゆっくりと言葉を紡ぐ。
「先日、いつものように依頼を受けて、その依頼自体は問題なく解決することができました」
「なら問題ないな。帰れ」
「確かに依頼は問題なく完了しました。ただ、その依頼を遂行する際にちょっと失敗してしまって」
イオリはヒナの冷たい一言は聞こえないかのように言葉を続ける。
ヒナは眉をしかめ、腕を組んで壁にもたれかかった。あまりにもヒナらしくない態度を不思議に思いつつも、イオリの話に意識を向ける。
「想像以上に高位の悪魔が絡んでいて、祝福をもらってしまいました」
「悪魔の祝福……つまり呪われたんですね」
「ええ、情けないことに。死に直結するような強烈なものだったらしいんですが、俺の抵抗値が高かったようで死にはしなかったんですが変な効果だけ残ってしまって」
悪魔というのは魔族とはまた違う存在で、基本的に何かを憑代として人に危害を加えるやっかいな種族だ。基本的に神官などの聖職者でないと対処は難しいのだが、その数が少ないので被害は多くはない。魔力についているオマケはこの呪いだろう。
「厄介なのもらったのね。もう魔力と一体化しつつあるから呪いを解くのも難しいわよ」
「……君って聖職者なの?」
「いいえ、なんとなくわかるだけ。どんなものかは全く分からないもの」
「ふふ、確かに直接命にはかかわらないけれど、時と場合によってはそれ以上に厄介な呪いよ」
その声に振り返れば、館長室の入口に、腰まである金の髪を揺らし妖艶に微笑む女性が立っていた。身に着けているのは神官の旅服という女装神官――正しくは司教のカナタさんだ。そんなカナタさんの背後から、ひょっこりとコハクさんが顔を出す。
「カナタさん、コハクさん、あの時はありがとうございました。お礼を渡せていないのでどうしようかと気になっていたんですよ」
「あー、別にいらないわ。私たちも仕事だったし」
突然現れた二人にエリックさんは驚くことなく、笑顔で二人の元に駆け寄った。
確かに二人は一緒にエリックさんの依頼を受けたが洞窟で別れたため報酬を受け取っていない。律儀なエリックさんはそのことを気にしていたようだ。
しかしこの二人はエリックさんの依頼とは関係なく、実際は教会の任務で一緒に行動していただけだということも、報酬は必要ないだろうということも伝えてある。
「ですが……」
「じゃあご飯でもごちそうしてもらえる? それで十分よ」
「それぐらい喜んで」
「じゃあ勇者様の話もあるし、今からでもいいかしら?」
「すみません、ちょっと作業があるので……代わりに娘に同行させますから」
「わかったわ」
「レモ君、外にアエラが来ているだろうから呼んできてもらえるかな」
「はい、わかりました!」
レモさんがバタバタと駆け出していくと、二人のやり取りを見ていたイオリがつんつんとヒナの袖を引っ張り、ヒナが眉を寄せて視線を向けた。イオリは口元に手を当て、こそこそと内緒話をするように小さな声で訪ねる。
「なぁ、館長さんどうみても二十代半ばにしか見えないんだが、娘に同行させるって大丈夫なのか?」
「そんなことか。問題ない」
「でも娘っていうんだからまだ十歳いってないぐらいだろ?」
――ええ、そう思っていた時が私にもありましたとも。
鮮やかな茜色に染まる空を遠い目で眺めつつ、心の中でそっと呟いた。




