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26:夢の終わり

 驚くほどあっけなく、勇者と魔王の戦いは幕を下ろした。


 魔王が言った自爆というのは必ずしも間違いではないのかもしれない。

 神の力を借りるアガスティアの力は分類するならば神聖魔法。しかし人が使う神聖魔法とは次元の違いすぎる。その強大すぎる力に耐えきれず力と共にその命も消えてしまうという自身のすべてを代償としなければいけない、死に直結する力。

 そんな恐ろしい力をヒナがその身に秘めているのだという。


「ちなみに魔力があるとあの力を扱えないっていうのは?」


 再び訪れた静寂が支配する白い空間。

 ヒナは小さく溜息をついただけで特に取り乱すこともなくアダルベルトに尋ねた。


『あれだけ強大で純粋な力だからな。器に魔力があると混じり合うことなく反発し、器から零れ落ちる。つまり制御されていないあの力が溢れるわけだ。その力は爆発を起こしたり、すべてを焼き尽くすなどして天に帰ることはない。その力が尽きるまで、な』

「だから自爆、か」

『魔力が無くても、子供では力を振る魔力器官が出来上がっていないために扱えない。だから魔力が無く成人した者というのが条件になる。城に魔王軍が攻めてきた時はツェツィーリアはまだ成人していなかったからな』

「未成年? とても十五歳以下には見えなかった……」


 人は十六歳で成人し、一人前になったとみなされる。

 あのお姫様は私と同年代だろうと思っていたのだが、まさか未成年だったとは驚きだ。そしてどう見ても二十代にしかみえないアダルベルト。未成年でこの年の差は大きい。

 ヒナはジト目でアダルベルトを見て、ぼそりと呟く。


「アダル、ロリコンだね」

『……アガスティアの成人は二十歳だ。魔力器官の成長が成人の目安だったからな』


 ヒナの言葉にアダルベルトは眉をしかめる。

 今でこそ世界共通である成人の年齢だが、確かに時代が異なるのだから違っていて不思議はない。

 魔力器官は魔力同様目に見えるものではない。ただ私は魔力が流れれば魔力器官を視ることができる。特殊な力だとは思っていたけれど、これこそがエルフの持つ特殊な力であるらしい。そして魔力器官は身体と共に成長し、二十歳頃に成長を終える。ちなみに成長しきっても、身体のように衰えることはない。老年の戦士は少ないが、老年の魔術師が多く存在するのはそのためだ。


『あの力は魔王に対して切り札になるが、他国にとっても脅威になる。爆発でもすれば国どころか大陸が吹き飛ぶのだからな。その力は極秘とされ、代々王位には性別に関わらず力を受け継ぐ者がついた』


 アダルベルトはふっと息をついてヒナを見た。

 アガスティアが亡国でなければヒナは王子様だったということになる。つまりヒナはアダルベルトとお姫様の直系の子孫ということだ。


『しかしその力は受け継ぐ者が子を生さねば失われるとても不安定なものだ。――だが途切れることなく今もその力を受け継ぐものがいるとはな。これもまた運命か』

「アガスティアなら俺はまだ未成年か。それより魔力が無いのに魔力器官なんてあるの?」

「魔力があるのと魔力器官があるのとは別問題だから。魔力があってもそれを使うための魔力器官が無い人間だっている。そういう場合は魔力があるだけで魔法を扱うことはできないの。ヒナは魔力はないけれど、魔法を扱うための魔力器官はあるんだと思う」


 私の答えにアダルベルトは満足そうに頷き、私とヒナを交互に見ると神妙な顔つきになる。それこそが本題なのだと感じ、私は佇まいを正してアダルベルトの言葉を待った。


『そして重要な点は、魔王は倒されてもその後一定の周期で新たな魔王が現れるというところだ。その周期は誤差はあるが約四百年。俺には正確な時間の流れはわからないが、そろそろじゃないか?』


 アガスティアが滅亡したのが約四百年前。そしてその数年後に魔王が倒されたので周期的にはそろそろだ。誤差を考えれば今すぐ魔王が現れても不思議ではないという。

 アガスティア以前の魔王の記録は僅かしか残ってはいないが、その僅かな記録によれば魔王がこの世界に現れたのは三回。太古にも魔王が存在していたと考えるのが妥当だろう。そもそも人にその歴史が伝わっていないだけで、エルフにその歴史が伝わっていてもおかしくない。


『俺がこの本を遺してから百年ぐらいはちらほら血の封印を解きに来る子孫がいたんだがなぁ……それ以降はぱったりと来なくなって、エルフである子孫は途絶えたのかと思ってたぞ』

「いつからかはわからないけれど、魔道書の存在がきちんと伝えられていないからだと思います。今村では自分たちは選ばれた特別な人間だと教えられているだけですから」


 ついやさぐれたような言い方になってしまい、これぐらいで感情的になっていてはこの先が思いやられると反省する。どんな時も笑顔を絶やさず腹の内を見せないのが私の理想とするできる冒険者だ。

 一方アダルベルトは目を丸くしてぽかんと口を開けたまま固まっている。そしてゆっくりと視線をヒナに移し、ヒナが頷くをの見てがくりと肩を落とした。


『まさか……どこで道を……いっそ滅んだ方がましだったか…………』

「中途半端に隠してたからじゃない? どこかで馬鹿が湧いちゃったんだろうね」

『まぁ……今更悔やんでも仕方がない。その対処はお前たちに任せるとして、最後に自分で施す封印について教えておこう……』


 朗らかに笑うヒナに少しだけ恨めしそうな視線を向けたアダルベルトだったが、気を取り直してぴしりと背筋を伸ばすと私たちを見やる。

 しかしはたと何かに気づき、視線をヒナで止めるとごそごそと懐をさぐりだした。


『魔力が無いのなら自分で封印はできないからな』


 そういってアダルベルトが取り出したのは指輪と耳飾り。その装飾とサイズからお姫様が身に着けていたものとみて間違いないだろう。


『そう、ツェツィーリアの遺品だ』


 私の考えがわかったらしく、アダルベルトは二つの装飾品をその手に包み込みにやりと笑う。そして聞いたことのない呪文を唱えると、包み込むアダルベルトの指の隙間から一瞬強い光が漏れる。

 すぐに強い光は消え、ゆっくりと開かれた手の上で指輪と耳飾りが淡く光を帯びていた。


『魔法を書き換えておいた。これで使用者の意思で封印を施したり解除したりできる。指輪が封印、こちらの耳飾りが解除だ』


 アダルベルトは装飾品をヒナに手渡し簡単に使い方を説明する。使用方法は触れて発動のカギとなる言葉を言うだけというとても簡単なものらしい。

 指輪はヒナには小さすぎて指にはいらないので首から下げていたギルドカードのチェーンに一緒に通して服の下に入れていた。


「アダル、服の上からでも大丈夫?」

『ああ、やってみろ』

「コンコルディア」


 ヒナが服の上から指輪に触れ小さく呟く。その言葉に反応して指輪が一瞬魔力を放ったかと思うとあっという間にヒナは元の姿に戻っていた。

 ヒナは自分の手のひらと甲を交互に眺め、肌の色が戻ったことで自分の姿が戻ったことを確認しているらしい。アダルベルトは問題なく効果を発揮したことで満足げに頷いている。


『では次は子孫その一だな。少々複雑な術式だが、まぁお前なら問題ないだろう』


 そう言ってアダルベルトが教えてくれた術式は少々とは言い難い複雑なものだった。だがエルフとなったからか、その複雑な術式はすんなりと頭に入っていく。一度教えられただけで問題なくその構成を理解し覚えることができた。今まで知らずにずっと身の内にあった封印だったからもあるだろうが、エルフが魔法に優れた種族だというのが一番の要因だと思う。自身で行う封印は簡単に成功し、私も慣れ親しんだ姿へと戻ることができた。

 先ほどアダルベルトが一瞬で魔道具の効果を書き換えたことからも、魔術の技術の高さがうかがえる。比較的新しい部類のはきっとエルフが作ったものなのだと考えれば納得がいく。何故それが失われし遺品(ロストアイテム)となったのかも。


「アダル、消えかけてる?」

『ああ、そのようだな。そもそもこの本は次の魔王が現れるまでしか形を保つことができない作りだ』


 アダルベルトは透けた自身の体を眺め、特に焦った様子もなく淡々と答える。本人にしてみれば最初から分かっていた期限がきたというだけなのだろう。


『まぁ伝えることは伝えたな。あぁそうだ。もしかしたらルーカスも何か遺しているかもしれないぞ。魔道書の生成方法について聞いてきたからな。心当たりがあるなら探してみたらどうだ?』

「そうですね、そうしてみます」

『ならばそろそろ戻るといい。この本が消えるときまでここに留まるのは得策じゃないからな』

「……はい。ありがとうございました」

『ではな。その力を使わずに魔王を討ち倒せることを願っている。ヒナタ、ハル、二人とも頑張ってくれ』


 アダルベルトによって生み出された光に包まれて視界が白に染まりアダルベルトの声が遠くなっていく。声が途切れる間際に微かに聞こえたのは私たちの名前。最後の最後にやっと名前を呼んでくれたのは、理由はわからないがエルフとして、子孫として認めてくれたからだろうか。ヒナを見れば、手を口元に当て笑みを堪えているようだ。

 とりあえずご先祖様、いろいろ説明が足りないところが多すぎますよ、と心の中で呟いておいた。



 本の中から現実世界に戻った私たちを出迎えたのは私たちの帰りを待ちわびていたエリックさんとセイラン。本が消えようとしていることを伝えると、エリックさんは一瞬呆けたようにあんぐりと口を開いて固まっていた。


「今すぐ保守作業に入ります!」


 きりりと表情を引き締めるとエリックさんは、すぐに呪文を唱え石碑の中に本を戻す。懐から何かを取り出すと、手早く石碑を中に魔法陣を描いていく。すぐに魔法陣は完成し、エリックさんがぱんと手を合わせると石碑全体を淡い紫の光が包み込んだ。


「これでしばらくは大丈夫のはずです。ではお約束通り、私たちが戻った後何を見たのか教えてもらえますか? ここであれば他の人に聞かれる心配もほぼありませんし、術が安定するまで見ている必要がありますから」

「ハル、説明は任せるよ。俺そういうの苦手なんだ」

「――はぁ。では説明できるところだけを要約して説明しますね」

「はい」


 私は丸投げしてきたヒナに内心で盛大な溜息をついきつつ、エルフやアガスティアの力についてどこまで説明するべきかと頭を悩ませた。

エセシリアス終了です。

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