25:エルフな勇者とお姫様の秘密
エルフは森の妖精の一種だったとする学説があるが、それは色素が薄く儚げな印象を受けるからなのかもしれない。目の前のヒナや、その奥に佇むアダルベルトの姿を見るとそう思う。
二人の髪は光を受けてきらきらと輝いて、瞳は神秘的な色を秘めている。アダルベルトの瞳の色は私のそれと同じはずなのに、到底同じ色には思えなかった。
「ヒナ、やっぱりエルフだったのね」
「え? 俺もエルフなの?」
「俺も? ……恐ろしく嫌な予感しかしないわ」
ヒナは俺”も”と言ったのだから、ヒナ以外にエルフがいることになる。それはアダルベルトのことだとも受け取れるが、自分の変化に気づいていなかったヒナが何故驚愕の表情を浮かべたのかを考えればそうでないことは間違いないのだろう。
顔の前で広げた自分の手は恐ろしく白く、一房つまんだ髪は本来の亜麻色とは程遠い淡い水色。恐る恐る伸ばした手に触れたのはぴんと伸びた耳。
村の忘れられた真実を知りたかっただけなのに、まさか自分までもが人外宣言されることになるとは思いもしなかった。
「ハルはどちらの姿でも可愛い」
もともと美人さんで、エルフ化して神秘的な美人さんにランクアップしたヒナが頬を染める。色白美肌となったせいで、ほんの僅かな頬の紅潮さえもわかりやすい。
――というか、頬を染めるな。似合うけれど。
『やはり二人ともエルフだったか。しかしそうなると……』
私たちを見て微笑を浮かべたアダルベルトだったが、すぐにその笑顔は消え何やら難しい顔になった。その眉間には深く皺が刻まれている。
じっと見つめる私の視線に気づくと、アダルベルトはふっと微笑み、ぽん、と私の頭の上に見た目からは想像できないほどにがっしりとした手を乗せた。
『子孫その一、お前は俺同様にエルフの中でも特に魔力が強い。真紅の瞳というのは並外れて魔力の高い者にのみ現れる、魔を統べる者が持つとされる色だ。
血の封印があった状態でもその色だったのだからな、人としても魔力が高かっただろう?』
「……一人で冒険者しながら生き延びる程度には」
『それは頼もしいな。――さて、子孫その二だが……少々厄介だ』
アダルベルトは笑みをけし、視線をヒナに移した。視線を向けられたヒナもアダルベルトに向き直る。
アダルベルトはがっしりとヒナの両肩を掴むと真顔でヒナを見つめ、見つめられたヒナからさっとその表情が消えた。見つめ合う二人の美人さん。ただし二人とも男で片方は無表情。シュールだ。
『村にお前以外で魔力を持たない人間はいたか?』
「いや」
「過去にいたという話も聞いたことがないわ」
『そうか。まぁそもそもあの力を持つ者は一世代に一人なのだから当然といえば当然か……』
「あの力? その力とやらを俺が持ってるということ?」
手を離し、腕を組んで考え込むアダルベルト。
ヒナは肩を手ではらうとアダルベルトから離れるように私の隣に立つ。
『アガスティア王家が王家であった理由であり、魔族に狙われた理由でもある力だ』
「もったいぶらないでもらえるかな。魔族が狙う理由なんてたかが知れている」
ぴくりと眉が動いたけれどやはり無表情のままでヒナは鼻を鳴らす。
それは今まで私に見せたことのない表情であり、纏う雰囲気までもが別人のように冷たい。このままあの十年前のようにヒナがいなくなってしまうような気がして、思わずヒナの上着をぎゅっと掴んでいた。
「ヒナ……」
「ごめん、少し嫌なことを思い出しちゃって。それじゃ力について教えてもらえるかな、アダル」
服を掴んでいる私の手を見て一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに柔らかに微笑んで私の手をその手で包み込む。そこでやっと自分が何をしたのかに気づいて慌てて身を引いた。そんな私たちをアダルベルトがにやにやとした笑みを浮かべて眺めている。
『若いな』
「そりゃアダルに比べればね」
『――まぁいい。力についてだが、大方予想はついているだろうがそれは魔を払う力だ』
「まぁそんなとこだろうね。極上の餌っていうのもアリかなとは思ったけど、滅ぼそうとしたんだし」
「つまりアガスティア王家の血筋に受け継がれる魔を払う力をヒナが?」
『そういうことだ。その力を受け継いでいるかどうかは生まれた子供が魔力を持っているかどうかでわかる。正しくはその力を扱えるかどうか、だがな。
――詳しい説明は俺たちが村を出た後どうなったかを見ながらにしよう』
アダルベルトが手をかざすと真っ白な世界に先ほどまで見ていた映像が浮かび上がる。先ほどとの違いはエリックさんとセイランがいないことと、映像の勇者とは別にアダルベルトが隣にいるところだ。
お姫様と勇者が立っているのはアガスティアのお城のあった王都であったはずの場所。
しかし美しかったであろう街並みはその姿を留めておらず、石造りの建物は崩れ木造の家屋は焼け落ちていた。遠目に見えるお城もあちこち崩れ落ちているのがわかる。それはまさしく廃墟だった。
瘴気が溢れるこの場所に、何故勇者は命を狙われるお姫様をつれてきたのだろうか。
『俺一人ではとても魔王を倒すことはできない。だから決断した。ツェツィーリアの力を使うことを』
「魔を払う力をお姫様が持っていた?」
『ああ。その力は代々受け継がれていたが、受け継ぐのは力を持つ者の最初に生まれた子供だけ。そしてその力を扱えるのはその中でも魔力を持たない者だけだ』
「でもそれなら俺がその力を受け継いでいるとは限らないんじゃ? 村を出た人間にその直系がいるかもしれないじゃないか」
『血の封印はエルフ同様にアガスティア王家の血を継ぐ直系も村に残す。そしてエルフに魔力を持たない者が生まれることはない。エルフの血よりも強い、力を受け継ぐアガスティア王家の血でも現れぬ限りは』
つまり村に住む魔力を持たない大人はアガスティア王家の力を受け継ぐ者でしかありえないということ。しかもヒナはエルフだったのだから、村を出るに至る前の人として生まれた子供ということもあり得ない。けれど以前読んだエルフについての文献によれば……
「ちょっとまって、エルフって確か魔力が尽きると死ぬ種族だったはず。じゃあどうしてヒナは――」
『そこのところは俺にもわからない。エルフとアガスティアの力が合わさった、魔力を必要としないまさに新種のエルフだな』
「……新種……」
「うーん。この姿でも魔力はないままみたいだし、変わったのは外見と少し体が軽くなったと感じる程度かな。エルフらしくはないね」
「――つまりヒナはエルフとアガスティアの力による突然変異でトンデモ人間になった、と」
『ほう、やはり特殊なところがあるのだな』
「ええ、かなり」
目を輝かせ、アダルベルトはヒナのどこが特殊なのかと興味深げに聞いてきた。その間にも映像の二人は廃墟と化した街の中を進んでいく。
瘴気は感じるがアダルベルトの様子からみてここで敵に襲われることはないのだろうと、彼の質問に簡単に答えていた。二人の目的地であろうお城から桁違いに強大な瘴気を感じながら。
勇者とお姫様がお城の敷地に足を踏み入れた瞬間、ごうっと瘴気を含んだ強い風が吹き抜ける。アダルベルトは二人の――特にお姫様の後姿をじっと見つめていた。見上げるその横顔はとても切なげで、今にも泣きだしそうにさえ見える。
私と目が合ったヒナは肩をすくめ苦笑を浮かべはしたが、剣を抜きアダルベルトの後方から前を見据えた。私もこれから現れるであろう魔王に備え呪文を唱える。私の魔法で魔王の攻撃が防げるなどとは到底思えないが時間稼ぎにはなるだろう。
『あー、子孫その一。防御は俺がするから問題ない。お前は解放された状態での力のコントロールを覚えるためにも簡単な魔法を使ってみるといい』
「……わかりました」
『そろそろ来るぞ』
アダルベルトの言う通り、自分自身の魔力が上がっているのはわかっていた。ただエルフの体が魔力になじむからなのか、それほど大きな魔力を内包しているという感覚は薄い。
アダルベルトが口早に呪文を唱えると同時に大きな地響きがし、前方に立つ二人を中心に地面がめり込んだ。勇者も目の前のアダルベルトも手を掲げて私の知らない防御魔法を展開させている。陥没したそこで、二人のアダルベルトの防御魔法の内側だけがそれまでと変わらぬ状態で保たれていた。
「あれが魔王?」
『そうだ』
ヒナが空を見上げ呟き、アダルベルトが小さく頷く。
二人の視線の先には空に浮かぶ赤と黒を身に纏う人影。その人影はゆっくりと勇者とお姫様の前に降り立った。
漆黒の髪に真紅の瞳の男、これが魔王。さすが魔王というべきか、その魔力と威圧感は半端なく強い。エルフとなって魔力が上がったとはいえ、私の魔力は魔王の足元にも及ばないだろう。
純粋に、その存在に感じるのは恐怖。魔力の流れが見えるからこそ感じるだけでなく、文字通りその力の違いを見せつけられる。
『さて、ここからは瞬きすらしている暇はない。しっかりと見ていろ』
その言葉に頷き、アダルベルトを挟んでヒナと反対側に立ち三人を見る。
――やはり王家の生き残りがいたか。自分たちからこの場に現れるとはなんと愚かな――
――憂いを絶つためだ。全てを……終わらせてもらう――
――力を使い、この大陸ごと自爆でもしようというのか?――
――まさか。彼女はちゃんと力を扱える――
勇者はお姫様の肩を抱き、剣を抜き魔王にその剣先を突き付けるように構える。お姫様は身に着けた装飾品を次々とはずしていく。
するとふわりと浮きあがって二人を眺めていた魔王がその顔から余裕の笑みを消し、訝しむように眉を僅かに持ち上げた。
――まさか、その娘魔力が……?――
――魔王すら欺けるとは嬉しいね。そう、彼女は魔力を持たない。その意味は分かるな?――
勇者の言葉に魔王が目を見開き怒りを露わにする。
この場に姿を現して数分も経たぬうちに、魔王は余裕を失っていた。それほどまでにアガスティアの力というものが強大なのだろう。しかしこれだけの魔力を持つ魔王が恐れる力を本当に人間が扱えるものだろうか。
――では今その身に感じる微かな魔力は……忌々しい、その魔道具か!――
――ご明察。我が里の工芸品だ――
ふっと笑って勇者は自身に施した封印を解除したようだ。先ほどアダルベルトが見せたものと同じ動作をし、勇者のもつ色が変化していく。
魔王はその変化を阻止すべくその強大な魔力をふるう。しかしその攻撃は勇者がかざした手から生み出された壁に阻まれ勇者まで届くことはなかった。魔王はぎりぎりと歯をかみ締め、握りしめる手にも力が入っている。
勇者の言葉で、お姫様に感じていた違和感の正体が彼女の身に着けている魔道具によるものなのだと理解した。そしてまるでその魔力がお姫様のものであるかのように力を放つそれは、恐らくこのお姫様のためだけに作られた特別なものなのだと。
――アダルベルト……――
――ああ、ツェツィーリア。俺もすぐに――
潤む瞳で勇者を見つめるお姫様に勇者が触れるだけの口づけを落とす。二人はお互いに柔らかい微笑を向けると、魔王へと向き直った。
お姫様が胸の前で手を組んだ、その瞬間。お姫様にまばゆい光が降り注ぎ、勢いを増す光の洪水に二人の姿が飲み込まれた。
ますます余裕を無くした魔王は激しく攻撃を加えるが、そのすべては光の波にかき消される。流れ落ちる光が収まると二人を包む光はぎゅっと圧縮されたように球体になり、次の瞬間一気に弾けた。
「……光の、剣?」
光が消えた後にその場に立っていたのは神々しい光を放つ剣を手にした勇者のみ。剣を持つ反対の手にはお姫様が身に着けていた魔法具である装飾品。それらをぎゅっと握りしめ、勇者は魔王と対峙する。
――さぁ、終わりの時だ――
――小賢しい、終わるのは貴様のほうだ!――
勇者が跳躍し、魔王が勇者に向かって一気に降下する。
勇者は光の剣をふるい、魔王はその手から長く伸びた爪をふるう。固いものがぶつかり合う音が数回響いたところでその決着がついた。
鈍い音と共に何かがこちらに飛ばされてきたが、それをヒナが剣で叩き落とす。軌道を変えたそれは地面に突き刺さったのは不自然なほどに真っ赤な魔王の爪。あの音は勇者が魔王の爪を叩き折った音だったようだ。
「アダル、お姫様は……」
『光を放つあの剣がツェツィーリアだ。アガスティア王家の血は、短時間だが神の力をその身に降ろすことができる。それぞれが望む武器の姿となって』
表情もなく、淡々とした調子で告げるアダルベルト。
爪を折られた魔王は次いで振るわれた剣により片腕を失い、血を流してその場に膝をつく。魔王を見下ろす勇者は、アダルベルトと同じ無表情だった。
無表情のまま勇者は剣を振り下ろす。魔法の一切通じない相手に、片腕を失った魔王は大した抵抗をすることもできず耳障りな断末魔を上げ塵となり消滅した。
魔王が消滅したと同時に勇者の手にした剣もゆらりとその形を揺らし、溶けるように消えてしまった。もちろんお姫様の姿はどこにもない。
――少しの間お別れだ、ツェツィーリア。俺も後始末をしたらすぐに……――
パラパラと崩れ落ちていく景色の中、勇者の呟く声だけが聞こえた。




