24:血の封印
しぶしぶとだが先に戻ることを了承したエリックさんとセイラン。
了承はしたが納得はしていないようで、エリックさんはハンカチを握りしめ、セイランは睨むような視線を騎士に向けている。
「ううっ、それではお先に外でお待ちしていますね」
「いいかマスター、何かあったらヒナタなりその男なりを盾にするんだぞ!」
「はいはい、大丈夫だから。心配しないでエリックさんと仲良く待っててね」
「大丈夫だよ、セイラン。ハルは俺が守るからお前は外でのんびり待っていて」
私に詰め寄ったセイランの頭を後ろから伸びてきた手が押し返す。私の肩越しに覗き込むようにヒナが告げると、セイランの頬に朱ががさした。
「――っ、ふざけんなあぁぁっ!」
『そろそろ送る。二人から離れてくれ』
少々疲れた面持で騎士が告げる。
ぐい、とヒナに腕を引かれてセイランとの距離が開いた瞬間、セイランとエリックさんの周りを旋風が吹き上げる。
風がおさまった時、すでにそこに二人の姿はなかった。
「これで二人きりだね、ハル」
右手は私の左腕を掴んだまま、左手を私の腰にまわして満面の笑みでヒナが踊るようにくるりと回る。そしてこつん、とおでこにヒナのそれがあてられた。
『あー、子孫その二。俺がいることを忘れていないか?』
「俺は魔力がないので見えませんよ、っと」
「嘘をつけ。見えてるし聞こえてるでしょ」
騎士を振り返ることなく私を覗き込むヒナの笑顔が胡散臭く見えるのは気のせいではないだろう。
確かにヒナは魔力がないので魔力の塊の状態である騎士は見えないだろうが、セイランが実体化すれば見えるように今目の前にいる騎士も実体化しているのだから見えないわけがないのだ。
『魔力がない……?』
ふるふると体を震わせる騎士の表情から読み取れる感情は驚愕。
確かにあの村では珍しいかもしれないが、世の中に魔力のない人間はごまんといる。取り立てて驚くようなことでもない。
だがヒナが蔑まれていたのも魔力がないからで、あの村の中ではかなり珍しいのは確かだ。魔力がない人間が生まれた記録がヒナ以外にないほどに。
「えっと……騎士様? 勇者様?」
『アダルベルトでいい』
何と呼ぶべきかと戸惑う私に騎士は名前で呼べばいいのだと言うが、さすがに伝説の勇者様なのでそれはそれで気が引ける。だが本人がいいと言っているのだからいいのかと自己完結していると、騎士に向き直ったヒナが私を腕に閉じ込めたままにっこりと微笑んだ。
「じゃあアダルで」
『子孫その二……いや、まぁそれで構わないのだが……』
「俺はヒナタだよ。この子が俺のお嫁さんのハル」
「まだお嫁さんじゃないっ、ゲイル・ガッシュ!」
「照れなくてもいいのに」
騎士――もとい、アダルベルトは呆れた様子で溜息をつき、私はヒナから距離を取ろうと魔力を解放した。
解放された魔力は風となり、私の足元から渦を巻いて吹き上がる。ヒナはやれやれといった様子でひょいと軽く後ろに飛びのいてその風をやり過ごし、ヒナの腕から無事解放された私はゆっくりと息をついた。
『子孫その一、ハル、といったか?』
「はい」
『どの程度視える?』
「……集中すれば術式が浮かんで見える程度には」
『他の子孫も同じぐらい視えているのか?』
「村では……あ、始祖・ルーカスが開いた村ですが、他の人間はぼんやり見える者や感じる程度の者など様々ですが私ほど視える人間はいなかったはずです」
『では血の封印は有効なのだな。ん? そうか、お前は本当は真紅の瞳なのだな』
私の答えにアダルベルトは顎に手を添え満足そうに頷く。
血の封印という言葉は初耳だが、その言葉を聞いた時、どくり、と心臓が跳ねた。ヒナも同じだったようで、胸に手を当てて首を傾げている。
そして村を出てからずっと隠していた本当の瞳の色もじっと見ただけで気づかれてしまったらしい。髪も瞳も色々な色を持つ人はいるが、赤い髪の人間は存在しても何故だか赤い瞳を持つ人間はいない。
気づかれると何かと面倒なので魔法で瞳の色を変えているのだ。だからこそブレスレットを買うときの条件にも赤以外の色が指定されていたのだろう。
『どうして俺がお前たちが子孫なのだとわかったのか。その理由がわかるか?』
「俺たちがそう言ったから、ってわけじゃないか」
「魔力――も違うわね。ヒナに魔力はないし」
「……じゃあ血の封印っていうのが関係あるのかな」
「ルーカスの、つまりはアガスティア王家の血を隠してるとかだと思うけれど、それが私たちを子孫だと認識した理由とは違う気がする」
『馬鹿ではないようで安心した』
私たちの短いやり取りに、アダルベルトはくっと口角を持ち上げ微笑んだ。
馬鹿にされているような気がしないでもないのだが、その問いに正解したわけではない。
血の封印についても予想はつくが、それが正解であるとも言っていない。私は説明を求めるようにアダルベルトを見つめ、次の言葉を待った。
『血の封印の目的は想像通り、アガスティア王家の血を魔物から隠蔽するものだ。家にあった封印を血にかけ、封印が説かれぬ限りはその子供も生まれながらにして封印が施されるようになっている』
「呪いに聞こえます」
『まぁ分類すれば呪いだ。封印によって力もその姿すらも封じられる。ルーカスにその術を施し、もちろんルーカスも知っている。ちなみに俺は自分でその術を使っているのであって血の封印は施していない』
つまり血の封印というのは代々受け継がれる血に施された呪いであり、力や姿を封じるそれが魔物から狙われるのを防いでいるということになる。
アガスティア王家の血が魔物に狙われる理由や、力と姿を封じらなくてはいけないほどの理由とは何なのだろうか。
『アガスティア王家の血には代償と引き換えに魔を滅ぼす力がある。それは後で見せるとして、まずは血の封印で封じられた力と姿について説明しよう』
アダルベルトに無言促され、彼から少し距離をとる。
ヒナの隣まで下がったところでアダルベルトが頷いたのでそこで足を止めた。
『説明するより見せた方が早いからな』
アダルベルトが目を伏せると、風もないのにアダルベルトの髪が揺れる。それは魔力を放出するときの現象に似ているが、それとは違いごく自然な緩やかなもの。それなのに何故か肌がピリピリと痺れるように何かに反応している。
最初の変化はゆらゆらと揺れるアダルベルトの髪だった。
すっと色が流れ込むように髪の色が黒から翡翠色に変わり短かった髪は背中に届くほどに長くなり、日に焼けた肌は透き通るような白い肌に。ゆっくりと開かれた瞳は真紅から榛色へと全体的に色素が薄くなっている。なにより特徴的なのはその耳。普通の丸い耳が、今は長く尖ったものへと変化していた。
その姿はまるで――
「……エルフ?」
『そう、俺はエルフ唯一の生き残り。血の封印はアガスティアの血と俺のエルフの血の両方を封じ、守るためのものだ』
「でも、異種族どうしの子供は……」
『あの短期間の間にルーカスが生まれたのは奇跡に近い。そしてそれもまた運命なのかもしれないな』
アダルベルトが奇跡という理由は、父母の種族が違う場合子供ができる率はかなり低く、子供ができないこともざらにあるからだ。
ちなみに生まれてくる子供は親のどちらかの種族となる。人とエルフの場合半分が人で半分がエルフといった子供が生まれることはなく、人であるかエルフであるかのどちらかでしかない。多少の特徴を受け継ぐこともあるらしいが、種族ははっきりとわかれている。
『少し長くなるが……』
アダルベルトがパチンと指を鳴らすと一瞬周囲がぶれ、私たちは見覚えのある室内に立っていた。
それはあの村でアダルベルトが住んでいた家で、窓から見える景色は真っ白のままなのでこの部屋がこの場に現れたということらしい。
手近な椅子に座り、私たちはアダルベルトからエルフについての説明を受けた。
――本気で話が長かったので要約すると、血の封印の効果はエルフの力と姿を封じる以外に二人の力を受け継がなかった者が村を出て普通の生活を送るように促す効果もあるということだった。
しかも村の存在は極秘なので他言することのないような暗示も含まれているという立派な呪いっぷり。だからこそ極少数とはいえ村を出た人間がいるのに世間に村の存在が知られていないのだろう。
そして異種族間では子供ができる率は低いがエルフ同士なら子供は普通に生まれる。もちろん生まれる子供もエルフだ。今でこそ村への人の出入りは減っているが、村ができた当初はそれなりに出ていく人間が多かったらしい。
エルフであったルーカスが結婚したのは人間の娘だったのだから当然だろう。人間と結婚したエルフは子供が生まれた際に子供がエルフだった場合は村に戻り、人間であった場合は村に帰ることなくそのまま外の世界で暮らしたらしい。
こうして村に住むエルフは数を増やしていってが、同時に本来は村長のみに伝えられていた真実が歪んでしまったようだ。
村の現状を伝えた際にアダルベルトは酷く嘆いてはいたが、薄々村の変化は感じてはいたらしい。
そして一番気になる点。
私とヒナは村を出ているが、それは人だからなのだろうか。ヒナは自分の意思で村を出たわけではないのでヒナだけがエルフということもあり得る。魔力はともかくヒナの身体能力は人とは思えないから。
私と目が合ったアダルベルトは、私の考えがわかったのかゆるりと口角を持ち上げた。
『ハル、ヒナタ。お前たちの種族だが……』
アダルベルトは再び目を伏せ、何かを呟いた。
その言葉を聞き取ることはできなかったが、パチパチと何かが耳元で弾け先ほど感じたひピリピリとした痺れが体を駆け巡る。
座っていることができにず立ち上がり、その感覚をやり過ごそうと自身を抱きしめていた私の腕を、同じように立ち上がったヒナの手が掴む。ヒナも私と同じ感覚を感じているようで、片手は耳元を抑えて形のよい眉が寄せられている。
そして弾ける音は次第に激しさを増し、バチンと大きな音がしたかと思うと視界に光が溢れた。
強い光で奪われた視力が次第に戻ってくる。
まず視界に捉えたのは、伸ばされた見慣れない白い腕だった。
ゆっくりとその腕を辿っていくと、緩やかに揺れる蜂蜜色の髪から覗く天鵞絨の瞳と目が合う。その瞳が驚いたように見開かれ、ピンと伸びた耳がぴくりと揺れた。
アダルベルトと同じく全体的に色素が薄くなっってはいるが、間違いなくここ数日間ですっかり見慣れたヒナの顔。
――やはり、ヒナはエルフ。
驚いた反面、その事実に妙に納得している自分がいた。




