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23:始祖・ルーカス

 騎士はとてもラフな服装をしているが、きっちりと帯剣していたり魔道具を身に着けていたりと鎧を着ていないだけでやる気満々といったいでたち。

 一方お姫様はゆったりとした腹部を圧迫しないデザインのワンピースに、シンプルだが多くの装飾品を身に着けている。彼女の身に着けている装飾品はすべて魔道具であり、騎士のそれより数が多い。やはりこの時点においても二人は魔族に狙われているのだろう。


 二人が家の中へと入ると同時に私たちの周りの景色が室内へと変化する。そして開かれた扉からは先ほど家に入ったはずの二人が入ってきた。


「これは……」


 室内を見回したエリックさんが感嘆の溜息をもらす。彼の視線は部屋のそれぞれの角に設置されている魔道具のひとつに向けられている。

 その水晶が埋め込まれた円盤状の魔道具に私は見覚えがあった。恐らく効果も似たような物だろう。


「恐らく魔族にお姫様の存在を察知されるのを防ぐための物……ですね。似たようなものを見たことがあります」

「持ち帰って詳しく調べられたらどれだけ――って、似たような物って何ですか!?」

「それはまた現実世界に戻ってから教えますから」

「絶対ですよ!」


 今は背景はほとんど変化がなく、目の前の騎士とお姫様だけが現れては消えていくということを繰り返していた。時間の流れの一部だけを再現されているらしい。

 繰り返されるたびにお姫様のお腹の膨らみは増し、体は丸みを帯びていく。お腹の子は順調に育っているようだ。


「俺たちのご先祖様はこの二人の子供ってことかな?」

「多分ね」

「最後まで見れば自ずとわかることだろう」

「それもそうだな」


 首を傾げるヒナにセイランが相変わらずの口調で答えるが、その様子はいつになく真剣に感じられた。とはいえ、セイランと過ごした時間は知れているので気のせいかもしれないが。


 ――ツェツィーリア!――

 ――大丈夫よ、アダルベルト。クスおばさんを呼んできてくれる?――

 ――わかった!――


 それまで穏やかに流れていた場面が急に緊迫したものに変わる。

 お姫様は表情こそ笑顔だが、その額にはじんわりと汗が滲んでいる。どうやら出産の場面が近づいているらしい。

 騎士は外へと飛び出していき、お姫様はお腹をさすりながら荒い息を整える。

 するとすぐにばたんと扉が開かれ、体格の良いおばちゃんをお姫様抱っこした騎士が駆け込んできた。


「斬新な登場ですね」

「実際おばさんが走るより勇者が抱えて走ったほうが早かったというだけだろうけどね」


 抱えられたおばさんはすこし頬を赤らめながら「よっこらしょ」という掛け声で騎士の腕から降りてお姫様の様子を見る。


 ――久しぶりに乙女の気分を味あわせてくれてありがとうね。それじゃ準備もあるから男は外に出てておくれ――


 おばさんはにかっと笑うと有無を言わせず騎士を家の外へと追いやった。それと同時に私たちの周りの景色も変化し、再び家の外の景色となる。

 ……さすがに出産の瞬間に立ち会うことはないようで少し安心した。さすがに本の中に記録された事とはいえ、ヒナやエリックさんが立ち会うのはお姫様に悪いだろう。


「こういう時、役に立てる男は少ないんでしょうね。それが勇者であっても」


 ふむ、とエリックさんが腕を組み呟く。

 目の前で落ち着きなくウロウロする騎士を眺めつつ、私はその言葉に頷いた。


「この本の作者はこの勇者か今生まれてこようとしている子供か……ハルさんはどちらだと思いますか?」

「恐らく勇者だと思います」

「何故?」

「あのお姫様はこの魔道書を作れるほど魔力がありませんし、お腹の子が作ったのならば生まれる前の出来事をここまで詳細に記せるとは思えません。

 ……ところで、エリックさんはあの勇者の魔力に何か違和感を感じませんか?」

「違和感ですか……残念ですが僕にはわかりませんね」

「あの魔道具のどれかの影響だとは思うんですが、魔力が揺らいで視えるというか……とにかく違和感があるんです。揺らいでいるのはお姫様もですけど、彼女とはまた違った違和感で」

「私は視ることができませんからその辺はわかりませんが、ハルさんがそう言うのならばそうなのでしょうね」


 所詮私の感覚での話に過ぎないのだが、エリックさんはそれで十分納得したらしい。

 エリックさんはその違和感の正体を探るべく、騎士が身に着けている魔道具を観察しだした。

 ウロウロする騎士の周りをちょろちょろと動き回りながら魔道具を観察する姿からは彼が王立図書館の館長であるとは到底考えられないほどの不審者っぷりだ。私たち以外の人間はいないので問題はないので放置するが。


 そして空に赤いカーテンがかかるようにあっという間に空は茜色に染まり、家の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。すると騎士はバンバンと扉を叩き、声をかける。


 ――ツィツェーリア! お疲れ様、君は大丈夫かい!?――

 ――静かにおし! まだやることはあるんだ、もう少し静かに待ってておくれ――


 一瞬扉が開かれておばさんが顔を覗かせたが、騎士を一喝するとばたんと扉を閉めた。目の前で扉を閉められた騎士はわかりやすく落胆し、家の前にあった石に座って溜息をつく。


 しばらくして騎士が呼ばれて家の中に入っていったが、今回は場面転換はなさそうなのでその後について家の中へと入った。

 さすがに疲労の色は濃いが元気そうなお姫様の隣には赤ん坊が寝かされている。その姿を目にした途端、やたらと色素の薄い騎士の頬が薔薇色に染まった。沈み切っていた表情も光がさしたかのように輝いている。

 真剣な表情や笑顔などを見ればとても美形なのに、先ほどまでのあの姿を目撃してしまっているので魅力半減で残念すぎますよ、ご先祖様。


 ――元気な男の子だよ。名前は決めてるのかい?――

 ――ええ――


 おばさんに促されるままに騎士が危なっかしい手つきで赤ん坊を抱き上げ、お姫様と騎士は顔を見合わせにっこりと微笑む。おばさんの問いにお姫様が柔らかい笑みを浮かべて答えた。


 ――この子はルーカス。私たちの希望の光だから――


 ルーカス、それは私たちの村を創設した人物の名前で光を意味する。

 お伽噺では語られていないが、やはり私たちの祖先は勇者とアガスティアのお姫様で間違いないようだ。


「この子があの村を作るのか」


 ヒナが赤ん坊をまじまじと覗き込み、セイランは重力を無視して浮き上がり覗き込む。特に特殊な動作をしたわけでもないが、セイランは精霊なのでこの程度は息をするのも同然のようだ。ちなみに私も空を飛ぶ魔法は扱えるが、飛んでいる間は持続して魔力を食うのであまり長時間使用することできはない。


 再び世界がばらばらと崩れ落ちて、再び違う景色へと変わる。

 雪が降り積もる中、勇者と一歳ぐらいになった子供を抱いたお姫様がどこかの家の前に立っていた。

 勇者が扉をノックすると、中から先ほど出産の場面で見たばかりのおばさんが顔を出す。先ほど見たときはあれほど笑顔だったというのに、今は顔色が優れないようだ。


 ――クスおばさん、この子のことを、よろしくお願いします――

 ――本当に……行くのかい? 別にお前さんたちじゃなくてもいいじゃないか――

 ――いいえ。私たちじゃないと無理なんです……――


 おばさんの言葉にお姫様が困ったように眉を下げて微笑みながら首を左右に振る。微かに震えるその肩を、勇者が片手で抱き寄せてにっこりと微笑んだ。


 ――俺たちはこの子の未来の為に行くんです。決して世界を救おうだとかそういった大層な理由じゃないんですよ。理由は言えませんが、この子は存在を魔族に気づかれれば命を狙われてしまう。だからその憂いを絶ちに行くだけです。俺たちにはそれを成す力もある――

 ――……わかったよ。この子の事は心配しないで行っておいで。必ず……帰ってくるんだよ――


 二人はおばさんの言葉に頷くと、おばさんの腕に抱かれた子供の頬にキスを落した。二人は一度だけ振り返り、そのまま村の外へと向かう。

 私たちは二人の後を追いかけたのだが、途中に見えない壁があって村の外に出ることはできず、場面が変わるまで二人の後姿を眺めていた。




「……何してるんですか、エリックさん」

「本の風通しを良くする準備ですよー」

「それならばそこはこうするべきだな」


 真っ白な空間で、懐から自作らしい魔道具を取り出したエリックさんが満面の笑顔で答えるがこめかみがぴくぴくと引き攣っている。そしてエリックさんの行動を理解したセイランが余計なアドバイスをしていた。


『――とりあえず、落ち着いてくれないか?』


 私たちの前で困ったように頬をかきつつエリックさんを宥めようとしているのは先ほどまではこちらが一方的に眺めるだけの相手であった後の勇者であるアガスティアの騎士その人だ。


 騎士とお姫様が村を出た後、一陣の風が吹き抜けたかと思うと私たちは無という言葉がしっくるとくる、何もないただ白だけが広がる空間に立っていた。それまでの場面の転換との違いに驚く私たちの前で、ゆらりと空気が揺らいだかと思うと目の前あの騎士が立っていたのだ。

 そして突然現れたその騎士が開口一番に告げたのが『そこの子孫の二人以外にこの先を見せるわけにはいかない』だった。


「どうして僕だけ除け者にされるんですかっ」

「エリック、あとで教えるから諦めろ。こういうのは制約が厳しいのはお前が一番わかっているだろ」

「しかし……」

『悪いが君もだよ、精霊君』


 さらりと告げられた言葉にセイランはぽかんと口を開け、次いで信じられないとばかりに目を見開いた。


「はぁ!? 俺はハルの守護精霊だぞ!」

『――繋がりはそのブレスレットか。その構成を破壊して繋がりを消し去ってもいいんだけれど……君は望んで一緒にいるようだね?』

「もちろんだ」

『なら繋がりは残しておきたいだろう? 素直に俺の指示に従ってくれないのならば繋がりを消し、力でもって君たちを現実世界に戻すことになる』


 騎士は慌てるでもなく腕を組み、顎に手をあてて二人に脅しをかける。

 今目の前で話をしているのは騎士の残留思念であるはずだが、恐ろしく純粋な魔力の塊であり、この騎士の残留思念こそがこの魔道書の核であると考えて間違いないだろう。

 その魔力は精霊であるセイランを凌ぐほど。つまり精霊王を凌ぐほどの魔力を秘めた残留思念ということだ。


「この後は魔王が出てくるんじゃないのか? それ以外でもマスターに危害が及ぶ場面があるのだろう?」

『それは大丈夫だ。――理由は言えないが』

「わかりました。せめて一矢報いるために自分で風穴を開けて外に出ます」


 懐から白いハンカチを取り出しむせび泣くエリックさんの目が完全に据わっている。まずいことに、あれは本気の目だ。


「エリックさん、勇者はともかく本に残る私たちが危ないのでやめてください」

「はっ、そうでした。取り乱してしまいすいません。本当はこの目で見たかったのですが……内容は外に戻ったら教えてくださいね。それなら問題ないでしょうし」

『はは……子孫は手厳しいな……それ以前に、この時代は儀式もなく魔道書に穴を開けるのが可能なのか……?』


 エリックさんは私の言葉にしょんぼりと肩を落とし、恨めしそうに騎士を見る。

 その視線に騎士は乾いた笑いを浮かべ呟いたが、その小さな声は私たちに届かずに消えていった。

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