22:アガスティアのお姫様
四百年の遥か昔、今よりずっと魔族の脅威が身近であった時代。
魔族に対抗できる力ある者は少なく、力のないものは魔族に出会えば死を覚悟し、日増しに増加する魔族による被害に人々は恐怖していた。
ある時、突如現れた大量の魔族はただ一人の魔族に従いエルフの村々を襲った。それまで魔族は個々に現れては人を襲う存在であったというのに。
エルフの数は多くはなかったが、人よりずっと魔力が高い種族で戦う力も高い。そのエルフも統率のとれた魔族の群れには敵わず、あっという間に滅亡へと追いやられてしまったのだ。
森が燃え、空が赤く染まり人は何かが起きたことを感じてはいたが、本来人も獣人もエルフも種族間の交流はほぼ皆無。人がその事実を知った時には魔族の群れがとある城に向かっているのが目撃された時だった。
――憂いは現実となり、魔王が現れたのだ。
「伝承……というか世間に伝わるお伽噺だと、魔王軍がアガスティアの城を襲ってお姫様が後に勇者と呼ばれる愛した騎士を庇って命を落とす……のよね」
「そういうことになってますね、一応」
「確か一旦身を引いた勇者は力をつけて魔王を討ち倒すって話?」
「はい。魔王を倒した勇者も力を使い果たし、愛する姫の倒れた同じ場所で倒れてしまう、というものですね」
それは知らない人などいないのではないかというぐらい有名な勇者のお伽噺。
その後の百年に及ぶ暗黒の時代とは知能の高い魔王の腹心らしき魔族の残党による脅威が続いた時代であり、人間と獣人が協力して今へと続く平和を勝ち取ったのだという。
お伽噺はお姫様と勇者の功績を称え、皆が協力することについての大切さを説いて締めくくられている。
「お伽噺には続きがあって、勇者には結ばれた人がいて子供もいたの」
アガスティアが滅亡し勇者が魔王を倒した後、アガスティアの王家の血筋が途絶えたこともあり勇者の信頼の厚い人物により建国されたアストリア。アガスティアをその領地内に含むので当然アガスティア城のあった場所、つまり姫と勇者の倒れた場所もアストリアの中にあり、その場所は現代に伝わっていないのだがそれは意図的なものによる。
「不思議だったんですよ。アガスティア城のあった場所を調べて色々な本を読み漁ったんです。
城があった場所は現在は魔の森と呼ばれる森の中心で、村があるらしいということまではわかったのですが、森に関する情報が不自然なまでに皆無。調べていくうちにもしかしたら、とは思っていたのですが」
「多分エリックさんが考えているとおり、お城のあった場所に勇者の子供によって作られた村――それが私とヒナの故郷の村。代々魔王の封印と魔道書を守っているということになっていて、その使命のために村の存在自体が隠されている、と伝えられています」
けれど私は村に伝わる勇者のお伽噺の続きとされるものも、正しいものではないと考えている。
そのお伽噺の中で、私たちの村は勇者が最後の力を振り絞り作り上げた深淵の魔道書と魔王の封印を守る特別な村であり、村人は勇者の血を引く選ばれた人間だということが強調されていた。
それなのにいつの時にか村からは深淵の魔道書が失われていて、その魔道書を読めばお伽噺の真実を知ることができるかもしれないと思ったのが私が冒険者となるきっかけとなったのだ。
「これから魔王軍がきて、このお姫様がその騎士を庇って……?」
「そう伝わってはいますね」
「……でもおかしいのよね。エルフすら滅ぼした魔王軍を、いくら力を付けたとはいえただ一人の人間がどうこうしたっていうところが」
横目でお姫様と騎士を見れば、人目がないからか騎士がお姫様を抱きしめていた。禍々しい気配に空を見上げれば蠢く黒が広がっており、それが魔王軍であるとわかる。
つぅ、とお姫様の目から涙が流れ落ち、それを騎士が指で拭う。そしてそれまで雑音のようにしか聞こえていなかった音の中に、はっきりとした声が聞こえた。
――泣かないでください、ツェツィーリア。これは王命でもあるのです――
――けれど、お父様や城の者たちを見捨てて私だけが逃げるなどできません!――
――貴方が皆の希望なのです。どうか御聞き分けください――
――アダルベルト……それは、できません……――
ツェツィーリア、それがお姫様の名前。アダルベルトは勇者の名前なのでこの騎士が後の勇者となるのだろう。やはり目の前で展開されているいるのは勇者の物語で間違いないようだ。
騎士は抱きしめていた両手をお姫様の肩に添え、お姫様が騎士を見上げる。一瞬騎士は悲しそうな顔をして――お姫様の鳩尾に一発入れた。
「えぇえ!?」
「おやおや、お姫様を担いで逃げましたね」
騎士は気を失い崩れ落ちたお姫様を抱き上げ駆け出した。景色も騎士が走る速度に合わせて流れていく。私たちは動いていないので少々不思議な感覚だ。
騎士はお姫様を抱きかかえたまま入り組んだ城の中を走り抜け、庭園のはずれへと移動していた。
「来た」
色とりどりの花が咲き誇るその場所に、ヒナが呟くのと同時に二人に大きな影が伸びる。
――くっ、追いつかれたか……!――
騎士はその場にお姫様を横たえ剣を構えた。
ちょっと想像していたものとは違うようだが、お伽噺の通りであればここでお姫様が勇者を庇い命を落とすことになるはずだ。
私とエリックさんも呪文を唱え、いつでも魔法を発動できるように身構える。ヒナは特に身構えることもなく、黒い影を作った主を見つめていた。
――その娘、アガスティア王家の者だな?――
牛のような姿をした二本足で立つその魔族は、騎士の後ろのお姫様を一瞥して手をかざす。その手に集まっていく禍々しい魔力に魔族が騎士の返答を待つ気などないことは明らかだ。
そして次の瞬間、魔族の手から発せられた魔力は黒い刃となり騎士へと襲い掛かった。もちろんその脅威は隣にたつ私たちへも襲い掛かる。
「ウィン・シールド!」
「エア・ブラスト!」
エリックさんが私たちの周囲に風の結界を張り巡らせる。同時に私が放ったのは風の刃を放つ魔法。これで衝撃を相殺とまではいかなくとも軽減させしようとしたのだ。
やはり魔族の攻撃を無効かすることはできず、多少威力が弱くなった黒い刃が風の結界に襲い掛かる。
騎士が剣を振り払うのが見えたが、魔族の放った魔法が巻き上げた土埃で視界が遮られてしまった。それよりも今は自分たちの身を守る方が先決である。
「くっ!」
「ウィン・シールド!」
すぐに私も同じ魔法を重ねがけして結界の強化を試みる。しかし相手はさすがに魔族だけあって結界で防ぎきることは不可能のようだ。
ピシピシと結界にヒビが入り、長くは持たないことは明白でどうしたものかと考えを巡らせる。その思案の最中、結界が内側から破壊された。ヒナが剣を一閃させて衝撃波を生み出し、私たちの結界共々魔族の攻撃を打ち消したのだ。
まさか内側から結界を壊されるなどとは思わなかったし、多少威力は落ちていたとはいえ、剣の一振りでだけで魔族の攻撃を相殺するとは思いもしなかった。
「どこまでトンデモ人間なのよ」
「んー。でもあの騎士も、ね」
ヒナの言葉で視線を向けると、騎士は土埃の収まり切らぬ中先ほどと変わらぬ状態でその場に立っていた。もちろん後ろのお姫様もまだ気を失ってはいるままだが無事のようだ。
騎士の手にする剣は魔力を帯び、その力で先ほどの魔族の攻撃を打ち消したのだとわかる。すでに魔族の姿もなく、騎士の剣の一振りで倒したか逃げられたのかはわからない。だが、どちらにせよこの騎士がただの騎士でないことだけは間違いない。
騎士が再びお姫様を抱き上げ何か呪文を唱えると、花壇の脇のオーナメントが光を放ち騎士とお姫様がその場から姿を消した。
「このオーナメントが転移魔法の媒体となっているようですね。これほど小さなものだとは……やはりこういった技術は過去の方が優れていますね。実に興味深い……」
エリックさんは魔道具であるオーナメントに興味津々といった様子で色々な角度から覗き込んで確認している。その魔力による構成を視てみたが、複雑かつ繊細でとても再現できるような物ではなかった。
「ハル、ブレスレットが光ってる」
「あー、セイランが出てきたいみたい」
本人が出てきたいというのだから恐らく出ても特に問題ないだろう。セイランが出てくるようにと念じて腕を伸ばすと、ブレスレットの上にふわりと毛玉が現れた。空中でくるりと一回転して着地すると同時に、セイランは少年の姿へと変化する。
「相変わらずの魔道具馬鹿っぷりだな」
「……一応聞いてみるけれど、知り合い?」
「ソレの作者だ」
セイランはブレスレットを一瞥すると、腕を組みジト目でエリックさんを眺める。エリックさんはセイランに気づくことなく真剣な眼差しでオーナメントにペタペタと触っていた。
確かにエリックさんならばこのブレスレットを作ることができるだろうし、セイランの出したであろう条件に私が当てはまることも気づいていただろう。何より図ったかのように護符を収納するのにちょうどよい部分があったことにも納得がいく。――間違いなく図られたのだろうけれど。
騎士たちが姿を消した後、遠くに見えていた空を覆う黒い影が城の上空へと到達し一斉に魔力を放つ。
エリックさんは未だオーナメントに夢中で、呪文を唱えながらもさすがにこれはまずいんじゃないかと冷や汗を流したその瞬間。魔族の放った魔力がこちらへと到達する前に再び景色がばらばらと崩れ落ちた。
あの魔族の群れ――魔王軍によってアガスティア城が陥落し、後の国の滅亡へと繋がるのは間違いないだろう。ただ、お姫様は騎士を庇って倒れることはなく、伝わっている話と真実では様相が異なるようだ。
「魔術自体は研究が進んで廃れた面もありますが全体でみれば進歩しているというのに……何故こういう魔道具は……」
「エリックさん、場面変わりましたから帰ってきてください」
どこか遠いところへ行ってしまいそうなエリックさんを呼び戻し現状を確認する。
それまでとは打って変って魔族の脅威が感じられないほどにのどかな村。その一角に建つ小さな家の前に私たちは立っていた。
「はっ! 失礼しました。おや、あの時の……お久しぶりですね。いつ湧いて出たんですか?」
「……悪意を感じる言い方だが……まぁブレスレットを作ってくれたことはやその後の事、感謝している」
「いえいえ、良い経験になりました」
正気に戻ったエリックさんがやっとセイランの存在に気づき、湧いて出た扱いをされたセイランはこめかみを引き攣らせつつも笑顔で答えている。
二人がそんなやり取りをしている間に服装は違うが勇者となるはずの騎士が家の前へ立っていた。
――ただいま、ツェツィーリア――
――お帰りなさい、アダルベルト――
穏やかな笑顔で騎士を迎えたのはお城で倒れるはずであったアガスティアのお姫様。そのお腹はふっくらと丸みを帯びていた。
「勇者が結ばれたのは……お姫様?」
「そのようですね」
一見幸せそう見える二人だが、その笑顔には陰がある。それはこの時点では滅んでいるであろうアガスティアと魔王が原因なのだろう。
それよりも、私は何故お伽噺ではこのことが隠されているのかが気になっていた。




