20:王立図書館のその奥で
「んーっ、いい朝っ」
ぐっとベッドの上で伸びをして、窓を開ける。今日は念願であった図書館で例の本の閲覧が出来る日。
すっかり魔力も回復し、体調は万全。はやる心を抑え、手早く準備を済ませて部屋を出る。もちろん図書館へと向かうためだ。
朝食を取る時間さえも惜しいが後のことを考えると朝食は取るべきだろう。空腹で思考が働かなくなっては元も子もないのだから。
「おはよう、ハル」
「ぐっ……離せコラ!」
扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべながら人間離れした美貌を持つ少年の頭を押さえつけるやはり美形という、朝から目にするには眩しい二人組みが立っていた。
「……あー、おはよう」
あまりにも爽やかな朝だったので忘れかけていたこの二人、ヒナとセイラン。
高スペックな外見に実力も高スペック。あまりにも高スペックすぎるその力は常識の範囲を軽く超越している二人。
それに比べて私は背が低いせいか年齢より幼く見えると色々な意味で大評判の外見だが、ギルドランクはAというそれなりに実力のある魔術師だ。ただしヒナやセイランと比べればAクラスといえども赤ん坊も同然で、それぼどまでに二人との力の差は大きい。
「そんなに熱い視線を向けられると照れるけど、その期待に答えないといけないね」
理不尽な現実をかみ締めながら睨むように投げかけた私の視線を都合よく解釈したヒナは、べちっとセイランの頭を廊下に押し付けて私の隣に立つとその腕を私の腰に回す。私はその手をぺちっと叩き、ジト目でヒナを睨んだ。
「照れてるようには全く見えないし何の期待もしていないから。そんなことより早く朝食を済ませて図書館に行くわよ」
「ホント、ハルって照れ屋さんだね」
「おいこらバカヒナ、マスターに気安く触れるんじゃない!」
「ハルは俺の未来のお嫁さんだからね。セイランこそ必要以上にハルに付きまとわないで欲しいな」
「お嫁さんだと!? マスターはお前のものじゃない、むしろオレ……」
「はいはい、セイランは黙ってて」
再び私の腰に回されかけたヒナの腕をセイランががっちりと掴んで講義の声を上げ、そして再び二人のじゃれあいが始まった。
もちろん私はそんなものに付き合うつもりなどないのでさっさと二人を置いて宿を後にする。
途中立ち寄った屋台でサンドイッチを買い、頬張りながら図書館へと向かう。どこかで座って朝食を取るその時間が惜しく、こうやって歩きながら食べられるものを選んだのだ。さらに途中で甘酸っぱい果物のジュースを買い、一気に飲み干す。
あの後すぐに追いついたヒナも同じようなものを買ってやはり歩きながら朝食を済ませている。
そしてさほど時間もかからず、私たちは図書館へと到着した。
今回が三度目の訪問となるが、本を閲覧する目的で訪れるのは初めてだ。
禁書を閲覧したい旨を伝え、私とヒナはギルドカードを提示する。禁書の保管されているエリアにはギルドカードを提示した者しか入ることができないのでセイランは石の中に戻っている。石の中ならば魔力がある人間にも気づかれることは無いからだ。
……まぁ、契約した精霊だといえば入ることは可能なのだが、説明が面倒なので手っ取り早く石に戻ってもらった。精霊と契約できること自体が稀であることと、わかる人間にはセイランが上位精霊だということがわかってしまうからである。
公表する必要がないことを公表して面倒事が増えるのは好ましくないし、避けられるのなら避けて通るのが私の信条だ。
「少々お待ちください」
受付の女性はそう言うと、机にある通信機でどこかに連絡をしているようだった。
しばらくしてやってきたのは図書館長であるエリックさん。
「ハルさん、ヒナタさん、先日はお世話になりました。
禁書の閲覧には図書館長である私が立ち会うことになっているんです。こちらにどうぞ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
ぺこりとエリックさんに頭を下げて、案内されるままに図書館の奥へと向かう。
禁書は色々なタイプのものがあり、禁呪が載っているもの、『クリムゾン』のように本自体が魔道具となり強大な力を発揮するものなどその内容も様々であり、王立図書館では特に重要であったり危険とされる禁書が保管されているので、有事の際に対処できる人間も限られているはず。恐らく対処出来るのがエリックさんのみ、もしくは確実に対処するためにエリックさんが立ち会うということなのだろう。
幾重にも結界の施されたその場所は、私が想像していたような所ではなかった。
最後の結界を越えたその瞬間、目の前に広がったのはどこまでも続く白い空間。まるで色を失ってしまったかのようなこの場所に存在する色は、私たちがもつ色以外には石碑のもつ黒の唯一つのみ。
空と地面の境界すら無いこの場所は、どこまでも白・白・白で埋め尽くされていて地面も白、空も白、果ての見えない地平線まですべてが白。その白い空間の中に疎らに幾つかの石碑が立っていた。
「ここは……」
「ここは私たちの住む場所とは切り離された別の世界です。たとえ悪魔であっても容易に立ち入ることはできません。
しかしそれは迷えば私たちの世界に戻れなくなる恐れがある、ということでもあります。だからくれぐれも私から離れないようにしてくださいね」
「はい」
私の呟きに先頭を歩いていたエリックさんが足を止め、振り返り答える。
図書館の周りに植えられた木々もそれだけで図書館を護る結界の役目を果たしている。そして図書館内の幾重にも張られた結界もすべて強力なものばかりで、通過する際には毎回エリックさんが耳慣れない呪文を唱えていた。その呪文も一つとして同じものはなかったのだ。
特に最後の結界は次元を超えるものであったので無理に破ろうとすればどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。この場所にはそれほどまでに重要な禁書が保管されているということだ。
「さて、それではハルさん。どのような本をお探しなのですか?」
エリックさんが微笑みを浮かべ私を見つめる。
私はなんともいえない緊張感を感じ、ごくり、と喉を鳴らしてその本の名を告げた。
「深遠の魔道書、を」
私の言葉にエリックさんが目を見開く。しかしすぐに平静を取り戻し、腕を組んで僅かの間思案する素振りをみせるとすぐに顔を上げ再び私を見つめる。
「その本はここに保管されていること以前にその存在すら知られていないはずなのですが……隠しているわけでも閲覧が禁止されているわけでもありませんので問題はありません」
「はい」
「ただどうしてあなたが知っているのか、個人的に気になるところではありますね」
「故郷に伝わる御伽噺の中に出てくる、といったところです」
「――なるほど、ハルさんはあの村のご出身なのですね。どうりで……
では、『深遠の魔道書』の元へご案内いたします。どうぞこちらへ」
驚いたことにエリックさんはあの村のことを知っているらしい。どうりで、というのは私の力について村が関係していると納得したからなのだろう。
力について村の人間以外には知られていないはずなのだが、長い時間の中では知られたことがあってもおかしくはない。もしくは私が求める禁書が村に関係があり、その内容など何かしら知っているために村人が未知の力を持っていても不思議は無い、と考えたのかもしれない。
案内されたのは他の石碑との違いが全くわからない漆黒の石碑の前。
私たちの中では一番背の高いヒナよりも少し大きなその碑石の中心には小さな白い文様が掘られている。
エリックさんがその文様に手を添えると、石碑が淡い光を帯び次第にその光は文様へと集まっていく。すべての光が文様へと集まると、そこに光に包まれた一冊の本が浮かび上がった。
「お待たせしました。こちらが『深遠の魔道書』です」
目の前に浮かぶ石碑と同じ漆黒の表紙のその本が、私がずっと求めていた禁書『深遠の魔道書』とよばれる本。
私はゆっくりとその本に手を伸ばした。




