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19:精霊の寝床

「……仕方がないからハルと同室なのは認める。ただし寝るのはここ」


 憤りを隠すことなく少々険しい表情で、ヒナは部屋の隅に置いた大きめの籠をびしりと指差した。


 ヒナは一旦部屋に戻っていたようなので恐らくヒナの荷物の中にあの籠があったのだろうが、小さなヒナの荷物にこの大きな籠が収まっていたは思えない。何らかの手段で持ち歩いていたのか、もしくはあの短時間でどこからか調達してきたのか。

 ……どちらにしてもヒナなのであり得ないことではなく、考えるだけ無駄だと思ってしまう自分の思考が恐ろしい。まだ再会して日が浅いというのにすっかりヒナの異常さに慣れてしまっている。


 そんな私の小さな葛藤を余所に、セイランは毛玉の姿のまま籠を一瞥してそっぽを向いた。


「何故ベッドがあるのにこんなところで寝ないといけないんだ」

「嫌なら俺の部屋のベッドを使え。俺は床でも一向に構わないからな」

「……だから何故お前が決めるんだ。決めるのは当然マスターだろう?」


 毛玉の姿だというのに、フン、とセイランが鼻で笑ったとわかる。

 その言葉にピクリとヒナの眉が動き、表情こそ笑顔だが殺気がダダ漏れである。

 私は思わずぷるりと身震いして、私に注目して言葉をまっている二人を交互に見やった。


「……セイランはその籠かヒナの部屋、もしくは石に戻って。

 毛玉のままでも私と一緒のベッドに上がる事は禁止」

「何故だっ!?」

「セイラン一応男だし。宿で寝るときぐらいゆっくり寝たいし」

「男じゃなければいいのか? マスターがそういった趣味ならば女の姿をとって百合といわれ――」

「石ぶち壊すわよ」

「……っ、マスター早まるんじゃない!」


 百合というのが何を指すのかはわからないが、『そういった趣味』という前フリから嬉しくない内容であることは間違いない。

 極力笑顔で――口元がひくひくと引きつるのはご愛嬌として――左手に魔力を込め、わざとらしく右手に付けたブレスレットの宝石部分を握り締め、ブレスレットを取り巻く魔力の構成を視る。


 さすがに契約の依代となっているブレスレット、しかもその中心となっている石を壊すと言われるのは脅しとわかっていてもかなり効果的だったようで、少年の姿に戻ったセイランの顔からはさっと血の気が引き余裕に満ちた表情が消えた。


「わかった! わかったからっ!」

「……じゃあどこで寝るか決めた?」

「そこの籠で。あいつと一緒は論外だし、石だとそのまま封じ込められそうな気がする」


 ふてくされた様子で腕を組み胡坐をかいて座り込むセイラン。

 二人の相手は少々面倒なので、可能ならブレスレットの構成を書き換えてセイランを封じ込めるのもアリなんじゃないかという考えがちょっぴり頭を過ぎったのを気づかれていたのだろうか。


「ふあ、とにかくホント疲れたから少し仮眠を――……」

「じゃあ夕食の時間ぐらいにまた来るよ」

「うん、おやすみー」


 仕事の疲れとそれなりに疲れる『視る』ということを何度もしたこともあって疲労が溜まっていた私はシャワーを浴びる気力すらなく、マントと上着だけ脱いでそのままぼすんと音を立ててベッドに倒れこんだ。


「あー。セイラン部屋の鍵よろしく……」

「わかった」


 セイランの返事に安心して、私は意識を手放し瞬く間に深い眠りへと落ちていく。

 そんな私の様子にヒナとセイランが何か言い合っているような気がするが、すでに泥のように眠る私の耳にその言葉は届かなかった。



「マスタアァッ! ヤツが、ヤツが来るっ!」


 セイランの叫び声でゆっくりと目を開く。

 職業柄、殺気などといったものには休んでいる時であっても体が勝手に反応するので、セイランはかなり慌てているようだがそれが危険という類のものではないはずだ。


「んー、おはよう。何が来るの?」

「あいつだ、ヒナタ!」

「ヒナ?」


 まだ疲れが残っていて眠気が襲ってくるが、ヒナが来るのなら夕食の時間なのだろうと目を擦りつつ気だるい体を起こす。


「呼んだ?」


 すぐ耳元で声がしたかと思うと、ぎゅっと圧迫感に襲われた。

 視線を向ければ私の肩に顔を埋めるようにして、ヒナが私を抱きしめている。


 自分の置かれた状況を理解して、一気に眠気が吹き飛び意識が覚醒する。

 肩に置かれたヒナの頭をぐいぐいと押しのけるようにして、やっとの思いでヒナの腕から逃れ息をつく。


「なんでヒナが……セイラン鍵開けた?」

「まさか。どうやったのかは知らないがアイツがあっさり開けたんだ。魔力ゼロのくせに念のために張っておいたオレの結界もあっさりぶち壊すし。

 チビの頃からそうだったが、人間離れが悪化しすぎだ!」

「俺も成長したんだよ」

「精霊王クラスの結界を破れる人間なんて数えるほどしかいない!」

「うん、俺がその一人ってことだね」


 ぎゃんぎゃんと喚くセイランをヒナは笑顔で流す。

 寝る前にはお互いに敵意むき出しで張り合っていたのがまるで嘘だったかのようだ。

 二人の変化に首を傾げつつも、私は重要なことを二人に告げる。


「お腹減った」


 疲れを癒すためにも魔力を補うためにも、美味しいものを食べるということは休息をとることと同じぐらいに重要なことだ。だから魔術師は体系の割りに良く食べるという人間が多い。

 ただし魔力の補給に向いているものには個人差があって、私の場合は水を浴びるだけでもかなりの補給ができたりする。

 だが魔力補給という目的でなくても食べるということは大切で、有名なパン職人のおじさんが言っていたように、どんなに小さな命であってもご飯を食べなくては死んでしまうのだ。……さすがにセイランのような存在は除外されるが。


 ご飯を食べに行くだけなのでマントは羽織らずに上着だけを着て部屋を出る。

 向かうのはピンク・ホエール。あのクジラバーグのある酒場だがもちろんペット連れは禁止なのでセイランは人型での同行だ。

 精霊に人と同じ食事は必要ないはずなのだが、


「確かに人間の食事を食べる必要はないが美味いとは思うぞ。

 人間だって必要な食事以外にデザートを食べるだろう。それと似たようなものだ」


 と、いうことだった。

 生きるために絶対ではないが、多くの乙女にとってはあると嬉しい心の栄養のようなもの同じだということだろうか。




「私は白身魚のポワレ」

「俺はクジラバーグ」

「オレは――クレープシュゼットにタルト・タタン。あとカスタードプディングで」

「……かしこましました」


 ピンクホエールで私たちのオーダーをとっていたウエイトレスさんは笑顔を絶やすことなく厨房へと戻っていった。

 ……少し間があったのは間違いなくセイランが原因だろう。


「セイラン……デザートだけでいいの?」

「オレに栄養素としての食事は必要ないからな。楽しむのならデザートが好みなだけだ」

「お子様だな」


 私の言葉にずっとメニューを眺めていたセイランが嬉々とした表情で顔を上げると、ヒナが私が思っていても口にはしなかったその一言を、躊躇うことなくあっさりと言い放った。

 そのちょっぴり悪意を感じなくも無い言葉に、セイランはがたりと音を立てて立ち上がった。


「誰がお子様だ?」

「セイラン。見た目もそういうところも、全部」

「……へぇ」


 ざわり、とセイランの纏う魔力が膨れ上がる。

 こんなところで暴れたら尋常じゃない被害が出ることは目に見えている。

 暴れるのだけは止めようと慌てて立ち上がりヒナとセイランの間に入った、その瞬間。キラキラと霧状の水滴を残し、セイランの姿が消えた。

 ――正しくは、少年の姿をしたセイランが消え、セイランのいたはずのその場には見覚えのない男性が立っている。

 もちろんこの男性が誰であるかなんて容易に想像がつくが……現実を直視したくなくて私は視線を逸らす。俗に言う現実逃避というものである。


「やはり驚きはしないか。本当に可愛げのないやつだな」

「薄々気づいてたし。それにハルだって驚いてないだろ」

「マスターはいいんだ。……で、気づいてたというのはいつからだ?」

「宿で実体化した時」

「最初からということか」

「そもそも初めて会ったときは毛玉だったくせにいきなり人型になってたからな。

 その時点で大きく見た目が変化出来るのは間違いないと思ったし、その後毛玉になったから自分の意思で変化できるのもわかった。大人の男の姿も取れると確信したのは女の姿もとれると言った時だな」

「本当に可愛くないやつだな」

「それはどーも」


 睨み付けるセイランの視線を受け流し、ヒナはにっこりと私に笑顔を向ける。

 セイランは椅子に座りなおし、面白くなさそうな様子で前髪をかきあげる。

 セイランが引き下がったその理由は、私たちが注文していた料理が運ばれてきたからだ。


「わかってたけどっ……精霊を見た目で判断しちゃいけないことぐらいっ……」


 運ばれてきた料理をぱくつきながら、ちらりとセイランに視線を向ける。

 恐ろしく整った容姿で見た目の年齢はヒナより上の二十五ぐらいといったところ。もちろんその髪や瞳の色は少年の姿の時と同じ青藍。間違いなく『綺麗』に分類される外見で、そのセイランは嬉々としてデザートを食している。ちなみにヒナならば綺麗ではあるがどちらかといえば『かっこいい』に分類されるだろう。


「ヒナ。セイランの寝床の籠はヒナの部屋に移動させておいて」

「ん、了解」

「むぐ、何故だ!」


 当然の寝床変更にセイランは文句を言っていたが、私もヒナも無視して黙々と食事を胃に収めた。

 途中ヒナがクジラバーグを一切れフォークに刺し「はい、あーん」などと言って差し出してきたのだが、決してクジラバーグの誘惑に負けて口を開いたりはしていない。ただ、残すのはもったいないから食べはしたが。



 そういえば、突然現れた大人なセイランにも全く動じなかったウエイトレスさん。

 カナタさんが酒場で暴れた時もだったが、何事にも動じない彼女が一番の男前かもしれない。

 そんなことを考えながら、前を歩く二人――不貞腐れながらヒナに文句を言っている少年の姿に戻ったセイランと、適当にあしらっている様で実際はトゲのある言葉を返すヒナ――の後姿を眺めながら小さく溜息をついた。

明日から帰省のためPC環境がなくなります。

携帯からの投稿が苦手な為、次の更新は帰省から戻った後になります。


なかなか更新できなくて申し訳ありません。

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