18:精霊と加護
窓から吹き抜けていく風に青藍の髪がなびく。
窓辺に佇む精霊、セイランはくっと口角を持ち上げて私とヒナに交互に視線を向けた。
少年の姿をした精霊に、その色以外には私たちの知っているセイランと共通点はない。
「確かにその髪もその瞳も毛玉のセイランと同じようだけど……私たちの知っているセイランは毛玉で、精霊じゃなかったわ」
「……マスター、相変わらずで嬉しいよ」
びしっと指を突きつけるように言い放てば、ヒナは少し気の毒そうな視線をセイランに向けセイランは、くくっ、と声を上げて背中を振るわせた。
――二人にバカにされた気がして釈然としないが、あえて気にせずに言葉を続ける。
「確かにセイランは普通の犬じゃなかったけれど精霊とも違う存在……あえて例えるなら、魔物に近い感じがしてたわ」
「あの時は精霊といえる状態じゃなかったから当然だな」
さらりと告げられたセイランの言葉に眉をひそめる。
セイランはそんな私を気にする様子もない。
「あの魔道具さえなければ、今頃オレは精霊王になっていたかもしれないが……まぁその場合マスターとは出会っていなかっただろうからな」
「え……? 精霊王……?」
ヒナは手を顎に当て見極めるようにセイランをじっと見つめている。
私はぽかんと口をあけて、得意げにふんぞり返るセイランの言葉を復唱していた。
精霊王、それは言葉の通り精霊を束ねる立場にある精霊たちの王。
それぞれ属性ごとに王がいるので精霊王と呼ばれる精霊は『火』『水』『風』『土』『雷』『木』『光』『闇』の八人の精霊王がいる。
精霊は気に入った人間が呪文を発動させる時に力を貸してくれることがあり、それは魔術師の間では加護と呼ばれている。
精霊の加護を受けると普段より呪文の効果が上がったり、消費する魔力が少なくて済んだりするのだ。
私も比較的風の精霊と相性がよく、その理由から風属性の呪文を使うことが多い。
しかし逆に、精霊と相性が悪くてもその属性の魔法が扱えないというわけではない。
余談だが、主に聖職者の扱う神聖魔法は神の力を借りるものであり、精霊の加護をうけることはなくその力自体が神の加護であるといわれている。
精霊と契約をするということは、魔力を分け与えるかわりに常に精霊の加護をその身に受けるということだ。
セイランの属性はその色から水属性であると思われるが、私は水の精霊とは相性が悪いようで、一度もその加護を受けたことは無い。
「セイランって水の精霊でしょ?」
「ああ」
「何らかの理由で精霊王になれなかったけれど、その力は精霊王クラス?」
「そうだ」
「私水の精霊との相性が悪いと思うんだけど」
「なんだ、そんなことか」
水の精霊王クラスであると豪語するセイランと契約するなど到底有り得ないとため息をつく私に、セイランは何てこと無いといった様子でにやりとした笑みを浮かべる。
「そりゃあオレが戻るまでは他のやつらにマスターに手を出させないようにしていたからだ」
「は?」
「いくら同じ眷属とはいえ他のやつらが手を貸すのは面白くないからな。
さすがに他の眷属のやつらは牽制できなかったから水だけだが」
「つまり、私って水と相性が悪いんじゃなくて……」
「むしろ水との相性は抜群だな」
満面の笑みで答えるセイランに私は少しばかりの殺意を抱いた。
……勝てるわけがないのはわかっているけれど、心で思うだけならば自由だ。
「でも、セイランも一度も加護をくれたことなんてないじゃない」
「それは……最近まで力を取り戻そうとその石の中で眠っていたからな」
セイランがそれ、と指差したのはブレスレットの宝石。両方に同じ宝石が埋め込まれているが指し示しているのは右手につけたものなので、こちらがセイランの宿る宝石なのだろう。
「オレが生れ落ちたところに古の人間が作った精霊捕獲用の魔道具があったのがそもそもの原因だ。
生れ落ちた瞬間にオレはその魔道具に取り込まれ、そして力を奪われ続けた。
将来精霊王になる為に生れ落ちたとはいえ、生まれた直後は力はあってもその力が強すぎてほぼ扱えないからな。
本来なら同じ眷属の上位精霊にその力の扱い方を教わるんだが、それまでは内包する力がちがうだけで、他の下級精霊と大差が無い」
「でも力を奪われていたといっても精霊なら、ヒナはともかく私が気づかないはずがないもの」
「――マスターは何故あの森に魔物が溢れていたのか知ってるか?」
突然セイランが真面目な、すこし悲しそうにも見える表情を浮かべる。
私はあの森を思い出し、違和感を感じて首を傾げた。
「確かに魔物はいたけど、溢れるっていうほどじゃ……むごっ!」
「まぁまぁ、それよりどうしてかを早く聞きたいな」
セイランの言葉に異議を唱えようとした私の口をヒナが塞ぎ、セイランに言葉の続きを促す。
私も続きが気になるので、大人しく――口を塞いでいるヒナの手をつねる程度でセイランの言葉を待った。
「オレが捕らわれた魔道具は、精霊の力をつかい魔物を呼び寄せるための物だった。
古の時代には世界に魔物が溢れたことがあったというからな、その時に使われたものが理由はわからないがあの森に埋もれていたんだろう」
「……精霊の力を魔物の力に変換、もしくは同調させて呼び寄せるといったところ?」
「さすがマスター、話が早くて助かる。
そういうわけで開放された直後のオレの力は精霊と魔物の力の中間のようなものになってしまった。
それは時間が解決してくれて、一ヵ月半もしたころには完全に精霊の力に戻って、水の眷属の上位精霊がオレに気づいて迎えにきた。
その後はある程度力の制御を覚えてから、通常より力の回復が早くなるその宝石の中で眠っていたんだ」
ヒナが誘拐された後は必死に魔術の修行を積んでいたので森に足を踏み入れることは少なくなっていて、私たちが来なくなったので毛玉もどこか……親元にでも帰ったものだと思っていた。
精霊のお迎えも親元に帰ったようなものだろうから間違ってはいない……はず。
「そんなわけだから、これからはマスターにはバンバン水の加護を受けてもらうからな!
ちなみにそのブレスレットはオレじゃないと外せないから、どこでもマスターと一緒だぞ」
「普通はそれを呪いって言うんだ。ハル、そのブレスレット俺が切り捨ててあげようか?」
「うわ、非常識すぎるだろ! それ以前に普通の剣じゃ精霊は傷付けられないはずなんだけどしっかり傷ついたよな!!」
「あー、それは私も疑問。ヒナだからしかたないかって思ったけど」
「気合だよ気合。気合である程度なんとかなる」
「ならねぇぇっ!」
普通精霊やゴーストなどという存在を傷つけようと思ったら、呪文か魔力を帯びた武器などで攻撃しなければ通用しないのだが……やっぱりヒナにはそんな常識は通用しないらしい。
セイランの頬にはうっすらと先ほどヒナに剣を突きつけられたときに付けられた傷跡がある。
すっかりトンデモ人間に成長したヒナが嬉しくもあり悲しくもあった。
「ストーカーに人権なんてないぞ」
「ストーカーじゃない!
オレはちゃんと石の中やマスターの背後、時には今みたいに実体化してマスターを見守るんだ」
ふふん、と胸をはるセイラン。
言っている内容はほぼストーカーも同然なのだが、本来純粋なはずの精霊だからなのか、本気で見守るつもりなのか本人はその事実に気づいていないようだ。
「精霊っていっても男みたいだし、ハルに近づくのは気に入らないから消してしまいたいなぁ」
「……オレとやろうっていうのか?
昔から可愛げの無いガキだとは思っていたが成長してさらに酷くなったようだな」
一触即発。
そんな言葉がしっくりくる二人の様子に私は軽く頭痛を感じた。
「セイラン、あなたは知らないかもしれないけど、私はこういう魔力でどうこうなってるものなら解除できるから。
ヒナも知ってるんだからセイランに食って掛からない」
私の少々苛立ちを含んだ言葉に二人は顔を見合わせ肩をすくめる。
そして、ぽふん、と音を立ててセイランの姿が消え何かが私の腕に飛び込んできた。
それは懐かしい、あの頃より少し大きくなった毛玉。相変わらず毛がもっさもっさして暑苦しそうな外見だが触り心地は抜群によい。
「マスター、これならずっと一緒でも問題ないだろ!」
「うーん、まぁ……いいかなぁ……」
「ハル! 見た目が毛玉でも中身は変わってないから!
っていうかセイランうらや……ごほん、一応それは精霊とはいえ男だから!」
珍しく慌てたように言い直すヒナだが、嫌な本音がダダ漏れしていた。
そして何となく毛玉セイランのように、ヒナの頭をぐりぐりとしながらヒナを愛でる自分の姿を想像し――ドン引きした。




