17:偽りだらけの過去(ヒナタ視点)
「ちょっと可愛いからっていい気になってるんじゃないわ! いくら顔がよくったってあなたは能無しなんだから!」
「そうよ、ガイゼルがヒナタが可愛いって気にしてみたいだけどあなたじゃ彼に相応しくない!」
突然駆け寄ってきた村の少女たちが口々に喚きだす。
カイゼルというのは……村では裕福な部類の家庭の少しキザな少年のこと。
「僕のところにくればもう少しマシな生活を送らせてあげるよ?
さすがに魔力の無い君を僕のお嫁さんにしてあげることはできないからメイドとしてだけど」
などとポーズを付けながらさらりと寝言を吐いた。
殴り倒したい衝動をなんとか抑え、丁重にお断りしたのは記憶に新しい。
確かに相応しくないだろう。いくら髪を伸ばしてスカートをはいて女の子の格好をしていたとしても、俺は女の子じゃないんだから。
俺は彼女たちに一言、本心からの言葉を告げた。
「興味無い」
「……っ! ヒナタのくせに!」
一人の少女の腕が振り上げられる。
面倒だけれどこういう場合は素直に叩かれなくてはいけない。
――そうしなければもっと面倒な事になるから。
ぎゅっと目を閉じその衝撃が来るのを待つが、一向に叩かれる様子はない。
そして先ほどまで遠くに感じていた大好きな人の気配が今はすぐそばにあった。
そっと目を開くと俺を叩こうとしていた少女の腕をハルが掴んで睨み付けている。
心配されるからあまりこういった場面を見せないように気をつけていたし、今回はまだ気配を遠くに感じていたので油断していたのだがハルに気づかれてしまったようだ。
「ハ……ルっ……」
「ひっ!」
普段ハルの姿が見えないところでは言いたい放題言っている少女たちだが、本人を目の前にすると村人特有の力で自分たちとの力の違いがはっきりと目に視え恐怖すら感じるらしい。
ハルの手を振りほどくと少女たちは俺を忌々しげに睨み付け、あっという間に走り去ってしまった。
「ヒナ、大丈夫?」
「うん、平気。助けてくれてありがとう、ハル」
「家まで送るよ」
「……うん」
俺を心配そうに覗き込むハルにも男であることはずっと秘密にしている。
そのことを後ろめたくは感じているけれど、俺が男だと知ったらハルは今のように接してくれないだろうから今はまだ『親友のヒナ』であり続けるほうがいい。
けれど成長すれば遅かれ早かれ隠し通せなくなる時が来るだろう。
手を繋いで家へと続く道を歩きながら、いつもその時の事を考えていた。
ハルは俺は感覚が鋭くて魔物の気配にもすぐ気づけるので魔物との遭遇を避けているのだと思っている。
確かにハルの思っている通り確かに俺は遠くの人や魔物の気配にも気づくことができるし、実際ハルと森を歩くときは魔物の気配を避けるようにしてる。
けれどいくら気配がわかるとはいえ魔物が出る森の中で子供二人だけで遊ぶことはほぼ不可能に近く、本気で魔物が追えば大した力の無い子供なんてあっという間に追いつかれてしまうだろう。
そしていくら村人に気づかれないようにとはいえ、そんな森を一人で歩いて奥で待ち合わせるのは恐ろしく危険で無謀だ。
いつも俺はハルより先に森に入り、動きやすい服に着替え髪も結びスカートの下に隠してある短剣を握り締めて俺とハルの時間を邪魔するであろう魔物の気配を探る。
ハルが問題なく対処できる魔物や簡単に逃げることができるような動きの鈍い魔物以外は先に対処しておくために。
深々と突き刺さった短剣を一気に振りぬくと魔物はゆっくりと倒れ動かなくなった。
ひゅっと短剣を振り血を払い落としながら辺りの気配を探る。
危険な魔物の気配は消え、代わりに待ち合わせ場所へと向かっているハルの気配を感じた。
急いで待ち合わせ場所へと戻った俺は、隠してある荷物から普段のワンピースを取り出して着替え、身なりを整える。
村では脅威とされる魔物ですら短剣一本で倒せることは両親以外、ハルにすら隠していた。
ハルが知れば無駄に悩むのはわかりきっているし、自尊心の高い人間だらけのあの村でそんなことを知られたら恐ろしく面倒な事になるのは目に見えているからだ。
村での生活を捨てて外の世界で暮らそうと両親に言われたこともある。
けれどハルと離れ離れになるのが嫌で、自分を偽ってでも村に留まる事を選らんだ。
元々は女の子であれば男の子よりは受ける暴力は少なくて済むだろうという理由で魔力を持たずに生まれてきた俺を両親は女の子だと偽った。
それは異常ともいえる俺の身体能力を隠すのにも都合がよかった。
女だと偽っていた俺は多少の暴力は受けたがそれもたかが知れている程度で、どちらかといえばバケツで水をかけられるだとかいった幼稚で陰湿なものが多かった。
けれど相手がわかるのでどこかに隠れていても簡単にわかってしまう俺にとっては大した脅威ではなく、適当にそれらを回避することなんて簡単だった。
ある日ハルが連れてきた毛むくじゃらの毛玉のような生物だって、ハルの笑顔が見たいからこっそり世話をしようと提案した。
普通の犬じゃないことは気配でわかっていたけれど、ハルに懐いていて敵意は感じられなかったし、もしハルに牙を向けたとしても俺がそれを止めればいいと簡単に考えていたから。
今思えばいくら毛玉の正体を知らなかったとはいえ浅はかな行動だった。当時の俺ではとても敵わない相手だと気づけなかったのだから。
――もちろん今の俺なら十分渡り合える相手ではあるけれど。
「世話をするなら名前をつけてあげなくちゃ……」
そういって思案するハルは少し困ったようで、嬉しそうでもあった。
しばらく考えていたハルがぱっと顔を上げて俺と毛玉を交互に見比べておずおずと口を開く。
「えっと、セイランなんてどうかな」
「セイラン?」
「うん。この子の瞳の色を遠い国の言葉でセイランって言うの」
「いいんじゃないかな。ね、セイラン」
「わん」
セイランという名が気に入ったというように、毛玉は一声だけ鳴くと尻尾があるであろう場所の毛がばさばさと揺れていた。
セイランが加わってハルの笑顔が増えたことに少々嫉妬しつつも、俺たちは一ヶ月ほどの時間を楽しく過ごした。
そしてその一ヶ月経過した頃に事件は起きた。
地図にも載っていない魔物が徘徊する森に囲まれた小さな隠れ村。
そんな村に深夜、見知らぬ男たちが隠れるようにやって来た。
誰よりも先にその存在に気づいた俺は、両親に警戒するようにだけ伝え家を出て男たちの下へと向かう。
男たちは闇に紛れる様にして村の中を移動していく。
何故かはわからないが、男たちは初めて訪れたであろう村の中を迷う様子もなく進んでいる。
村の中心にある三百年前から伝わっているという伝承にもある石碑には目もくれず、どんどんと村の奥へと進んでいた。
伝承がすべてのようなこの村でそれ以上に男たちに価値のあるものとは何なのか。
男たちの後を気づかれないように追いかけながら、この先にあるものと価値のあるものとを考える。
外の人間がこの村で何に価値を見出すのか。この村の外との違いが何であるのか。
「ハル……!」
俺は確信した。
あの男たちは俺の一番大切なものを奪いにきたのだと。
魔力の無い俺にはよくわからないが、この村の人間は普通の人間より魔力が高いらしくその中でもハルは特別魔力の高い存在。
何らかの理由で魔力の高い人間を欲しているのならば、魔力の高くまだ子供であるハルは格好の標的となるはずだ。
その魔力の高さ故にハルはその力をうまく制御出来ず、扱える魔法は少ない。
「子供?」
俺は隠れて追いかけるのをやめ、男たちの前に歩み出る。
先頭を走っていた男が俺に気づき足を止め、その後ろを走っていた二人の男も続いて足を止めた。
「……ここから先には行かせないよ?」
男たちの腕は悪くはないが、三人まとめて相手しても問題なく俺が勝てるという程度。
一気に片を付ければ村人に気づかれずに済むだろうとスカートの下に隠し持っている短剣を抜き、顔の前で構える。
「おいおい、本気か?」
「……」
答えない俺から視線を外すことなく、男はくいと顎で後ろの男に指示をだす。
一歩前に出た男は俺を子供と侮ってか素手で襲い掛かってきた。
しかしその動きは遅く、振り上げた拳も必要以上に大振りで動きに無駄が多い。
男の拳を避けた俺は短剣の刀背で思い切り男を叩きつけた。
あっさりと崩れ落ちる男を見て、残りの男たちの馬鹿にした表情が真剣なものへと変わる。
リーダーらしき男は剣を構え、後ろに立つ男は呪文を唱え始めた。
後ろの男はその大柄な図体に似合わず魔術師らしい。
短い詠唱で唱えられたのは男の手から小さな竜巻のような風を起こすものでダメージこそないが、突き飛ばされたかのようにバランスを崩させるには十分なものだった。
俺は踏みとどまったが、路上の小石や俺の後ろに置かれていた小さな木箱が飛ばされ建物の壁に当たり大きな音を立てて砕ける。
その音で村の中にぽつぽつと明かりが灯り始め、続けてバタバタと走ってくる足音が響く。
「ちっ、しかたねぇ一旦ずらかるぞ!」
一旦という言葉から男たちが諦めていないことを悟る。このままこの男たちを逃がしたら再びハルを狙うのは間違いないだろう。
俺は先ほどの風で飛ばされた小石で腕を痛めた振りをして、手を押さえながら短剣をその場に落として地面に膝をつく。
もちろん辛そうな表情を浮かべて。
「この子供はどうします?」
「……よく見ればかなりの上玉だな。
よし、連れて行け」
男が手早く取り出した麻袋を被せられ、荷物よろしく担がれて俺は男たちに攫われた。
駆けつけた村人が何かを担いで走り去る男を目撃したことと、現場に落ちていた短剣が俺のものだと両親が証言したことで攫われたのは俺だとすぐにわかり、捜索すらされなかったらしい。
村人は俺のことなど気にする様子もなかったようだが、ハルとハルの家族は本気で心配してくれていたのだと俺を探して村を出た両親と再会して知った。
ちなみにあの男たちはきっちりと制裁してその黒幕を突き止めようとしたのだが、そう簡単にはみつからず、やっと黒幕を見つけて憂いを消そうとしたところ色々あって勇者と呼ばれる男と一緒に旅をすることとなったりした。
憂いの元を断ってこっそりと村に戻った俺は、ハルが冒険者となって村を出たことを知った。
ハルを探して旅をしている間にハルも俺を探しているのだと知った時はとても嬉しかった。
最初の一言がアレだったのは嬉しさのあまり、前もって考えていたハルに伝えたいことの順序がバラバラになってしまったから。
ハルはやっぱり可愛くて、俺の言葉に驚いた顔もとても可愛かった。
ヒナはハルが思っているようなか弱い子ではなかったというお話。
むしろ腹黒で逞しいという。
基本ヒナはハル以外に興味はほとんどありませんが見聞きしたことは最低限は記憶しています。必要時以外思い出さないだけで。
勇者は回想も短く名前すら出ていませんね……




