16:遠い日の思い出
村中の人間から蔑まれる人間と村中の人間から畏怖される人間、それが村でのヒナと私。
畏怖の対象であった私はヒナのように村人から危害を受けるようなことはなかったが、強い疎外感を持っていた。
理由は違えど同じ疎外感を持つもの同士であった私たちが仲良くなったのは自然なことだったと思う。
私たちを特別扱いすることもなく、他の人と変わらぬ態度で接してくれたのはお互いの家族だけ。だから私たちにはお互いの他に友達と呼べる人間はほぼいなかった。
ヒナは私を怖がらなかったし、私はヒナが劣っている人間だとは思ったことなどない。
村では魔力の高さのみで人の価値を見出される。
そこまで魔力にこだわるのは村の成り立ちに理由があるのだけれど、その理由とされる村に伝わる伝承も三百年という時の中で、自分たちが選ばれた人間だと歪められた解釈をするようになったのだろう。
――自分たちは選ばれた人間なのだから魔力が高く特殊な能力を持っているのだ、と。
くだらない。思い上がりにもほどがある。
ヒナは確かに魔力はなかったが感覚が鋭く、特に人や動物などの気配に敏感だった。だから魔物が出る森の中でもヒナが魔物の気配を感じたらすぐに逃げることができ、魔物に遭遇したことは一度もない。
確かに村の人間は魔力は高かったが、ヒナのように回避することなどはできなかったし、魔物に遭遇してしまえば戦うことすら出来ずただ逃げ惑うことしかできず森の中に入ることはほとんどなかった。
確かに私は村の誰よりも魔力は高かったし、村の人間特有の能力も強かった。
だからといって自分が他の人より優れているなんて思わなかったし、魔力の高さでは勝っていても姉に実戦形式の勝負で勝てたことなど一度もない。
その人のセンスや積み重ねた鍛錬がなければ魔力がいくら高くても意味はないのだ。
魔力は高くてもその魔力に高を括るだけで実際何も出来ないような人間と、魔力はなくてもその感覚で本当の危険は回避しているヒナ。
そんなことにすら気づかずに自分たちのほうが優れているのだと言う村人たちを、私はとても気持ち悪く感じていた。
村はとても居心地が悪く、私たちはよく村人の目の届かない近くの森の中で遊んで時を過ごしていた。
待ち合わせは決まって森の中。村の人間が森に入ることは滅多になかったが、他の誰かにこの場所を知られないように細心の注意を払い、極力目立たないようにと別々に来る。
そして決まって先に来ているのはヒナなのだ。
「ハル!」
出来るだけ音を立てないように歩いていたというのに、必ずヒナは私が声をかける前に私に気づいて私の名前を呼ぶ。
サラサラの緑がかった薄い青の髪に少し薄い藍色の瞳。昼間は強い日差しが木々によって遮られたこの森の中か家の中で過ごす事が多いからか肌は透けるように白い。
整った容姿のヒナは紛れもない美少女で、特に村の女性は嫉妬からか陰湿な嫌がらせを受けることも多い。
殴る蹴るなどの暴行こそなかったが石を投げつけられることなんて日常茶飯事で、その現場を目撃した時は当たり所が悪ければ死んでしまうのにと、石を投げた人間を呼び止めようとした。
だが自分が少しがまんすればいいんだと小さく微笑んで私を止めるヒナが消えてしまいそうな気がして、それ以来私は村の中ではヒナにべったりとくっついて過ごしている。
「ねえハル、その子は?」
「引っかかって動けなくなっているのを助けてあげたら、後をついてきて離れないの」
「ふふ、お前もハルが大好きなんだね」
ヒナが私の後ろを付いて離れない毛玉のような犬を覗き込む。
ふわふわした銀のような毛は日の光を浴びるとその光を反射して青く輝き、円らな深い青の瞳で私たちを見つめている。足も短く、伏せるとその長い毛に顔までもが埋もれて本当に毛玉にしか見えない不思議な犬。
「このまま村までついてきたら……」
ちらりと足元の毛玉に視線を向け、村にこの子を連れて帰ればどうなるかを想像して気分は重く沈んでいった。
私の目の届く場所ならば危害を加えられることはないだろうが、見えない場所ではその限りではない。
畏怖されている私に向けられている妬みや嫉妬といった感情は、私ではなく私の身近なものに向けられた。
それは私の持ち物にだったり、同じ子供である姉にだったり。
姉はそういったものは二度と自分に手向かわないようにきっちりと教育していたようで、実際被害は私の傘などといったどこかに置いて目を離すことがある物ぐらいだった。
大した被害ではないが、だからといってこの毛玉が大丈夫だと断言もできない。
「毛玉、いい子だから自分のお家にお帰り」
「ハル……毛玉って……」
毛玉は私の言葉を理解したのか、振り返りつつも来た道を戻っていった。
私の後ろではヒナが微妙な表情で私と去っていく毛玉を見つめている。
「名前付けたら愛着が沸いちゃうから」
「……そうだね」
私たちは毛玉が見えなくなるまでずっとその後姿を見送っていた。
そして次の日。
いつもの場所へとやって来ると、いつものようにヒナが待っていた。その足元にはもふもふの毛玉。
毛玉は私に気づくと毛に埋もれて見えない尻尾を全力で振っているのだろう。お尻辺りの毛をぶんぶんと揺らしながらその短い足ですばやく駆け寄り地面を蹴り、身軽にも立っている私の腕の中へと飛び込んでくる。
「おはよう、ハル」
「おはよう。ヒナ、どうして毛玉がいるの?」
「私がここに来たときにはもうここで待っていたよ」
腕の中で尻尾らしき場所を振り続ける毛玉に視線を向け、ため息をつく。
助けたときの状況から言ってこの毛玉が普通の犬でないことには薄々気づいていた。
――もしかしたら魔物の子供なのかもしれない。
けれどその見た目と纏う雰囲気からつい助けてしまったのだ。
その日は何かの気配を感じて普段と違う道を通った。
ヒナほどではないけれど私もある程度の気配なら察知することができるのだ。
普段とは違う道で見つけたのが魔道具に捕らわれている毛玉だった。
「藍……インディゴブラウの宝石……?」
半分ほど土に埋もれたそれには輝く藍色の宝石が埋め込まれていて木漏れ日を反射してきらきらと輝いている。
その宝石から伸びる光が毛玉の……恐らく首元らしき場所に絡み付いている。
視るまでもなくそれが魔道具であり、その力で毛玉が捕らえられているのは明らかだった。
視るのは自分が村の一員であることを思い知らされるようで嫌だったのだが、助けを求めているような気がする毛玉を放置するのも気が引けて、その魔道具の構成を視てみた。
「……何コレ」
それは今まで見たこともないほど複雑な構成を持っていた。
まるで絡み合う糸のようでそれを解くのは難解であると一見しただけでわかる。
しかし構成の脆い部分が見えるのだから、その脆い部分を壊してしまえばいい。
「ここ……ね」
そこを破壊した後も大丈夫だと確信し、脆い部分に負荷となる魔力を込める。
するとぱちりと弾ける音と共に毛玉に絡み付いていた光は消え去り、魔道具に埋め込まれていた小さな宝石は濁りその輝きを消した。
「ほら、もう大丈夫だから。じゃあね」
「くぅーん」
しかし何度追い払ってみても毛玉は私の後をついてくる。
仕方ないので私はそのままヒナの待ついつもの場所へと向かったのだ。
そして今、毛玉を抱き上げたヒナが私を見上げている。
「ねぇハル、村に連れて帰れないならここでこっそりお世話しない?」
「え……でも……」
「どうせ勝手にここに来ちゃうんだから、ね?」
「う……わかった」
提案を渋る私に、ヒナは満面の笑顔を向けて間の距離をあっという間に縮める。
大好きな親友、しかも美少女の笑顔が目前に迫る状況できっぱりとノーとは言えず、私はヒナの言葉に頷いたのだった。
次回は男の娘時代のヒナのお話。
本日の夕方頃にアップする予定です。




