第269話 焦っているのはどっちか
「狂ってる…急いで他の一族を救援し、上層を目指します!」
クルアの暴挙を見てプシュケーはそう呟き、同胞達を連れて他種族のいる戦場へと向かった。
そこでは蟻の一族から攻撃を受けている他の種族の姿があった。
しかし、突然の味方からの奇襲、激戦の後の疲労と負傷、族長の喪失している一族など条件が悪すぎる。
プシュケーが駆けつけた時にはすでに壊滅している一族がほとんどだった。
残って奮戦しているのは鬼の一族、スライムの一族、そして族長はアドバースとの戦闘で殺されて残った他の一族の残党達であった。
彼らは合流し、崖の壁を背にして拠点をつくりなんとか耐えている。
「なんとか上層に向かいたいが、蟻の一族のこの数を前にしては難しいか?それにここは99階層。一つ上は98階層じゃ。98階層は蟻の一族の本拠地。我輩たちは詰んだかな?」
エンペラースライムがそう呟いた。
「くそくそ!!蟻の一族め!最初から謀っていたな!!巨大な個にあれほどやられていながらまだこれほどの戦士が残っているなんて!」
鬼の族長 サクラは苦虫を噛み潰したようにそう言った。
強大な個の討伐後の蟻の裏切りが明らかにスムーズであった。なんの迷いも感じられない、あらかじめ決められていたかのような動きはおそらく最初から蟻の一族は裏切る予定であったのだろう。
「ユルサナイ!」
熊の一族、牛頭、馬頭などの強力な一族の残党達は目を赤くして怒り狂い蟻たちを粉砕している。
「皆さん!よくぞ耐えてくれていました!」
プシュケーがエンペラースライムと鬼の族長サクラの下に同胞とともに降り立った。
「おぉ、蛾の族長は無事であったか!」
エンペラースライムはプルンッと体を揺らす。
「蛾の族長!良かった!しかし、もう我らは…」
サクラも蛾の族長の無事を喜んだが、そう言って悔しそうに俯いた。
「あれっ、そういえば貴方は強大な個のブレスを喰らって消滅しませんでした?」
プシュケーはエンペラースライムが強大な個のブレスで消滅したことを思い出した。
「我輩は分体から再生できるのだ。もちろんしばらくは弱体化はするがな。」
エンペラースライムはぷるんっと自慢げにいう。
確かにかなりちっちゃくなった気がする。
「そうでしたか!消滅を免れて良かったです!」
プシュケーはスライムの一族の族長の復活に素直に喜んだ。
「それよりもどうする?もう覚悟を決めて一矢報いるか?」
サクラがそう言って覚悟を決めた顔でプシュケーに言った。
「いえ、まだです!これより我らはもうしばらくここで耐え凌ぎ、援軍を待ちます。」
「援軍とな?」
エンペラースライムはそう問い直した。
「はい。すでに策は講じています。」
プシュケーは笑みを浮かべてそう言った。
「ブモォーー!!!」
牛の鳴き声が99階層に響き渡る。
「あ、あれは!?」
サクラは驚きに目を見開く。
「黒牛の一族です。我らは彼らとの交流があったので蟻の一族が不穏な動きをした時に救出してくれるように待機してもらっていたのです。そして我が一族のディメンションコクーン達がゲートを開き彼らを呼び込んだわけです。」
プシュケーは最初から蟻が裏切るのではないかと怪しんでいた。
強大な個との戦いに強力な一族である黒牛の一族が参戦しないのは懸念点ではあったが、我々の脱出経路は確保しておきたかった。
あらかじめ蟻の一族の目から黒牛の一族を隠し、ゲートを開くことのできる同胞を預けていた。
それがプシュケーが蟻の一族に対する対策であった。
そして、案の定蟻の一族は裏切り、黒牛の一族がディメンションコクーンの力でゲートを開き援軍に駆けつけたのであった。
「ほう!つまり彼らと合流できれば其方の戦士の力でゲートを開き逃れられるということか!」
「ゲートを開ける戦士を最初からそばにおいておけばよかったんじゃない?」
サクラはプシュケーに疑問を投げかけた。
「蟻の女王 クルアにディメンションコクーンの存在がバレてしまっていたら対策をとられ、最悪、殺されていたと思います。さぁ、こちらも敵を破って援軍の黒牛の一族と合流します!」
事実、もしもクルアがディメンションコクーンの存在を知っていたならば蛾の一族を滅ぼしディメンションコクーンを何が何でも奪い取っていたであろう。それだけ蟻の一族にとってゲートを開くことができる能力は喉から手が出るほど欲しい。
「ならば!もうひと頑張りといくか!」
「同胞達よ!奮い立て!!」
「グゥアアー!!」
他の一族の残党の代表達も一度他の族長のもとに戻り、プシュケーの話を聞いて奮い立った。
そして、突破力のある熊の一族の残党を先頭に蟻の一族の包囲に向かって突撃を開始した。
「ふふっ、なるほど。聡明なあなたの事です、なにか策があるのはわかってはいましたが、他種族の援軍を用意していたわけですか。どこの階層の一族ですかね?結構探したつもりですが、私の目を欺き彼らを隠していたとはやるではありませんか。」
クルアがそう念話を送りプシュケーを称賛する。
「本当は彼らが出てこないことが1番だったのですがね。」
プシュケーは怖い顔で怒りを込めてそう言った。
「ふふっ、勇敢な戦士たちのようですが…ネロ、あの牛どもを止めてきなさい。」
クルアは凄い勢いで突撃してくる黒牛の一族たちにネロをぶつけようとネロに命令する。
「彼らは強大な個と共に戦った誇り高き戦士です。女王よ、どうかご再考を。」
ネロは女王の命令を明確に拒絶した。
「ちっ、やっぱり言うことを聞きませんか。まぁ、いいです。進化前のネロに匹敵する者を送りましょう。98階層の兵も99階層に送ります!もう強大な個に対する対策は必要ありませんからからね。バロン、シンコ、防御軍の第二、第三軍を率いて牛どもの背を討ち殲滅しなさい。」
クルアは自らの側に仕えさせていた守りの要である進化前のネロに匹敵する戦士であるバロンとシンコを出撃させた。
さらに自らを守る防衛軍の第二、第三軍をも援軍に向かわせる。
「まだ来るのか!?」
エンペラースライムは驚きのあまり体を震わせた。
「ネロ殿のような大戦士級の戦士がまだいると言うの!?強大な個との戦いも私たちを使い切ろうとしてたわけね!鬼の怨念を受けるがいい!!」
サクラがそう言って周りの蟻を斬り刻む。
「進軍の速さをあげます!敵の友軍が黒牛の一族の背に追いつく前に合流、上層に転移します!」
プシュケーも焦り、進軍のスピードをさらに早めた。
「ちぃ、早く潰すのです!ここで彼らを逃したらダンジョンの上層を制圧するのに我らは長年の月日を費やすことになります!」
そう、実はクルアも焦っていた。
自らを守る守備軍を援軍に出し、親衛隊であるネロの進化前の蟻2匹を送るほどに。
ここで彼らを逃せば数十階層に及ぶ対蟻の多種族連合の防衛ラインを築かれ、ダンジョンの征服は困難を極めることになるだろう。
逆にここで彼らを潰すことができれば瞬く間にダンジョンはクルアが掌握できるのだ。
それに迷宮の入り口を押さえなければ、地上の三大王とかいう吸血鬼の女王 バーバルにも外交で大きなアドバンテージを取られることにもなる。
クルアは必死に追撃の命を下したのだった。
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