第263話 神話 終末の死龍イータル
しかし、人の欲望は果てしなかった。
平和な時代。誰もが助け合い、どんな種族、モンスターとでさえも仲良くなれる時代。
だが、人はそれでは満足できないのだ。
人よりも勝りたい。人よりも多くのものを手に入れたい。
一番になりたい。虐げたい。
人の醜い側面は平和な時代を壊すには充分である。
リリアが唯一間違えてしまったこと。
それは不死に近い龍の寿命を持ち、世界の王として何百年も君臨し続けてしまったこと。
不満と醜い感情は爆発し、ついにそれが現実に現れた。
リリアは全ての仕事が終わり、自室に戻った。
最高位の守りのマジックアイテムのティアラを机の上に置いて寝巻きへの着替える。
そして、部屋にいる信頼するメイドに水を持って来てもらおうと振り返った。
グサッ
リリアはお腹が焼かれたように熱く感じた。
そして、鋭い激しい痛みが襲った。
息ができない、何かが喉の奥から込み上げて来て吐血する。
激しい痛みのあるお腹を抑えると暖かい液体を感じる。
視線をお腹に向けるとナイフが深く深く突き刺さっている。
「ぐぅ、はっ、な、なんで?」
リリアは視線を戻すと信頼していたメイドが笑みを浮かべている。
リリアは信頼していたメイドにナイフで腹を深く突き刺された。
「貴方はやりすぎたのですよ。そろそろ死んでいただかないと。」
メイドは笑みを浮かべたままそう言った。
「そ、そんな、なにが不満だったのです…か?」
裏切り。リリアの脳裏にその言葉が浮かんだ。
だが、その理由が分からなかった。リリアの治世は間違いなくうまく行っていた。もちろん世界を統一した直後は様々な問題に直面し、反乱も起こった。だけど、もうその時期はすぎて世界は平和に安定していた。
今、自分が刺されるだけの理由が思い浮かばなかった。
「不満?私は別にないですが、貴方を刺せば3世代先まで遊んで暮らせる金をもらえますので。」
メイドがそう言うと兵士達が入ってくる。だが、剣を向けたのはリリアへだった。
「そ、そんな理由で…いえ、ダメですっ!!私がここで倒れては…平和が、かつての流れた血が犠牲が無駄になってしまう!!」
リリアはそう言って魔法を放とうと両手を目の前のメイドと兵士達に向けるも、兵士の凶刃がリリアの両腕を切り落とした。
「あぁぁっ!!」
リリアは痛みのあまり膝をついて叫ぶ。
「ダメですよ、貴方は事故で死んでしまうのですから。じゃないとあの龍をどうにもできないじゃないですか?」
メイドはしゃがみ、リリアに目線を合わせてそう言った。
「…イータルを騙すことなんてできません。」
リリアはメイドを涙を流しながらキッと睨んでそう言った。
「あんな古龍を騙すことなんて造作もありませんよ。世界の王である貴方も私に騙されたんですから。兵士の皆さんトドメを。さっさとこの世界の王の死体を山に運んで工作をしなければ。」
メイドはそう言って立ち上がり、笑みを浮かべたまま、数歩下がった。
「イータル…ごめんなさい。皆…ごめんなさい…」
リリアは涙を流し俯いてそう呟く。
そして、兵士達が一斉に剣を振り上げてリリアに向かって振り下ろした。
リリアは死の間際に気づいた。
欲かと。
人の止めどない醜い欲が、世界を狂わせる。
悔しい、やっとここまで来たのに。申し訳ない、ここまで犠牲となった者たちに。
私のことを信じてくれて人たちに。
ごめんなさい、イータル、油断しました。
どうか、世界を滅ぼすという選択をしないで、イータル。
貴方はこの世界の守護龍なのだから…
リリアは飛び散る鮮血と共にその息を引き取った。
「イータル様!!大変です!!リリア王が落石事故にてその命を落とされました!!」
この国の宰相の男が慌てて我の部屋に入って来てそう伝えられた。
リリアが死んだ?
「なに?出鱈目を言うでない。事故で死ぬだと?リリアは出かける時に多種多様なマジックアイテムをつけている。ただの事故程度では死なぬわ!」
「えっ!?ですが、本当に!」
宰相は少し驚いたような顔をした。
「信じぬ!!ならばリリアの亡骸を我の前に持ってこい!!」
我はそう言って怒鳴りつけた。
しばらくしてリリアの潰れた亡骸が我の前に運ばれて来た。いつも嗅いでいるリリアの匂いともう古くなってしまったリリアの血の匂いがする。
「そんな、まさか…本当にリリアなのか?」
確かに岩に押しつぶされたようにリリアは亡くなっていた。
だが、リリアは絶対に外出するときにはマジックアイテムをつける。
最高位のマジックアイテムだ。我の一撃にも耐えうるほどの。
そのアイテムを外すタイミングなど自室しか…
ん?事故?
イータルは事故ということに違和感を感じた。
イータルは急いで飛び上がり、自室の天井をぶち破りリリアの部屋に向かった。
リリアの部屋のバルコニーから人化して入って匂いを嗅いだ。
すると、血の匂いがした。リリアの血の匂いだ。少し切った程度ではない。
部屋の見た目は綺麗にされているが、ここでリリアは大量の血を流した。
「ダレガ、こんなコトを!!!!」
我は世界の果てまで轟くほどの怒りを乗せた咆哮をあげる。
そして怒りで人化が解けて城が崩れる。
なにが不満だったというのだ!!
なぜリリアは殺されなければならなかったのだ!!
お前たちのために身を削り、心をすり減らして命をかけてこの時代を彼女は成したのだぞ!!
なぜ!誰が!?
「お鎮まりください!!イータル様!!」
「オマエタチか?リリアをコロしたのは、オマエタチカ!!」
怒りのあまり言葉も聞き取りづらいような発音になってしまう。
「滅相もありません!リリア王は事故死にございます!」
リリアの家臣たちがイータルに平伏してそう申し立てる。
「虚偽看破 汝らはリリアを殺したか?」
イータルはスキル 虚偽看破を使ってリリアの臣下たちを見る。
「断じてそんなことはありません!!」
次々に臣下たちがそう口にしたが、無情にも虚偽看破は反応した。
「キィサマらぁ!!!!!」
怒りによって強大な龍の力と魔力が溢れ出して建物が次々に崩壊していく。
「に、にげろ!!」「どういうことだ!?まさか本当に誰かがリリア様を!?」「え、衛兵!私を守れ!!」
イータルの怒りに蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「あぁ、愚かだ。なぜだ、なぜ平和の時代が訪れたのに裏切るのだ。やはりダメだ。やはりこの世界は腐っていたんだ。一度滅ぼさなければ。全てを、そして我も滅びよう。もう理性もいらない。全てを滅ぼす力さえあればそれでいい。死進転生。」
イータルは力だけを求めて、死んで進化する秘法を使った。
心の臓が止まり、意識が遠のき、倒れる。
身体は腐食していき、力は絶大に増加する。
むくりと我は立ち上がる。
そして、憎しみと苦しみに支配された。
「グォーー!!世界を滅ぼし、全てをやり直す!!滅びろ!!」
イータルは怒りに任せて飛び上がる。
「哀れな守護龍よ、死して終末を招く者と成ったか。」
いきなりイータルの目の前に死神が現れた。
我は奴を知っている。
死神 アータ。生命の神 エルと対になる神。
だが関係ない。我は全てを滅ぼす者なのだから。
「かろうじて理性は残ってはいるのか。さすがは神龍。神格を持つ龍よな。だが、もうお前の神格は一度死んだときに剥奪された。お前はもうただのモンスターだ。いや、終末の死龍 イータルだな。」
アータはそう言って死神の鎌を構える。
イータルは構わず死龍のブレスを放つ。
高められていく龍の力はこれまでの比ではない。溜められていく強すぎるその力に空間が視認できるほどに歪んでいく。
そして、それを死神 アータに放つ。
「滅びの斬撃。」
死神アータはイータルのブレスを鎌の一振りで割った。
我はそのままアータに向かっていき、鋭い龍の爪でアータに叩きつける。
「ふん!」
アータはそれを鎌で受け止める。
イータルはそのまま自身の周りに複数の魔法陣を出して複数の最高位の攻撃魔法をアータに放った。
「私は死を司る神!」
アータの周りに薄黒いオーラが纏われ、それが球状に広がりその死の絶対領域に触れたものは塵と化して消滅した。放たれた魔法もイータルの腕も。
「グゥああ!!」
もはや痛みなどは感じない。だが、これほどの対価を支払ったにも関わらず死神アータに勝てないことへの苛立ちが募った。
そして、消滅させられた手の断面から徐々に塵となっていく。
イータルはその腕ごと反対側の手の龍爪で切り落とし、再生させた。
「死の光線。」
アータは攻撃の手を緩めない。死の光線を無数に放つ。
「ゲート。」
イータルは巨大なゲートを出して死の光線を亜空間へと送った。
「ふっ、やりおる。デスサイズ、死の羽衣。」
アータは死神の鎌にさらに死の力を込めた。
さらに、死の絶対領域を極限まで密集させて羽衣のように纏った。
そして、イータルの方に向かっていく。
「ドラゴン…ブレス!!!」
イータルは向かってくる死神アータに向かって龍の最強の攻撃手段であるドラゴンブレスを全ての力を込めて放った。
強大すぎるその力に空間は歪み、世界がズレる。
空は割れ、巨大な地震が起き、暴風が吹き荒れる。
天変地異が世界を襲う。
ドラゴンブレスをかき分けながらアータは向かって来て、その死神の鎌で我の四肢と翼を刈り取った。
「お前はもう外には置いてはおけない。ゲート。」
アータはそう言って我が落下する先に巨大なゲートを開く。
「我はきっとこの世界に戻るぞ!!戻ってこの世界を滅ぼし、世界を正しきものに作り直す!!!」
イータルは自身でも悍ましいと思う声を出してそう叫んだ。その悍ましい声は国中に轟いた。
そして、イータルはゲートに吸いまれて行った。
「本当に愚かよな。次の王たりえる者が現れるまでこの世界を守護すれば良かったものを。運命は巡る。リリアという者もまた姿を変えて時代を超えて、巡り合えたやも知れないというのに。滅ぼすという選択でしか解決できない。いや、しようとしない。」
アータは悲しそうにそう言って姿を消した。
世界の王リリアは国が滅ぼされようとも、父や母が無惨に殺されようとも滅ぼすのではなくその理を変えようとしたというのに。
その王としての器を1番近くで見て、守ってきた者の最後が滅ぼすという選択をしたのだ。
まさに愚かと言わざるを得ない。
こうして世界を統一した女王と世界の守護龍はこの世界から姿を消したのだった。
そして、イータルの最後の叫びは国中に響き渡った。
そして、そのイータルの叫びはイータルを信仰していた者達は永遠と語り継いだ。
そして語り継ぐうちに湾曲されていく。
いずれ神龍 イータルが再びこの世界に降り立ち、他の種族と世界を滅ぼし新しい世界で龍族が支配する新世界を作るという神龍新世界教という邪教に変わった。
この邪教は最初は大きな者であったが、世界の王リリアが倒れたことによってまた暴力の世界へと戻ってしまい、邪教が力を伸ばすことはできなかった。
やがて、忘れ去られこの邪教を知る者は一部の者のみとなった。しかし、滅びはしなかった。
ほぼ不老である龍が主な信者であったことや、世界各地で邪教が広まったことで滅びることはなかったのだった。
そして、三大王である竜王ダイヤが龍の国を大きくし、邪教は一気に勢いを増して力を蓄えたのだ。龍の国の王妃 ロベアの力も大きかったであろう。今やどの国にも潜む巨大な邪教となった。
これが邪教 神龍新世界教の成り立ちだ。
死の迷宮の奥底に送られたイータルは永遠と彷徨うこととなる。
その永遠ともいえる時間はイータルをさらに狂わせるには充分すぎた。
もはや、リリアの顔も思い出せない。
自分が何者なのかも曖昧に。
わかるのは奥底でいまだに暴れている憎しみと苦しみ。そして、終わらせたいという欲求だ。
次第にイータルの目的は自らが滅びることとなり、自らを滅ぼせる存在を探して徘徊するようになった。
そして、だれも滅ぼしてくれないのであれば世界を滅ぼして自分も一緒に滅びたいという欲求に変わった。
今日もイータルは徘徊する。自らを滅ぼしてくれる存在を探して。
地上に出て世界を滅ぼして自らも滅びる手立てを探して。
歩いていると見たことないモンスターを見かけた。
透き通るような白い肌の身体に、肩にかかるくらいの真っ白な髪の毛。身体は引き締まってはいるがところどころ変色して腐っているのがわかる。首からはなぜか大きな鍵をぶら下げている。
こちらを見て驚いた顔をして固まっている。
おそらくは同族のアンデッド。
凄まじい力を感じる。
だが、我を滅ぼすには至らない。
我は一瞥して徘徊を続けた。
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