第242話 憧憬
「さぁ!迷宮都市クーリッヒを落とすよ。」
マザースパイダーのマリラはそう宣言して蜘蛛の軍勢は動き出した。
魔王ナクアの軍勢が進軍を開始する。
指揮を取るのはナラを追放し、その地位を奪い取ったマザースパイダーのマリラだ。
出陣した蜘蛛達は猛スピードで大地をかける。
悪路や壁をも問題としない強靭な蜘蛛の8本の脚は凄まじい機動力を発揮した。
マリラが集めた戦力は凄まじい。
マリラの地位はもともと上位の蜘蛛の中でそれほど高くない。
しかし、ナラを嵌めてからは族長であるナクアに次ぐ地位を確立した。
もちろんマリラと同格の蜘蛛達はマリラに対して懐疑的である。
だが、今回は族長の命令であるためマリラの召集に皆が戦士を連れて腰を上げたのだ。
その戦力はBランククラスの蜘蛛を含めた約10万匹ほどの蜘蛛。
さらに、マリラクラスの上位蜘蛛も多数参加している。
蜘蛛の一族の戦力は、マザースパイダー5体、バトルマスタースパイダー2体、マーダースパイダー3体。
もともとダンジョンにいた頃は単純に倍の戦力がいたが、蟻の一族に敗れ、半分の戦力を失った。
しかし、それでもAランクモンスターを10体抱えて、10万以上のモンスターを動かせるナクアは三大王と比べても遜色ない戦力である。
Aランクの上位蜘蛛は今回、マリラを含めたマザースパイダー3体、ダーラを含めたバトルマスタースパイダー2体、マーダースパイダーが3体。
森にはマザースパイダー2体とナクアを残してほとんどの戦力を向かわせた形である。
失敗はもちろん許されない。
その進軍途中にマリラの下に一匹の巨大な蜘蛛が近づいてきた。
「…私を騙したのかマリラ。」
ダーラはマリラの隣を並走してそう言ってきた。
その言葉には怒気が混ざっている。
ダーラはAランクモンスターのバトルマスタースパイダーだ。
ダーラはナラを尊敬していた。
賢く、自分よりも遥かに強い。一族の中でもずば抜けた才ある者。
族長にもっとも近かったお姉様。
それがダーラにとってのナラだった。
あの時のナラ様の行動は理解できなかった。
人間は我らの食糧だ。ナラ様もそう思っていたはずだ。
なのになぜあの人間に会いに行く時、ナラ様は笑っていたのだ?楽しそうだったのだ?
なぜそんな足繁くあの人間の元に行っていたのだ?
なぜ、自分を犠牲にしてあの人間を逃がそうとしたのだ?
わからない、なぜナラ様は、なぜ…
「騙した?ダーラ、私は貴方を騙してなどいません。ただ、ナラが人間を逃がそうとしていると阻止するのならば、我が子たちにも手伝わせると提案しただけです。」
マリラは極めて冷静にそう答えた。
「それはお前がナラ様を嵌めるためだろう!私はナラ様の追放など望んではいなかった!」
ダーラはそう言ってマリラに詰め寄った。
「ナラは罪を償ったのです。」
「違う!お前が嵌めたんだ!私を利用してナラ様を…」
「ナラは罪を犯した。ニンゲンを逃すために我ら同胞を殺した。だから追放された。それだけだ。」
マリラもだんだんイラついていき、怒気を混ぜながらそう答える。
「私は、私は、止めようとしただけなのだ。ナラ様のことを陥れようとしたわけでは…」
「まったく。いいですか?このクーリッヒ攻略は絶対に成功させねばなりません。邪念があるのならば下がりなさい。」
「わかっている!これは族長の命令、族長の意思だ。私はそれに従う。」
「ならば、いいのです。貴方も戦士を率いて戦いなさい。そうですね…ナラの戦士だった者たちを付けましょう。ナラに鍛えられた精強な戦士達です。どうですか?」
「わかった。ナラ様の戦士を率いて人間を滅ぼそう。」
ダーラはそう言って自分の持ち場に戻った。
「めんどくさい。ナラに殺されればよかったものを。ナラの配下諸共使い捨てのように使ってくれよう。本当にバカな奴だ。力はあるのに頭がアレではな。うふふ、だから私に最後まで利用されるのだ。ナラの一派はここですべてを精算する。」
マリラは考える。
もしもここでナラの一派を全て精算することができれば族長を除いてもはや自分に意を唱えるものはいない。
そうすれば完全にナラの力は蜘蛛の一族から消える。
そうすれば、族長は私に頼るはず。ナラよりも強いことを証明した私を族長はナラよりも深く信頼するはずだ。
マリラは自身が大国エルランドを落とした後の栄光を想像して身を震わせた。
あのナラのように族長の信頼を得て、族長と共に同胞たちを導く自らの姿を想像して。
あのナラのように。あのナラのような美しく強い蜘蛛になった自分を想像して。
だが、マリラはいや、蜘蛛の一族は知らない。
大王国エリシュオンの参謀の存在を。
そして、迷宮都市クーリッヒの冒険者の本当の力を。
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