第188話 蟻の思惑
「おい、話が違うじゃないか。君たちは大軍を貸してくれるんだろう?そういう契約を私と交わした。なのに、なんで兵を出せないんだ?」
バーバルは苛立ったように目の前の蟻にそう言った。
そう、目の前の蟻を操っているのは同盟を結んだ蟻の一族の女王クルアだ。
バーバルはルーを殺すためにさらに蟻の大群を遣すように要求したのだが、クルアに却下されたのだ。
「時間が欲しいと言っているのです。」
クルアは冷静にそう言った。
「時間だ?ふざけるなよ?ルーに今時間を与えたら戦力を整えられる。今、速攻を仕掛けなければ!時間が経てば経つほどルーは対策を打ってくる!」
バーバルは焦っていた。今しかルーを追い詰めるタイミングはないと。しかし、頼りにしていた蟻達は動かないというのだ。
「そうでしょうね。しかし、蜘蛛の一族が敵に回りました。今中途半端な戦力で挑んでも意味がありません。」
蜘蛛の一族は蟻の一族の侵攻を受け止めるほどの強力な勢力だ。蜘蛛の一族が向こうに加わった以上、中途半端な戦力では意味がない。
「だからと言って攻めないのかい?」
バーバルはイライラをさらに募らせる。
「えぇ、今は。」
クルアはそれでも動かない。
「今が!攻め時だろう?」
バーバルは声を荒げてそう言った。
「少し待ちなさい、吸血鬼の王よ。そうすれば、敵の策など関係ないほどの兵を地上に送りすぐさま平定してみせますよ。」
「なに?」
「物事には順序があるのです。ダンジョンでの私の策が成ればいくらでも兵を送ります。」
「ふーん、期待していいんだね?」
「えぇ、向こうもこの時間はありがたいはずです。こちらが動かなければ、しばらくはこう着状態が続いてくれるでしょう。その間に私は事を片付けます。」
「わかった。しばらくは待とう。でも、もしも君の策とやらがうまくいかずルーが立て直すだけの時間を与えただけだとしたら責任は取ってもらう。君の主力の軍をすぐさま私に寄越せ。それが条件だ。いいかい?」
「もちろん、どちらにせよ数百万の黒き軍勢を地上に送ります。約束しますよ、吸血鬼の女王よ。」
「数百万…へぇ、すごいね!」
バーバルはそう言って冷や汗をかいて笑みを浮かべた。
「あぁ、地上!思っていた以上の楽園でした!食物も豊富で広大な土地も土壌もある!あの世界は我が神に絶対献上しなくては!」
巣穴の奥底で美しい美女であるクルアが歓喜の声を上げる。
「女王様、私を地上へ送りください。必ずや敵対勢力を滅ぼし地上を女王様と我らの神に捧げて見せます。」
ネロがクルアに跪き進言した。
「愚か者め、お前がいなくなっては誰があの強大な個を止めるのだ?まずはあいつをどうにかしなければ地上に大軍を送れない。」
クルアは冷ややかな目を向けてネロを叱る。
「っ、申し訳ありません!しかし、我らの力ではあやつを止めることしか叶いません。」
「ふふっ、私はずっと考えていたことがあるの。なにかわかる?」
ニヤリと笑みを浮かべてクルアがそう言った。
「?いえ、なにを考えているのですか?」
ネロは首を傾げる。
「私たち蟻の一族や蜘蛛の一族がいるようにこのダンジョンには他にも強力な部族が存在するのではと?」
「他の勢力ですか?」
「えぇ、あの強力な個や蜘蛛の一族に阻まれて我らは99階層、98階層に留まっていた。でも、いるんじゃないかしら?上の階層に他の部族が。」
「いたとしてどうするのですか?」
「協力を仰ぐのです。あの龍を殺すために。」
「協力ですか?」
「そうです。今は我々があの龍を抑えていますが、もしも我々が敗北すれば次は上の者達の番です。ならば、我らと共に戦うのが合理的でしょう?」
「…しかし、あの強大な個に太刀打ちできる勢力がどれほどあるのでしょうか?」
「蜘蛛の一族は守るのが得意でした。我らは数。他の一族も我らよりも秀でているところがあるかもしれません。そして、ふふっ、思ったより多くの一族が存在していました。」
そうクルアはすでに迷宮中に兵を放ち調査を進めていた。もう邪魔をする蜘蛛の一族もいない。
「もう調査を進めていたのですね。」
ネロは女王の聡明さに感激する。
「ええ!流石に我ら蟻の一族や蜘蛛の一族ほどの強力な勢力はありませんでしたが、それでもなかなか目を見張る者達もいました。馬頭の一族、牛頭の一族、スライムの一族、ネズミの一族、鬼の一族、熊の一族、蛾の一族などたくさんのさまざまな種族がおり、それぞれの王とコンタクトをとって協定を結びました。」
クルアは見つけるだけではなくすでにそれぞれの王と交渉し、協定を結んでいた。
「女王様、さすがでございます。」
「この中でもスライムの一族、鬼の一族と蛾の一族はかなり強力な戦力です。スライムの一族は派生する進化が多くさまざまな能力を持つものがいます。鬼の一族は力も強く、戦士一人一人が単純に強いです。蛾の一族はそれほど多くなく、ほかの勢力と比べると戦力としては見劣りします。しかし、率いる女王が聡明な者でした。ふふっ、これでやっとやつを殺す準備が整った。」
クルアはそう言って満足げにする。
「戦いはいつに?」
「ふふっ、一ヶ月後。協定を結んだ一族たちが戦士を率いてこの98階層に集結し、我らと共に戦いを挑みます。」
「ついに勝敗を決するのですね。」
「えぇ、あの憎き龍を殺したら次は地上だ!あははっ!あぁ、神よ!全てを手に入れ、その全てを神に捧げます!我らだけが神に仕えることのできる唯一の種族であるのです!」
クルアはうっとりした顔で両手で祈るようにそう言った。
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