第176話 罪
ルーを逃すためにナクアは蟻の一族と戦った。
蟻は主戦力は出しておらず数だけの軍勢であったため、最初の蟻と蜘蛛の戦いはナクアの率いる蜘蛛の軍勢がルーを追ってきた蟻たちを一匹残らず駆逐し、ルーにも特大の恩を売ることができたナクアは意気揚々として自身の森に帰還した。
しかし、ナクアは森が近づくにつれて凄まじい怒りに包まれた。
森が近づくにつれて森に張られているナクアの糸の情報が伝わってくるからだ。
蟻と戦っている時は戦闘に集中していたのと距離が遠すぎたために森の情報は分からなかった。ナクアは各地に小蜘蛛を放ち情報を集めているが、あれはナクアから念話を飛ばし情報を集めている。凄まじい距離の念話を飛ばせるのは蜘蛛の一族の中ではナクアくらいのものなのだ。つまり、他の蜘蛛から遠く離れたナクアに念話は送れなかったのだ。
戦いに行っては森の情報が分からず守りも薄くなる。だから、一族の中でもっとも信頼している自らの右腕であるナラを置いたのだ。
なのに、なぜこんなにも同胞が殺され、無惨にも森が荒らされているのだ!?
「ナラ、これはどういうことだ?」
ナクアは怒りに震えながら蜘蛛の軍団を率いて呟く。
—族長、お待ちしておりました—
そう言ってナクアを出迎えたのはナラと一緒に森の防衛を頼んだ者の1人であるマザースパイダーのマリラであった。
マリラはナラが侵入者を招き入れたこと、その侵入者が前にダンジョンで同胞を殺した冒険者であったこと。
その冒険者と捕らえていた白い毛の獣人2人をともに逃したこと。
ナラはニンゲンたちを逃がすために止めに入ったダーラを半殺しにし、数多くの同族を殺したこと。
侵入者も逃げる際にナグラを殺し、多くの同胞を殺して脱出したことをナクアに伝えた。
ナクアはその報告を聞き、怒り狂いそうになると同時にナラがそんなことをするなんて信じられなかった。
ナクアはAランクモンスタークラスの蜘蛛たちやたくさんの眷属たちを集めて、真偽を問うためにナラを呼び出した。
「これはどういうことだ?」
ナクアはナラを見つめてそう言った。
その目の奥には怒りが見える。
「私はただお友達を逃してあげたかった。」
呼び出されたナラは俯いてそう言った。
「お友達?それは同胞を殺してまでか?」
「それは違います。ハメられた。」
ナラはそういうとマリラの方を向く。
「…そうか。だが、それはお前が弱いからだ。お前が弱く愚かだった結果がこれだ。私は蜘蛛の一族を束ねる族長だ。同胞を無惨にも多く死なせたお前には罰を与えねば私は他の者たちに示しがつかない。わかるな?」
ナクアはすぐに理解した。全てはマリラの策略によるものなのだと。
だが、実際に同胞を殺しダーラを半殺しにしているナラを罰しない理由にはならないし、嵌めた証拠もなくマリラを罰する理由にはならない。
ここでマリラを罰せれば、他の者達がナクアに対して不信感を抱いてしまうだろう、それは一族の結束に関わる。
マリラはそこまで計算した罠を張ったのだ。自分は安全なところから罠にかかった獲物が生き絶えるのを愉悦を感じながら見ているのだ。
罠を張るものが罠に囚われた。相手の方が強かったということだ。
—族長!ナラ様がそんなことするわけがない。これはおかしい—
—これは策略だ。族長考え直して—
—しかし、同胞も殺したのも事実らしい。それを許すのはおかしい—
—ダーラは半殺し、ナグラは殺された。巣を頼まれておきながら自ら招いた種でそうなっている。罰を受けるのは当然—
—ナグラはナラ様を慕っていた。そのナグラまでも殺された。自らを慕うものを自らの罪で殺したナラ様は罰を受けなければならないと思う—
—だから、それはなにかの間違えだと言っている!!なぜナラ様が我らを害するのだ!?ナラ様が本気で我らを害するならばマリラも殺されているのではないか?どうなのだ?マリラ、私はお前が怪しいと思っている!—
マザースパイダーの一体がナラを擁護し、マリラを怪しんだ。
—なにを根拠にそのようなことを?アーナ、言葉には気をつけた方がいいわ。ナラ様がニンゲン達を引き入れ、同胞を殺した事実は変わらない—
マリラは余裕の態度でそう答える。
Aランククラスの蜘蛛たちがナラを守る派閥と罰を与えるべきという派閥で口論となる。
ナラの派閥の蜘蛛たちからもナラを助けて欲しいという多くの思念がナクアに送られてくる。
「罰を与えないという選択肢はない。」
その様子を見てナクアはキッパリとそう言い切った。
「みんなわかっているよ。覚悟の上。」
そしてそれはナラもわかっていた。
「なぜだ、なぜ人間を殺さなかった。殺せばよかっただろう?殺してお前を嵌めた者も殺せばよかっただろう?今までのお前ならばそうしただろう?なぜ…弱くなってしまったのだ。」
ナクアは本当に悲しそうにナラにそう言った。
今までのお前ならそうしていたはずだと。
ナクアにとってナラは親友に近い腹心だ。本心では罰など与えたくない。
「弱い?族長はそれを弱いと思うのか?」
ナラはそう言って顔を上げてナクアをまっすぐ見る。
「弱いだろう?人間を助けるために今お前は罰を受けなければならない。」
「それを覚悟の上で私はお友達を助けた。見殺しにすることもできた。ベネットちゃんたちが殺されたあと、私を嵌めたやつを殺すこともできた。でも、私はお友達を助けた、罰も受ける。それが私がお友達を助けた覚悟であり責任。悪い気分はしていない。むしろ私は誇らしい。私は私を決して弱いとは思わない。」
ナラはナクアに一切怯まずにそう返した。
「我らのルールの根底は弱肉強食。お前は弱いから負けたのだ。お友達?なにを甘いことを言っている!我らの前では全ては等しく肉である!!」
ナクアは悍ましいほどの黒い魔力を滾らせてナラを脅すようにそう言った。
周りの蜘蛛たちもナクアの魔力に怯えて後ずさる。
「そんな単純な話ではない。勝ち負け、食う喰われる、生き死にではなく、もっと別のなにかのために私は戦った。後悔は、ないっ!」
ナラも黄金に輝く魔力を滾らせて怯まずにそう返す。もちろんSランクモンスターのナクアに比べるまでもない力の差だ。しかし、それでもナラの魔力は力強く輝いていた。
「…ならば、罰を。」
ナクアはゆっくりとナラの首に自らの牙を突き立てる。
そして、毒を入れる。
強力な毒を。
「くぅっ。」
ナラはナクアに牙を突き立てられ苦しそうに悶える。
「この毒は蜘蛛に特攻の毒だ。もしもお前がその人化を解き完全に蜘蛛の姿となればお前は瞬く間に毒に犯され死に至る。お前の力を封じ、追放することを罰とする。」
蜘蛛としてのナラは殺す罰。
この罰がナクアの考えた最大の譲歩であった。
—殺さないのですか?—
マリラは族長であるナクアに不満げに聞いた。
ナクアはゆっくりとマリラの方を向く。
「これが私の判断だ。」
—ですが、ナラ様はいや、ナラは同胞を殺した。私の子供らも手にかけられているのです。この程度の罰で許すなど族長の私情が入っていっ!?—
マリラは訴えている途中で体の全てが固まる。
マリラが動けなくなってしまったのは、ナクアの静止の魔眼によるものだ。
ナクアは様々な魔眼の力も持っている。
「私情を入れて良いのならば、私はお前をすでにバラバラに引き裂いて殺しているが?私に歯向かう気か?」
ナクアは人間の姿の背中から蜘蛛の脚を出してその脚をマリラの顔の前に突き立てる。
—うぅ、族長に従います—
マリラはそう言って怯み、平伏した。
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