41.巫女姿は全てのヒロインにさせたい
ひとまず、梢さんあてに電話をかけてみるも、無情にも電子音声で『この電話番号は現在使われておりません』と聞こえてきただけだった。タイムスリップして、尚、電話がつながる方がおかしな話だ。もしつながったら、異世界転生したのに、スマホが使えるチート生活みたいなものだ。スマホのカメラが使えただけで儲けものだ。
「さて、これからどうしよう」
私の独り言に答えるように、腕に抱えた黒猫がニャーと鳴く。
「まずは、この子を家に帰してあげないとね。たしか、神田川を渡ってすぐの神社がネコ探しの依頼主だって、梢さんが言っていたよね。まずは、この子を送り届けて、その後のことはそれから考えよう」
黒猫が返事をするかのように、ニャーと鳴いた。
駅前は、通勤通学で帰宅する人達が多く、すごく混み合っている。ただ、現在見るような外国人観光客はあまり見当たらない。そして、なんだか、学生の制服の着こなし、髪型が今とは何かが違っていて、やっとここが過去なんだと実感する。立て替えなどにより、建物は見慣れないものが多いが、幸い、十数年では道自体に変化はないので、問題なく目的地の柳神社へ向かうことができそうだ。
そこで、ふと考える。この子を探しているのは、現在の柳神社にいる依頼主なわけで、この時代の柳神社に返しても意味がないのだろうか。まあ、仕方がないか。私に今できるのは、現在の柳神社にこの子を送り届けることだけだ。辺りはだんだんと暗くなってきている。このままこの時代で夜を越すしかないのなら、早いところ、泊まるところを確保しなければならない。一人でどこかに泊まったことはないけれど、今持っているお金でビジネスホテルか、さもなくばネットカフェなどに泊まることができるだろうか。そもそも未成年が一人でホテルに泊まれるものなのだろうか。パリで泊まったときは、成人済みの梢さんや真実さんが一緒だったから問題なかったけれど。
そんな不安をいだきつつ、私は柳神社に無事到着した。
柳神社は、ここが秋葉原の駅前であることを忘れてしまうような、静かでこじんまりとした落ち着いた雰囲気の神社だった。神社の鳥居の前で一礼し、鳥居をくぐる。境内には私の他に、一組の男女いて、お参りをしているようだ。鳥居の先は、長くはない石畳が続き、その先に本殿がある。左手には手水があり、その隣には社務所がある。社務所はこれまで見たどの神社よりも小さく、四畳半ほどの小屋といっても差し支えないような建物だ。神社の人がいたら、この子を預けてしまおうと思って、中をのぞく。しかし、ここは無人だった。よく見ると、社務所は置くの建物につながっているようだ。通常の住宅にしては少し大きい家屋だ。なるほど、ここに住みながら神社を管理しているのかもしれない。
神社の敷地内は、社務所の前から全て見渡せてしまうくらいの広さで、お参りを終えたらしい先ほどの男女二人の他に、人はいないようだ。
「せっかく来たからお参りしていこうか」
腕に抱いた黒猫に話しかけるけれど、今度は返事はなかった。鞄からお賽銭に使う五円玉を取り出して、賽銭箱に入れようとしてふと手を止める。目に入ったのは、五円玉の発行年数だ。見ると、年号は令和と書かれている。その五円玉は財布に戻し、代わりに昭和の年号の書かれた五円玉を賽銭箱に入れる。神社の人が賽銭の中から、令和の元号入り五円玉を見つけたとして、まさか未来から来た人間が入れていったとは考えないと思う。ただ、偽札事件とかに発展したら厄介なので、念のための行動だ。偽札というだけあって、硬貨を偽造しても埒があかないので、偽造の目的が不明ということになるだろうけれど、それはそれで怪事件としてニュースにでもなったら大変だ。
これまでずっと腕に抱えていた黒猫を地面に下ろし、二礼、二拍して、手を合わせ、目をつぶる。中学生のころまでは、ここで心の中でお願い事を唱えていた。それも、兄や私、兄の恋人だった梢さんのの健康と幸福という、およそ子どもらしくない願い事だ。でも、あるとき読んだ小説で、神様に祈った事は叶ったためしがない、という主人公に、自分で叶えるしかできないのだから、頑張りますので見守っていてくださいって言えばいいんだよ、と教えた人の台詞に納得してからは、そうしてきた。だから、今日のところは、こう言おうじゃないか。
「こんにちは。十年と少し先の未来から来ました。雨宮薫といいます。この子をお家に送り届けて、私も自分の家に帰れるよう頑張りますので、見守っていてください」
目を開けて、一礼する。
気持ちの良い風が吹き、境内の木々がざあっと音をたてて一斉にゆれる。風が収まると、さっきまで大人しく私の足下にいた黒猫が「ニャア」と鳴くと、こちらを一度振り返ってから、ゆっくりと歩き出す。
「ちょっと待って、どこに行くの?」
それは、ついてこい、と言わんばかりの仕草で、私は黒猫の後をついていく。黒猫は、さきほどの社務所の奥にあった一軒家の玄関で立ち止まった。
「あなた、やっぱりここの子なんだ。きっと時代が違っても自分の家だから分かるんだね」




