40.デジャビュに理由を求めるな
屋上に来てから、そんなに時間が経ったとは思えない。もしかして、聖地に夢中になって、アクスタとの写真撮影で時間を忘れていたとか。
いや、それにしても、日が暮れるまでオタ活していたら、「仕事の途中やろ。何をサボってんじゃ」と梢さんにどやされるだろうし。それに、いくら私が時間をかけて写真撮影していたからって、さっきまでいた沢山の人達が、だれもいなくなるっていうのはおかしい。
そういえば、屋上の開放は、たしか十七時までだった。もしかしたら、開放時間を過ぎてしまったのかもしれない。
「もう!梢さんも、従業員の人も、周りの人だって、オタクが自分の世界に入り込みすぎて時間を忘れていたら、声くらいかけてくれたっていいじゃん」
屋上の開放のみならず、建物自体の閉館時間まで過ぎてしまっては、外に出られなくなってしまうかもしれない。とりあえず、このネコを連れて、この屋上を出よう。
昔、家で飼っていたうさぎは、抱き上げられるのが大嫌いで、全然抱っこさせてくれなかったので、このネコも抱き上げられるのが嫌いだったらどうしようと心配したけれど、杞憂に終わった。そっとお腹の辺りに手を添えて抱き上げると、大人しく腕の中に収まってくれた。良かった。これなら屋上から連れ出せそう。
夕暮れと、無人の屋上が相まって、なんだか理由もなく寂しくなってしまう。そんな気分を誤魔化すように、アニソンを口ずさんでみる。誰かに聞かれていたら恥ずかしいので、いつも外では鼻歌程度に納めるのだけれど。ただ、この屋上には人の気配が全くしない。だから、はじめは口ずさむ程度だったボリュームをだんだんと大きくなり、屋上からビルの内部へのドアに着く頃にはだいぶ熱唱してしまった。
ドアノブに手をかける直前、ふと手を止める。すでに鍵がかかっていたらどうしよう。
「大丈夫、大丈夫!いざとなったら、梢さんやおじいさんに連絡すればいいだけ!そもそも、このビルの管理室に連絡して、事情を話せば開けてくれるでしょ。それに、最後の手段は、兄貴に連絡すれば、絶対なんとかしてくれる」
言葉にしてみると、私の兄への無条件の信頼が見えて、我ながら、ちょっと引く。ああもう、私って、心理的に兄貴に頼りすぎだ。でも、おかげで少し落ち着いた。大丈夫、絶対助けてくれる人がいる。
気を取り直して、おそるおそるドアノブを回すと、ガチャ、と音がして、ドアが開いた。良かった。開ける前の逡巡は不要だった。無駄にドキドキしてしまった。もしドアに鍵がかかっていて、スマホの電源が落ちていたら、まさかの秋葉原のど真ん中のビルの屋上で、ネコと二人、野宿かなとか思ってしまった。
腕に抱いたネコの重さを確かめるように、抱きなおすと、ビルに一歩入る。あれ、なんだか、薄暗いような気がする。まさか、ビルの閉館時間まで過ぎちゃったのかな。いやでも、夕方十七時に閉館ってことは、さすがにないでしょ。
おそるおそる歩いて行くと、大きめの階段が見つかった。行きはエレベーターで上がってきたけれど、こんな階段なんてあったかな。私は方向音痴だから、登ってきたときとは、違う方向に歩いてきてしまったのかもしれない。
ただ、この階段、使ったことはないのに、なんだか既視感がある。なんだろう、デジャブってやつなのかな。あれって、たしか脳のバグなんだっけ。
屋上は八階だったので、階段で一階まで降りると、だいぶ疲れていた。でも、エッフェル塔に階段で上ったときを思えば、全然大したことじゃない。なんなら、マンションの八階に住んでいると思えば、ありえること。全然、余裕。こんな薄暗いなか、エレベーターが動いているかどうか分からなかったし、途中でエレベーターが止まって閉じ込められたりしたら悲惨だし。
階段は、一階まで降りると外につながっていた。ビルの出入り口も閉まっていたらどうしよう、という私の心配は杞憂に終わった。それにしても、このビル、たしか十年以上前に建て替えられたはずなのだけれど、階段やビルの壁などを見るに、とても築十年以内の新しさには思えない。コンクリートのひび割れなんかがあって、少なく見積もっても築四十年以上に見える。行きは、エレベーターに乗ってしまったから気づかなかったのだろうけど。
でも、外観は綺麗で、たしかに築十年くらいに見えるんだよね。ほら、振り返れば、綺麗で新しそうな窓ガラスからのぞく電飾があって、、、あれ?
実際に振り返って、今さっき降りてきたビルを見上げた私は、呆然とする。ビルに何かが突き刺さっている?これって、私に好きな秋葉原が舞台の某人気アニメの光景では?とすると、ビルに突き刺さっているあの物体はタイムマシン?
冷静になって、ビルの他の部分にも目をやると、なんというか私のよく知るラジオ会館ではない。たしかに、今、私の目の前にあるビルの一階部分には、しっかりとラジオ会館とでかでかと書かれた黄色い派手な看板がかけられてはいるのだけれど。なんというか、全体的に古めかしいというか。
そういえば、このアニメは、二〇一〇年ごろの秋葉原が舞台だった。テレビ放送はたしかその少し後で、作中では、ラジオ会館はちょうど建て替え直前の古い建物だった。
それから、ネット記事で読んだ限りでは、当時一世を風靡したとあって、ちょうど取り壊し寸前のラジオ会館に、こんなふうに作中でタイムマシンが墜落した様子を再現したことがあったとか。
これらの情報から、結論を出す前に、私はおもむろにポケットから例の某アニメキャラのアクスタを取り出す。まずは、記念撮影。後のことは、そのあとに考えよう。うん、素晴らしい一枚が撮れた。ついでに、いつもはしないけれど、この状況なので、折角だから自撮りも一枚撮っておく。はあ、こんな状況だけど、とても心が満たされる。
そして、保留にしていた結論を出す。たぶん、私は、二〇一〇年ごろの秋葉原へタイムスリップしてしまったみたい。




