『紅の旅団』vs『万魔殿踏破軍』
真紅のチャイナドレスを着た女性の手に持たせるとしたら、何が一番似合うだろうか。
ギルド『紅の旅団』マスターであるハートレスに献上される予定の四着目のドレスが作られた時、それを見た鞭職人は真顔で「そりゃ金の扇子しかないだろ!」と考えた。
彼はドレス職人とセットで鞭職人と呼ばれていたが、とくに鞭に拘りがあるというわけではなく、ただドレスにぴったりな装備品を作ることに熱意を燃やしているので、今回は自身の趣味によって真紅のチャイナドレスに映えるであろう「金の扇子」作成に走ったのだ。
しかし、作成できる装備品の項目に扇子が入っていなかったことから、工房を管理するNPCに質問をしてみたところ。
「扇子は武器に含まれませんって言われた! 扇子は武器に含まれませんって言われた! 扇子は武器に含まれませんって言われたぁぁぁー!」
大事なことだから三回言ったわけではなく、彼はあまりのショックにしばらくその言葉を叫び続けたのだ。
それを見て気の毒に思ったドレス職人は、彼に相談しないままチャイナドレスを作ったことを「正直すまんかった」と謝り、今は二人で五着目のドレスの共同デザイン作業に入っている。
閑話休題。
そんな彼らの汗と涙と努力と妄想と、あとほんのすこしの下心の結晶であるドレス姿を、ハートレスはめったに見せない。
ドレスを嫌っているわけでも意地悪しているわけでもなく、ただ単純に、戦うために万魔殿にいる彼女にとって、戦えないサブクラスに変更する理由が無いだけだ。
けれど今は自分に戦意が無いことを示すため、珍しくクラスを狂戦士に戻さずに『万魔殿踏破軍』のギルドハウスの中を歩いている。
道中、先導する破軍サブマスターのバロックが、親しげな口調で話しかけてきた。
「前に写真で見た時も思ったが、あんたのその服は自分で作ってんのか? そういうのに詳しいヤツが、あれは基本形の応用じゃなく、一から作らないとできない服だって言ってたが。今着てるのもそれっぽいな」
「自分では作ってないです。ギルメンが作ってくれたのを着てるだけだから」
詳しいことは知らない、というハートレスの対応はあたたかくも冷たくもない、淡々としたものだ。
しかし気にするふうもなく、「へぇ、そうかい」とバロックは頷いた。
「なかなか色んな特技のある連中がいるみたいだな、お前さんとこのギルドは。……ああ、そういえば最近、あんたの写真の買い戻しをしてるって聞いたが。何かあったのか?」
さっきもそんな話をしていただろう、という質問には、ハートレスの隣からフェイが答える。
「何があった、ってワケじゃねぇんだが。バカが金欲しさにオークションでバラまいちまったもんだからな」
「ああ、けっこうな値がついたって聞いたが」
「冗談じゃねぇよ。こいつはうちの女王で、そこらの安いアイドルやら何やらとはものが違う。並んで戦う覚悟もねぇ連中に、オークションで落札したくらいで手に入れられちゃあ迷惑でしょうがねぇ」
さして迷惑しているようにも見えない飄々とした態度だが、その目には冷たい怒りがある。
横目でちらりとそれを見たバロックが「なかなか熱いのも揃ってるな」と笑い、探るように言う。
「それにしちゃあ、急に買い戻しの指示が出たみてぇだったが。たしか、40階を過ぎたあたりだったか?」
地下40階と写真、と聞けば、たいていのプレイヤーが遺産相続人指定の機能追加を思い出すだろう。
つまりバロックの問いかけは、ギルドメンバー以外のプレイヤーがばらまかれたハートレスの写真で遺産相続設定をして、その結果、彼女が何らかのショックを受けたのかどうか、というのを探るものだ。
素直に答えを言うならば、それを心配したシウがハートレスの知らないところでギルドメンバーに彼女の写真の取引を禁じ、今まで勝手に売られていたものの買い戻しを指示したのだが。
そんなところまで教えてやる気など無いフェイは、軽い口調で応じた。
「そうだったか? オレが出した指示でもねぇし、時期までは知らんな」
相手を煙に巻くのが上手いフェイの、態度から答えを探るのは難しい。
短い沈黙の後、「そうか」と応じたバロックは、それ以上の追及をあきらめた。
そろそろ時間切れだ。
「ここだ」
そう言って、彼は廊下の突き当たりにある大きな扉を開いた。
その向こうを見たハートレスが、表情を輝かせる。
「決闘場? ギルドハウスの中に作れるの、知らなかった」
話し合いをするために連れてこられた場所が決闘場だった、という状況に疑問を抱くより前に「いいなぁ、うちにもこれ欲しいなぁ」という顔をする彼女は、もういろいろと手遅れな戦闘狂だ。
一方、ハートレスに続いてその場に入ったオズウェルやフェイ達は、「やれやれ、ようやく殺る気になったのか」と案内人であるバロックを見る。
「のんきなもんだな、おい」
あまりにも予想と違う反応をする旅団メンバー達に、バロックはがしがしと頭をかいて言った。
「もっと何かねぇのか? お前らこれからここで殺されるんだぜ」
ただひとり状況を理解していないハートレスはきょとんとしている。
その両隣に立つ男二人は、彼女の頭上で顔を見合わせた。
「なぁ、オズ。オレたちここで殺されるらしいぞ?」
「そんな予定はありませんが。フェイ、寝言を言うのは寝た後にしたほうがいい、とあちらの方に教えてあげてはどうですか」
こんなやりとりを相手の目の前で堂々とするあたり、二人とも性格が悪い。
案の定、機嫌を損ねたバロックはぴくっとくちびるを引きつらせ、低い声で「おい、始めるぞ」と背後に声をかけた。
天井が高く、広い長方形の空間にある三つの扉のうち、彼らが入ってきたのとは別の二つの扉から、ばらばらと完全武装の破軍メンバーが入ってくる。
対する旅団メンバーは、いまだサブクラス魔獣使いのままのハートレスを中心として素早く陣を組んだ。
突発的なエンカウントは慣れているし、普段はハートレスの位置に後衛職であるシウを置いて守っているので、そのあたりの連携はすでに熟練している。
フェイが舌なめずりをするように「さぁて、お楽しみの時間だぜ」と笑い、オズウェルは彼の守る女王を見た。
「レス、約束を覚えていますね?」
「PKするときはオズに任せる」
即答した彼女に、満足げに頷く。
「そうです。では、ここは我々に任せてくださいますね?」
わざわざ敵の懐に飛び込んできたところなので、状況はあきらかに多勢に無勢、旅団側が劣勢だ。
それでもオズウェルはハートレスを戦わせる気は無いようで、周囲のメンバーもその点は同意見らしい。
みんなが戦うのに自分だけ手出しできない、というのは正直なところ不満だったが、先ほど約束してしまったばかりなので何も言えない。
しかたなく、彼女は「わかった」と頷いて、隷獣の笛でイエティを呼び出した。
雪山フィールドでフェイが捕まえ、タダでやるというのを断って安価で買ったこのモンスターは、ハートレスの好物であるステーキを作る時にできる副産物というか、失敗品である焦げた肉を好む変わりものだ。
おかげで大量にためこまれていた焦げた肉をたっぷり与えられ、彼女が所有する隷獣の中では懐き度トップ。
完璧に言うことをきくようになっているので、イスにするのにもちょうどいい。
「ここで座って、終わるの待ってる」
銀色の毛むくじゃらな大型モンスター、イエティを「おすわり」させてその膝にのぼり、長くほっそりとした足を子どものようにぶらぶら揺らしてハートレスが言う。
すると、深すぎるスリットから足が丸見えになってしまうことに気づいたオズウェルが、すぐさまぱしっと彼女の足首をつかまえて「おとなしく、待っていてくださいね」と優しく下ろさせた。
彼らのやりとりを見て「おかん二号か」とつぶやいたフェイが、耳ざとく聞きつけたオズウェルの不満げな視線を無視してハートレスに言う。
「レス。戦わねぇならお前、回復役な。あと、せっかくその格好してんだから、アレやれ、アレ」
フェイのリクエストに、メンバー達が「おおー!」「よっしゃキタコレ!」「久しぶりのアレかー!」といきなりはしゃいだ声をあげる。
そして、人数優位で余裕があるはずの破軍メンバー達が(アレって何だ)と警戒する中、「いいよ」と軽く応じたハートレスが、のぼったばかりのイエティの膝からすとんと降りた。
柔らかな布製の紅い靴を履いた足を肩幅にひらいて仁王立ちする、艶やかな黒髪ゆれる仮面の女。
美しい曲線をえがく肢体に華やかなチャイナドレスをまとった彼女は、おもむろに豊かな胸の前でびぃんと黄金の鞭を張り。
いったい何が起こるのかと身構える破軍メンバーの前で、ピシッ、と鋭い音を立てて鞭で床を叩くと、空いている方の手で彼らをビシリと指差した。
りんと澄んだ声が響く。
「やっておしまい!」
旅団メンバーは一気に盛り上がった。
「よっしゃー!」
「やってやるぜー!」
「見ててくれよ女王!」
「全員ぶち殺してやらぁ!」
旅団内でたまにやるお遊びで、お前はどこの悪の組織の女幹部だ、といわんばかりの号令とポーズをとる、最近これに慣れてきたハートレス。
そしてそれにやる気をみなぎらせるメンバー達。
一方で、対峙する破軍メンバーは衝撃のあまり凍りついた。
彼らは気づいてしまったのだ。
自分たちが戦う相手は、ただの戦闘狂ではない。
変態の戦闘狂だ、ということに……!
その悲劇的な二重苦を負った連中とこれから戦わなければならないのだという事実に、破軍メンバーは思わず逃げ腰になった。
誰だって殺されるのは嫌だろうが、変態に殺されて死ぬのはそれ以上にもっと嫌だ。
しかも彼らは数の上で優位であるために、かえって(おれがやらなくても、他のやつが戦ってくれるはずだ)という意識が働いてしまう。
結果、(お前が行けよ)(いや、お前こそ行けよ)という無言の譲り合いが各所で発生。
「……チッ。集団戦に慣れたヤツまでいたらしいな」
ひと仕事終えてイエティの膝によっこらしょとのぼるハートレスの横で、その号令がもたらした影響を冷静に眺めているフェイを睨み、バロックが苦々しげにつぶやいた。
集団戦において、士気のコントロールは重要だ。
それなのに、彼は数で優位にありながら、劣勢側であるフェイにあっさりそれを取られてしまった。
「お遊び気分たぁ、おれ達もなめられたもんだが。まぁいいさ、すぐに後悔させてやらぁ」
低い声でゆうゆうと、バロックが言う。
ハートレスと同じ方法で味方の士気を高めることはできないが、彼にもやれることはある。
「ここはおれ達の腹ン中だ。わざわざ消化されに飛びこんで来やがったアホウどもが」
味方に今いる場所が圧倒的に有利な自分たちのギルドハウス内であることを思い出させ、さらに大柄な体でズンと一歩、前に出て声を張り上げた。
「好きに遊べると思うなよ!」
「はっ! テメェらなんぞオレのオモチャにもならんわ!」
そして、売り言葉に買い言葉。
威勢良く、楽しげに喧嘩を買いに行ったフェイの槍の一閃によって、『紅の旅団』vs『万魔殿踏破軍』の火蓋が切って落とされた。
「オラオラオラァ! なんだ弱ぇな! テメェら数と口だけかよ!」
「背中もらいっ! よそ見してっとケガじゃすまねぇぞ!」
戦いは始まる前の空気が強く影響し、数で劣るはずの旅団を攻めあぐねる破軍がいたずらにダメージを受ける形で展開した。
旅団メンバーは大口を叩いて挑発しまくっているが、その戦闘スタイルは彼らには珍しく、パーティメンバーと連携して単独特出を避けるものだ。
挑発と様子見の探り合い。
破軍メンバーの後ろから、バロックが野太い声で「何してんだ! 一気にたたみかけて押し潰しちまえ!」とけしかけているが、勢いの勝る敵にいきなり突っ込んでいけというのは無理がある。
対するハートレスはといえば、フェイに回復役を割り振られたので、金の鞭を腰につるして片手に回復薬の小ビンを持っていたのだが。
さすがに開戦直後に怪我をするメンバーはいなかったので、ヒマそうにイエティの膝の上で足を組んでいた。
そしてまたぶらぶらと爪先を揺らしはじめると、チャイナドレスの裾がつられてひらひら動き、うっかり奥まで見えてしまうのではないかというそれに、思わず向かいにいた破軍メンバーが視線を引き寄せられて。
「おいおい、こんな時にうちの女王に見惚れてると死ぬぜ!」
あきれたように言うフェイの槍によって手痛い一撃を喰らい、大慌てで後退していった。
彼の場合、誇張でも脅しでもなく、隙さえあれば平然と有言実行しにいくので要注意だ。
そして幸か不幸か双方ともに死者が出るほどのダメージを与えるまでには至らず、しかし数分が過ぎたところで、無視できない深手を負った旅団メンバーがハートレスの元へと退いてきた。
フェイのパーティメンバーである彼は、自分が最初の負傷者になったことがよほど悔しかったらしく。
「くそー! 俺のアホ! マスター、この未熟者が! って言いながらかけてくれっ!」
とハートレスに頼んだ。
すると、ここまで何もやることがなくヒマをもてあましていた彼女は、何の反論もなく。
「このみじゅくものが!」
頼まれるまま、そう言いながら彼に回復薬をかけてやったので。
旅団メンバーは、さらにおかしな方向へと転がりだした。
「あー! 何してんだテメェ!」
「抜け駆け禁止だぞコラァ!」
「エコヒイキ反対ー! 女王、オレにも言ってくれよー!」
周りで巻き起こるブーイングの嵐と、それにあっさり「いいよ」と答えるハートレスと、果てしなくドン引きしていく破軍メンバー。
なまじ強いのが厄介な戦闘狂集団と戦いながら(コイツらもうヤだ)と涙目になる常識人達の、やる気と精神をゴリゴリ削るカオスは続く。
「マスター! オレ怪我したっ! ×××って言ってくだ」
「不許可ッ!」
どさくさにまぎれて卑猥な言葉を言わせようとしたチャレンジャーな変態が、ハートレスの近くで戦っているオズウェルの回し蹴りによってそのたくらみを阻止される(彼には床に崩れ落ちたところでレイヴから回復薬が与えられた)。
うんうん、と前線で戦いながらフェイが頷く。
「そりゃあダメだろ。おれだってレスに××××って言わせてぇのを我慢してるってのに」
とたん、旅団メンバーですら「うわー」「ないわー」とドン引きし、破軍メンバーは(もう帰りたい)という顔になった。
躾に厳しい母のもと、清く正しいものに囲まれて育ったハートレスは理解できなかったが、周囲の反応でフェイが言わせようとした言葉が一番いけないものだったようだと察する。
彼女に向けて放たれた矢を剣で叩き落としたオズウェルが、笑顔で言った。
「レス、フェイは回復しないでいいですからね。体力減ってても気にせずそのへんに捨てておきましょう」
「おいおい、見損なってもらっちゃあ困るぜ! おれがこんな奴らの攻撃なんざ食らうわけねぇだろ!」
そしてフェイのフェイたるゆえんは、本当にほとんど攻撃を受けていないところである。
まったくもって可愛げのないその男に、オズウェルは心底うっとうしそうな顔で「チッ」と舌打ちした。
しかし今この場で最も舌打ちしたい気分なのは、おそらく破軍のサブマスター、バロックだっただろう。
「クソッ! ふざけやがって! なんなんだコイツらぁは!」
フェイに先手を打たれて勢いを持っていかれたせいで数の優位を活かせず、分散して配置しておいた弓プレイヤーたちの矢は、オズウェル率いる親衛隊に叩き落とされるか楯で防がれてハートレスまで届かない。
そのうえ彼女を狙った射手達は、イエティに隠れて反撃する旅団の射手レイヴの矢によって次々と顔を射抜かれており、傷を回復しても(またやられるかもしれない)という恐怖から動けなくなるものが続出している。
なにしろ自分だけたまたま顔に当たったというわけでなく、他の射手達も全員が顔に当てられているのだから、彼らの恐怖は当然のものだ。
そうして腕のいい、えげつない射手レイヴと、飛んでくる矢を一本残らず叩き落とすオズウェルに、弓での攻撃は完全に防がれていた。
「化け物どもめ……!」
低くうなりながら、バロックは認めた。
いくらトップ・プレイヤーの集団でも、この程度の数であれば懐に招き入れて大勢でかかれば押し潰せるはず、という考えは甘かったと。
しかし今さら「やっぱりやめだ」と無かったことにすることはできず、降伏もまた彼の選択肢にはありえない。
怒りと苛立ちにかられ、バロックは濁ったどんぐり眼で何かを探すように決闘場を見渡した。
そして間もなく、その視線は一人の青年プレイヤーをとらえる。
腕に深手を負った彼は武器を捨て、バロックが先ほど開いてハートレス達を招き入れた扉から、ひとり逃げようとしていた。
「こんな変態どもに殺されて死ぬのは嫌だぁぁぁぁ!」
おそらくこの場にいる破軍メンバー全員が思っているであろう言葉を叫び、走りだそうとして、転ぶ。
「あっ……?!」
状況が理解できず、痛みは遅れてやってきた。
部位欠損だ。
左足が膝下で斬られて、無くなっている。
「逃げるヤツぁ要らねぇんだ」
ほんの数秒前まで仲間だった青年をサブマスター権限でギルドから追放し、手にした大剣でその足を斬りとばしたバロックが言った。
床に転がって痛みに叫ぶ彼に向かって、また大剣を振りかざし。
「ここで死んどけ」
迷いなく振り下ろす。
断末魔の悲鳴が響き、助けを求めるように、許しをこうように手を伸ばした格好のまま、人間だったものがぐずぐずととけるように消えていった。
それが『紅の旅団』vs『万魔殿踏破軍』の戦いが始まってから出た、最初の死者。
「おい、誰が手ぇ止めていいっつった?」
しんと静まりかえったその場で、振り向いたバロックが仲間であるはずの破軍メンバー達を睨んだ。
野太い声でおどすように低く言う。
「さっさと片づけろや」
さもなくば、次は自分が彼に殺される。
破軍メンバー達の、顔つきが変わった。
◆×◆×◆×◆
ちょうどその頃、ギルドマスターの危機と聞いて集まった旅団メンバーを率いるシウは、武闘派の破軍ギルドハウスの玄関先で足止めされていた。
「ですから、そんな人たちは来てないんですって!」
「そんな言葉をこちらが信じると思ってるんですか?」
「思うもなにも、本当にいませんから!」
何がなんでも彼らをハウス内に入れまいと、数人の破軍メンバーががんばっているのだ。
シウの背後でじれた旅団メンバーが「もう強行突破でいいんじゃね?」と声をかけるも、眼鏡の神官サブマスターは顎に手を当てて数秒考え。
「こんな変態どもに殺されて死ぬのは嫌だぁぁぁぁ!」
ちょうど奥から響いてきた必死な声に、顔を上げた。
玄関扉を掴んで踏ん張っていた破軍メンバーと目が合う。
何ともいえない数秒の沈黙の後。
「……うちの変態どもがお世話になっているようで」
極寒の冷たさを宿すその視線と声に耐えきれず、相手はあうあうと酸欠金魚のように口をぱくぱくさせている。
その顔を見ながら、まったく、あの連中は何をしているんだ、とあきれかけたところで、しかしすぐさまそれどころではなくなった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
耳障りな絶叫が響いてくる。
その声を耳にした瞬間に全身を駆け抜けた強烈な悪寒で、断末魔の悲鳴だと言われずともわかった。
「強行突破!」
鋭い声でシウが許可すると、待ちかまえていた旅団メンバー達が破軍ギルドハウスの半開きの扉を蹴破った。
扉の向こうにいた破軍メンバーが吹き飛ばされてエントランスに転がる。
「マスター!」
そこへ、さして強いわけでもないくせに、するりと前に出た女王の犬が一番乗りに突入。
つむじ風のように破軍メンバー達の間を駆け抜ける彼の背を追い、旅団メンバーもぞくぞくとなだれ込んでいった。




