高校時代の写真
「だからね、有紗ちゃん」
「はい……」
「高校生のうちにできることは全部やっておいた方がいいの!」
「は、はい」
「眉毛を整える! ヘアミルクとヘアオイルをつけて髪をすぐに乾かす! シルクのナイトキャップか枕カバー! それだけでも全然違うから!」
「はい……」
え、私ってそんなに毛がヤバい?
まりあさんの熱弁は気が付くと二十分を超えており、途中から晴人お兄ちゃんは完全に紅茶のおかわりを淹れる係になっている。
「――その気になればいつだって、って思ってたの」
まりあさんは少し遠くを見るような顔をした。
「でもね、現実はそうでもなかった」
急に言葉が重い。
「大学でも何もなくて、社会人になっても何もなくて、『そのうち』なんて来ないんだなって」
「まりあ、その辺で」
「だから私は行動したの」
「その結果が僕?」
「結果が晴人くん」
即答だった。
晴人お兄ちゃんが少し照れたように笑う。
なんだろう。この二人、見ていると変な気持ちになる。
羨ましいような、安心するような。
……そして少しだけ、寂しい。
「そういえば」
ふと思い出して尋ねた。
「高校時代のお二人ってどんな感じだったんですか? その……写真、とか」
一瞬だけ、空気が止まった気がした。
まりあさんが「あぁ、写真ね、写真……」と言いながら目をぱちぱちさせる。
晴人お兄ちゃんが頭を掻きながら、「卒業アルバム見る?」と私ではなくまりあさんを目の端に見ながら言う。
「もしよろしければ。ダメなら全然いいです。図々しかったです、すみません」
「……有紗ちゃんにならいいかな」
そう言ってまりあさんが立ち上がる。
「ちょっと待ってて」
数分後。
卒業アルバムを抱えて戻ってくる。
「はい」
表紙は少し色褪せていた。
文化祭。
修学旅行。
卒業式。
ページをめくる。
そして。
「……え?」
思わず声が漏れた。
「でしょ?」
まりあさんが苦笑する。
確かに別人だった。
髪は短く、顔は今よりふっくらしている。
眼鏡をかけていて、表情もどこか自信がなさそうだ。
美人かと言われれば、正直わからない。
クラスにいても特に目立たない女子生徒。
そんな印象だった。
「本当に別人……」
「でしょう?」
「でも」
私はもう一度写真を見た。
文化祭の集合写真。
教室で撮ったスナップ。
笑っている写真。
「なんか」
「うん?」
「面影あります」
まりあさんが目を丸くした。
「あります?」
「あります」
今の優しそうな目元も、笑った時の口元も。
ちゃんと残っている。
「同窓会で本当にわからなかったし」と晴人お兄ちゃんが言った。
「ひどい」
「だって本当に綺麗になってたから」
さらっと言う。
まりあさんが少しだけ赤くなる。
夫婦ってこういうものなのだろうか。
私はアルバムをめくり続けた。
一枚の写真で手が止まる。
「あ」
そこには文化祭中の教室が写っていた。
端の方にいるのは高校生のまりあさん。
そして、その更に少し後ろ。
黒髪で、ひょろっとしていて、今よりさらに頼りなさそうな、高校生の晴人お兄ちゃん。
「若っ……でも変わらなすぎ」
「やめてよぉ、僕を見る会じゃなかったじゃない」
まりあさんが笑い出した。
「本当に変わってないのよ、この人」
「僕だって多少は成長したよ」
「どこが?」
「う~ん……どこだろう? 背?」
だめだこの人。
でも――
私は写真の中の二人を見つめた。
今よりずっと幼くて、自信なさげで、垢ぬけなくて。
それでも大人になって再開して、こうして夫婦になった。
そんなこと、本当にあるんだ。
「有紗ちゃん」
まりあさんが微笑んだ。
「若い時って、思ってるより一瞬だよ」
どう返事をしたものか、言葉に詰まる。
「――その気になればいつだって、って思ってたの」
さっきの言葉がリフレインする。
「その気になればいつだって」
私の心を透視されたのかと思った。
今はやる気がないだけ、本気を出せば、いつだって……




